占い師は本当に自分自身を占うことが出来ないのか?
通りをふらふらと肩を落として歩いている男。ふと、占い屋台が目に入り、吸い寄せられるように椅子に腰を掛けました。
「僕の名前はアランと言います。その、将来を占ってほしいのですが……最近本当についてなくて……学園で……」
「仰らなくても大丈夫ですよ。あなたには女難の相が出ています。おそらく女子生徒に騙されて、何か悪事に加担してしまったのでしょう。そして責任を取らされたのではありませんか?」
「す、すごい!! その通りです!! ああ……僕、大変失礼なのですが、いままで占いなんてイカサマだとばかり思っていました」
「お構いなく。実際に人を騙す詐欺師もいますからね。信用していただくために、こうやってまず相談者様の過去を言い当てるようにしているのです。申し遅れましたが、私は占い師のイザベラです」
薄いフェイスベールごしに、イザベラが微笑んでいるのが分かり、その美しさに思わずぽーっとなるアラン。
「あっ……それで……僕はこれからどうすればいいのでしょう? 王子のような国外追放処分は免れたものの、学園も退学させられて、騎士団の訓練生として毎日しごかれてばかり……元々運動は苦手だったので、まともに剣を振ることさえ出来なくて……」
「それでは占ってみましょう」
イザベラが手をかざすと、水晶玉が明るく光り出しました。光の色や輝きの強さが変わる度に、頷いたり何かを呟いたりする占い師。アランは彼女を心配そうな様子で見守ります。
「見えました……明日、あなたは訓練場に向かう前に派手に転び、怪我をします。そのうえ、教官から遅刻した罰として走り込みを命じられますが、必ずそれを断って下さい。そうすれば、きっと人生は好転します」
「えっ? 断る? そんなことをしたら半殺しにされてしまいますよ!! そもそも出来れば怪我自体したくないのですが……」
「信じるのも、信じないのもアラン様の自由です。しかし、私はあなたに幸せになってほしいと心から願っております」
レース越しに自分を見つめるイザベラの澄んだ目にどぎまぎしながら、アランはとにかく占いの結果通り行動することを決めました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「イザベラさん!! すごいですよ!! あなたの言う通り、今朝僕は石に躓いて、それはもう酷く転んで手を擦りむきました。取りあえず水で洗い流して急いで訓練場に向かったのですが、あなたの言う通り遅刻した罰として兵舎の周りを走るよう言われたんです」
その時の様子を思い出したのか、たらりと汗を流すアラン。
「僕は勇気を出して堂々と断りました……本当は、ブルブル震えていましたけど……思った通り血管が浮き出るくらいカンカンに怒った教官が僕の腕をへし折りそうになったのですが、掌を見て固まって……それから信じられないことに涙を流し始めたんです……」
アランの実況をニコニコと微笑みながら聞いているイザベラ。
「『この手の擦り剥き傷……お前……あれだけキツいしごきを受けた後、さらにこんなになるまで剣の素振りをしていたのか……それもこの傷の状態から察するに、遅刻したのもギリギリまで鍛錬していたからなのだな? 半殺しにしてやろうかと思ったが、走り込みを断ったのは、そんな暇があれば実技を学びたいからだろう? お前ほど見込みがある訓練生は初めて見たぞ!』……びっくりしました。その後も散々褒めちぎられて、恥ずかしいのなんのって……」
アランが教官の声真似をすると、イザベラは珍しく声を出して笑いました。彼女の笑顔に見蕩れ、うっとりするアラン。イザベラはその視線に気づくと慌てて咳払いし、ミステリアスな表情を取り繕います。
「あなたのおかげでしごきも大分緩くなりましたし、僕自身も今度は本当に教官を感心させるぐらい練習してみようと思えました! 本当にありがとうございます!」
「いいえ、あなたが私の占いを信じて下さった結果ですわ」
「……その、また占ってもらってもいいでしょうか?」
「ええ、勿論ですよ」
にこりと微笑み、彼女は水晶玉に手をかざしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何度目かの占いに訪れたアラン。イザベラのおかげで人生のどん底から這い上がることが出来たアランは、いつしか恩人としてだけではなく、一人の女性として彼女を意識するようになっていました。アランは意を決して、彼女に踏み込んだ質問をしました。
「その……イザベラさんは恋人とかいらっしゃらないのですか?」
「はい……残念ながら自分のことは占えないので、なかなか出会いに恵まれなくて……」
「へえ……ああ……そうなんですね……」
心の中でガッツポーズを決めたアランだったが、そこから更に一歩を踏み出せない所が彼のヘタレ具合を物語っていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(よし……今日こそは、勇気を出して、彼女に告白するぞ!)
覚悟を決めていつもの大通りにやって来たアランですが、彼女の屋台が見当たりません。しばらく呆然としていましたが、突然膝をついて項垂れます。
(そうか……彼女は占いで分かっていたんだ。自分の運命を予知できないというのは嘘だったんだ……僕が今日ここに来ることも、彼女に告白しようとしていることも。そして、その告白を避けることにした……僕は、そこまで嫌われていたのか……)
ぽつりぽつりと落ちた涙が地面に沁み込んでいきます。
「あ、あの……」
聞き覚えのある声が後ろから掛けられ振り返ると……そこにはいつもの服装よりも数段綺麗に着飾ったイザベラの姿がありました。
「すみません……今日はちょっと身だしなみを整えるのに時間が掛かってしまって……いえ、その、何か深い意味がある訳ではないのですが……こんなに早く来られることまでは予見できなかったというか……あっ、いや、そうではなくてですね……」
いつもの落ち着いた口調ではなく、しどろもどろで赤面しながら、あたふたと言い訳をするイザベラ。彼女の様子を見て、鈍感なアランも自分の勘違いに気付き、同時に頬が赤くなります。
「そ、その……今日も占っていただいていいでしょうか? ……それと、あなたに少し個人的なお話がありまして……」
「えっ、ええ! 勿論ですよ! すぐに準備します!」
二人で協力しながら屋台の準備をする間、視線が交差する度に顔を赤くしてもじもじとする彼らの姿を見れば、告白の結果は占い師でなくとも明らかでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば、『占い師は自分を占うことが出来ない』って言うのは、やっぱり嘘だったの?」
「何ですか突然? 嘘じゃありませんよ。自分の未来を占おうとしても、水晶が濁ってしまうんです」
「でも、じゃあ、あの日僕が告白するとどうして分かったんだい?」
「ああ……今ならもう時効ですよね……私、あの時、気が付いたらすぐあなたのことを占うようになっていたんです……ひょっとしたら誰か好きな人でも現れてしまうんじゃないかって心配で……それで……その……」
顔を真っ赤にして俯くイザベラと、釣られて照れてしまい上手く言葉が出ないアラン。イザベラは、誤魔化すように話題を変えようとします。
「そ、そんなことより、アランさんにとても大事なお知らせがあります!」
「な、なにかな?」
「あの……もうすぐ……授かる……みたいです……」
「あっ……え……えええ!?」
突然の報告に目を白黒させて驚くアラン。
「まだ、確定ではないんですが、あなたが大喜びする未来が視えて……それで、その……おそらく今晩……なんですが……」
「……僕は、その未来を絶対に実現させたい!」
イザベラの両肩をしっかりと掴み、彼女を真っ直ぐ見据えて真剣にそう告げるアラン。
「あう……はい……私も、です……」
顔から湯気を出しながら頷くイザベラを、アランはひしと愛おしそうに抱き締めました。




