2 お寿司屋での出来事
「いっただきまーす!」
カケルくんは大きな声を出してから、お寿司を食べ始める。
市松さんが連れて行ってくれたお寿司屋さんは、回っている寿司屋でなかったけど、カウンター席だけの高級寿司屋でもなかった。
カケルくんを見ていたら、こういうお店の選択になるようなあ。
勢いよくパクパクと食べてる。
カウンターでこれはまずいよね。
「ごめんなさいね。カウンターのあるところではなくて」
「いいです。美味しいです」
初の高級寿司屋とウキウキしたのは事実だけど、奢ってもらう身分でそんなこと言ってられない。
運ばれてきたお寿司のネタは新鮮でおいしい。シャリもしっとりしていて、満足だ。
「おかわりしたい」
「カケル!」
「わかったわ」
葛木さんはカケルくんを叱ったけど、市松さんはもう一コース頼む。
「カケル。礼を言え」
「……ふん」
支払いは市松さんなんだ。まあ、葛木さんのほうが給料安そうだし、そうだよね。
それにしてもカケルくんの態度悪すぎ。
「それじゃあ、羽村さん。説明するわね」
市松さんは彼の態度に慣れているみたいで、私に向き直る。
ちなみにテーブル席に座った私たちの席順。
私は市松さんの隣。
向いは葛木さんとカケルくんだ。
「葛木くんとカケルは親子で、葛木くんは私の妹の夫なのよ」
「なるほど」
カケルくんの態度は頷けないけど、関係はわかった。
うん、関係は。
カケルくんがなんで市松さんにつっかかるとか意味不明だけど、人の事情に首をつっこむのは好きじゃない。
「何か聞きたいことあるかしら?」
「ないです」
市松さんに聞かれたけど、はっきりそう答えてしまった。
まあ、このカケルくんとも、もう会うこともないだろう。
「それだったらいいけど。デザートも何か食べる?」
「俺は、このわらび餅がいい」
「カケル!」
「わかったわよ。葛木くんも気にしないで」
カケルくん、図々しいな。叔母と甥の関係ってこんなもんなの?
「じゃあ、わらび餅頼むわ。葛木くんも食べるでしょ?」
「いえ、私は」
葛木さんの態度は社内とあんまり変わらない。義姉に対してなのにな。
まあ、いいか。
「じゃあ、三人分ね」
市松さんが注文して、私たちがそれぞれの寿司コースを食べ終わった頃、店員がやってきた。
タイミングいいね。食べ終わったのはわかったんだ。
私は普通にデザートを運んできていたと思った。
だけど実際は違った。
「夜乃子様!」
やのこ?
急に私の前に壁が現れた。
それは壁ではなく、葛木さんだった。
「羽村さん!カケル、彼女をお願い!」
強引に市松さんに引っ張られ、椅子から立ち上がらされた。それから、カケルくんのほうへ押される。
「うわ!」
「ごめんなさいね。羽村さん」
態度の悪いカケルだけど、言うことが聞くみたいで、私の体はカケルくんに受け止められた。
大学以来彼氏がいなくて、そう言った集まりにもご無沙汰していたから、めっちゃ意識しまった。
ヘラヘラ笑っている顔は、最初に出会った時のように険しくなっていた。
「な、何が」
全然意味がわからなかった。
私の目の前で、葛木さんは奇妙に伸びた店員さんの腕を折る。だけど、折ったはずのそれはすぐに元に戻った。
「ひぃい」
なに?血とか出てないけど、気持ち悪い。
っていうか、この非現実性は?
カケルくんもなぜ冷静?
「夜乃子様。物理攻撃だけでは無理です」
「そう。仕方ないわ」
葛木さんに守られるようにして立っている市松さんが、ちらりを私を見た。黒い瞳が真っ赤に染まる。
「え?ええ?」
何が起きてるの?
「突然襲ってくるなんて、何されてもしかたないわね!」
彼女は両掌を胸の前で合わせて、目を閉じた。
するとその姿勢から何か光が出て、奇妙な店員さんに放たれた。
「ぐお!おのれ、またしても!」
店員さんはアニメのやられ役さながらなセリフを吐くと、煙になって消えてしまった。
「蒸発?!人殺し?!」
「あれは、人じゃない。人外だ」
それまで黙っていたカケルくんがそう言う。
「人外?」
えっと人以外ってこと?
「す、すみません!」
混乱している現場に、板前さんが慌てて入ってきた。
「ちょっと、井上。聞いてないわ。この人外はなんなの?」
煙になって消えたけど、店員がきていた服や靴は残されていて、何かSFっぽい。
板前さんを井上さんって呼んだけど、このお店は市松さんの知り合いのお店だったんだ。
「今日は臨時休暇だ。応じない場合、店への食品配達を止める」
葛木さんが井上さんにちょっと強めに言う。
なんていうか、会社にいる時と随分違う対応だ。頼りない感じのおじさんが急にイケおじに見えてきた。
いや、イケおじは言いすぎた。
「閉めます。はい。おっしゃる通りに」
井上さんはお店を休業にして、市松さんの尋問をうけることになった。
尋問、う〜ん。
なんかそんな雰囲気だったんだよね。
私は無関係なのに、そのままお店に留め置かれた。
「えっと、私。帰ってもいいですか?」
「色々疑問に思ったことあるでしょう?全部説明してあげるから」
逃げようと思ったのに、市松さんの微笑まれ、その場から怖くて動けなくなった。
なんていうか、知りたくないんですけど。