扉の先は危険がいっぱい ~中度~
腐女子って凄い……
私は今現在人生二度目の危機に陥っている、それはもう壮大に……令嬢の尊厳が窮地に立たされているの。平和だった一昨日まではそんな事態になるなんて考えもしなかった。学校がこんなにも危険な場所だったなんて……ね。
だって……だってこの教室には十七名の男性が居て、十七のおち〇ちんがあるという事よ!? 特進クラスでつまりとっても凄いのよっ!? 私本気で発狂しそう……マジで恨むわよリア?
昨日は結局昼過ぎぐらいまで目を閉じる度に頭の中でその……殿方達の、アレコレの読書が勝手に始まり、寝るのに凄い苦労した。途中看病に来たメイドに悲鳴を挙げそうにもなったし夢の中までアレ達が出てきたし……お陰で最悪の気分で夜に目が覚めた。
正直取り返しのつかないぐらいに染められた気がするけど、まだ取り返せる! 私はあんな連中の仲間になんてならない! あんなヤバい本は燃やして捨てる! もう一切合切関わらない! そう意気込んでいたのに……実は無駄だったなんて普通は思わないでしょう?
寝る前に気分転換と屋敷内を散歩する事にした。その途中であの馬鹿メイドとリアへの報復について色々と悩んでたら、廊下の奥から二人の執事が仲良さげに仕事の話をしながら歩いている姿を見て衝撃のあまり……こうガツンと頭を殴られた気分になった。
――どっちが攻めで、どっちが受けか?――
そう真っ先に考えてしまったの……普段の二人を知っている身としては、その展開は非常に悩ましい限りでどちらも悪くない光景だからと、物陰に隠れて妄想を熟考して……自問自答して自己嫌悪に陥った。
私は一体何をしているのか? あのヤバイ連中の同じ事を考えたという事に悲鳴を挙げそうになった。それでもソレが頭から離れず妄想が勝手に始まり……二人の前で跪いて頭を下げるような非情に申し訳無い展開まで……展開まで妄想が至ってしまった。
うん、私死ねば良いと思う。あの二人の執事に本気で悪い事したと思っているのに、ちょっとした達成感や満足感があるから私本気で死ねば良いと思う。
そういえば最近稀代の癒しの担い手が現れたとか聞いたけど、私のこの頭の病気を治してもらえないかしらね? 絶対リア達からヤバイの感染したわよね? 絶対隔離か焼却処分した方が良いと思うの……そんな馬鹿な事考えるぐらいに私は追い詰められてた……。
だけど本当の窮地が学校に存在していたのをその時の私は知らなかった。流石に二日連続で休むのもマズいのと……リアに文句を言う為にと教室に来たのに十七のおち〇ちんのせいで気が気じゃないっ!?
だってあんな凶悪なモノが沢山あるのよ!? 信じられないじゃない!? しかも問題なのが奇数で割り切れない事よっ! 攻めと受けを考えたら一人余ってしまうじゃないっ……なんで折角の授業なのに教卓に立ってる教員が女性なのよ!?
本当に気が利かない……じゃないわよ馬鹿!? 私馬鹿っ! また頭がピンク色に染められてる!? テスト近いのに全然授業が身に入らないじゃない!?
本気で恨むわよリア……だから腹の底から湧き上がる怒りを同じ教室にいるリアに向けるのはしょうがないわよね。しょうがないの……って目が合った。ねぇ……なんでそんなニッコリ笑顔を向けて来るのかしら?
本当に許さないからねっ!? なんで近くに十七のおち〇ちんがあるのにそんな冷静でいられる……じゃなかった! 私を変な道に堕とした事絶対に許さないからっ!?
「……ではティファナ嬢、解答を御願いします」
「………………っ!? え、えっとぉ?」
リアに怒りの感情を向けていたら気の利かない……じゃなくてっ! 教員から指名された、コレ私が授業そっちのけにリアを睨んでいたから指名されたっぽいわね。うん、全く話を聞いて無かった。ヤバイ……。
「聞いていなかったのですか? 愛の女神アテナ様についての経典について説明しろと言ったのです」
「も、申し訳ありませんでした……」
………………また失敗してしまった。リアのせいよ全くっ! クスクスと笑い声や私を心配そうにする声が聞こえてくるけどそれ所じゃないわっ! 肝心のリアは妙に笑顔だし『分かってますよ?』みたいな視線向けて来るし最悪っ! 本当に死ねっ!
