エピソード17:グアンロンチョン包囲戦⑥天才たちの反撃!フェイフォンとヂーリー!
火球が爆発した後――
警備兵たちは、盾をゆっくりと下げた。
火球が落ちた地点には、
一点集中の巨大な火柱がまだ燃え続けていた。
周囲には倒れた盗賊たちの姿。
生き残っているのは、遠くへ逃げた者か、別方向に退いた約10人ほどだけだった。
「な、なんだこれ……!お前、本当に『竜』だな……!」
ヨンチーはあ然とし、口を開けたままロンウェイを見つめる。
警備兵たちも辺りを見回す――
そして気づく。
街全体の火が、すべて消えている。
「……ロンウェイ、まさか――
この街の火事、全部……吸い上げたのか?
あのデカい火球に……?」
「うん!だから大事だったんだよ。
ヂーハオを攻撃するのも大事だけど……
まず火事を止めないと、
みんな、寝る場所もなくなっちゃうからね!」
「……ヂーハオは、どうなった?」
火柱の中から――
ゆっくりと、人影が現れる。
炎を切り裂くようにして姿を現したのは、ヂーハオだった。
皮膚の表面には焼けた痕跡が見えるが――
もともと邪気に染まり黒く変色しているため、
どれほどの損傷かはわからない。
「生きてる……!」
警備兵たちの間に、安堵とも恐怖ともつかぬ感情が走る。
しかし――
そのヂーハオは、怒りに満ちた顔で前へ進み出た。
「……このクソガキがぁ……
よくも……よくもやりやがったな……!!
俺は……ポタラ寺院の僧侶なんだぞ……!
幼い頃から、どんな妖怪にも打ち勝つために修行してきた……!
強さと才能を認められ続けたこの俺が――
てめぇなんかに負けるわけがない……ッ!!!」
「……もうやめてよ、ヂーハオ……!!」
ヨンチーがヂーハオの前に立ちはだかる。
「お前、もう十分すぎるほどめちゃくちゃにした。
そろそろ……本当に終わりにしようよ。
たとえこんなことしても……
俺たちはまだ、お前を許す気がある。
何があったか、ちゃんと聞きたいし、
どうしてこうなったのか、知りたいんだ。
……戻ってきてくれよ」
ヂーハオは、無言のままヨンチーを睨みつけた。
その背後には、警備兵たちがゆっくりと近づいてくる。
誰も武器を構えてはいない――
だが、誰ひとり手放してもいなかった。
その頃――
ヂーリーの家の近く。
ヌゥフオは、先ほどフェイフォンが吹き飛ばされた家の前に立っていた。
爆発音を聞きつけた彼は、街の中心で上がる巨大な火柱を遠くから見上げる。
「へっへっ……
どうやらヂーハオ様が、えらい楽しんでるみてぇだな!
よし、あのアマを持って行ってやるか。
もし生きてりゃ、そのまま焼いてやる。
死んでたら、せめて『火で炙って』から食うとすっか……」
その瞬間――
瓦礫の中から、影が飛び出した!
シュバッ!!
斬撃が走り、ヌゥフオの左腕の一本が空を舞った!
「が、ガアアッ!! てめぇッ!! このクソアマァァァ!!」
フェイフォンが、瓦礫の中から姿を現す。
顔面には血が流れ、全身傷だらけ。
だが――両手にはしっかりと扇子が握られていた。
『……今のは危なかったわ。
あたしの気の流し方は、
外部からのダメージを気流に乗せて、
体の外へと【逃がす】仕組みなの。
急な一撃でも、最低限の防御にはなるように訓練してる。
けど――』
フェイフォンはよろめき、腹部を押さえる。
『……こいつの一撃は、
その【逃がした分】以外のダメージだけで――
骨が折れるほどだった。
たぶん……肋骨数本、いってる。
なにしろ【三本の腕】で一気に殴られたからね。
あの時、両手の扇子で、二発を防がなきゃ――
あたし、死んでた』
「ど、どうなってやがる……!?
