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Jewel  作者: 下川田 梨奈
風から出るサファイア
3/26

出会い


レオにはいつも、影がつきまとう



ガルダは自分のグラスに酒を注ぎながら、寡黙な相棒の様子を盗み見た


男の自分から見ても、整った顔立ちをしていると思う


ガルダは自他共に認める女好きで、自分から好んで男にアピールする趣味はない


しかし、時々レオに妙な色気を感じることがある


本人に言ったら一生口を利いてくれなくなりそうなので言ったことはないが、酒場の男達も演奏するレオに魅入る者が少なくないのだから、強ち自分が異常というわけでもないと思う


尤も、男からアプローチされても、レオ本人は迷惑この上ないといった風に冷たく無視されてしまう


少し腕に覚えのある男が、力任せにモノを言わせようとしても、返り討ちに遭うのがオチだ



もちろん、レオの色香に惹き付けられるのは男ばかりではない


街中の女が彼の姿に目を奪われる


ただそこに居るだけで人を惹き付けてしまうのだ


猫の様に超然として、決して他人に媚びない


その中身はその名の通り、獅子のごとく猛々しい


男として嫉妬してしまうのに、何故か惹かれてしまう


それが、レオという男だ



しかし、レオとて昔からこうだったわけではない


今でこそ男以外に見間違いようもないが、出会った当初はずっと華奢で可愛らしい姿だった


初めて見た時は、男なのか女なのか判らなかった





レオと出会ったのは、十年ほど前のこと


二人共、まだ12かそこらの子どもだった


あの頃のガルダといえば、ハンターの資格を取ったばかりで、右も左もわからない状態だった


情報収集と経験値を上げるため、酒場に入り浸る毎日


酒に女にタバコ



足を踏み入れたのは、子どもが一人で生きていくには少々過酷過ぎる世界だった


人は皆、その日一日を生き抜くのに精一杯で、例え相手が子どもであろうとも手加減などしてくれない


何度も何度も痛い目に遭い、恐ろしい思いをして震える夜を過ごした


それでも、故郷(くに)は捨てた身、戻れる場所なんてなかった


プライドにかけて、生き抜くことを自分に誓った


日々辛いことばかりだったが、少しづつ腕が上がっていくのがわかった


昨日出来なかったことが今日は出来た


今日出来なくても明日にはきっと出来るようになる


その想い一つで生きてきて、今の楽天的思考が出来上がったのだ



あの夜も、何時もの酒場で馴染みの娼婦と話をしていた


今と同じ、まだ夜風に冷たさの残る季節だった





「あっらぁ、キレーな子ぉ」


娼婦の視線を追って振り返ると、自分と同じ位の年頃の子どもが入って来たところだった


初めて入って来た人間がよくするように、店の中を見回しながらゆっくりと足を進める


金褐色(キャメル)の髪が、天井から下がるランプの光を弾いていた


暗い色のサングラスで瞳を隠し、擦り切れたマントを身にまとった姿では少年なのか少女なのか判断がつかない


ただ、よく陽にやけた肌と髪の色が綺麗に似合っていて中性的な雰囲気は、店中の視線を集めた


カウンターに腰を落ち着けていくらも経たない内に、酔った男達に囲まれている


男達の目は、その子どもを値踏みするかのようだ


荒れ果てたこの時代、親のいない子どもはごまんといる


養って守ってくれる大人がいないのだから、自分の力で生きていくしかない


ろくに教育も受けられず、年端もいかない子ども達にマトモな職などありはしない



金がなければ何も買えないのだから、盗むしかない


または、大人の悪事の使い走りをして小銭を稼ぐ


犯罪に手を染め、そこで命を落とす者は少なくない


しかし、そうしなければ生きる術がないのだ


怯えて震えていても、差し伸べてくれる手はない


待っているのは栄養失調による衰弱死だけだ


他者を押し退け、蹴落とさなければ、自分の身一つ守れない


たった一切れのパンを、たった一本のミルクを奪い合って命を失うことだって珍しくはないのだ


