エピソード16:グアンロンチョン包囲戦⑤惑星と太陽!シュエンウーとロンウェイの反撃!
――数分前。
シュエンウーは、ブートゥに取り憑かれた住人を祓おうと
聖なるマントラを唱えていたが――効果はなかった。
「ど、どうすりゃええんじゃ……?」
周囲を見渡す。
ピシャーチャの盗賊たちが家々に火を放ち、
ブートゥに取り憑かれた市民たちは暴れながら街を破壊していく。
『い、いかん! こりゃあ……めちゃくちゃヤバいべ!
なんもせんと……このままじゃグアンロンチョンが滅んじまう!
盗賊も多い、ブートゥも多い、街の損傷もでかい……
どうすりゃええ!? おいら、なにをすべきなんじゃ……!』
シュエンウーはその場に腰を下ろし、静かに座禅を組んだ。
『ロンウェイは、ヂーハオと他の盗賊たちを相手にしとる。
ロンウェイはフェイフォンが残りを倒せると言っていたけど……
あいつら、街のあちこちに散らばってるけぇ……
もし間に合わんかったら、市民がケガしたり、死んじまう……』
『……しかも、家が火ぃついとる。
たとえ盗賊倒して、ブートゥ祓えたとしても、
火が広がったら、グアンロンチョンは全部燃えちまう……』
『……おいらの、優先すべきは……一体なんじゃ……』
その時、シュエンウーの脳裏に――
ポタラ寺院での修行時代の記憶がよみがえった。
《ポタラ寺院の修行の日々》
「……ヂーフェイ大師、なんでおいらの名前、『シュエンウー』って言うんですか?」
「フフ……いい質問じゃな、シュエンウー。
『玄武』とは、かつて『北方の土の亀』の名だった。
その昔は、『北方の水の黒き亀』として知られていたのじゃ」
「へっ?それって……五行の属性や、色を間違えたってことですか?」
「いいや、違う。
五行の流れというのは常に変化しておる。
太古の時代、天の亀は確かに『水』を司っていた。
覚えておるか?五行相生の流れを」
「ええと、水は……木を生み、木は火を生み、火は土を生む……」
「その通りじゃ。
時代が巡るごとに、気の流れは変わる。
それに伴い、五聖獣の象徴する属性も変化するのじゃ。
しかし、どれだけ姿が変わろうとも――
その本質は変わらん」
「……でも、それとおいらになんの関係が……?」
「気の流れは、命の流れじゃ。
それはその者の未来を示す道でもある。
お前に与えられた名は、運命の印でもある。
玄武は――
風水において『守護』を司る存在」
ヂーフェイ大師は、優しくシュエンウーの肩に手を置いた。
「お前の気、お前の本質、魂、運命……
すべてが『守り』、『忍耐』、『再生』、『静穏』と深く結びついておる。
お前は常に困難に静かに立ち向かい、
苦しい修行にも文句を言わず耐え抜き、
確実に成長を続けてきた」
「でも……ヂーハオの方が、ずっと技も上手で……」
「ヂーハオの進歩はお前と違うだけだ。お前の歩みは遅いが、確かだ。普通、人は段階的に成長するものだ。成長と停滞を繰り返す。私たちポタラ寺の者でさえ、その法則からは逃れられん。だが、お前は違う、シュエンウー。お前の進歩は確かに遅い。だが、途切れず、常に進んでおる。」
「……まるで、亀さんみたいに?」
「その通りじゃ。今、すべてが繋がっておることがわかったか?遅くとも決して歩みを止めず、道を進み続けるカメのように──その寿命は他の生き物よりも長く、甲羅のおかげで外敵にも強いのじゃ」
ヂーフェイ大師は、一本の棒を手に取り――
バキィン!
