ある焼き鳥屋の集中
ザザッ…
「打ったー!これはいい当たりだ!山川ホームラーーーーン!」
「これは素晴らしい集中力でしたね、解説の山下さん」
「はい、これはアスリートの言うところのゾーンに入ったというやつですねぇ」
「あのボールが止まって見えるというやつですね、いやー素晴らしい」
ザザッ
…………
僕は、厨房にあるつけっぱなしのラジオから流れる野球中継を、聴くとは無しに聴いていた。手元のまな板には切りかけのトマトがサラダにされるのを待っている。
ホールから声がかかる
「焼き鳥盛り合わせひとつ、タコわさびひとつお願いしまーす。」
「あいよー」
まだ、さほど忙しくない店内、僕はのんびりと返事をしながらサラダを仕上げてパントリーに置いた。
腰を曲げて作業台の下の冷蔵庫を開け、タッパーの中の串打ちされた鶏肉を取り出す。盛り合わせの5種類の串を焼き台に置きながら僕はラジオに表示されてるデジタル時計を見た。
ナイターが始まったからそろそろ忙しくなってもいい頃だな…
別の冷蔵庫からタコわさびを取り出し小鉢に盛り付けながら考えていたとき
「いらっしゃいませー!どうぞー!」
店内がにわかに騒がしくなってきた。ホールから声がかかる。
「団体様はいりましたー」
「りょうかーい」
返事をしながら僕は思った・・・もしかしたら今日イケるかもしれない・・・
僕はワクワクしながらオーダーが来るのを待った
「オーダー入りまーす!」
「タコわさび3つ、キムチ3つ、塩辛3つ、シーザーサラダ2つ、冷やしトマト2つ、焼き鳥盛り合わせ5つ、単品でレバーの塩5本、ももタレ5本、つくねチーズトッピングで3本、焼きおにぎり2つ、お刺身盛り合わせ2つ焼きうどんひとつだけ先にお願いしまーす。」
「あと別でご新規入りまーす」
キタキタキタキタ!
これだこれだ!
どんどん来い!どんどん来い!
僕は焼きうどんを作り終えてパントリーに置くと、焼き台にむかってどんどん焼き鳥を焼いてゆく。
イケるか…イケるか…
どんどんオーダーが入る
「焼き鳥盛り合わせ3つ、皮をタレで3本お願いしまーす」
来るか?…来るか?…
店内がどんどん賑やかになってゆく、どんどん焼き鳥を焼く…
「ご新規入りまーす!」
ホールからの声が遠くなってゆく…
もうラジオも聴こえない
キタッ!キタッ!
ここだッ!
周りが静かになってゆく…
入った!
手は止まらない、どんどん焼き鳥を焼いてゆく…
ゾーンだ!
焼き鳥が止まって見える…