3 巻き込まないでください。
「あいつがまさか夜乃子様を狙っているとは知りませんでした。本当です」
「夜乃子様、嘘にきまってます」
板前の井上さんが言い訳がましく言い募り、葛木さんがばっさり否定する。
夜乃子さんって市松さんの下の名前だった。
机のネームプレートに書かれていたのは思い出した。
っていうか、葛木さん、市松さんのこと名前で呼ぶんだ。しかも、様つけって。もしかしてSMとか。あ、うん。ありえる。だって葛木さんいつも市松さんに怒られているし、葛木さんは気にしていない感じだった。実は喜んでいたのかな?
「羽村くん、誤解だ!私にはそんな趣味はない」
「親父がそんな人間だったなんて」
「違う!」
「あの女がSっていうのは知っていたけど」
「カケル!それはいただけないわ!」
えっと、私の心の中の声読まれてる。
っていうかもしかして口に出していた。
「あの、えっと、私、どの辺から口に出してました?」
「もしかしてSMってとこから」
隣にいたカケルくんがぽろっと話してくれた。
「いや、あの。えっと」
怖いよ。私、殺されるんじゃ?
葛木さんは強し、市松さんはなんか目が赤くなって、光出してたし。
「羽村さん。落ち着いて。尋問終わらせたら説明するから」
説明って、これ以上知りたくない。
私の願いも虚しく、井上さんへの質問はさっさと終わり、今回は何もお咎めはないみたい。警察ではないんだから、お咎めとか違うと思うけど。
「さて、場所移動するのも面倒だし、外でできるような話ではないわ。井上、部屋を借りるわ。いいわね」
「は、はい!」
井上さんは跳び上がらんばかりに返事をすると、一室、小さな和室を貸してくれた。
「ざっと説明するわ。この世界には人外という生き物がいるの。それは別世界からやってきた生き物で、長いこと地球に住んでるわ。物理で殴ったりすれば大概は問題ないのだけど、今日みたいに再生が早い生き物の場合は、「力」で消し去ったほうがいいの」
「市松さんはなぜ「力」を使えるんですか?」
「それは私も人外だからよ。でも私たちは長い事人と交わっているから、人外の血を持った地球人だけど」
「そ、そうですか」
それで、私にこのことを聞かせるのはなぜだろう。
「葛木は、私たち市松の家の者のパートナーなの。相棒ね。こちらも祖先は人外だけど、人よりちょっと腕力とスピードがあるだけで、私たちと違って「力」が使えないわ。別の世界にいた時から、市松と葛木はそんな関係だったみたいで、それは今も続いているわ」
「そうですか。だから、葛木さんは市松さんに「様」を付けるんですね」
「ああ。守るべき主だから」
「主」
「くだらね!何が主だ。親父はその女よりもお袋を優先にすべきだったんた。お袋だって、市松なのに!なんで、その女が主なんだよ。お袋じゃなくて!」
「日乃子様は、お体が弱かった。「力」もふるえず、戦いを嫌っていた。それで葛木からパートナーを選ばなかった」
「選んじゃねーか。お袋は。親父は、お袋を結婚した時に、その女のパートナーを辞めるべきだった。だから、お袋は」
カケルくんが市松さんに怒ってる理由がわかった。
葛木さんは市松さんを優先にして、奥さんを蔑ろにして、亡くなってしまったんだ。だからカケルくんは……。
「……葛木くんのせいではないわ。私が他のパートナーを選ぶべきだった。日乃子の言葉に甘えてしまってずるずると。そしてあの日、葛木くんは私のせいで家に戻れなかった」
「クソ女。お前のせいだ。お前のせいで、お袋は」
事情はわかった。
だけど、聞かされる私はどうしたら。
えっと??
「カケル、だまれ。無礼だぞ」
「無礼とか、ばっからしい。おい、善子。話はわかっただろう。行こうぜ」
「はい?」
なんで、私?
しかもなぜ呼び捨て?私の名前なんでわかったの?
「カケル。待て!」
「カケルくん、羽村さんとはまだ話がおわってないのよ!」
うん、そうだよ。なんていうか中途半端に聞かされたらどうしていいかわからないし。
だけど、カケルくん、強引に私の腕を掴むと、店から連れ出してしまった。
「ほら、逃げたかったんだろう」
「うん、そうだけど」
店から出てしばらく歩いたところで、私は彼から解放される。
確かにあの場から逃げたかったけど、この中途半端さはない。なんなら最初から聞きたくなかった。
っていうか、明日、どういう顔で会えばいいのか、わからないんだけど。
「うわ、善子。怒ってる?」
「うん。なんていうか、そもそも、あなたが私に話しかけてこなければよかったわけでしょう?っていうか、事情とかまったく興味なかったのに」
私は他人に興味がない。
本当に。
普通に平凡な日常を送れたら満足できる。
だけど、人外とか、力とかなんで巻き込まれないといけないのよ。
「もう。いい。仕事やめる。意味わかんないし」
「仕事やめるのは無理だと思う。だって、人外のこと知っちゃたから。市松と葛木の人が黙っているとは思わない」
「はあ?なにそれ。もう信じられない!」
巻き込まれただけで、勝手に説明されたのに、関係ないって仕事やめることもできないの?
「ごめん。俺のせいだ」
「そう、あなたのせい!」
腹が立ったので、私は彼の靴を思いっきり踏んでやった。