死は何時だって背中合わせにつきまとう


ほんの一瞬でも気を抜けば、一生覚めない夢をみることになる


死神はすぐ後ろで鎌を振りかざしているのだから



子ども達は、生きる手段としてモノを売る


金になる貴重品や盗品を全て売り払い、後は残った自分の身体を売る


または、それを強いられる


そんな少年少女を買う大人も、ここには掃いて捨てるほどにいるのだ



彼、若しくは彼女程容姿が良ければ、買い手はいくらでも付くだろう


この酒場にも子どもを好んで買う大人は多い


それを知っているから客を探しに来たのだろう


ガルダがこの店に出入りするようになって半年、そんな子どもがあとを絶たない


後5分もすれば、客を決めて奥の部屋へと入っていくのだろう


ガルダ自身、何度も酔った男達に関係を迫られた覚えがある


尤もそんな輩にはそれ相応の相手はしてやった


二度と子どもだとなめてかかれないように、体に教えてやったのだ



おかげで今では彼等と同等の扱いを受け、たまにポーカーで金を巻き上げてやることもある



自分の身は自分で守るしかない



これまでの経験上、痛い程身に染みているガルダはすっかり興味をなくして飲みかけのビールをあおった



突然、ガラスの砕けるけたたましい音と悲鳴が響き渡った


驚いて振り返ると、一人の男がテーブルを倒してのびていた


それを、先程絡まれていた子どもが何の表情もなく見下ろしている


一体何が起きたのか、周りの人間にも判らなかったらしい


皆一様に目を丸くしている


少しして、我にかえった男達が、子どもの方に向き直った


酒で赤く染まった顔を更に赤くして睨み付けている


「こっ・・・のガキャァッ!!」


物凄い剣幕で掴みかかる男を軽く避け、その腹にきっちりと蹴りを決める


次々と襲い掛かってくる男達を見ても、眉一つ動かさない


恐怖や怯えで表情が凍りついている訳でもない


ただ無表情で、何処か他人事のように傍観しているようにも見える


相当場馴れしているのだろう、動きの一つ一つに無駄がなく、付け入る隙もない


自分の倍程もありそうな巨漢達を、尽く床に沈めてしまった


店の中に、水を打ったような静けさが広がった


目の前で繰り広げられた乱闘が、まるで舞台でも見ているかのように現実味のないものに思えた


自分の目が信じられず、驚きと共に見いっていた


その子どもがゆっくりとした足取りで進むと、人々は皆道を開けた


その様子はまるで海を割ったモーゼかのようだ


「騒がせ賃だ」


少女には低く、子どもと呼ぶにはあまりに落ち着いた声


カウンターの上に数個の石を置くと、“彼”は店を出ていってしまった


ガルダは反射的に上着を取ると、慌てて席を立った


「あん、ガルダァ」



女達の声に振り向きもせず、少年のあとを追い掛ける


少年の残していった石


あれは紛れもなく上質な翡翠(ジェイダイト)だった


遠目でもはっきりとわかる、極上の品


あれ一つで、先程の店ならば一晩の稼ぎを軽く超える代物だ


それ程の物をああも簡単に手放すのは余程の金持ちか、物の価値も知らない酔狂か



または、相当腕のたつ同業者か



かの少年がそうであると想像するに容易い


この地は知る人ぞ知る、上質な翡翠(ジェイダイト)の産出地なのだ




ガルダの中で、有り余る好奇心が騒ぎ立てる



きっと面白い事がある!ーーーーと





面白い事を嗅ぎとる勘だけは幼い頃から外れたことがない


自分の勘に絶対の信用を置いて動けば、必ず面白い事に出会える


多少の危険を伴うが、良くも悪くも退屈だけはしないで済む


そろそろこの街にも飽きた


あの少年からは、何かとてつもないものを感じる


そのまま放っておくと、きっと一生後悔することだろう



少年の後ろ姿を見付けたと思いきや、先客の存在が見てとれた


反射的に身を隠し、物陰から様子を伺うことにした


人気のない路地裏に、怪しげな人影が伸びている


見るからに凶悪そうな面構えの男達が少年を囲いこんだ


酒場から洩れる光に照らされたその顔には見覚えがある


