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009.キャンパスライフ

 東馬と鳳花が御柱大学に入学して、早三ヶ月が経過した。


 最初の一ヶ月は騒々しいままに過ぎ去った。元々、鳳花の入学は周知され話題になっていた。しかし入学式の代表挨拶に登壇したことで、麗しく凜々しく成長した今の容姿も大衆の知るところとなり、のぼせ上がる者が男女問わず続出。大学の内では学生達の視線の雨に晒され、外ではマスメディアの軍勢に囲まれ続けた。


 それでも一ヶ月もすれば大分落ち着きを見せた。人は良くも悪くも慣れる生き物。また、貴族の姫君である鳳花が平民では気楽に声をかけられる相手ではなかったことも大きい。講義での議論を除けば話しかけられはせず――鳳花はそのことに寂しさを覚えていたが――煩わしくない程度の視線を浴びながら、鳳花は勉学に身を入れられるようになった。


 しかし今度はただの平民でない者から声をかけられる機会が増えた。あの大企業の次男坊のように、四公爵家に匹敵する社会的な影響力を持つ家の子息達が、鳳花に粉をかけてくるようになったのだ。


 建国当初から王家を支える武家の嫡子、近世発祥の芸能を今に伝える一族の跡継ぎ、大陸全体に根を張るホテルグループ会長の孫等々。

 権力を笠に着た傲慢な人物もいれば、親しくなりたいからと誠実な好意を向けてくる者もいた。後者については鳳花も良好な関係を築いているが、頭を悩ませる原因になっているのは変わらない。男女のお付き合いを多かれ少なかれ話のお供に添えてくるためだ。



「私は皇家の嫡子だということは周知のはずなのに、どうして誰も彼も私に嫁入りを求めてくるのでしょうか」



 精一杯の流麗さを保ちながら、鳳花は苦々しげに卵焼きを咀嚼する。ナンパを交わし、現代経営学の講義を終えた後の昼休み。東馬と鳳花は一番人の入りが少ない食堂の中央で昼食を取っていた。

 ちなみに二人が食べているのは屋敷から持参した弁当であり、作ったのは東馬である。


 東馬は同じ中身の弁当に箸を入れながら、少し考えて答えた。



「上流階級ほど、近代までの価値観が根強いということではないでしょうか? 男子は前線に立ち、女性は後方で家を守る。良い意味でも悪い意味でも、家督を継ぐべきは男子であるべきだというのが彼らの常識なのだと思われます」

「それは他家の話でしょう。我々皇は男系に固執した家ではないというのに」

「関心を持って調べない限り皇の家系図など知らないでしょう。彼らが知るのはせいぜい当代と先代のご当主が誰か、今の家族構成がどうなっているかくらいではないかと」

「……つまり今はどうあれ、いずれは仙一が後を継ぐのだと思われている、ということですか」

「あくまで私の私見ではありますが」



 皇家現当主、皇威三朗には三人の子供がいる。


 前正室、皇日輪(ひのわ)の子にして長子、皇鳳花。

 現正室、皇一沙(かずさ)の子にして長男、皇仙一(せんいち)

 側室、皇雪子(ゆきこ)の子にして次女、皇皆世(みなよ)


 皇家には分家がなく、先代当主の子で存命なのは現当主威三朗のみ。よってこの三名が次代の皇家を率いると言っていい。皇家は男女の区別なく長子が嫡子となるのが慣例であるため、鳳花は誕生時点で次代の当主に内定していた。

 実際のところ、鳳花ではなく仙一を嫡子に、という意見を持つ者は皇の家中にも少ないが居る。母親の立場も含めてのことだが、女性当主が家系図に幾つも残っている皇家でもそうなのだ。況んや外から見れば、ということなのだろう。


