051.プロローグへのエピローグ
あの『葦原北部大震災』の後のことを少しだけ語ろう。
黄泉迷峡谷での戦いの後、二人は一日を置いて空路で王都に帰還した。その後鳳花は皇家の名代として、東馬はその護衛として各所を奔走することとなった。
皇家は被災地へ送る物資の確保と輸送の手配の他、損壊した交通網や倒壊した建物の修復・撤去のために討ち手達を動員。鳳花は現地の実行部隊を率いて関係各所を回り、その間に発生した霊獣は威三朗が第一隊を率いて討滅することで事態を沈静化させた。
ちなみに二人と同時にサークルの仲間達も王都に戻っていた。鳳花と東馬の二人の回収という名目でやってきた飛行機に同道した形だが、幸いにもその飛行機が王家所有のものであることに違和感を覚えた人間はいなかった。
「上質な身代わりが居てくれて助かった」
とは当然のように同道して王都に戻った紫水の言葉だ。
その紫水もまた王太子として慌ただしい日々を送る羽目になったのだが、王都に戻った直後に愉快げな顔で耳打ちしてきた言葉が東馬の記憶に残っている。
「少しの間で鳳花殿も随分と女が上がったものだ。せいぜい置いて行かれぬようお前も腹を決めることだな」
その言葉が間違いでないことは東馬と言えどすぐに分かった。戦いが始まる前の時点から脱皮の兆候があったが、戦いが終わって王都の屋敷に戻ってきた後は殻を破ったと感じるような様変わりをしていたからだ。
一番近くで段階的に変化していく様子を見ていた東馬でさえそうなのだから、見ていなかった他の人間にとっては推して知るべし。皇家の家臣達は次期当主の変化に驚きつつも、いっそう頼もしさの増した姿に将来への期待を強めることとなった。
そうして二ヶ月近くが経ち、慌ただしさが幾分落ち着いた頃を見計らったようにその時はやってきた。
「ね、東馬。あの時の告白の返事はいつ聞かせてくれるの?」
あの戦い以降、二人きりの時は丁寧な言葉遣いをやめるようになっていた鳳花からそう尋ねられた東馬は、まるで金縛りに遭ったかのように体をカチコチに固まらせた。
二人が居るのはかつて東馬が継道と語り合った縁側。王都の邸宅の中で最も風流かつ静けさの満ちる場所。
今この場所にいるのは二人を除けば池で泳ぐ魚だけ。誰も目も無ければ邪魔が入る余地も無い。すなわち東馬の逃げ場もどこにもない。
「……お返事をする前に姫様にいくつかお尋ねしたいことがございます。よろしいでしょうか」
「いいわよ。何?」
「姫様は大陸においてこの上なく尊いお立場におられます。権威を損なわないためにもお相手を簡単に変えることは許されません。ここで諾とお返しすれば将来そのまま私を婿に迎えることに繋がりますが、それをご承知の上での告白と捉えてよろしいでしょうか」
この二ヶ月近くの間で思いを巡らせていたのは鳳花だけではない。長い時間をかけて東馬はすでに結論を出してはいたが、前提が間違っていたのならそれに応じた答えに変える必要がある。
そんな東馬の質問に、鳳花はそれはそれは不機嫌そうな顔を見せた。
「へえ~? 東馬は私がそんなことも考えないで告白したと思ってるんだ。随分と見くびられたものですこと」
「い、いえ、そのようなことは。ただ状況が状況でしたし、勢い任せという可能性も考えられたので……」
「ま、その場の流れで言ったのは否定しないけどね。ただ私がお前をずっと好きだったのは本当よ? 私からの告白がどういう意味を持つのか、その影響も含めて考えを巡らせる時間は十分にあった。だからお前に求めている返事は告白をした時から変わっていないわ」
鳳花はそっと、自分の手を東馬の左手に重ね合わせた。
その手はほんの少しだけ震えていた。
「お前は私のことをどう思ってる? 次の当主と夫婦になってもいい、その過程にある様々な障害も含めて受け入れるくらい、私を好いてくれている?」
東馬は大きく深く息を吸い、細く長く息を吐いた。
「……少し、自分語りに付き合って頂けないでしょうか」
そこから東馬が語ったのは紫水に打ち明けたものと同じ内容の話。それに加えて幼い頃から今に至るまでの鳳花へ向ける感情の移り変わり。
