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花の国のお姫さま

作者: 黒田皐月

 花の国には、とても花を愛しているお姫さまがいました。

 お姫さまの育てた花は国民に笑顔を与え、そんな国民が育てた花は世界中から愛され、花の国には笑顔が絶えません。

 しかし、お姫さまにはひとつの悩みがありました。


「またお断りされてしまいました……」

 お姫さまはお年頃、結婚の話が持ち上がりはするのですが、相手に断られてばかりなのでした。

 昨日もまた同じことになってしまい、きれいに咲いた花を前にまたため息。

「これもきっとわたしがこの花のようにきれいではないから……それなら!」

 お姫さまはすっくと立ちあがって急に両手を伸ばし、側にいる召使いが止める間もなく、目の前の花をむしり取ったのでした。

「何をなさいますか、お姫さま!」

 人が変わったかのようなお姫さまの乱暴に、召使いはつい大きな声を上げてしまいました。

「召使い、この花でわたしのドレスを作りなさい!」

「おやめください、お姫さま! それではせっかくお姫さまが大切にお育てになった花が破れて可哀想です!」

 召使いは慌ててお姫さまの手を押さえましたが、お姫さまはそれを振り払って花をむしり続けました。

「誰も、花は褒めてくれてもわたしのことは見てくれないではありませんか! それならわたしが花になるしかないでしょう!?」

 わめきながらさらに花をむしり取るお姫さまを、ようやく召使いが抱きかかえるようにして抑えようとした時。

「畏れながら!」

 若い男の鋭い声が、すべてを止めたのでした。

 そこにいたのは昨日会ったばかりの麦の国の王子さま、その後ろからは交易大臣がおろおろしながら追いかけてきたのでした。どうやら花と麦と、お互いの産物の価格の交渉をしていたようでした。

 驚くばかりのお姫さまの前で、王子さまは片膝をつきました。大臣はますます困り顔になりましたが、やはりどうすればいいかわからずにいました。

「お姫さまの気持ちをお察しできなかったこと、申し訳ありませんでした」

 お姫さまは、同じ詫びの言葉でも昨日とまったく違って聞こえたことが不思議で、返事どころではありませんでした。

 王子さまは少しだけ待ってから、顔を上げてお姫さまの目をのぞき込みました。

「ですが、わたくしも不安だったのです」

「いったい、何が、でしょうか?」

「わたくしはその花のように、お姫さまに愛してもらえるだろうか、と」

 お姫さまの手から、むしり取った花が一輪、こぼれ落ちました。王子さまはそれを拾って、捧げるように両手で、お姫さまに差し出しました。

「わたくしはお姫さまが愛し育てたこの花のように、お姫さまと幸せを育てたいのです」

 王子さまは花を捧げたまま、お姫さまをじっと見つめました。それはお姫さまには、花に降り注ぐ陽の光のように暖かいものでした。

 涙が一滴、抱えた花を潤して。抱えていた花を静かに脇に降ろして。

 お姫さまはその一輪を大切に胸に押し抱きました。


 それから。麦の国では畑の縁を、小さな野花が慎ましやかに彩るようになったということです。

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