 ふう、と鳳花は細いため息をつく。



「人脈作りも必要なこと。知人友人を増やすのも王都(ここ)に来た理由の一つだったのですが、上手くいかないものです」

「万事上手くいくというのは有り得ません。初めの頃と違って勉強の邪魔はほとんど無いのですし、そちらに邁進すべき時なのだと思われます」

「……そう言うお前は、キャンパスライフとやらを存分に謳歌しているようですが?」



 鳳花は東馬の鞄、その外袋(ポケット)にある円筒形に丸められた小冊子を手に取り、東馬の目前に突きつける。小冊子には大きく『グルメ探研による名店特集~御柱街道1879~』と題名(タイトル)が銘打たれている。

 それは東馬が所属するグルメ探索研究会が作成した、厳選した名店を載せた同人誌だった。



「えーと、その……せっかく大学に入ったのですし、これも経験かと思いまして。もちろん姫様の護衛を疎かにするつもりは微塵もございません」



 鳳花から注がれる冷めた視線。東馬は逃げるように明後日の方向に目を逸らした。


 皇が施す『洗礼』は常人の体を討ち手へと変質させるもの。最大の変化が人意の神威変換機能なのは違いないが、施術者と討ち手の“相互位置感知”も変化の一つ。離れれば離れるほど確度は下がるが、逆に言えば一定の範囲内ならお互いがどこにいるかを把握できる。討ち手側からの位置感知は施術者の許可無くばできないが、東馬はもちろん鳳花に許されているため把握が可能だ。

 皇である鳳花を力尽くで害せる学生はいない。学内に鳳花を狙う不審者が入り込んだとしても、逐次展開している探知の護法で特定は容易。そして鳳花に何か異変があった時、歩法を使えば東馬は瞬時に傍に行ける。


 このおかげで東馬は大学内での自由行動がある程度認められていた。受講する講義こそ同一のものを選んでいるが、四六時中鳳花の傍に付いている訳ではない。そして東馬は空いた時間を有効活用すべく、自分の唯一の趣味を共有できるサークルへと入会した。

 その趣味とは、料理の名店・名物探し。


「お前も含め、御伽衆には食通(グルマン)がいっぱいいますからね。料理人達が頭を突き合わせながら悩んでいる光景を、何度見たことか」

「私達は必然的に多くを見て多くを食べる人間になりますから、仕方ないかと」



 霊獣討滅に欠かせない神威、ないし人意は潜在的な生命力に由来する。これは大雑把に言って人体に蓄えられる熱量(エネルギー)と同義。そして多くのエネルギーを蓄えるには、多くを食べるのが一番手っ取り早く確実な方法。つまり多く食べることが強い討ち手になる条件の一つなのだ。

 この考えの基で様々な料理を食べ尽くしていく内に、少なくない数の討ち手が舌を肥やしていく。東馬はそれに加えて第一当主直属遊撃隊に所属しているため、これまで大陸のそこかしこに応援として派遣されてきた。討滅を完遂した後は回復のために美味い物を探して食べ、鳳花へのお土産に地元の名産品を買うことが恒例で、繰り返す内にその行いに楽しさを見出すようになった。


 鳳花が今めくっている会誌に、作成者の一人として名を連ねるようになったのは斯様(かよう)な理由がある。余談だが、領内に大飯食らいの食通が()()()出続けた結果、皇領は世界有数の美食の街として名を馳せていたりする。



「ははぁなるほど……私を連れて足を運んだ店は、ここにある仲間達から紹介されて知ったのですか」

「部長に、できるだけ多くの人に評価して欲しいと言われまして」

「料理の写真に、食事の報告書(レポート)。……店長への取材などいつしたのですか?」

「さすがにそれは私ではありません。護衛ですし。……ただ、『良いと思ったものは他の方にも知ってもらいたいし、加えて料理人がどんな工夫をしているか知っていたらもっと美味しく頂けるはずだ』と、副部長が」