この俺の腕を……斬り飛ばしただと、このクソアマがァ!!?
お前の攻撃なんて、浅い傷ばっかだったろうが!!
その程度の力で、俺の腕が斬れるはずがねぇ!!」
フェイフォンは、血まみれの顔でうっすら笑いながら答える。
「たしかに――あたしにそんな力、ないわよ。
でもね、『水滴石を穿つ』って言葉、知ってる?」
「最初からわかってたのよ。
あんたたちピシャーチャって、痛みを感じないんでしょ?
どんなに痛いはずの攻撃でも、
顔色一つ変えずに平気で動き続けた。
中には扇子を攻撃しようとして手を壊した奴さえいたわ」
「でもね、それって実は『弱点』でもあるのよ。
痛みって、体の『警報装置』だから。
それを感じないってことは、
『限界』も、『危険』も、自分じゃわからないってこと」
「だからあんたは――
あたしの攻撃が効いてないって思い込んでた。
気づいた時には、もう手遅れだったってわけ」
「けど、力じゃ俺の方が――!!
お前は雑魚ども9人倒すのにも手こずってただろうが!!」
「うん、そりゃそうよ。
でもね、最初の一撃からわかってたの。
あんたたち、妖怪になったばかりでしょ?
慣れてないのが丸わかりだった」
「たとえばあんた――
六本の腕を同時に使う動き、全然できてなかった。
熟練の武術家だって、複数の肢を活用するには数ヶ月から数年は訓練が必要よ。
速さはあるけど、動きはめちゃくちゃ。
そのせいで、全部バレバレだったの」
「それに、普通の人間って右利きが多いから、
左腕は上手く使えない。
あんたみたいなタイプは、訓練してない限り、
その弱点も残ってる」
「つまり――
結果的に、不器用な上に左腕は戦闘でほぼ無用。左側は巨大な死角になってたわ。私の戦闘技術なら、全ての攻撃を容易にかわせるレベルよ」
「あんたが今あたしに当てられたのは、衝動的で予測不能な攻撃と、あんたの最高速度、それにあたしの疲労が重なったから。
でもその前から、あたしは全ての攻撃を関節と弱点、特に左腕の急所に集中させてたわ。関節への攻撃だったから、視覚的にも気づきにくかったでしょ?」
ヌゥフオは怒りで震えながら近づいてくる。
「黙れえぇぇ!!!
ガリガリのクソガキが調子に乗るな!!!
どれだけ計画しようが、体は俺の方が頑丈だ!!
お前はもう満身創痍じゃねぇか!!
さっき自分で言っただろ、疲れで俺の攻撃を食らったって!!
つまり、最後に勝つのはこの俺だあああ!!」
「……ほんとに、そうかしら?」
フェイフォンの姿がスッと消える。
――次の瞬間、
《舞鳥流:鷹の狩!!》
シュバァッ!!
フェイフォンはヌゥフオの背後に現れ、
両手の扇子を使って――
残った左腕を、まとめて二本、切断した!
ヌゥフオの腕が地面に転がり、
その巨体が右側に傾いて倒れる。
「う、うおおおおおおおおおっ!!!
コノヤロウゥゥゥゥゥ!!!
ぶっ殺してやるゥゥゥゥ!!!!」
「……それと、もう一つ教えてあげる
今、あんたは『左側』の腕を三本失った。
しかも、その分の『重さ』が全部右側に残ってる」
「普通の人なら、左右のバランスなんて微調整できるけど――
あんた、格闘技の訓練してないでしょ?
