絶世の美女は権力がほしい
性懲りもなく新連載。亀更新です
卵形の顔≪かんばせ≫、すらりと通った鼻筋、近すぎず遠すぎない配置にある平行二重の目、花は小鼻が小さく絶妙な配置にある。口紅を入れずとも桜色の唇はふっくらとしている。雪のような白い肌に、紅潮した頬、光の当たる角度で色が変わる神秘的な紫色の瞳は長いまつげに彩られている。波打つようなゆるいウェーブを描く濡れ烏色の長い髪は絹糸のようで窓から入るそよ風に揺られている。もう、5年ほどすれば類い希なる美女として名を轟かせるであろう少女は、まるで精巧な人形のように椅子に座っていた。
「リーゼロッテ、誕生日プレゼントはなにがいいかい?ドレスかな?毛皮のコートかな?それとも花束かな?」
聞かれた件の麗しい少女はこう答えた。
「お父様。わたくし、権力がほしいです。」
真顔で。
少女の名前はリーゼロッテ・リリー・オーゼリア、オーゼリア伯爵の長女である。齢12歳ながら誕生日プレゼントにかわいさのかけらもないものを強張るには訳がある。
幼い頃は顔が整ってなかろうが何だろうが特に気にはしなかった。一緒に遊んでいる男の子がかまってきて女の子との関係が少々ギクシャクしたくらいである。それくらいですむのであればリーゼロッテはこのようにリアリストになどなったりしない。
誘拐されたのだ。それも何回も。警邏隊のお世話になった数は足の指も合わせても数えたりない。
君は僕のものだ。ずうっと、俺と一緒にいるんだよ。と監禁されても、百歩、いや一億歩譲ってまだ許せる。だって、まだ、被害は自分だけだから。
しかし、あの変態どもは、少女の家族にまで手を出したのだ。帰る家がなければ、僕のところに来るよね?と家を放火されること3回。家は石造りのものにし、燃えるものを家の外に置かないことで(庭は家が四方を囲むようにしてある)被害に遭わなくなった。また、俺以外の家族はいらないよな?と家族を誘拐し殺害しようとした。それも2回。リーゼロッテには弟と妹が一人ずついるがその件以降、お姉様、と可愛らしく呼んでなついてきた弟妹が寄りつかなくなった。
残念ながら、ま こ と に、残念なことに放火犯も、誘拐犯も、殺人未遂をした人間も大半がつかまっていない。そんな危険人物を野放しにしておくのかと不審に思うのも仕方がないだろう。正確に言えば、捕まらないのではない。捕まえられないのだ。無駄に身分が高い人間が多いから。警邏隊に所属している人間の大半は平民、もしくは法衣貴族の次男以降だ。彼らに上から圧力がかけられればなすすべはない。
彼らに対抗できるもの。目には目を歯には歯を。つまりは権力だ。リーゼロッテは齢12歳でこの結論にたどり着いた。
「ええっと。僕が不甲斐ないのかい?」
娘に言われた言葉を飲み込むのに数秒有してしまった。伯爵、ルートヴィヒ・ヴァン・オーゼリアは唖然して座った目をしている娘に問いかけた。
「リーゼロッテ、一体どうしたの?」
伯爵夫人、ハイデマリー・マレーネ・オーゼリアも目を見開いて絶句した。
ルートヴィヒもハイデマリーもリーゼロッテのように暴力的なまでの美貌はない。リーゼロッテと並べば血縁は感じられるが。父譲りの黒髪、母譲りの紫の目。他にも目元は父に、口元は母に、鼻は父に、髪質は母に、といったようにリーゼロッテは、父親と母親のいいとこ取りをした容姿なのだ。
隣では、弟、フリードリヒと妹ハンネローレが昼食をとりつつ、びっくりとした目で見てくる。話すことはもうほとんどないが、食事は一緒に食べるまで関係は改善できた。
「権力があれば、わたくしはもう変質者になやまされることはありませんわ。」
