4 今度はなんですか?
「とりあえず、今日は家まで送る」
「はあ?」
なんで今日会ったばっかりの人に、家まで送ってもらわないといけないの?
私の不満は顔に出ていたみたいで、カケルくんは非常に申し訳ない顔になった。っていうか、今更そんな顔しても無駄。
「俺が送らないと、多分市松か葛木の誰からがついてくると思う」
「え?そんなにいっぱいいるんですか?」
「うん。市松は日本担当で、その数は百を超える。この辺には十人くらいいて、葛木はその倍だ」
「うわあ」
「うわあって」
「みんな市松っていうんですか?」
「うん」
もう、なんなんだろう。っていうか、今のいままで知らなかった私はラッキーなの?
「お腹すいたな。美味しいケーキ屋があるんだ。そこでケーキ奢るよ。お詫びに」
「け、ケーキ」
なんで突然?
だけどケーキは別腹。
私はその言葉に釣られ、彼と一緒にカフェに入った。
それを後悔することになったのは、一時間後だ。
なんやかんやでカケルくんは話しやすい人だった。
市松さんにはツンケンしてるけど、それ以外は食べるのが好きな普通の人かな。まあ、男の人なのに、全然緊張しないですんだものよかった。
ケーキを食べ終わって店を出ようかと思っていると、女子高生が現れた。
「カケル!」
「綺里子?」
「その女は誰なんです!」
女子高生は猫のような子で、なにかめちゃくちゃ怒っていた。
うん、おそらく痴情のもつれ?
なんていうか、今日は厄日かもしれない。
「この人は人外被害に巻き込まれて、家に送っていく途中なんだ」
「そうなんですの?」
うん。だいたいあってる。
余計なこというよりもいいかもしれない。
「それでは私もご一緒にしてもよろしいですか?」
「は?」
私とカケルくんの声が思わずハモってしまった。綺里子、だっけ。猫のような女子高生はそれが嫌だったみたいで、釣り目がさらに釣り上がった。
「なるほど。夜乃子様と勘次郎様と同じ会社の方なんですね」
「はい」
女子高生、綺里子ちゃんは表情が豊かすぎる。
私が二人と同じ会社だったのも気に食わないのね。
面倒くさそうな子。
やっぱり今の会社辞めたいな。平凡凡に暮らしたい。
「ここまででいいです」
「そうですか?」
「いや、家まで送るよ」
「大丈夫だから」
家は視界の端っこに見えていた。だから、私は二人にそう言って別れようとしたが、カケルくんはしつこかった。
うん。面倒。
「綺里子ちゃん、カケルくんと二人で仲良く帰ってください。私の家はここから真っ直ぐ行くだけなので」
ぐいぐい行く綺里子ちゃんに頼めば、カケルくんを引き留めてもらえると。
彼女に早口でそう言うと私は歩き出した。
予想通り、カケルくんは私の後を追っかけようとしたけど、綺里子ちゃんに止められた。
よっし、作戦勝ち。
早足で、自宅を目指す。あと数歩というところで、私は不審者を見た。
黒のパーカーをかぶって、黒のパンツ。全身黒尽くめの人。
無視してそばを通り抜けようとしたのに、その不審者が私の手を掴んだ。
「市松の血、うまい。飲むと力がつく」
「あの、私は市松とは関係ありません」
「うそだ。お前市松だ。うまい血」
「なんですか、それ、いきなりスプラッタ!」
「ここいっぱい人いるから、連れていく〜」
「やめろ!」
「やめなさい!」
引っ張れてどこかに連れて行かれそうになったけど、二人が止めてくれた。
綺里子ちゃんとカケルくんだ。
「助かった!」
多分ね。
カケルくんがその人外をぶん殴って、捕まれた腕が自由になった。
綺里子ちゃんは、市松さんみたいに不思議な力を使っていた。
しゅわしゅわと消えていって、服だけが取り残される。
「あ、ありがとうございます」
二人に礼を言いながら、目を周りに配る。だけど、近所の人が私たちのことを気にしている様子はなかった。
「もしかして結界?」
「よくわかりますね!私が結界はって、力であいつを消しました。カケルくん。あなたはやっぱり強い。私のパートナーになって」
パートナー。
あ、ぶない。危ない。
結婚相手のことじゃくて。
相棒の意味ね。
「市松!」
そう呼ぶ声がして、消えたはずの人外が視界に入る。
ううん。さっきのと違うやつだ。二人いたんだ。
それは私に飛びかかってきた。
「善子!」
「善子さん!」
二人の悲鳴のような声が聞こえた。
ああ、本当、今日は厄日だ。
噛まれる!食べられるの?
痛みがくるのを待っていたけど、それはこなかった。
「どういうこと?」
「これは、いったい。あなたも市松ってこと?」
二人の戸惑う言葉が聞こえてきて、目を開けると、私のすぐそばに抜け殻のように服が落ちていた。
「あなた市松だったのですね!私と同じ!」
なになに?
私全然状況掴めないんだけど。綺里子ちゃん、またちょっと怒ってるけど、なんで?
「善子が市松。そっか」
カケルくんの調子がおかしいんだけど。
「えっと、誰か説明してもらっても?」
「わからないんですか?」
綺里子ちゃん、なぜか半ギレですよ。なぜ?
「あの二人目の人外、善子の力で消えたんだ」
「力?私が?」
「そう。お前の体から光でて、人外が消えた」
「私は認めないわ。そんなぽっと出の人が市松だなんて!カケルくん!」
「綺里子、俺はパートナーを見つけた。善子だ」
「うそ!」
「はああ?」
綺里子ちゃんの叫び、私のドスの効いた声はほぼ同時だったと思う。
「意味わからないんだけど。なに、パートナー、私が市松?」
「きっと先祖に市松がいるんだ。だから、力を持ってる。ああ、よかった。俺はこのまま葛木のままで生きていける。パートナーも決まったし、もういいよな」
「は?何をいって」
「私は認めないですわ!」
涙をぽろぽろと流して、綺里子ちゃんは叫ぶ。
そうして「覚えてやがれ」とは言わなかったけど、同じようなニュアンスで「首を洗って待っていてください」と言って、走りさってしまった。
ぱきんと何かが割れるように音がして、喧騒が戻ってくる。
さっきまで聞こえなかった近所の人たちの声、その姿が視界に入る。
「善子。帰ってきた、の?」
近所のコンビニに買い物にいっていたらしい、母が後ろから声をかけてきた。私、カケルくんに目を向けひどく驚いている。
「おか、」
勘違いされる前にと口を開けたのに、それより先にカケルくんが話した。
「私は、葛木カケルです。善子さんのパートナー志望です」
「あらまあ」
違うから!
「お母さん!これは違って、今日会ったばかりの人だし」
「葛木さんとおっしゃいましたか?お茶でも飲んでいきませんか?」
「ああ、是非」
「は?」
カケルくんは何考えているの?
え?
母が玄関の扉を開き、カケルくんを招いている。
「善子。そんなところでぼうっとしなくて家に入ったら?」
「あ、うん。だけどお母さん!」
なぜかカケルくんの後に、私は家の玄関をくぐった。