Ⅴ.「切り札」
ある時、大好きだった祖父が亡くなった。
その祖父の遺品整理で父が色々貰ってきて…私は祖父の遺品の中から、ある物を見つけた。
それは古いテープレコーダー、主に会議や取材等で人の声を録音する録音機材。今はボイスレコーダーやICレコーダーがその用途で使われている。
おじいちゃんがその昔、新聞記者をしていた時に使っていた物らしい。
余程大切にされていたのか、古くてもまだ正常に動く。そう、それは、私にとっての切り札だった。
あの女の言いつけ通り適当なジュースとパンを買ってきた、ついでに自分のお昼も買っておいた。
「はぁ…買いに行かせる癖に好みに合わないと殴ってくるし、もう本当に嫌…」
日当たりの悪い階段の踊り場に戻ると、彼女はMDプレイヤーで音楽を聴きながら退屈そうにしていた。
「おっ、クロワッサンじゃん、あんたにしては珍しく良いもの買ってくるじゃないの、見直したわ」
今更見直されても…どうせこいつのしもべなんかやめる気だし、労働環境最悪よ。
でも…少しは機嫌よくなったみたいで良かった。
機嫌がよくなったのを見計らって私はひとつ、絢音に質問してみることにした。
「ねぇ、一つ聞いてもいい? なんで貴方は私を利用するの?」
普段なら瞬間湯沸かし器みたいにキレて殴られる様な質問だけど、顔色を見るに今回は大丈夫そう。
「何よいきなり…そうね…パパからの受け売りみたいになっちゃうけど…この世界は弱肉強食なのよ、弱い物は蹴落とされ利用される。そうやって世界は回ってきたの、貴方には分からないでしょうけどね」
はぁ…それっぽい事言って、自分が楽したいだけでしょ。
「あそう…」私はつい不機嫌になる…
「何よ、せっかく答えてあげたのにその返事、気に入らない…ねぇ今日あんた変だよ、さっきだってさ、どうせ皆して私の悪口でも言ってたんでしょ?」
言われても仕方ないことしてる癖に、もうこの女の戯言なんて聞きたくない。そう思って私はテープレコーダーのイヤホンを付けた。
「ねぇ聞いてる? まだ話し終わってないんだけど、ねぇ!!」
…聞いてるよ、マイクを通してはっきりとね。
「……ねぇ、最近さ、いつも音楽ばっかり聞いてるよね」
「…………」
私は沈黙する、どうせ今更なんと答えても機嫌は良くならない。
「何その目、何か言いたい事でもあるの?」
「別に良いでしょ? 音楽聞いても、あんただって…」
そう言った瞬間。
パァンッ!!
「貴方に音楽なんて聞く権利無いから! 貴方は私の言う事を耳の穴かっぽじって聞いてればいいの、分かった?」
はぁ…はぁ…ぶたれた…後輩達には申し訳ないけど、この際失敗してもいい、もうこれ以上我慢するのは耐えられない。
「ふふ…うふふっ…」私は笑いながら立ち上がる。
「何よその笑い方、気持ち悪いわね」
「ふふっ…ただ呑気に音楽聞いてるだけかと思った?」
私はレコーダーからイヤホンを外して、スピーカーから、切り札を流す。
「ちょっと、今のって…」
それを聞いた彼女はとても慌てている様子。
それもそのはず、このテープには私や後輩に暴言を吐いたり、殴った時の音が録音されているから。
「貸しなさいよ!」
私はくるっと舞うように、彼女の手を避けた。そして、動物にエサをあげる様に、彼女に録音済みのカセットテープを取り出して見せびらかす。
「これ、欲しいの? …おっとっ」
私は彼女が取りやすい様、わざと手を離す、90分近い証拠が消えるのは痛いけどこの際仕方ない。
絢音はボールを投げられた犬みたいに、カセットテープを奪い取った。
「このっ!!」
そして彼女はカセットテープの中身を引っ張り出してめちゃくちゃに、そして床に激しく叩きつけた。
カセットテープは中のテープを引っ張り出してめちゃくちゃにしたら聴けなくなってしまう。
「…子供みたいにテープぐちゃぐちゃにして楽しい? 日頃のストレスは発散出来た?」
「ええ! 残念だったわね、これでこの世から私の悪行は消え去った! へへ…もう脅せる物もないでしょ?」
「そう、よかったね。でも、どっちにしてももう貴方は終わりなの。」
どっちにしろあなたが終わってることに変わりはない、だってそれはただの餌。どうせバレればめちゃくちゃにされるだろうな〜って、思ってたし。
「聞いたよ、春天大学の推薦申し込んだんだってね」
「それがどうしたのよ…」
私は作戦が失敗した時の為にと、ポケットに忍ばせておいたある写真を取り出す。
「は〜い、証拠品一覧の写真、わざわざ撮ったんだよ」
絢音は恐る恐るそれを見る。
「これって…」
「あんたが下級生を殴った時の写真だよ」
「嘘…なんで…写真がこんなに沢山、テープもこんなに…」
「私、後輩達とは仲いいから。まぁ普段の行いからしたら当然だと思うけど、貴方本当に後輩から好かれてないね。これ全部後輩さん達に撮ってもらったの。私だって馬鹿じゃ無いから、証拠は多い方が良いでしょ?」
「ゔん!ゔぁあ!! この…この卑怯者っ!」
声にならない声と共にビリビリと、怒りに任せて写真を破く。
「どっちが卑怯なの? 貴方だって学校のレポート私にやらせたりしてたでしょ、それ以外にも面倒事何から何まで沢山、全部私に押し付けて……こんなのがバレたんじゃ、推薦どころか卒業出来るかすら怪しいかもね、あんたのお友達も居なくなっちゃうかも」
「はぁはぁ…何が目的? ねぇ、それをどうする気?」この女、過呼吸みたいになってる。
「何がって…別に目的なんてない、強いて言うならもう我慢出来ないからかな」
「本当なら、もう少し証拠集めて後輩達とどうするか決めるつもりだったんだけど…どうしようか。 ただ先生に渡すのも面白くないし…私の友達に放送委員の娘が居るから放送で流しちゃおうかな」
確かに放送委員のお友達は居る…ただ実際にそんな事出来るのかは分からないけど…でも脅しには十分かな。
「そんな事されたら私の地位が……でも貴方だってそんな事したらただじゃ済まない事でしょ…?」
「何言ってるの? 貴方自分の立場分かってないんだね。あなたが虐めてる側で、私達と後輩は虐められてる側なの。貴方の言い分なんかきっと誰も聞いてくれないよ?」
「だからとことん問題にして貴方の人生を終わらせるの」