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みにくい公爵家の娘〜私の見た目が好きだなんて、冗談に決まっています〜

作者: 皆川

 美男美女の公爵夫妻、その子らはきっと美しいに違いないと噂されていた。

 その噂のとおり、上の兄と下の妹は絶世の美しさだったが、真ん中に生まれたキーナ・ミルフィは家族でたった1人醜かった。小さな鼻は上を向き、豚のようだと言われる、目は子供服のボタンのように小さくしか開かない。髪はチリチリにカールしていて触り心地はクッションのようだ。両親や兄妹は可愛らしいというが、贔屓目に見ても雑種の犬のような見た目の自分が、キーナは嫌いだった。どうしてこのように生まれてしまったのかといつも考える。もしかしてもらわれっ子かと思いきや、キーナの見た目は母方の祖父に瓜二つだった。祖父は勇猛な辺境伯で、それならばこのような見た目でも苦労はなかったかもしれないが、首都に住む優雅な公爵邸で、美しい調度品に囲まれた美しい家族の中でキーナ1人だけが浮いていた。

 公爵令嬢という高い身分から、いじめられることはなかった。しかしどこに行くにしても、他の家族と比べられるのはあからさまだった。引き立て役にしかならないキーナは自分の見た目を恥じて、家にこもりがちになっていった。


「お嬢様、招待状が届きましたよ」

「いらないわ、捨てておいて」


 キーナは読んでいた本から顔を上げず、招待状を読みもせず、ばあやに指示をした。今まで届いた招待状もほとんど開けていない。出席したってなんのことはない、どこぞの誰かとキーナの美しい兄妹との仲をとりつげという話ばかり、キーナはもう飽き飽きしていた。


「せっかくのご招待ですのに。そんな様子ではいつまでたってもお嫁に行けませんよ。ああ、嘆かわしい、18と言えば花も盛り、私の若い頃はねぇ」


 ばあやの話は長い、キーナは話を無視して本を読み続けた。異国の風習を書いた本だ。遠い異国では美しさの基準が顔の美醜ではなく指の長さで決まると書いてある。キーナは自分の目の前に指を持ってきて、しげしげと眺めた。労働を知らない、手入れされた長く美しい指だと思う。この国でも顔面じゃなく、指で美しさを測ってくれればいいのに、と考えて、自分でもどうしようもないことを考えるのはよそうと、本を閉じた。


 こんなキーナだが、令嬢らしく、婚約者がいたこともあった。親同士の約束で決まったことだ。しかしその婚約者、この国の王太子は、ご想像通り顔合わせの当日に同席した妹の方に一目惚れ、その場で婚約破棄になり、妹が王太子妃に内定した。


「同じ家だし、どちらでもいいなら、美しいほうを誰だって選ぶだろうが」


 はいはい、そうですね。キーナはわかりきった弁説を偉そうにのたまう王太子を笑顔で送り出し、申し訳なさそうにする妹ににっこり笑いかけてこういった。


「よかったわ、あなたに合う方のようだし、ミラベルの方が賢いから王妃に向いているわ」

「でも、お姉様。そんな問題じゃありません。非常識です」


 この姉への侮辱に涙を浮かべる妹ミラベルは、キーナと比べて、何一つ劣ることがなかった。容姿も美しく、賢く、常識的で、親切だ。

 努力したところでミラベルの足元にも及ばない自分をキーナはよくわかっていたので、嫉妬もしない。たまに「何にもない自分って何だろう」と思わなくもないが、あまり悲観的な性格でもないので、すぐに切り替えることができた。


 そんなキーナだったが、どうしても断れないパーティがあった。今年社交会デビューする妹のデビュタント兼、王太子との婚約披露パーティだ。身内のことなので、出ないわけにいかない。しかも、キーナが王太子に婚約を断られたことは、貴族なら誰でも知っている。そのため、キーナが出席しないと、『傷ついている』『妹への嫉妬』『公爵家の不和』などとあらぬことで噂になってしまうだろう。キーナは当然行きたくなかったが、行かなければならないということも承知していた。


「困ったわ。顔を覆い隠す布とか今、流行ってないのかしら」

「そんなものはありません」


 ばあやがキーナの支度をしながら、ピシャリと否定した。本の上での知識だが、遠い異国では、婦人が外出時、すっぽり頭を布で覆い、目だけが出る衣服で過ごすことが当たり前だと聞く。この国でも流行ればいいのに。顔を出して得をするのなんて美人だけなんだから、もう少しブスに優しい世界になってほしいとキーナは思った。


「顔を隠せないならしょうがないわ、ちょっとでもマシになるように、よろしくね」

「もちろん心得ておりますよ。そのために、ミラベル様の倍の人数で、倍の時間をかけるのですから」


 ばあやは外出嫌いの主人が重い腰を上げたと、喜んで支度人を集めていた。今夜の主役はミラベルなのだから、ミラベルにより人員をかけるべき、とも思う人もいるかもしれない。しかしおそらく想像する以上にミラベルは美しいので、化粧する人が“付け足すところがない“と泣き言をいうくらいなのだ。それに比べて化粧のしがいがある私の担当になった支度人は喜んでいるかもしれない。