男達はこの界隈を牛耳るギャングの一味だ


少年の容姿に目を着けたか、酒場での一件が目に留められたか・・・どちらにしても“彼”にとって好ましい状況でないことは確かだ



しかし少年は、先程同様氷のような表情を崩さない


まるで他人事のように無表情に立っている


「キレイな面したガキじゃねぇか、どうだ一晩?ほら、これをやるぞ」


男の一人が手の中でジャラジャラと鳴る石を、もったいつけながら見せている


暗がりの中、音だけでもわかる安物のヘマタイト


あんなものを一握り売ったところで、ろくな食事にすらありつけはしない


それでも、あの石欲しさに身体を売る子どもが少なくないのが現状なのだ


彼等に同情はしないが、嫌な時代だと思う


男は、手の中の石をちらつかせながら少年の顎に手をかけた


鼻息を荒くして顔を近付ける男に激しい嫌悪感を抱く


少年はパンと音をたてて顎をとる男の手を払った


男は虚を突かれたように、一瞬目を丸くしている


「汚ねぇ手で触んじゃねぇよ。たかがその程度の石ころでオレを買おうなんて百万年早ぇんだよ。進化の過程からやり直せ、クソゴリラ」


痛烈な言葉に、ガルダは吹き出しそうになるのを堪えた


男は口の端をひきつらせ、こめかみに青筋を浮かばせた


子どもにそこまで言われて黙っていられる程、人間ができているはずがない


「口のたつガキじゃねぇか・・・大人の恐ろしさを教えてやる!


男の手が伸び少年が引き倒される、かと思いきやそこに少年の姿はない


風に揺れるマントだけがその手にある


少年の姿を見失った男が辺りを見回した次の瞬間、大きな体が吹き飛んだ


酒場での立ち回り同様、一部の無駄もない動きで確実に一人づつ仕留めていく


しかし、流石に一晩で二度の乱闘は体力的にキツいのか、数の分が悪いのか、苦戦を強いられている


このままでは少年の身が危ない


負ければ、もう身体を奪われるどころでは済まない


奴等は人の命など何とも思っていない


子ども一人殺したところで何も感じないのだ


少年は完全に奴等を怒らせてしまった


ヘタをすれば死ぬより辛い目に遭うことになる


そう思ったら、体は勝手に動いていた


右手に特別製のグローブを嵌め、巻いたワイヤーを締め付ける


ハンターになる為に特訓して身につけた、とっておきの技だ


グローブの指先には鉄の爪があり、それぞれに一本づつワイヤーが繋がっている


仕込んだバネでワイヤーを伸ばし、鋭い爪で攻撃するのだが、秘密はワイヤーにある



細いが頑丈な鋼のワイヤーは、岩をも切り裂く事ができるが、人の薄皮一枚傷付けずに巻き付けることもできる


全ては力の加減次第


器用で柔軟な性質のガルダだから習得できた、最良の武器


日々血の滲むような努力と、特訓を重ねているが、まだ自在には使いこなせていない


しかし、相手に遠慮のいらない戦闘であれば十分に役に立つ


直ぐ様少年の死角で狙いをつけていた男に攻撃を仕掛け、動きを封じる


間合いの広さもまた、この武器の長所である



ガルダの突然の加勢に少年は少し驚いたようだったが、すぐに自分の味方と理解したらしかった


何をしるしあわせることもなく、互いに全てのタイミングが合わせられた


初めて会ったとは思えない


まるで長年組んでいるコンビであるかのように感じられた


男達もガルダの参戦によってペースが崩されたのか、動きに隙が増えた


少年が接近戦、ガルダが遠距離戦


二人の絶妙なコンビネーションに、ただつるんでいるだけの大人達は成す術もなく倒された



倒れて情けなく呻いている男達の中、二人の少年は肩で大きく息をしながら互いの出方を見ていた


睨み合うようにして視線がぶつかる


いくらかの時間が流れ、先に口を開いたのは、やはりガルダの方だった


呼吸が整うか否か、言葉が溢れ出す


「お前・・・マジ強ぇのな!年いくつ?名前は?どっから来たの?さっきの酒場で出したの、上物の翡翠(ジェイダイト)だろっ!?オレあそこにいてさ、思わず追っかけて来ちゃったワケ。っていうか、アレ、お前が採ってきたんだろ!?ハンターなの!?」