「休み明けで体調がまだ悪いようですが、授業はキチンと集中するように。良いですね?」
「は、はい……」
「では……リアステラ嬢、代わりに御願いします」
「はいっ、愛の女神アテナ様の経典において愛は平等とされています。隣人を愛せよと手を取り合い育むものとして考えられており……」
どうしてかしらね? どれもこれも意味深な内容にしか聞こえない。というかわざと言ってない? チラチラこっち見てるし。
「……と、心のままに愛を伝えるのがアテナ様の教えになります」
「素晴らしいですね、流石リアステラ嬢」
全然素晴らしくないですし頭腐ってますよソイツと声を出して言いたいっ! でも十年以上コイツの親友をやってて私はリアの本性に気付かなかったのよね……多分マトモな奴だと誰も気付けないんじゃないかしら? それこそ婚約者であるウールニング様でさえも……家族でさえもきっと知らないんじゃないかしら?
本当にとんでもない奴よね……リアって。勿論最低愛悪の酷い意味で。
その後も結局授業は身に入らなかった……十七のおち〇ちんは凶悪過ぎたのよ。そして授業終わりに自身のノートを確認したらクラスメイトのカップリングをまとめた内容がびっしり書いてあった。私無意識に何やっているのかしら?
ノートを迷わずゴミ箱に捨てたのはしょうがないと思うの。
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「御機嫌ようティファナ、昨日はいかがだったかしら?」
「御機嫌ようじゃないわよこのお馬鹿っ!? あんたのせいで昨日は最悪だったんだから!」
昼休みになってやっとリアを捕まえることが出来た私は人気の無い所に連れ込んで全力で文句を言おうと思ったのに……馬鹿が馬鹿な事を先にほざいて来た。もしかして私喧嘩売られてる?
「そうだったの? てっきり休みの日まで励んでいたと……」
「あんたらのせいで私の頭の中にもウジ虫が湧いて苦しんでるのよっ!」
「ウジ虫だなんてそんな酷い、神聖で尊き世界をそんな言い方……」
どこか悲しそうに俯いて口にしているけど、ソレが嘘泣きなの分かってんだからね!?
「あんなっ……あんなっ……いかがわしい本が神聖な訳無いでしょうがっ!? というか第一王子とその取巻きの方達に何やってんのよっ!? 他にも国の重鎮まで!? ねぇっ!? 不敬罪って言葉知ってる!? あんた自分の婚約者をどういう目で見てんのよっ!? あんなの勧めて来て!?」
「どういうって……勿論ウールニング様は攻めも受けもこなせるオールラウンダーで創作意欲を駆り立てる逸材ですね」
「あんた今すぐウールニング様に謝って来なさいっ!」
このお馬鹿は平然と何馬鹿な事言ってるの!? ウールニング様は俺様系でガチガチの攻め一択でしょう……じゃなくてっ!? あぁ、もうっ!? 何考えてるのよ私!? 思わず頭を掻きむしってしまった。私どんどん毒されてる!?
「謝るも何も……私は別にそんなやましい事などしていませんよ? あの辺りのラインナップは私が描いたモノですし、胸を張って誇れる一品ですし」
「いっぺん死ねっ! このお馬鹿! というかアレあんたが描いたモノな訳っ!?」
「昨日ティファナが持ち帰ったモノの半分ぐらいはそうなりますね、どれもコレも自信作です。皆のお勧めの一品に選ばれるなんて誇らしいです」
そのドヤ顔を今すぐ力一杯に引っ叩きたい……こんなのがこの国の未来の王妃とか終わってる! 絶対に間違ってるからっ!?
「もう半分は今回来てない鉄の教えを守る同志が描いたモノですね。そういえばティファナのお気に入りはねちょねちょ先生の『秘密の男子の花園』であってますよね?」
「…………………………………………………………は?」
「ですから、クラスの殿方達全員が真の愛に目覚めて行為に走る素晴らしい本の事ですよ。殿方だけでクラスが構成されて、教員の目を盗んで皆が皆素敵な世界を作るねちょねちょ先生の傑作のひとつです」
えーと……ちょっと待って、今コイツなんて言った? 落ち着け私、まずは深呼吸……深呼吸ってどうするんだっけ?
「授業中ずっとソワソワしていましたよね? 時折クラスメイトの殿方の下半身に視線を向けて気にしていましたよね? 私の目は誤魔化せません。特進クラスだと奇数で割り切れないですし気になりますよね?」
「ち……ちがっ!?」
「分かっています、私もアレを読んだ次の日は教室に来るとドキドキしますからね。表情がついつい崩れてしまいそうで……」
うっとりした表情でこの馬鹿がヤバイ事を口にする度に脳裏に焼き付いたあの本が自然と勝手に浮かび上がって……ちょ、まって!? 妄想が止まらない!? ヤバイヤバイ!? 頭が犯される!?
というか待ってよ……私コレと同類なの?