「この分野(カテゴリー)順位付け(ランキング)は?」

「あ、それは部員全員で話し合って決めました」

「そうですか……。知人友人が増えて、勉学も趣味も充実していて、羨ましい限りです。……友達の居ない私とは大違い」



 鳳花は大きなため息をつく。冊子の表紙を眺めるその表情は哀愁に満ちていた。



「姫様も興味のある団体に入部してみたらいかがですか? 人目の落ち着いた今ならば大きな騒ぎにならないでしょうし」



 鳳花がサークル等の入部を控えてきたのは、自分が所属することによる悪影響を考えてのことだと東馬は推測している。自分一人が注目を集めるだけなら被害は少なく済むが、それが特定の団体に所属したとなると注目は他者にも飛び火してしまうからだ。

 これは決して自意識過剰な考えではない。実際入学したての頃、鳳花の受講している講義には大勢の人が押し寄せ、大学側が生徒に対し厳重注意を促す事態になってしまった。今でこそ落ち着いているが、鳳花は入学からしばらくの間、真面目な受講生が迷惑している様子を見続けなければならなかった。


 東馬とてグルメ探索研究会に入部したのは入学から二ヶ月近くが経ってから。鳳花には及ばないにしろ護衛の東馬もそれなりに注目されていたので、興味が薄れる時期を見計らう必要があったのだ。



「それもそうでしょうが……問題が一つあるのですよね」

「と仰いますと?」

「趣味と呼べるものがないので、どの団体に入れば良いか分からないのです」

「…………あー……」



 そうだった、と東馬は思い出す。年相応の幼い部分もあるにせよ、目の前の主君兼幼馴染みは基本的にドが付くほど真面目で、与えられた責任に対する使命感が過剰なほど強いのだ。それこそ背負い込みすぎて自分を疎かにしてしまうほどに。


 霊獣討滅のための修行、次期領主としての勉強、名代としての対外折衝等々。東馬とて従者の役目に加えて霊獣討滅と修行をこなす忙しい日々を送ってきたが、鳳花はそれ以上の重い責務に忙殺されてきた。

 二年前にお披露目として初めて社交の場に出た後、その流れはさらに加速した。予定(スケジュール)が分刻みで埋まることもざら。車の中で眠りこけている鳳花を自室まで運んだのも一度や二度ではない。


 そんな環境である。遊ぶ余裕など全く無かった。当然、友達などできるはずもない。


 皮肉なことに、鳳花が自分の立場をよく理解していたことが忙殺の日々を順調に回した。仕事を決して投げ出さず、周囲の心配にも大丈夫の答えを返し続けた。なまじ既に肩に乗っている責任も、将来乗る予定の責任も、重さに偽りがないため誰も強く引き留められなかったのだ。


 結果出来上がったのが、この無趣味で枯れた()()()の姫である。涙を誘うとはこのことだ。



「くっ……お労しい……!」

「殴られたいのですかお前は」



 目頭を押さえる東馬に神威の拳が向けられる。境遇へ憤られても嬉しくはないが、哀れまれてもそれはそれでムカつくらしい。

 とはいえ幼い頃からの付き合いだ。鳳花が完全に無趣味でないこともまた知っている。



「ですが趣味ならば姫様とてあったではないですか。昔のことですが私はよく覚えていますよ。何せ姫様の趣味によって玩具にされた身ですからね」

「……さあ何のことでしょう? 身に覚えがありませんね」

「いいえ、忘れたとは言わせませんよ。私のこの髪型も、元はと言えば姫様が好きな――」

「それ以上続けたら金輪際お前の趣味には付き合いませんがいいのですか?」



 東馬の口が瞬時に閉じた。くくっている後ろ髪を持つ手も膝の上に戻った。ただし食事が終わるまでの間、鳳花は一言も東馬と口を利いてくれなかった。


 結局この話は、今度東馬の所属するサークルにお邪魔することで決着した。

 このように紆余曲折あるものの、二人のキャンパスライフは概ね充実していると言えた。

嫡子はこの世界でも男子の跡継ぎを示す言葉ですが、皇家は遥か昔に男系への拘りを捨てているので嫡子で統一しています。

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