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050.再来

4話連続投稿の最後になります。

 皇家において人意の習得は四つの段階に分かれている。下から順に『知覚(ちかく)』『循環(じゅんかん)』『運功(うんこう)』『発剄(はっけい)』。御技の展開には『発剄』までの習得が必須となる。


 皇家は積み上げた育成手法(ノウハウ)によって子弟のほぼ全員を最後の『発剄』まで至らせることを可能にしている。しかし人間である以上は個人差が存在し、それは主に“出力”という形で顕著に表れる。


 肝となるのは『循環』と『運功』だ。『循環』は人意の流れ道“剄絡(けいらく)”を通じて自らの意思による人意の操作を可能としている段階を指し、『運功』は人意を瞬間的に一部分へと集中させられる段階を指す。


 御技展開の仕組み(メカニズム)は、『知覚』した人意を『循環』で開いた剄絡から『運功』して集め、神威へと変換した人意を『発剄』で外に放出するというもの。すなわち『循環』によっていかに剄絡を(ひろ)げているか、どれだけの量を『運功』によって瞬間的に出力できるかが御技の威力の鍵となるのだ。


 もちろん御技を編む技術がなければ宝の持ち腐れとなってしまうが、量を伴わなければ使えない御技は数多い。そして技術が横並びなら出力の差が威力の差となる。


 御伽衆第八席石動東馬の唯一性(オリジナリティ)はここにある。


 基本的に人意の量に大きな個人差はない。そのため全快時に一度に放出できる人意の割合が討ち手の最大瞬間出力量と言っていい。

 奥義に必要な瞬間出力量はおよそ四割。中伝以下の討ち手であれば三割もあれば上出来だ。


 しかし東馬の瞬間出力量は()()()()。残りの五分が生命維持に必要な最低量であることを考えれば、事実上人意の全てを一度に扱えるということ。次点の威三朗でさえ六割がせいぜいなのだからその突出具合は異常の一言だ。

 生まれながらに人意を『知覚』していた東馬の体は人意を操ることが()()だった。故に余人とは違い人意の操作に抵抗と呼べるものが存在しない。


 在るがまま思うがままに人意を引き出す“超伝導(ちょうでんどう)”。


 その真骨頂を示すかのように東馬は刀を引いて足を踏み出した。



「撃法奥伝――」



 声に応じて思念が伝播(でんぱ)し、莫大な力が吸い込まれるように刀へと(つど)う。

 ただ動くだけで風が巻き起こるほどの力の奔流(ほんりゅう)に『ろ』級の一は後退(あとずさ)りる。


 そして刀は振り抜かれた。



「――『建御雷(たけみかづち)』」



 放たれた(いかづち)の光が峡谷を白く染め上げる。


 自然発生する雷が矮小(わいしょう)に思えるほどの光と音と熱が、大気を切り刻み、森を灼き、峡谷の大地を二つに割った。



「ギ――――」


 馬蜥蜴の巨体は雷光に抱かれて宙を舞う。悲鳴は轟音によってかき消され、体は霊核があった部分を除きもはや原型を留めていない。


 『天羽々斬』の雷版とも言える『建御雷(たけみかづち)』は雷光の斬撃を放つ技。本来の威力は自然界の雷から大きく離れたものではないのだが、『人柱』により人意の出し惜しみがなくなった東馬が、莫大な力を“超伝導”によって注ぎ込めばこの通り。『ろ』級の一でさえ防ぐ(すべ)のない超火力が招来する。


 馬蜥蜴は再生能力をかき集めて体を復元するも、取り戻した視界に映ったのは宙を駆けて追ってくる東馬の姿。

 馬蜥蜴の目はさらに視た。大技で人意の抜けた東馬の体へと、母なる霊脈が力を分け与えている信じられない光景を。



「『天羽々斬(あめのはばきり)』」



 愕然とする馬蜥蜴へと振り下ろされる嵐撃。一時撤退前に放った技とは桁違いの威力が巨体を地面へと叩き付ける。

 大技の連続で再び東馬の体から人意が失われる。しかしその後もやはり同じように、霊脈から力が流れ込んで東馬の人意を回復させた。


 仙法奥伝『人柱』は霊脈と繋がる時間の長さによって使い道が二つに分かれる。


 一つは人意ないし神威の回復手段。短時間だけ霊脈と繋がり、吸い上げる力の量を調節して体に取り込むという使い方。

 もう一つは御技の動力源として霊脈を利用するというもの。霊脈と長時間繋がりつつ、自身の体を変換器(コンバーター)として使うことで御技を無制限に放つことができる。


 難易度・危険度が高いのはもちろん後者だ。力の変換はコツを掴めば半ば無意識に行えるが、吸い上げる量については状況に応じた調節をしなければならない。そして戦いの中で調節を行うのは至難の業だ。少なすぎたら御技は使えず、多すぎれば力の矛先は己に向く。