「また今度休みの日に家に遊びに来てくださいティファナ、ねちょねちょ先生の本は全て持っていますから……ね?」
「い、行く訳無いでしょっ!? そんな……そんなの、絶対にっ! 私が絶対に行く訳が………………」
「ぜひ感想を聞かせて下さい、一緒に語り合いましょう? 他にもティファナが気に入りそうなラインナップだと、ミスター薔薇先生に公園の女神先生にそれから………………」
リアの楽しそうな声に私は意識が遠のき掛けたのは仕方が無かったと思う。そして気付いた時には次の休みの日にはお迎えを寄こすという約束まで取り付けられて昼休みが終わった……文句を言おうと思ってたのに、どうしてこうなったの!?
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「実技の授業って大変すばらしいですね?」
「剣のだけどね!? 変に強調しないっ! というか私の傍に来ないでよ!?」
思わずリアの頭をひっ叩いた私は悪くないと思うの。午後の授業にて騎士の授業――剣による試合の授業である。別に決して全くこれっぽっちも全然実技という魔法の言葉に反応なんてしてない……してないったらしてないのっ! リアの笑顔が余計にムカついて結構本気で叩いたけど私絶対に悪くないし謝らないっ!
「痛いですティファナ……私達の仲ではないですか?」
「控えめに言って死ねっ!」
「そんなツンデレムーブをしなくても大丈夫ですよ? 私は分かっています」
これだから頭が腐っている奴は……こんなのと同類だなんて絶対に嫌よ! 恥ずかしくて死にそう!?
「ティファナっ! ティファナっ! 見て下さい、あちらでウールニング様とシャルクス様の試合が始まりますよ!」
「……っ!? い、いや興味ないから教えなくても別に……別に……」
観ないわよと言おうとしたのに、気付いた時には視線を向けてガッツリ見てた。私死ねば良い……なんで身体はこうも勝手に動くのかしらね!?
自分自身に吐き気を催すわよ本当……そんな気持ちと裏腹に試合開始の声が響いて二人が前に出て剣を振るい始めた。
刃を潰してあるから大怪我する事は無いけど二人とも一進一退で戦う姿に……魅入ってしまう。
だって距離が近いしなんかこう笑顔を見せて楽しそうで振るう剣に凛々しい声がセットでカッコいいしちょっと視点を変えるとどちらが攻勢に出るかで必死に身体を求めてつつリードを奪い合うように立ち回ってそれが絵になるしどうしても二人の間に薔薇の幻覚が見えてとっても良いしシャルクス様に至っては胸元をちょっと開けてて誘っているようにしか見えないし攻め一択のウールニング様が焦らしつつ攻めようとしていてなんていうか……じゃないっ!? 私落ち着けっ!? 何考えているの!?
「やっぱりシャルクス様が攻め……いやでもウールニング様も悪くない……」
我に返って頭を振っていると隣で呪詛の如きヤバイ事をブツブツ口にしているヤバイ奴がいた。クラス皆が二人の試合に夢中になっているから気付いてないけど、今まで良く隠し通してきたわよねコイツ……いやよく見ると他にも両手を組んで二人の試合を見ている奴がいた。
うん……絶対にリアと同族。だって目を輝かせてるし涎が垂れている奴も居るし微妙に口が動いてるしアレ多分妄想が口から零れているわね……。
「うわっ……控えめに言ってキモイわね」
「そのキモイというのはもしかしてあちらのラエリスさんの事ですか? だとしたらおかしな事を言いますね。ティファナも彼女と同じように口から妄想を垂れ流していたのですが……もしかして気付きませんでしたか?」
「……………………ちょっと、冗談でしょう!?」
えーと、待って待って!? 今リアがとんでもない事を口にしやがらなかった……? 私の口から悍ましい言葉が出てたって嘘でしょ!?
「冗談ではありませんよ? 私も夢中で見ていた為所々しか聞いてませんが、『必死に身体を求めてつつリードを奪い合うように』とか『胸元をちょっと開けてて誘っているようにしか見えない』など口にしてましたよ?」
「…………………………………………………………………………えーと?」
何か言葉にしようとして……何も出て来ない。うん、頭がぐるぐる回って何を考えてるのか分からなくなった。
「やはり私の目に狂いはありませんでした、流石ティファナです」
その言葉に何かがプツンと切れて私の意識は途切れた。その後リアが何か叫んでたけどもうどうでもいいや……。
薔薇――男性同性愛を薔薇と称しますが、元々は1971年7月に発行された男性同性愛者向け……所謂ゲイ雑誌である『薔薇族』が発行されたところから来ているそうです。
そして5年後にその雑誌に、女性同姓愛者向けの『百合族の部屋』というコーナーが創設されたそうです。
薔薇の対比として百合というのが浸透して、今の形になったそうですよ。
因みに薔薇は色によって花言葉が違うのですが、赤は『愛、あなたを愛します、貞節、熱烈な恋』になります。
白百合の花言葉は『純潔、威厳』、どちらも意味の深い内容ですね(笑)