リーゼロッテは冷静に、淡々と述べた。
「もう、家族にこれ以上迷惑はかけたくないのです。高等学校に行って将来権力が持てるような仕事に就きたいのですわ。」
リーゼロッテの言う高等学校は貴族なら誰でも入れる学院ではなく、将来高官などに出世したり研究者を目指したりと高いポストに就く人間が行く学校だ。純粋に高い学力が必要となる。
高等学校には入れるのは15歳から。現在12歳のリーゼロッテは全寮制の女子校に入り高等学校を受験したいと言った。
話し合いは後日、ということで昼食は終わった。
自室に戻ったリーゼロッテは侍女のハンナにドレスを脱がせてもらい、ナイトウエアに着替えていた。
「リーゼロッテ様、全寮制の女子校とは、ノッテルダム女学院のことですか?」
リーゼロッテは「そうよ。」とかえした。
ハンナは怪訝そうに聞いた。
「私の記憶が確かであれば、ノッテルダム女学院は花嫁修業をする学院ではなかったでしょうか?」
「間違いないわ。ノッテルダム女学院に行けば、花嫁修業をするのだろうと思ってうちに手出しをしてくる馬鹿は少なくなるはずよ。」
ハンナの疑問に答え、それに、とリーゼロッテは付け加えた。
「女学院から高等学校に進学する人はわずかではあるけれどいるそうよ。何より、高等学校に行く勉強をするために家庭教師を家に入れるという愚行を犯したくないわ。」
「……女性の先生にすればよいのでは?」
「高等学校に行くレベルの勉強を教えてくれる女性の先生は女学院にしかいなくてよ。」
「……美しすぎるというものも考え物ですね。」
リーゼロッテは目を見開いた。
「ハンナは、私のことを美しいと思っていたのね…」
淡々と業務をこなし、有能な侍女のハンナは美醜に関心がないと思っていたのだ。
「麗しいお嬢様だと思っておりますよ。ですが、お嬢様付きになった初日に窓から入ってきた不審者に唐辛子入りの水を思いっきり振りかけた挙げ句、アイアンクローをかまされた姿を見ておりますので。」
ハンナは、遠い目をしながら言った。侍女の学校をでて、おつきの侍女としてこの麗しいお嬢様にお仕えするのだと心躍られていたはずなのに、仕えることになったお嬢様はどこからか取りだしたのかわからない痴漢撃退スプレーを顔面、それも眼球を狙って思いっきり振りかけたあと、2階に侵入してきた貴族の子息を容赦なく窓から落としたのだ。その後、ふざけるなと怒鳴り込んできた貴族の親を笑顔で毒をついて論破し、撤退させた。実に鮮やかな手際だったのだ。これは、リーゼロッテが8歳の出来事である。あの血走った目で迫ってきた貴族の子息はとてつもなく怖かった。
ちなみに、唐辛子はリーゼロッテがよりよいダメージを与えられるように品種改良を重ねている。リーゼロッテ専用の温室には唐辛子をはじめとした刺激物が育てられており、弟妹との距離をあける要因となっている。
「ああ、あれね。」
思い当たることがあったのかリーゼロッテは声を上げた。
「着替えが終わりましたよ。ホットミルクでも飲みますか?」
「ええ、お願いするわ。」
思考の渦から戻ってきたリーゼロッテが答えた。
「高等学校行けるといいなぁ…」
リーゼロッテはまだ知らない。
変態とは男性に限らないことを。
高等学校で仲のよい女の子の友達ができることを。
その子に巻き込まれて胃の痛い学校生活になることを。
さらに、ハイスペックな権力者に外堀を埋められてしまうことを。
のんきにホットミルクを飲んでいるリーゼロッテには与り知らぬことだった。
続くかどうかは未定。大体はできていますが、首を長ーくしてお待ちください。評価してくださればやる気につながります。