 大量の力を瞬間的に使い切ることができる人意への適性と、その力を十全に活かすための技量。この二つの資質を兼ね備えてようやく『人柱』はその真価を発揮できるのだ。


 御伽衆においてこれができるのは東馬のみ。それも当代に限った話ではなく、さらに言えば仙法という術技全体においてこの話は当てはまる。皇龍明の没後から今に至るまでの三百年間、仙法という御技を極めることは愚か、一つでも奥義を会得できた討ち手は現れなかった。


 歴代二人目の仙法奥義到達者であり、頂点へと至る素質を持つ男。


 故に威三朗が与えた二つ名は『降龍(こうりゅう)』。


 『創聖(そうせい)』皇龍明の“再来”を(うた)われた、御伽衆(おとぎしゅう)最優(さいゆう)の討ち手の異名。



「ニンゲン……フゼイガアァッ!!」



 人のものとまるで違わぬ憤怒の声を轟かせた直後、着地したばかりの東馬へと岩や棒剣が殺到するように飛んでくる。


 ただしそれらの動きは先ほどまでと比べていかにも単調。東馬の体捌きを以てすれば御技を使うことなく避けることが可能であり、実際にそうすべく一度は体を動かそうとした。

 しかし、



「っ……『太極図・廻』!」



 東馬は己の体で溜まり続ける莫大な力で仙法を大規模に展開し、異能による攻撃を強引に中断させる。


 ただしこの“回帰”の技を馬蜥蜴に見せるのはすでに三度目。馬蜥蜴はもう驚いた様子すら見せず、やり直しとばかりに立て続けに岩や棒剣を飛ばしてくる。

 東馬は今度こそ御技を使わずにそれらを回避して馬蜥蜴に肉薄するが、その顔には圧倒的な優勢を作っている人間には見えないほどの焦りがあった。


 今の東馬は繋がっている霊脈から常に力を供給されている。それによって大威力の御技を行使できるが、使わなければ力はただ体へと溜まるだけだ。

 三百年に一人の資質を持っていようと貯蔵量には限界があり、溜まりきる前に力を消費しなければ東馬の体は破裂する。時には余計な大技も使わなければ間に合わない上、そうして使った技は完成度が低く、威力が落ちる。そして『人柱』を解除して霊脈との接続が断たれるまでこの暴走列車のような状態は続く。


 常ならば人意の回復が済み次第『人柱』を解除すればいい話だ。しかし目の前の霊獣を倒せないまま『人柱』を解除するという選択肢は今の東馬には無い。というよりも、取れない。


 霊脈との接続を断った後、もし万が一息切れをしてしまえばどうなるか。焔山は限界。雪子も体力に不安あり。しかし再接続をしようにも時間が掛かるため、一度目よりもさらに危ない橋を渡らねばならない。

 何より大きいのは自分達にはもう余裕が無いことだ。この霊獣が起こした二次災害によって第三隊の討ち手達は限界まで追い詰められた。これ以上の地震発生を防ぎつつ短時間で決着を付けるためには、余計な行動を取らせないよう一気(いっき)呵成(かせい)に攻め立てる他ない。



「はぁッ!!」



 振り下ろされる四本の棒剣を(まばゆ)い雷光が砕き、馬蜥蜴はその腕ごと弾き飛ばされる。

 しかし馬蜥蜴は即座に体勢を立て直すと弾き飛ばされた勢いのまま東馬から距離を取り、あろうことか東馬に背中を向けないまま遠くへと後退をし始めた。



「この野郎、どこまでも……!」



 おそらく東馬の余裕の無さを感じ取っての一時撤退なのだろうが、窮地に陥ってもなお曇らない戦略的な判断はただただ腹立たしいばかり。

 しかし追おうとした東馬の肩を小さな手が優しく叩く。



「大丈夫。任しとき」



 声に振り向くのと同時、馬蜥蜴は悲鳴を上げて東馬のいる方向へと吹っ飛んでくる。その後ろには振り抜いた脚から黒煙を立ち昇らせている雪子の姿。

 小柄な雪子が己の十倍近い巨体を蹴り飛ばした光景に奇妙なおかしさを感じつつ、東馬は神威を(たけ)らせて疾走する。

 