その体じゃ、バランス崩して当然よ。
要するに……裏返ったカメみたいなもんよ」
ヌゥフオが立ち上がろうとするが――
完全にバランスを失い、ふらふらと揺れ、倒れそうになる。
「……無理よ。
もう『平衡感覚』が死んでるの。
さっきまででも当たらなかったのに、
今のあんたなんて、酔っぱらい以下だわ」
フェイフォンは二本の扇子を力強く構える。
「――これは……
あんたが殺した人たちのためよ。
この化け物があああああ!!!!」
「舞鳥流:殺鶴の舞!!」
フェイフォンはヌゥフオの全身――急所だけを狙い、
容赦なく攻撃を叩き込んだ。
戦いの最初から、
一貫して彼女が狙っていたのはそこだった。
その積み重ねが――
「ぐあっ……ぐおおおおおおあああああ!!」
ヌゥフオの肉体を崩壊させていく。
そして彼の身体は、
やがて灰となって消え――
跡形もなく、消滅した。
「……あたしはね、あんたらみたいな盗賊とは違う。
人を殺したくて戦ってるわけじゃない。
でも――あんたは、もう『人間』じゃなかった。
完全な妖怪になったあんたに、
もう容赦はいらなかった」
ヂーリーの家の中。
彼は、暗闇で気配を殺しながら、
イェンホンの足音を必死に探っていた。
バンッ!!
寝室の扉が破られた直後――
バンバンバンバンバンバン――!
ヂーリーは全弾を撃ち尽くすまで、
扉の方角に向かって銃を撃った。
「残念だったな。
もう俺を撃ち殺すことはできねぇよ。
今の俺は『完全な妖怪』なんだからな」
「感心するよ、お前。
いろんな方法を考えやがって……
声も立てずに俺に命中させるなんてな。
だが、ここまでだ」
イェンホンはヂーリーの首を掴み、
強く締め上げた。
「どうする?このまま首を折るか?
それとも、もっと痛めつけてからにするか……
なあ、いい方法を思いついたんだよ」
ヂーリーは腕を上げ、
見えないイェンホンの耳の辺りに両手を添える。
そして――
カァン!
強く、左右でチベットの鈴を鳴らした。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
イェンホンは思わず叫び、ヂーリーを手放す。
ヂーリーはすぐに立ち上がって、家の外へと走り出した。
「このクソッタレがァァァ!!
絶対に……絶対に逃がさねぇ!!!」
『……首に触れた感覚と、声の高さから、
身長と耳の位置を推測した。
そしてこの鈴――ヂーフェイ大師から授かった【あの音】。
妖怪にしか効かない、特別なものだ』
外に出たヂーリーは、ちょうど戦いを終えたフェイフォンと鉢合わせた。
「ヂーリーさん! 無事でよかった!
あのヤツにやられたかと思って……!」
「逃げましょう、フェイフォンさん!
まだ家の中にいる!
あらゆる方法を試したが……あいつは、これまでの妖怪と比べものにならない。
痛みは感じさせられても……致命傷にはならないんです!」
「……痛み?」
イェンホンは再び家から出る。姿は見えない。無音。
『チクショウ……あの野郎、俺の声と足音を頼りに位置を割り出しやがった。
もう喋らねぇ……音も立てねぇ。
この闇の中、完全に透明になってりゃ――
俺の勝ちだ』
遠くからフェイフォンたちの様子を見る。
『あのガキ……さっきまでヌゥフオと戦ってたよな……
ヌゥフオの姿が見えねぇ。まさか……』
フェイフォンの扇子に、青白い炎が灯る。
あの時、イェンホンを焼いた「特別な火」だった。
『……まさか……!ヌゥフオが……あのガキに!?』
フェイフォンが、真っ直ぐにイェンホンの位置を見る。
『やるつもりか……この火でまた……
でも、俺は今、完全に気配を消している。
どんな天才でも、見えない、聞こえない俺は止められねぇ』
次の瞬間――
フェイフォンの姿がかき消えた。
そして――
《舞鳥流:鷹の狩!!》
炎を纏った扇子が、
