ちっちゃな手
頭のなかをかき回す、ものすごく気もち悪い真っ暗な手を、ふり払う。
透夜の思いと、精霊さんの力が、凝集する。
「スパダリ、なめんな」
パァアァァン──!
天幕を埋め尽くす魔紋が、砕け散る。
透夜を、常葉を、藤を、柳を、紅蓮を縛ろうとした真っ暗な手が、洗脳が、砕けてゆく。
皆の瞳に、光が戻る。
皆の瞳に、殺気が燈る。
抜いた獲物は、まっすぐ、ドドを向いた。
「な──!?」
愕然と目をみはるドドに、透夜が指を弾く。
──ッ!
とても、静かな音がした。
ドドが不思議そうに、胸元を見下ろす。
その衣が、少しずつ赤く、赤く染まってゆく。
「──ひ、ぃ……!」
あふれゆく血に、悲鳴は力なく消えてゆく。
「急所は外してある。だが失血で抵抗はできなくなる。お前が叩きこんだすべてが、お前の身に返ってくる」
ドドの身体が痙攣するように、ふるえた。
「どうやってすべてを吐かせるか、解るだろう? お前が俺たちにやらせた最低な拷問を、まさかおぼえていないとは、言わないよな?」
絶対零度の瞳で射貫かれたドドの股間からショロショロ黄色い液体があふれだす。
「簡単にしねると思わないことだ。俺が知る限りで59人、もっともっと多くの孤児の、積み重なる命の分、苦しめて苦しめて生かしてやる。諜報院に実践で教えてやるよ。限界の痛苦を味わわせて、殺さない方法を」
「ひ、ぅ……ぁ……!」
ドドの眼球が裏返る。
泡を噴いて失神したドドを蹴りつけようとした透夜の足を、抱きついたロロァが止めた。
「だめ──!」
「わがきみ、こいつは、生きるに値しない者です。世界中の痛みと苦しみを背負って、しねばいい。しんでいった、皆のように──!」
血を吐くように叫んだ透夜に、ロロァは首をふる。
「そんなことしたら、とーやが、皆が、こいつと同じになっちゃうよ……!」
抱きしめてくれる腕が、ふるえている。
「……僕、僕ね、継母や、義弟を、お父さんを、ぼこぼこにしたいと思ったよ。殺したいと思ったよ。あんなの、しねばいいって。
でもそしたら……僕が真っ暗になって、僕が苦しくなって、僕が、ぐちゃぐちゃになる。
あいつらは、嗤ってるのに」
ロロァの瞳が、揺れる。
「真っ暗で、かなしい、さみしいところにいたの。
たすけてくれたのは、とーやだよ。
僕を救ってくれたのは、とーやだよ。
だからとーやには、あんなところに落ちてほしくない。
皆に、あんな思い、させたくない!」
まっすぐな目で、見あげてくれる。
「復讐しても、皆は、生き返らない。
こいつが苦しんでも、しんでも、傷ついた心は、癒されない。
真っ暗なドロドロが降り積もるだけ」
ちっちゃな手が、ふるえる背を、抱いてくれる。
「……わがきみを、傷つけて、苦しめて、殺そうとしたギビェ家を潰して、生きる限界の痛苦を与えようと思っていました。こいつと、同じように」
落ちた真っ暗なつぶやきに、目を見開いたロロァは、首をふる。
「そんなことしたら、とーやが、ドロドロになっちゃう。
あんなののために、とーやが汚れるなんて、ぜったいだめ!」
真っ暗に落ちてゆく心を、ちっちゃな腕が、すくいあげてくれる。