自分の浅ましさ、身勝手な独占欲、鳳花に失望されるかもしれない恐怖。隠していた全てを東馬は詳らかに打ち明けた。
何故そうしたのかは東馬自身にも分からない。内にあるものを後出しするのは公平ではないと思ったからか、鳳花に再考を促したかったからか。もしくはかつてこの場所で継道から受け取った「本音で話し合え」という助言がそうさせたのか。
東馬が語り終えるまでの間鳳花は一言も口を挟まなかった。ただじっと東馬の顔を見つめていた。
ただ、話すべきことを全て話し終えた後の鳳花の反応は意外なものだった。
「誤解しないで欲しいのだけど、ちょっと嬉しいかも。東馬がそんな風に考えてくれていたことが」
「姫様が期待していたような理想の従者ではなかったのに、ですか?」
「私があなたをそう見ていたことは否定しない。ただ自分でも意外なのだけど、東馬が思ったよりも私に近いところにいてくれたことの方が、私は喜ばしかったのかもしれないわね」
それにね、と鳳花は失望した様子など微塵も感じさせないスッキリした顔で続ける。
「この数ヶ月の経験を通して思ったの。自信は己の内から湧き出るものだけど、人の価値は自分だけでは決められないものなんだなって。商品を売る時だって自分で決めた値段が適切かは買う人がいなければ分からないでしょう? 人の価値も同じように、その人が言ったことや行ったことにどれだけ周りの人が助けられたかで決まるのだと思うの」
「…………」
「先の震災の件に限らず、お前がいなければ救えなかった命は数え切れないくらい多い。そしてお前が内心どう思っていようとも、今まで献身的に私を支えてくれて導いてくれたことは、私の中に“事実”としてしっかり残ってる。だから私はお前を手放すのを嫌がったし、お前のことを好きになった。これはお前の価値の証明にならない?」
「俺の内心がどうであっても……ですか」
「私だって屈折したものを抱えていたんだからお互い様よ。私はこれまでのお前の行いと言葉に嘘がなければそれでいいの。それじゃあ不満?」
「…………そんな訳、ないじゃないですか」
東馬は伏せた顔を右手で覆った。そうしなければ泣いてしまいそうだったから。
「俺だって、ずっとずっと貴方のことが好きだった。安らぎをくれて、居場所をくれて、誇りをくれて……貴方の傍に居ることが俺の幸せそのものだったんだ」
何度も諦めようとした。身分は到底釣り合わない。浅ましい自分を自覚するたびに近付くことが怖くなる。最初から叶わない夢だと考えた方が楽でいられた。
天武八達となり夢に手が届く立場にまで登りつめても、鳳花から一心に信頼を寄せられていても、さらには好意をぶつけられてもなお踏み出せなかった。浅ましい性根を見透かされて鳳花に失望されるのが怖かった。
けれど全てを打ち明けても鳳花は変わらなかった。向けられる目から信頼は失われず、紡がれる声音は喜びすら孕んでいる。
そんな人を諦めるなんて、石動東馬にはもうできない。
「鳳花」
「なに?」
「俺は、貴方を諦めなくていいのか」
「ええ」
「貴方と結ばれる未来を夢見ていいのか」
「もちろん」
「……貴方を、自分のものにしたいと思っていいのか」
「望むところよ」
そして鳳花は勢いよく立ち上がると、びしっと人差し指を東馬へと向けて告げる。
「主として命じます、石動東馬。――卒業までの三年以内に誰よりも私に相応しいことを証明しなさい。そして皇鳳花の婿は自分しかいないのだと、皇家の内外に知らしめなさい」
威風堂々と、傲岸に、「自分を娶れ」と鳳花は東馬へ命令した。
言葉に『絶対命令』がかけられておらずとも、その命令は確かに東馬の心身と生涯を縛り付けることになった。
「……ほ、本当に嫌じゃなければ……だけどね?」
その直後、自信なさげにしおれた鳳花に笑ってしまったことも含めて。
これにて第一章完結です。今後の展開については色々と考えているところなので、更新を追っていこうと思える方はブクマ登録をお願いします。
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