言葉のマシンガンよろしく、聞きたいことは山のようにある


勢いを止めずに喋り続けるガルダに、少年は一瞬呆気に取られたようだったが、すぐに元の無表情に戻ったしまった


目の前のガルダを見なかったものとし、何も言わずに背を向けてしまった


落ちていたマントを拾い上げ、そのまま歩き出す


愛想の欠片もないその態度では、とりつく島もない


他人を寄せ付けたくないのだと、その背中が語る



このまま見送れば、恐らく二度と会うことはない


同じ仕事をしていれば、いつの日か再会することになるかもしれない


だが、そんな悠長なことは言ってられない


少年からはとてつもなく面白い冒険の気配がする


これで別れてなるものかと、慌てて追い縋る


「オレ、ガルダ!これでも一応プロのハンターだ」


資格証(ライセンスカード)を目の前に突き付けてようやく、少年の足が止まった


至極迷惑そうでいながらも、抜け目ない目で頭の上から足の先まで視線を走らせる


そんな不躾な態度に気分を害することもなく、にっこりと笑う



「なあ、オレと組もうぜ!」



突拍子もないその提案に、少年はたじろいだようだった


その後、僅かに眉をしかめたが、またフイと歩き出してしまった


もちろん、それ位でガルダが諦めるはずがない


始終無言を通す少年に、一方的に話し掛け続け、何処までも付いて歩いた


あからさまに迷惑そうな表情(かお)をされてもめげなかった


街を越え国を越え、川も山も海をも越えて追い続け、今に至る





尤も、出会いからしてその態度だ、当然一筋縄ではいかなかった


少年がレオグリオンという名であることを教えてくれたのは追い掛けて3日が過ぎた頃だったし、自分よりも一つ年上だと聞いたのはその2日後


同行を認めさせるに至っては、優に一年を要した



女を口説くのに追い掛けることはよくあるが、これ程に手間と時間がかかったことはない


それもその相手が男で、しかも旅の供となるためだとあっては悲しくもなる



相手が一向に心を開いてくれないのであれば尚更だ



レオは、自分のことをほとんど話さない


何処で生まれ育ち、何故ハンターになったのか、何故旅をしているのか、未だに知らない


話す言葉にほんの少しだけ訛りがあるが、それも複数重なっているようでどれが彼の国のものなのかわからない


彼について分かっていることは、今現在の生活をしているレオの事だけ


食の好みに関してなら、本人よりも分かる


ハンターとしての腕は天才的、無愛想で無関心


本とタバコと酒が好きで、甘いものと薬が大嫌い


それだけ分かっていれば、十分だった


相棒には誰にも語りたくない秘密がある


ガルダも同様に、話していない、話したくない過去を持つ


本人に話す気がないことを無理に聞き出す気はない



レオは無口だが、一緒にいて気詰まりではない


パートナーに求めるものは、仕事の腕と相性だけ


それさえあれば、他は気にならない


それは、ガルダ自身では気付かない、彼の最大の長所だ




レオからは何か、とても常人では持ち得ない大きな力を感じる


そして、その力が引き寄せる大きな大きな冒険の気配


その正体が知りたい


正体を見極めるまでは決して離れないと誓った



今のところ、レオ以上にスリルとドラマを与えてくれる人間に出会ったことがない


彼自身の今後の歩み方にも興味がひかれる


謎が多すぎる男なのだ



いつか、その謎が全て明かされる時が来るかもしれないし、一生来ないかもしれない


どちらにしても、今はまだ将来(さき)の話


妙な二人連れの旅だが、これで案外うまくいっている

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