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046.代償

 私を置いて死ぬのは許しません、と鳳花は東馬に命令した。


 石動東馬にとって皇鳳花の命令は何よりも優先されるべきもの。間に“絶対命令”が挟まっているか否かは関係ない。鳳花の願いを全霊で叶えることは東馬が己に定めた存在意義(レゾンデートル)だ。

 故に強大な敵を相手にしても生存を諦めることはない。東馬は心臓が止まる最後の時まで足掻き続ける。


 しかしこの状況を絶望的ではないと否定することは東馬が討ち手として一流だからこそできなかった。



「シネシネシネェェェェッッ!!」



 東馬の背丈を超える棒剣が四つの腕から次々に投げ放たれた。

 風切り音を唸り声に変えて大質量が迫り来る。本能的な恐怖を無理矢理に押しつけてくる光景はそれだけでも一つの攻撃と言えただろう。



「くっ……!」



 背筋の寒さを力尽くで抑え込んで横へ飛ぶ。剣は間髪入れず東馬のいた場所を貫いて背後の崖に突き刺さった。

 そんな東馬の動きを見透かしていたように、霊獣はいつの間にか作り出していた新しい棒剣を握って移動先へと回り込む。



「ツブレロッ!」



 水平に振り抜かれた剣を最小限の跳躍(ちょうやく)(かわ)す。



「クダケロッ!」



 垂直に振り下ろされる剣を『跳』を纏った刀で押し返す。



「シネエェェェッ!」



 残り二つの棒剣による突きを隙間を縫って回避する。

 その質量と速さはすれ違う度に風圧で肌が叩かれるほど。当然、一回でもまともに当たれば即死だろう。



「はぁっ……はぁっ……!」



 連撃を捌ききっても東馬の顔に余裕はない。『ろ』級の二の霊獣が相手でも目立った傷を負わなかった東馬だが、今となっては傷を負っていない箇所の方が少なかった。身に付ける装束はそこかしこが破け、千切れ、穴が開いている。

 救いなのは一つ一つの傷は浅いことだろう。それよりも遙かに問題なのが体に重くのしかかる連戦の疲労だ。


 戦い始めの時点でさえ目立っていた四肢の疲労はもはや鎖のように全身を締め付け、回避に動くだけでも東馬の体は悲鳴を上げるようになっていた。途中参戦の東馬でさえこれなのだ。焔山に至っては言うに及ばない。


 いっそ一度退却し、息を整えてはどうかと考えたこともあったが、黄泉迷峡谷における最悪の異能がその甘えを叩き潰す。



「コワレロッ、コワレロッ、コワレロッ! ブゥルルルルルルルッ!!」



 抑揚の外れた声と共に馬蜥蜴は再び地震を引き起こした。東馬を地上から切り離そうとするかのように、原型を失って久しい大地からは土や岩が浮かび上がる。


 馬蜥蜴はこのように、隙を見せたり距離を取ろうと考えた途端に地震を起こして被害を拡げようとする。霊獣の殺意の向かう先を思えば自然な行動と言えるが、やられる側からすれば腹立たしいことこの上ない。

 そしてほぼ同時刻。鳳花達はこれを引き金とした新たな霊獣の発生を確認しており、防衛線にはさらなる圧力がかかろうとしていた。



「いい加減に、しやがれッ!」



 撃法展開。奥伝技『天羽々斬(あめのはばきり)』を刀から伸ばし、間にある土砂をも巻き込んで馬蜥蜴の体へと叩き付ける。


 『天羽々斬』は大再編前から存在している『大天(おおあめ)太刀(たち)』の原型の技だ。しかし発展型があるからといって劣化版と評するのは早計で、“線”の貫通性では一歩譲るも“面”での打撃力はこちらが勝る。

 事実、濃縮された暴風雨は馬蜥蜴の体を削り取った。身を守るべく掲げられていた棒剣も砕き壊され、直撃を食らった馬蜥蜴から悲鳴が上がる。



「ちぃっ、逸れた……!」



 しかしそれを見ても東馬の顔は晴れず、逆に苛立ちのあまり舌打ちさえしてしまう。


 横薙ぎに振るった『天羽々斬』は馬蜥蜴の胴体、その下腹部に着弾した。しかし東馬が実際に狙っていたのは首元の位置にある霊核。霊獣がとっさに行った防御によって刀の軌道が逸らされたことで、東馬の攻撃は大きな効果を得られなかった。

 効果が薄ければ与えられる(ひる)みの長さも短い。あっさりと元に戻った馬蜥蜴は地面から生やした棒剣を握り、再度東馬へと向かってくる。


 果たしてこれは偶然か? いいや違う。この馬野郎は狙ってやってのけたのだ。


 大質量による攻撃を得意とする馬蜥蜴だが、その持って生まれた巨体故に受ける攻撃を自由に避けることは難しかった。素早い動きこそするが、それもあくまで見た目と比べた際の話。焔山はもちろん東馬の速さにも着いてはこれない。実際戦いが始まったばかりの時、二人の撃法は馬蜥蜴の霊核を頻繁に削ることができていた。