 支度人たちとばあやはその腕のかぎりをかけて、キーナを美しく装った。

 出来上がった過去最高品質のキーナを見て、妹のミラベルは感嘆の声を上げた。


「お姉様、今日は一段と愛らしいですわ」

「なーに言ってるの。あなたの引き立て役として、せいぜい頑張るわよ」


 着飾ったミラベルは天女と間違えるくらい美しい。主役を飾るのに相応しいとはこのことで、きっと面食い王太子も惚れ直すこと間違いなしだ。

 

 キーナは両親と兄と一緒に会場に入る。入場してきた妹と、エスコートしている王太子に笑顔を向け、祝福の挨拶を交わす。兄との縁談目当てのご令嬢たちを捌いて、両親に呼ばれて偉い方にご挨拶、など慣れないことをしていたら、少しの時間でどっと疲れてしまった。


 普段からあまり人前に出ない分、余計に疲れやすいのだろうと自分で分析しながら、1人で風の当たるテラスへ出た。キーナと別れた両親は挨拶回りを続けている。きっと、人の多さに酔っていたのだろう、外の空気で思いきり深呼吸した。


「キーナ・ミルフィ公爵令嬢とお見受けします」


 突然声をかけられて、驚いて振り向くと、同い年くらいにみえる青年がいた。

 クリクリとした茶色の目が人懐こく感じられて、愛らしいとキーナは思った。


「初めてお目にかかります。セバン・ヤチュカと言います」


 ヤチュカは侯爵家だった。立場と年齢が近いので、本来ならパーティでもよく会うことになるはずだったが、キーナがパーティを嫌っていたため、会うのはこれが初めてだった。


「やっとお会いできた」


 そういうセバンは嬉しさをその茶色い目にいっぱい詰め込んで、キーナを見つめていた。そんな目で見つめられたことのないキーナは戸惑ってしまう。


「私にですか? 妹のミラベルではなく?」

「いいえ、キーナ令嬢のお話を聞いてから、ぜひキーナ令嬢とお話ししたかったのです。噂に違わず前辺境伯にそっくりだ」


 キーナは少しがっかりした。せっかく着飾ったのに、やはり無駄だったのだ。祖父と瓜二つのこの姿は変えられない。少しでも違うように見せたくて、食事制限や美容に関するあれこれを試したりもしていたけれど、結局知っている人がみれば似ているのだろう。キーナは時間をかけて手入れして、いつもより毛艶の良くなったくるくるの髪の毛を指先で弄んだ。


「ええ、祖父にそっくりでしょう。この髪も、鼻も、嫌になるくらい、醜い」

「醜い? いいえ、とんでもない! 美しいです」


 愛らしいであれば身内によく言われたが、“美しい“とキーナは初めて言われた。

 嘘かお世辞だと思ってセバンをみるが、セバンは真剣な顔をして、まっすぐキーナを見つめていた。


「美しいなんて、そんな、私だって自分のことはよく存じていますから、お戯れはおよしになって」

「いいえ、やめません。僕はおかしいと思われるかもしれませんが、前辺境伯様のお顔を拝見した時に思ったんです。どうしてこの人は男性で、すでに結婚されているのだろうって」

「えええ?」

「キーナ令嬢、あなたは奇跡です。つんと強気に上がった鼻、柔らかく華やかな髪質、そして人を疑わない真っ直ぐな信念のあるその目元、無礼な婚約破棄も許す寛容なお心。そして女性で未婚で、僕と同年代、全てが理想そのものなのです」


 キーナは信じられない言葉の羅列に、めまいがしそうになる。そんなキーナをよそにセバンは手袋をした唯一キーナが自信のある美しい手をじっと見つめ、とろけるような笑みを浮かべながらそっと握って口元に寄せた。


「ぜひ僕を婚約者の候補に入れてください」

 

「考えさせてください」


 そう言って去るのが精一杯だった。顔は真っ赤になっていた。



 その日からセバンの猛アプローチが始まった。毎日のように公爵邸に恋文が届く。


「お嬢様、どうされますか?」


 招待状のようにすぐに捨てるかとばあやは聞いたが、キーナは首を横に振って、大切そうにその手紙を手元に置いた。しかし、なかなか返事は出さず、出しても3通に1通、とても短い文面だった。

 その様子を見ていた妹のミラベルが、痺れをきらして、キーナに迫った。


「それでお姉様はどうされたいの? 他の方に聞いてもあの人のお祖父様好きは本物みたいだから、お姉様を褒める言葉に嘘偽りはないだろうけど、断りにくいだけだったら、私が代わりに言いましょうか?」

「ミラベル、それが、私こういう時どうしたらいいのか、全然わからなくって」

「結局、お嬢様は侯爵家の坊ちゃんを好いておられないのですか」


 ばあやが答えを急かすようにいうと、キーナは顔を真っ赤にして、何か言いたそうに口を開けては閉じてを繰り返している。それだけで、キーナがセバンをどう思っているかは明らかだった。

 ミラベルとばあやは顔を見合わせて、頷きあい、まだもじもじしているキーナを放って、ドアを蹴破る勢いで公爵夫妻の部屋へ向かった。


 キーナとセバンの婚約が整うのは、これから3ヶ月後の話。

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― 新着の感想 ―
セバン:「いいえ、やめません」 いいなぁ 私も全肯定してくれる人が欲しいって思っちゃいました。
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