もどきです
とぼとぼ皆の家に帰った透夜の肩を、寝ずに待っていてくれた紅蓮が叩いた。
「おつかれ。おかえり」
微笑んでくれる紅蓮に、透夜は目を細める。
「よかったな、笑えるようになって」
「ああ」
はにかむように笑った紅蓮は、お湯を沸かして、はちみつ湯をつくってくれた。
透夜が、よく眠れるように。
そんな気遣いも、ずっとできなかった。
蜂蜜なんて高価なもの、口にすることもなかった。
……前金のおかげで借金苦に陥ってしまったが……!
現在の食生活は、以前と比べると破格も破格だ。
「ほら」
「ありがと」
ロロァを寝台に寝かせて布団をかけ、ぽふぽふやさしく肩を叩いた透夜が、紅蓮から蜂蜜湯の入った木のコップを受け取る。
ほわほわ白い湯気が、甘い蜜の香りをのせて舞いあがる。
「……うまい」
「蜂蜜が使えるなんて、夢みたいだよな」
つぶやく紅蓮にうなずいた。
「紅蓮も飲めよ」
「あ、ああ」
飲みかけのコップを渡したら、紅蓮がちょっと赤くなる。
「あ、飲みさし、やだった? 紅蓮にもつくるよ」
立ちあがる透夜を、紅蓮の腕が制した。
「いいいいいいいいいい! これでいーから!」
コップをごつごつの両の手で包んだ紅蓮が、はちみつ湯を口に含む。
「……天上の味がする」
「だな」
皆の寝息が聞こえる夜ふけに、ふたりで笑う。
「トゥヤにばっか頼ってて、すまん」
膝を折る紅蓮に、きょとんとした透夜は首を振った。
「全然。皆のためにできることがあるって、すげーしあわせ」
紅蓮の目を見て、笑う。
「そ、そーゆー顔を、誰にでもするから、誤解が生まれるんだ!」
叫ばれた。
「紅蓮、夜中だから。皆起きる」
「あ、あぁ、すまん」
ちょっと赤い耳で、紅蓮がうつむく。
「……俺にできることがあるなら、何でもするから。何でも、言ってくれ」
「ありがと、紅蓮。いつも皆をまとめてくれて。頼りにしてる」
微笑んだら、髪と目と同じくらい真っ赤になった紅蓮が両手で顔を覆う。
「こ、のタラシ──!」
叫ばれた!
人聞きがわるい!
全くもって的外れな糾弾だぞ、紅蓮!
なんだかよくわからない早すぎるモテ期もどきなだけだ。
もどきなのであって、モテ期ではない。
残念ながら自覚した。
ありがとうございました。
すぅすぅ眠っていたロロァが、もぞもぞした。
「……むにゅ……とーや、ぅわき、め……、だかりゃ……」
人聞きがわるい!
ぐおーがおー寝た。
皆の家で暮らしはじめて、透夜はめちゃくちゃよく眠れるようになった。
暗殺人形だったころは、ろくに眠れなかった。
指令が次々に入ったこともあるが、いつも限界まで緊張していた。
ユィルを次々襲いに来る暗殺者を撃退しなければならなかったのも、あるかもしれない。
深く眠ることは、死を意味した。
でも今は、皆の家の中なら、ぽけっとできる。
自分がぽかんとしてても、もし暗殺者が来たら絶対に誰かが気づいてくれて、だから瞬時に連携を取れるという自信ができたのかもしれない。
暗殺人形だったときも、確かに仲間たちを信頼していた。
でもそれは、人間が機械を信頼するのに似た感情だったのかもしれない。
個性のない皆の長所と短所を、番号で認識していた。
それが、ほんの少し前のことだなんて、夢みたいだ。