 しかし戦いに(こな)れてきた霊獣は発想を変えた。急所への直撃のみ避け、それ以外の攻撃は受けた上で反撃をするようになったのだ。

 悔しいが合理的と言う他ないだろう。霊核への攻撃を受けなければ真に命の危険には晒されない。高い存在強度によって体は頑健であり、しかも即座に元に戻る。“肉を切らせて骨を断つ”戦法は確実に二人を追い詰めていった。


 霊獣はその成り立ちからして霊脈に蓄積された数多の経験を吸い上げている。歩き方や手の動かし方、おそらくは剣の扱い方も、霊脈に蓄積した膨大な生命の残り(かす)から抽出したものだ。

 しかし生まれ持ったものがただ多いだけではない。言葉を獲得したことからも分かるように、この霊獣の学習能力は恐ろしいほど高い。


 まず、地面での戦いを徹底するようになった。


 東馬と焔山は空中を利用して馬蜥蜴の霊核を大きく削った。飛行能力を持たない馬蜥蜴は空中では身動きが取れないため、同じ状況に追い込めばさらに霊核を削ることができるだろうと、二人はその後も何度か同じ状況を作ろうとした。



「『山岳(やまだけ)』!」


 しかしこのように、焔山が地面を隆起させて馬蜥蜴を空中へと持ち上げようとすると、



「オォッ!」



 隆起した石柱を異能によって即座に砕き、馬蜥蜴は地表から離れるのを阻止してくる。さらには砕いた石ごと土砂を浮かべ、お返しとばかりに焔山へと殺到させる。


 反射的と言えるこの対応の早さは事前に“こう”と決めていなければ成し得ないもの。他にも前後から挟み撃つことで上へ逃げるように誘導したり、大技によって力尽くで弾き飛ばそうともしたが、たとえ霊核を削られようとも馬蜥蜴は決して地表から離れようとしなかった。


 さらに、異能の使い道を()()ようになった。


 馬蜥蜴は大地を操作する異能を持っている。それによって地震や土砂崩れを起こすなどして討ち手達を苦しめていた。操った岩砂で嵐さえ引き起こしたのだからその規模と力は計り知れない。

 しかし今は砂嵐はもちろん土砂崩れの一つも起こさない。後退すれば嫌がらせのように地面を揺らしてくるものの、それもどちらかと言えば二人を逃がさないためにやっているだけだ。攻撃に用いようとはしてこない。


 今の異能の攻撃への用途は、主に崩れた土砂を集めて棒剣を作ることと、棒剣や土砂、岩などを浮かべたり飛ばしたりすること。

 つまりはどれも()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。



「マダッ、マダッ、マダッ、マダッ!」



 一方にはなまくらの刃を一時も休まず振り下ろし。

 一方には地面から浮かべた土塊や岩を絶えず放って牽制する。


 前に付いている人間の目とは違い、馬の目は長い頭部の側面に付いているために視野が広い。よって当然、頭部が似ている馬蜥蜴も広い視野を持っており、ほぼ真後ろにしか死角が無い。

 そこにさらなる厄介さを加えているのが四本の腕だ。前から攻めても二本の腕しか抑えられず、背後から襲いかかっても残りの二本が待ち構えている。


 ――攻撃の間と間を少しでも近付けようとする技を選択し、自分の特性を活かして付け入る隙を埋める。激戦続きで疲れ切った二人を地震をちらつかせて離さず、絶え間ない攻撃によって息つく暇と余裕を奪う。

 意味するのは徹底的な持久戦。つまり短期決戦を挑んだ二人にとって最も不利な戦い方だ。

 こんなものは己の能力、敵の消耗、峡谷全体の戦闘状況、全てを理解して考えに含めなければ導き出せない戦法だ。自分の有利を活かして敵に不利を押しつける戦い方は合理的を通り越し、いっそ戦略的と言っていい。


 人間への憎悪に染まりきった霊獣は目先の行動を取りがちだ。故に読みやすく(ぎょ)しやすいのだが……こんな遠回りで奥行きのある確実な戦い方をされるなど想定外にもほどがある。

