049.真打ち登場
4話連続投稿の3話目です。
その異変を感じ取ったのは三者同時だった。
異変の源は大地に流れている霊脈。これまでは澱みながらも同じ道のりを流れていた力が唐突に逆走を始めたのだ。
それはあたかも水槽に開けた穴から水がこぼれ落ちていくように、あるいは逆に汲み上げ器によって水を吸い上げるかのように、ある一点へと向かって力が集まっていく。
そのことを足元で感じて焔山と雪子は共に悟った。
「……始まったか」
「みたいやねぇ。鳳花ちゃんにも後でお礼を言わんとね」
戦況の好転の兆しに、しかし焔山の顔は苦々しく、雪子の方も常ならぬ無表情。現れ方こそ違えど“不本意”という感情は一致している。
その理由はこの異変の主である東馬が使っている御技『人柱』にある。
激闘の連戦で東馬と焔山の人意は――正確には“体外へ出せる人意”が――ほとんど枯渇した。人意が無くなれば御技を使うことはできず、霊獣の討滅は不可能になる。せめて片方だけでも人意を回復できれば討滅の目も出てくるのだが、食料を腹に詰め込んでもすぐに人意は回復しない。
求めるのは即効性。ならば外の力を直接取り込んで己の人意として使うしかない。
仙法の奥伝技『人柱』は霊脈に流れる力を吸い上げ、変換し、己が人意の代わりとして用いる御技。術者は霊脈が持つ膨大な力を取り込んで人意を超速回復させることや、吸い上げた力を操って御技の威力を向上させることができるようになる。
肉体そのものや精神的な疲労の回復はできないが、理論上は無限に御技を放つことができるようになる。奥伝はもちろんのこと、人意を大量に消費する奥義さえ自由に使えるようになるのだ。
もちろんそんな夢のような技が何の危険もなく使える訳はない。それどころか『人柱』は御伽衆の中でさえ“禁忌”の技とされている。
例えば袋に水を注ぐ場合、その袋に収まる量の水であればいくら注がれても袋は破けないが、袋の容量を大きく上回る水が注がれれば袋には穴が空いてしまう。
あるいは電気回路。流す電流が許容範囲内であれば回路は行き渡らせた電流で電化製品を動かすが、限界を超える電流が流し込まれれば回路は故障し、二度と電化製品は動かせなくなる。
そして力の大河である霊脈と比べれば人体など手提げ袋か、手に乗る大きさの回路のようなもの。『人柱』で吸い上げる力の量が多すぎれば、あるいは吸い上げる勢いの調節を間違えれば。使用者の体には穴が空いて最悪の場合は廃人へと堕ちる。
御技には数々の危険な技があり、その中には鳳花の使った『真生』のように未熟な討ち手の使用を禁じているものもある。
しかし『人柱』が“禁忌”とされているのは単に危険な技というだけではない。
鳳花の母、威三朗の前正室にして旧御伽衆第二席、皇日輪が命を落とす原因となった技だからだ。
多くの仲間を救い、多くの人々に慕われていた日輪の死は同じ数の人々に影を落とした。威三朗はもちろん共に日輪の下で戦った轟木の兄妹も例外ではなく、以降皇家ではこの技を使うことは暗黙の禁忌とされるようになった。
石動東馬という天才を除いては。
「ブルゥォオオオオオオオッッ!!」
異変に脅威の兆しを感じたのか、馬蜥蜴が東馬のいる方角へと焦るように走り出す。
その矢先、馬蜥蜴が踏み込もうとした地面に穴が空いた。馬蜥蜴は走る勢いそのままにつんのめり、地面にぶつかって地鳴りを起こす。
「その内来るから、うちらと一緒に大人しく待っとき」
倒れ伏した馬蜥蜴へと雪子の作り出した氷の槍が降り注ぐ。丸太のような太さの槍は両の脚と四本の腕を貫き、楔となって馬蜥蜴を地面に縫い付けた。
さらにその背へと振り下ろされるは嵐の一刀、『大天ノ太刀』。
「ブォオオオオオオッ!!」
伸びる切っ先が首下の霊核を刺し貫く。『大天ノ太刀』の刃とは概念昇華によって押し固められた極小の嵐。その刀身はあらゆるものを触れるだけで削り取る。
堪らぬ状況に馬蜥蜴は強引に六肢を引きちぎって立ち上がった。同時に雪子もその背中から飛び退き、馬蜥蜴の眼前――東馬のいる場所に繋がる道の前で立ちはだかる。
目の前の邪魔者を潰さねば先には進めないと判断したのだろう。馬蜥蜴は異能を励起し、一帯に散らばっている岩や棒剣を雪子へと差し向けた。
雪子は軽業師のようにひょいひょいと避けてみせるが、それを見越していた馬蜥蜴は復元した四本腕に棒剣を握って雪子を待ち構えていた。
そして馬蜥蜴の棒剣が雪子の小さい体へとぶつかり――手応え無くすり抜ける。
「ブッ……ブルォッ!?」
最初の戸惑いは手応えが無かったことに。直後の驚愕は目の前の雪子によって背後から攻撃を受けたこと。
さらに馬蜥蜴の広い視界に映ったのは、六人の雪子が己を取り囲むように立っている光景だった。
「つくづく肝が冷える眺めだな」