 『人柱』によって力を出し惜しむ必要がなくなった今、東馬は膨大な神威を使って御技を編むことができる。それがもたらすのは規模の拡大や威力の増大、そして御技自体の“強度”の向上。

 つまりは初伝程度の威力の技とて『ろ』級の一を貫くことが可能となる。存在強度が落ちた相手なら訳もない。



「『かえらずの(じん)』!」



 伸びる刀身が黒く染まり、丸太のような馬蜥蜴の腕を斬り落とす。

 飛び上がりざまに左の二本を、落下と共に右の二本を。そうして体勢を崩した馬蜥蜴の膝から下をも斬り落とし、達磨となった巨体は地に倒れた。


 黒刀に付与されているのは概念昇華による“不治”の毒。霊獣相手では時間が過ぎれば解毒されるが、この局面においては(いささ)かの問題ももたらさない。



「おおおおおおおぉぉッ!!」



 空へと跳んだ東馬へと力が集う。ただでさえ膨大だった力がさらに膨らみ、掲げられた刀で概念昇華の色を帯びる。

 そして身動きの取れなくなった馬蜥蜴の視界の中、嵐の如き力はまるで裏返るように漆黒へと転じ、さらには音を失った。


 ――概念昇華によって作り出される神威の概念は、主に物質や現象を通してその効力を発揮する。『かえらずの刃』が武器を用いた技なのは、“不治”の神威をそのままぶつけても傷を開くことができず、無傷の相手に概念を植え付けても意味が無いためだ。

 仮に“切断”といった攻撃性のある概念を作ったとしても、その神威を当てるだけでは皮一枚を切って終わる。不完全な概念だからでも強度が弱いからでもなく、皮の繊維(せんい)を切ってしまえばその概念は役割を果たしたことになってしまうからだ。


 かつて師の継道は東馬に語った。



「もしも概念昇華だけで霊獣を倒そうとするのなら、人の身を十度絞り尽くしてもなお足らぬほどの力が必要になるであろう」



 今にして思えば不可能なことだと教えているつもりだったのだろうが、東馬が抱いたのは真逆の考えだった。



「ならばそれだけの力を集めてしまえば可能ということですね」



 その答えが今、最悪の絶望として霊獣の前に顕れる。


 東馬の周囲から消えていく音という音、そして光。激流の如き力とは裏腹な異常は“消滅”の概念がもたらすもの。『人柱』が引き出す超火力がここに無明の一刀を実現する。


 その一刀こそ東馬が持つ最大の撃法。最初の『ろ』級との戦いにおいて東馬が編み出した止めの一撃(フィニッシュブロー)


 しかしこれは御技にあらず。そも人の力だけで扱えぬものを後進へと受け継げるはずがない。

 それでも受け継いだ技術を以て編まれる神威は霊獣を倒せる力を宿している。


 技と呼ぶには力業(ちからわざ)に過ぎ、撃法を名乗らないのは謙虚に過ぎる。

 故に東馬はこう名付けた。



我流(がりゅう)撃法(げきほう)――『悪喰(あくう)』!」



 振るわれるは光さえ奪う大斬撃。触れる(ことごと)くをこの世から消し去り、漆黒が馬蜥蜴の体へと衝突した。



「――――――――」



 何もかもを消し去る闇は断末魔の叫びさえ響くことを許さない。


 己を構成する物質の一つ一つを失い、心臓である霊核を丁寧に削り取られていくその過程を、果たして馬蜥蜴はどう感じたのか。


 無明の一刀が大地をも抉った後にはすでに、かつて霊獣だった物質の切れ端はその形を失いつつあった。



 ……戦いの音が止んだことに気付いた鳳花がその場に駆け付けた時、そこにはもう霊獣の姿はどこにもなく、代わりに線を引いたような横長の穴が大地に広がっていた。


 その穴の手前で仰向けに倒れている人影に鳳花は駆け寄る。空を映していた視界の中に鳳花の顔が現れると、東馬は埃まみれの顔で力なく、それでいて誇らしげに笑顔を見せた。



「生きて戻れとの御下命、お守りいたしました」



 討滅完遂。『ろ』級の一は峡谷の大地から消滅し、震災より始まった長い戦いはここにようやく幕を下ろしたのだった。

次話で第一章完結です。

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