静かに、確実に――
イェンホンの背後から振り下ろされた。
突如として――
イェンホンの首が地面に落ちた。
彼の身体と頭部は、見えたり消えたりを繰り返しながら――
やがて灰となって風に消えていった。
「バカね……気の流れが読める人に、
『透明』なんて意味ないのよ。
あんたが透明化してるって気づいた時点で、
気を集中すれば『感じ取る』ことができるの」
「それに、この聖なる炎があんたに効くとわかれば――
倒すのは簡単だった。
あのデカブツにもこれが使えたら、
あたしもここまで傷つかずに済んだんだけどね……」
フェイフォンは腹部を押さえ、地面に倒れ込む。
「おい、大丈夫か!?お嬢ちゃん!」
「……そんなによくないわ……
骨、何本かいってると思う……」
ヂーリーは彼女の肩を貸して歩き出し、
自分の家の寝室まで連れて行く。
フェイフォンを丁寧に床に横たえると、
ランプを探して部屋を照らした。
「心配いらない。
うちは盗賊や妖怪と戦うのが日常だからな。
薬や包帯はちゃんと揃ってる。
少しだけ我慢しててくれ」
灯りがついた瞬間――
フェイフォンの目が壁際の「ある物」に向く。
それは――ロンウェイの棍だった。
「……ちょっ……ちょっと待って!!」
「ど、どうした!?な、なにが……!?」
「それ……ロンウェイの棍棒じゃない!!?」
「ああ、それ?驚かせないでくれよ、フェイフォンさん……」
フェイフォンはヂーリーの肩を掴み、切羽詰まった様子で言う。
「違うの、ヂーリーさん……
ロンウェイは半竜人。
竜人 じゃないのよ!」
シンドゥーで銃撃されたとき、
この棍棒で身を守ったの。
彼の身体は『半分』は人間だから――
銃弾が当たれば、致命傷になるかもしれないの!!」
「な、なんだって……!?」
フェイフォンは棍を手に取り、
家の裏手に向かって駆け出す。
そこには、彼女のバイクがあった。
ヂーリーも慌てて追いかける。
「待ってくれ、フェイフォンさん!!
あんた、骨が折れてるんだぞ!?
無理するな、休まなきゃ――」
「そんな時間ないのよ、ヂーリーさん!!
ロンウェイは、今この街を救える『唯一の戦士』なの!!
あたしがここに連れてきたんだから……
彼を死なせるわけにはいかない。
あたし、それに耐えられない……!!」
ヂーリーは、その覚悟を悟った。
「……わかった。
ならちょっとだけ待っててくれ。
麻縄とニームの葉を取ってくる。
ブートゥに取り憑かれた住民のために、
シュエンウーを一人にしちゃいけない」
しばらくして、二人はバイクで街の中心部へと急ぐ。
フェイフォンはロンウェイの棍棒を握り――
ヂーリーが後部座席に乗っていた。
街の中心。
ヨンチーと警備兵たちは、皆地面に倒れていた。
その中で――
ヂーハオはロンウェイの首を掴み、高く持ち上げていた。
ロンウェイは抵抗しようとするも、力が入らない。
「な、なんだ……
体が……力が入らない……」
ヂーハオは、ロンウェイの胸から、
天の竜の宝珠を奪い取った。
ロンウェイはそのまま地面に投げ捨てられる。
動くこともできない。
ヨンチーも、震える体をなんとか起こす。
「……あれと同じだ……
街に入ってきたとき、
ヂーハオに触れられて……
急に力が抜けた……あれと同じ……」
ヂーハオは宝珠のネックレスを首にかけた。
そこにはすでに「天の亀の宝珠」もかかっている。
彼は、にやりと笑った。
「見たか、小僧。
俺に逆らっても無駄なんだよ!」
「『邪気』ってのは、『気』の真逆。
気が活力を与えるなら――
邪気はそれを『吸い取る』
さっきの火球で受けたダメージも――
今こうして、てめぇとその仲間たちの活力を吸い取ったおかげで、
ぜ〜んぶ回復したってわけだ!
しかも今の俺には、
『宝珠が二つ』もあるんだぜ?
俺様は――完全に無敵なんだよ!!!!」