いざという時の援護のために控えていた焔山は冷や汗を流しながら呟いた。
兄妹故に得意な分野は似通うのか、雪子が皆伝しているのも焔山と同じく歩法の奥義。ただし焔山が“展開速度”に特化しているのに対し、雪子は“手数”の多さに秀でている。
それは御技の多重並列展開だけに限らない。得意とする術技の傾向にも表れていた。
中でも雪子の代名詞とも謳われる御技が、この自らの分身を生み出して操る歩法の奥伝技『常在戦場』だ。
もちろんただ分身を生み出すだけなら『影うつし』と変わらない。この技の真骨頂はここからだ。
「ほな、東馬くんが来るまで遊ぼうか」
まず四人の雪子が馬蜥蜴へと躍り出た。
馬蜥蜴は迷わず迎撃するが、握った棒剣は全て雪子の分身をすり抜けて空を切った。
その間に残り二人の雪子が馬蜥蜴の懐に入ろうとする。それに対して空振りを見越していた馬蜥蜴は棒剣二本を即座に手放し、雪子を打ち据えようと巨大な手を差し向けた。
しかしそれすらも空を切る。さらに馬蜥蜴は、棒剣で切り裂いたばかりのはずの雪子の分身が己の体を斬り裂くのを目の当たりにする。
「ニッ……イイィィィィィッ!!?」
分身に手応えがないのはまだ分かる。高速移動によって攻撃が躱されたなら理解の内。
だが手応えのない分身が実体のある攻撃してくるなどまるで道理に合っていない。
そしてこの不条理は一度や二度では終わらない。馬蜥蜴の剣や腕、脚や尻尾は、何度も何度も雪子の姿を貫いたが、その全てで手応えというものを感じず、一方で雪子の小太刀は幾度となく馬蜥蜴の体を斬り裂き、削り、霊核を穿った。
奥伝屈指の高難易度技『常在戦場』の真骨頂。それは作り上げた虚像と自身の位置を入れ替えることにある。
術者によって操られる分身に実体はなく、そこにいくら物理的な攻撃を加えようが意味を成さない。そうして懐に入った分身と自身の位置を入れ替えれば、攻撃を放って隙を見せた敵に悠々と一撃を与えられる。
この技は知能の高い敵ほど有効に働く。どれもが実体を持ちながら虚像にもなれるこの技の前では、実体を狙おうとするほどに混乱のドツボにはまるという訳だ。
一方でこの技にも欠点がある。実戦での使用が極めて難しいことだ。
まず技の本領を発揮するためには複数体の分身を作って操らねばならない。一体や二体だけでは撹乱には不十分であるためだ。
次に分身と自身を入れ替える都合上、一瞬で切り替わる視界への即応力が求められる。それが十回でも百回でも、それこそ真向かいからの光景でも瞬時に把握し、処理し、行動に移さなければ逆に隙を晒すだけ。
そして最も重要なのは、以上の二つを並行で処理しつつ撃法を使う必要があること。霊獣を倒すために使うのならば攻撃しなければ意味が無い。
この技を使ったことがある討ち手は「奥伝技二つを同時に使うのに等しい」と語る。そんな技を撃法と同時に使うとなれば頭は早々に茹で上がるだろう。並列展開が苦手な焔山からすれば挑む方が馬鹿らしい。
そんな馬鹿を雪子は何でもないような顔でこなし続ける。それでいて歩法にも撃法にも精度の低下が見られないのだから、もはや脳の構造からして別物なのではないかと疑うほどだ。
御伽衆最賢の討ち手。その称号に一切の誇張なし。
「ヤメロヤメロヤメロヤメロォオオオオッ!!」
馬蜥蜴は怒号を上げながら異能を発動。周囲に散らばった土砂が浮かび上がり、馬蜥蜴を中心にして急速に渦を巻き始める。
渦はさらに土砂を吸い上げて竜巻となり、規模をさらにさらに増していく。近付くことができなくなった雪子はとうとう『常在戦場』を解除した。
散らばる分身を捉えられないのなら分身全てを呑み込むほどの広範囲攻撃を仕掛ければ良い。雪子の後退が示すようにその推測と対応自体は間違っていなかったのだろう。
雪子が『常在戦場』を使った目的が、ただの時間稼ぎだったことを知らなければ。
「――『太極図・廻』」
突然膨れ上がった莫大な神威が、一帯を遍く染め上げた。
荒れ果てた大地が元の形を取り戻し、異能の痕跡を跡形もなく消し飛ばす。もちろん土砂の竜巻も雲散霧消。中心の馬蜥蜴は丸裸。
覚えのある異能の巻き戻しに馬蜥蜴の歯が軋る。しかし力の大元へと向けられた燃える目は、それを見た瞬間に驚きと恐れで見開かれた。
「真打ち登場、ってところやねぇ」
足音は平坦なれど力の拍動は地を砕く。
大気が啼き、木々が軋み、そして天が揺れていた。
仲間であるはずの焔山までも身震いし、雪子でさえ冷や汗を流すほどの人意の奔流。物理的な圧力をも撒き散らしながら青年は戦場に舞い戻る。
「――終わりにしようか、『ろ』級の一」
柱とは神の数。すなわち『人柱』とは人が神へと近付く技。
ヒトの身を超えた力を携えて石動東馬は宣告した。
次話は21時の公開です。