全力でシュエンウーの頭を叩いたが、棒の方が真っ二つに折れた。
「……見たか?この耐久性、落ち着き、忍耐、そして『遅さ』――
それこそが、お前の『武器』なんじゃ、シュエンウー。
そしてそれを磨き続ければ、いずれもっと深い繋がりに気づく。
『シュエンウー』という名と、玄武の本質とのな」
「じゃあ……おいらだけ、ヂーハオや他の坊さんと違う型を教わるのも……それが理由で?」
「うむ。わしが教えたその型は――
お前の体にも、魂にも、ぴったりと合っとる。
いや、『お前のためにこそ』ある技と言ってもよい」
――現在。
シュエンウーの体から、気が放たれ始める。
周囲の石が微かに震え、地面が揺れ始めた。
『……あの頃は、天の亀の宝珠なんて知らんかった。
ましてや……おいらが選ばれるなんて、夢にも思わんかったべ。
でも今は、わかる。
おいらは、自分の心に従えばいい。
ヂーフェイ大師が、いつも言ってくれた通りに。
焦らんでええ……急がんでええ……
一つずつ、ゆっくりやればええんじゃ。
ゆっくり……でも確実に……
そして、守るために……』
シュエンウーの気はどんどん強まり――
そのオーラは眩しいほどの緑色に輝き始める。
火に包まれた街の中でも、彼の放つ光は最も明るく、
その反動で、ブートゥの影たちはさらに黒く、深くなった。
ピシャーチャの盗賊たちも、その異様な光に気づき、集まり始めた。
《――大地少林拳:陰陽引力!!》
シュエンウーは、なおも座禅を組んだまま。
彼のオーラがぐわっと拡張し、重く圧倒的な気圧を放ち始める。
ブートゥに取り憑かれた住人たちは――
遠くにいた者までもが、まるで吸い寄せられるように近づいてくる。
ピシャーチャの盗賊たちも同じだった。
あっという間に――
その周囲には、住人30人と盗賊15人が密集した。
影の触手たちは、家よりも高く、木よりも太くなり、
何十本もがシュエンウーの身体に絡みつき、締めつける。
盗賊たちも棍棒、刀、松明、銃弾を容赦なく叩き込んでくる!
しかし――
『……この技は、
おいらの気を『大地の引力』に見立てて使うもんじゃ。
質量の大きい星が、軽い星を引き寄せるように……
気の強い者が、弱い気を引きつける。
特に、『邪気』に対しては、強烈に反応する。
つまり――おいらの気が、
邪気を重力みたく吸い込むってわけや』
シュエンウーは、激しい暴力を全身に受けながらも――
静かに、まったく動かず、座ったまま。
周囲ではさらに多くのピシャーチャがバイクで到着し、
新たなブートゥも集まってくる。
やがて――
その場には60人以上が押し寄せ、
怒号と罵声の中で、容赦ないリンチが始まった。
しかし彼は、微動だにしなかった。
『……そろそろ、ええ頃合いじゃな……』
両手を地面に打ちつける。
《――大地少林拳:惑星分化!!》
ズドオオオォン!!!
シュエンウーの体から、爆発するような緑の閃光が放たれ――
一瞬で、全方位の者たちが吹き飛ばされた!
バァン!!
その場にいた住民たちも、盗賊も、
次々と地面に叩きつけられ、意識を失った。
彼の周囲には――
気を失った数十人の身体が、きれいな円を描いて倒れていた。
『……この技は、惑星が形成される際の原理に基づいてる。
重たい物質は中心に集まり、軽い物質は外に弾き出される。
おいらの気が、邪気を強く引き寄せて――
それを根こそぎ引き抜いて、
邪気に汚れた身体ごと、外へ放り出したんや……』
シュエンウーが静かに立ち上がる。
その体には――
あれだけの暴力を受けたにもかかわらず、傷ひとつなかった。
だが――
その肌は黒く変色しており、
全身の毛穴からは、黒い煙が立ちのぼっていた。
シュエンウーが目を開けた。
その瞳――虹彩は真っ赤に染まり、
目と鼻からは血が流れていた。
だが、それでも彼は落ち着いた表情を崩さず、
倒れた村人たちを一人ずつ運び始めた。
シュエンウーは、近くの荷車に人々を乗せていく。
意識を失った市民たちを、丁寧に寝かせていった。
『……今、いちばん大事なんは……
グアンロンチョンの命や。
皆が無事なら、後で盗賊と戦ってもええ。
街が燃えても、命が残っとれば……
また、やり直せるんや』
共同館の前――
剣・槍・盾を構えた警備兵たちが、
ヂーハオに従うピシャーチャの盗賊20人以上に対峙していた。
ヨンチーがその先頭に立つ。
「行くぞ、みんな!
