表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第一話 ―春の迷い路―

 午後五時を過ぎても、空はまだ明るかった。

 けれど、街角に立つ小春の心には、ぽっかりと空白のようなものが広がっていた。


 制服の襟元をつまみながら、自動販売機の横に腰掛けた彼女は、小さくため息をつく。


「今日もバイト、なし……か」


 十七歳。

 家が貧しく、母親とふたりで支え合うように暮らしてきた。

 父の顔は知らない。母はいつも明るいけれど、目の奥の疲れは隠せなかった。


 だからこそ、小春は自分にできることはなんでもしようと思っていた。

 放課後の時間を削って、パン屋のレジ、配達の手伝い、商店街の掃除まで、なんでもやった。


 けれど、今日は臨時休業だという張り紙を見てしまった。


 誰にも怒られない。責められもしない。

 なのに、胸の奥がしんと冷えていた。


(働かないと、夕飯、どうしよう……)


 肩をすぼめて歩き出す。

 重たいランドセルのように、日々の現実が背中にのしかかる。

 いつも通る神社の裏道に差しかかると、ふと風が吹いた。


 ──それはまるで、彼女の名前を呼んだようだった。


「……?」


 境内に目を向けると、誰もいないはずの鳥居の下に、何かが“きらっ”と光った。

 夕日とは違う、不自然なきらめき。

 小春は思わず近づいてしまった。


 石畳に埋め込まれるように置かれていたのは、小さな鏡のかけら。

 何気なく手に取った瞬間、視界がぼやけ、地面がぐらりと傾いた。


「えっ……?」


 気がつくと、音が消えていた。

 目の前が、白い光に包まれていく。


 何も聞こえない。

 何も感じない。

 けれど──なぜか、懐かしい匂いがした。


 お香のような、古い木のような、畳の香り。

 次の瞬間、小春の足元から“景色”が変わった。



---


 ぱたり、と竹の葉が肩に落ちる音で目が覚めた。

 視界に映るのは、見慣れない、青く澄んだ空と、どこまでも高い竹林だった。


「……ここ、どこ……?」


 制服のスカートに泥がついていた。

 急いで立ち上がり、周囲を見渡す。けれど、車の音も、人の声もしない。


 しん、と静まり返った森の中。

 ただ、風が葉を揺らし、鳥が囀っている。


 目の前の小道には、草履を履いた人々が通り過ぎ、

 その先では駕籠かごが揺れながら運ばれていった。


 その全てが、映画のワンシーンのように「江戸時代」を思わせた。


「うそ……うそでしょ……!?」


 携帯を開く。圏外。GPSも反応しない。


(夢? 違う……だって、風も、匂いも、リアルすぎる)


 混乱しながら歩いていると、背後から鋭い声が飛んだ。


「おい、そこの娘、何者だ!」


 振り返ると、刀を差した侍が二人、こちらに向かって歩いてきていた。

 黒いかみしもを着て、目を細めながら警戒している。


(えっ、どうしよう……!)


 逃げようとしても、足がすくむ。

 そんな小春に、侍の一人が目を細めた。


「珍しい装束だな。旅芸人か? いや、盗賊か?」


「ち、ちがいます……わたしは……」


 声が震える。言葉が出てこない。


 そのとき──背後から、もう一人の男が割って入った。


「その娘、俺が引き受ける。怪しい者ではない」


「お主は……城の奥番の、冬馬殿!」


 冬馬と呼ばれた男は、小春をちらと見たあと、小さくため息をついた。


「まったく、また迷子か。最近多いな。娘、おぬし、住まいはどこじゃ?」


「……えっと……その、わかりません……」


 冬馬は眉をひそめた。


「困ったな。まあいい。ひとまず、城に連れていく」


「し、城……!?」


「身元が分からぬまま放っておくわけにもいかぬ。……来い」


 こうして、小春は、江戸城の門をくぐることになる。

 それが、彼女の運命を大きく変える第一歩になるとも知らずに──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