ロロァの願い
ほんとうに、おうじさまだと思ったんだ。
天井から降ってきた闇衣の血まみれの少年に、ロロァは懸命に手のひらをかざす。
生まれて初めて、治癒魔法を使えることを、うれしく思った。
「精霊さん、おねがい……!」
応えてくれる精霊さんに、心から感謝した。
それも、はじめてのことだった。
加護を、与えてくれたのに。
奇跡の力とうたわれる魔法を、使わせてくれるのに。
それをロロァがよろこんだことは、一度もなかった。
治癒の精霊さんが加護を与えてくれなければ、おかあさんは生きていたかもしれない。
治癒魔法が使えなければ
「母さえ癒せないのか──!」
「悪魔の子──!」
「母殺しめ──!」
指弾されることは、なかったかもしれない。
──この力さえ、なければ。
……精霊さんを、憎らしく思う気持ちも、あったと思う。
なのに精霊さんは、いつも、放置され弱ってゆくロロァを、殴られ、蹴られて倒れるロロァを、癒して、救ってくれた。生かしてくれた。
それさえ、放棄しようとしたのに。
やわらかな緑の光が、噴きあがる。
少年からあふれる血が、止まってゆく。
お腹からあふれた臓器が、肌のしたへと、しまわれてゆく。
「……ありがとう、ござぃます……! 今まで、ずっと……ごめ……なさい……!」
あふれる涙と、頭をさげる。
やさしい小さな手が、頭をなでてくれた気がした。
声をあげて、ロロァは泣いた。
泣いたのも、はじめてだ。
少年は、順調に回復した。
闇衣と血に包まれていてよくわからなかったが、ロロァと一緒にお風呂に入ると、さらさらになった短い夜の髪で笑ってくれた。
星の空のような闇の瞳に、吸いこまれそうになる。
「俺は透夜」
教えてくれた名は、不思議な響きで耳を打つ。
「きみは命の恩人だ。きみに仕え、きみをたすける力になりたい」
命をたすけたから、ロロァを守ってくれるという。
ロロァの従者になってくれるという。
『そんなこと、しなくていい。すきに生きて』
言わなければならないのは、わかってる。
『気にしないで。当たり前のことだよ』
微笑まなければならないのは、わかってる。
乳母が読んでくれた冒険小説の主人公たちは、皆やさしく高潔で、見返りなんて決して求めない。だからこそ語り継がれ、だからこそ憧憬となる。
わかっているのに、痛いくらいわかっているのに、ロロァは、言えなかった。
かわりにこぼれるのは、あさましい願いだ。
「……ぼ、僕の、傍に、いて、くれ、る……の……?」
「この命、尽きるまで」
微笑んでくれる透夜に、言わなければならない。
『気にしないで』
『すきに生きて』
なのに
「……僕の、傍に、いて、くださぃ……とーや」
願いが、あふれる。
「はい、わがきみ」
……だめなのに。
こんなひどい願い、叶えてもらったら、だめなのに。
つかまえた透夜の手を、離したくない。
「……ごめ、なさ……」
あふれる涙と頭をさげたら、透夜の腕が抱きしめてくれた。
まだちいさな少年の、けれど確かにロロァよりはるかに大きく、はるかにたくましい、やさしい腕が包みこんでくれる。
「あなたにお仕えすることが、俺の、よろこびです」
笑ってくれる。
あふれる涙が、止まらない。
透夜は、僕を、あるじだと言ってくれるけれど
……もしも、僕のお願いを聞いてくれるなら
僕だけの、おうじさまに、なってください