こいつらモンスターなんかに負けてたまるか!
グアンロンチョンの意地、見せてやろうぜ!」
「おおおおおおおっ!!」
「待って、ヨンチーおじさん!」
「ん? どうしたロンウェイ?
まさか、『全部自分がやる』とか言わねぇよな?
お前、今にも倒れそうじゃねぇか。
妖怪だって、血が足りなきゃ死ぬんだぞ。
ここからは、俺たちに任せ――」
「違うよ、ヨンチーおじさん。
僕、もうちょっとだけやることがある。
だから、その間だけでいい。
少しだけ……守っててくれない?」
「……マジか。
で、なにすんだ?」
「説明してる時間がないんだ。
でも、すぐにわかる。
――この街のためのことだから」
ヨンチーはうなずき、仲間たちに合図を出す。
警備兵たちは盾を使ってロンウェイを囲み、
防御陣形を組んだ。
その「盾の砦」の中で――
ロンウェイは片手を開き、
天の竜の宝珠が激しく赤く光り始めた。
彼はそれを掲げ、空へ向けて高く突き出す。
その時!
ピシャーチャの盗賊たちが一斉に突撃し、
盾の防御陣を全力で叩き始めた!
ガンッ!ガンッ!!ドンッ!!
「ロンウェイ!! 時間かかるのか!?
こっちはギリギリなんだけど!!」
その瞬間――
ゴオオオオオオッ!!!
夜空に、四方から火柱が上がった!
ヂーハオの目が見開かれる。
「……なんだ!?なんなんだあれは!?
火が、あいつのとこに集まって……
まさか……!?まさかあいつ……ッ!!」
遠く、シュエンウーは
火に包まれた家々の上を見上げていた。
すると――
家を焼いていた炎が、ふわりと上昇し、
まるで引き寄せられるように、
街の中心へと飛んでいく!
「……あれは……ロンウェイ……?
あの宝珠の仕業か……?」
ヂーリーの家の近くでも、同じ現象が起きていた。
ヌゥフオは気づかずに、
フェイフォンが吹き飛ばされた家へ歩いていく。
一方、ヂーリーは家の中から窓越しに空を見ていた。
『……私の街に、なにが起きてるんだ……?』
共同館の上空には――
直径5メートルを超える、
巨大な火の玉が浮かんでいた!
ピシャーチャの盗賊たちはそれに気づくと、
驚きと恐怖で陣形を崩し、後退し始めた。
ヂーハオも目を見開いたまま、動けない。
「……う、うそだろ!?あいつ……あれを……!?」
ロンウェイが声を上げる。
「準備完了!みんな、離れて!」
警備兵たちは陣形を解き、後方へ避難した。
頭上の巨大な火球を見て、思わず悲鳴を上げる者もいた。
「な、なにこれ……!?ヤバすぎだろ……」
ロンウェイは火球を頭上に掲げたまま、
左足を一歩前に出す――構えをとる。
《――赤き天竜の拳:小太陽!!!》
ロンウェイが手を振り下ろすと、
火球が矢のようにヂーハオたちへ向かって飛んだ!
盗賊たちは一斉に逃げ出す。
ヂーハオは両腕で体を庇い、耐えようとするが――
ドォォォォンッッッ!!!
火球が地面に接触した瞬間、
大爆発が街を揺るがす!
警備兵たちは盾で身を守り、
衝撃波を耐えきる――
その爆音は、
グアンロンチョン全域に響き渡った。
少し離れた場所で――
あの酔っ払った老人が、空を見上げていた。