ふたたび
「眼鏡かけてると、頭よく見えるでしょ? 小道具だよ。目はいいんだ」
まだ幼い、ちいさな指が、コツリと眼鏡を叩いた。
硝子なのだろう、薄いレンズが月明かりを反射する。
細く長く吐息したキァナは、組んだ指に目を落とす。
「……僕はゾンデ高位貴族に、ふさわしくない、できそこない……」
つぶやきを、さえぎるように
「そんな訳あるか──!」
叫んでいた。
「……え?」
目をまるくするキァナの肩をつかんで告げる。
「キァナは、めちゃくちゃ頑張ってるだろ! こんな遅くまで勉強して、期待に応えようって、一生懸命!
結果が出ないと評価しない世界が、くそなんだよ──!」
ぽかんと口を開けたキァナが、透夜を見あげる。
「……くそ?」
「うんちだ」
ふんと鼻を鳴らした。
「……は、はは……! ……うんちか……」
うるわしき少年の唇からこぼれると衝撃な言葉だ。
思わず仰け反った透夜は、いたずらが成功したみたいに笑って、キァナの瞳をのぞきこむ。
「キァナ、がんばってるだろ」
机のうえに積みあげられた書を、透夜が指す。
「がんばってる子は、世界一、えらいんだぞ!」
わしゃわしゃ水の髪をかき混ぜたら、水の瞳が泣きだした。
「……っ……!」
ちいさな顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくるキァナを、抱きしめる。
「キァナは、がんばってる。そんなのあたりまえだとか、基本だとかいう輩には、うんちをお見舞いしてやれ!」
笑った。
涙の頬で、キァナが笑う。
「……ありがとう、トゥヤ」
透夜の胸に顔を埋めたキァナが、その背をぎゅっと、抱きしめた。
「やっぱり! とーやが、うわきしてる!」
うりゅうりゅの涙目のロロァが常葉と一緒に降ってきて、透夜は目をむいた。
「……は……?」
「ご、ごめん、トゥヤ、止めたんだけど……」
常葉は大変頑張ってくれていると思う!
しかし、抑止力は、0だ!!!
「とーやは、僕のなんだから!」
きゅうっとロロァのちっちゃな手に闇衣のすそを引かれた透夜は、へにゃりと崩れた頬を慌てて引きしめた。
「ふん、後追いの方が強いって知らないの?」
べったり透夜の背に腕を回したキァナが、楽し気に唇をつりあげる。
「とーやが、うわきするー!」
すんすん鼻をすすって抱きついてくるロロァを抱きあげた透夜の顔面が、崩壊してる。
「トゥヤ、顔」
「うお!」
常葉に突っこまれた透夜は、わたわた顔面を修復した。
キリっとしないと、キリっと!
悪役令息の従者らしく、スパダリっぽく!
「ごめんな、キァナ、俺はロロァさまの従者だから」
申しわけなく告げる。
「……僕のだもん」
ぎゅううう。
首に抱きつくロロァをくっつけた透夜の顔面が、崩れ落ちてる。
「トゥヤ、顔」
「あばばばば」
あわあわした透夜は、キリっとなるように顔を引きしめる。
「キァナはだいじょうぶ」
わしゃわしゃ水の髪をなでた透夜は、元気がでるように心をこめて、微笑んだ。
ちっちゃなロロァを抱きあげる。
「じゃ!」
ロロァと常葉と一緒に天井裏へと飛び立とうとした透夜を、ちいさな手が止めた。
「だいじょうぶじゃ、ない──!」
絞りあげるような、叫びだった。
長い水の髪が、キァナの苦しみをえがくように、夜を乱した。
飛びあがりかけた踵が、止まる。
ロロァが、振り返る。
キァナの瞳から、涙があふれた。