 力の差により自然と生じたものとは異なる、確かな考えの下に作り上げられた絶望的な状況。故に完成度の違いは言うに及ばず、抜け出すことさえ困難だった。



「ブルルゥッハッハッハッハッハッッ!」



 嘲るような馬蜥蜴の笑いに東馬は奥歯を噛みしめる。


 二人の人意は枯渇しつつあるのに、馬蜥蜴の存在強度はまだ半分しか削れていない。

 大技を放てるのもせいぜいあと一発か二発。削りきるには到底足りず、まともに当てられるかさえ定かでない。


 このまま戦い続けるのはもちろん下策だ。取れる手段は生存優先の一時撤退か、討滅を優先して東馬が“禁じ手”を使うか。

 先に決断を下したのは焔山だった。



「時間は拙者が稼ぐ。東馬よ、その間に準備を整えよ」

「焔山殿、それは」

「言うな。なぁに、そう簡単にやられはせぬよ」



 焔山はすでに限界に片足を突っ込んでいる。二人でなんとか抑え込んでいた相手に対し、そんな状態で一人立ち向かおうとするのは無謀であり、自殺行為だ。

 それが分からない焔山ではなく、そこにある覚悟を汲み取れない東馬ではない。わずかなためらいの後に東馬は口を開いた。


 その時だった。数多くの爆発と揺れが一斉に、三者を取り囲むように巻き起こったのは。



「ブルルッ?」



 馬蜥蜴は攻撃の手を止めて困惑の声を上げる。

 ただ大きな爆発が起きただけならば気に留めなかっただろう。小さな爆発が連続して起きたとしても同じだったろう。


 しかし黄泉迷峡谷のほぼ全域で起こった爆発により、下級霊獣達(手下ども)が一匹残らず消されたとなれば動揺を隠すのは難しかったのだ。



「これは……」



 東馬も戸惑いの声を上げる。一斉に起こった爆発が撃法によるものなのは分かるが、これほど広範囲かつ同時に展開する技には覚えがない。

 しかし使い手の兄からすれば誰の仕業かは明白で、埃にまみれた顔に笑みがひらめく。



「まったく、我が賢妹(けんまい)はつくづく勘が良い。天領とここは大陸の反対側だというのにもう来たのか」

「もしや、雪子様が?」

「間違いない。そしてあやつもここの戦況は察していよう。あやつならこの霊獣との相性も悪くない。心置きなく押しつけられるというものだ」



 現在の天武八達は全員が『ろ』級霊獣と単独で渡り合える実力を持つ。この馬蜥蜴とて東馬と焔山が万全の状態であれば大過なく討滅はできていた。その証拠に現時点で馬蜥蜴の存在強度はすでに半分にまで削っている。

 今後は余力のある雪子を中心に据え、雪子が攻撃に専念できるよう自分達が援護する。二人はそんな討滅の青写真を頭に描いた。


 しかし周囲の光景が(うごめ)いた瞬間にその展望は崩れ去る。



「オオオオオオオオオォォッッッ!!」



 岩という岩が、土という土が、そしてこれまでに作り出された数多の棒剣が浮かび上がった。

 そうして足場ごと宙へ放り出された瞬間、戦い方を変えた馬蜥蜴の意図が東馬の脳天に突き刺さった。



「あの人が来る前に、ってことか……!」



 すなわち巧遅の持久戦から拙速の短期戦へ。新たな脅威の出現を踏まえ、堅実さを捨ててなりふり構わない戦い方へと切り替えてきた。二人の体力が限界を迎えつつあるのを察し、物量で押し潰すという()な戦法でも十分だと見込んだのだろう。

 岩や棒剣が目の前から、左右に背後から、果ては上空や足元から次々に襲い来る。


 それはまるで結界のようだった。一つでも当たれば致命傷は避けられず、二人はもはや攻撃に割く余裕すら奪われる。


 そうして絶えず異能による圧力をかけられ続け、その時は訪れた。



「ぐっ……!」



 がくん、と焔山の膝から力が抜ける。体力の限界によって脚の力が抜き取られ、焔山は強引に地面へと手を突かされた。

 そして待っていましたと言わんばかりに棒剣がその背へと迫り来る。



「焔山殿!」



 御技を編み上げる暇は無かった。倒れた焔山へと東馬は反射的に手を伸ばした。


 ズドンッと、騒音満ちる戦場の中にあって棒剣の落ちた音が響き渡る。


 焔山は横合いから突き飛ばされ転がされる。そして顔を上げて見えたのは、自分の身代わりとなった東馬の左腕を棒剣が押し潰している光景だった。



「東馬!」

「ぐ……く……!」



 助けられた焔山は叫び、棒剣と激痛で身動きの取れない東馬は呻く。

 当然異能による攻撃は終わっていない。腕を縫い止める棒剣はそのままに、土色の雨が二人を押し潰さんと飛来する。



「カアァッ!」



 東馬は気合いと神威を込めた咆哮(ほうこう)でそれらを吹き飛ばす。次いで潰された自らの左腕を神威の刃で切り落とすと、即座に立ち上がってその場を飛び退いた。


 九死に一生を得た二人。しかし東馬は片腕を失い、焔山はもう御技を編むことさえ難しい。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ぐっ……!」



 切り落とした腕の切断面を神威の火で焼き、血が溢れるのを何とか塞ぐ。

 それでも失った血は多かった。疲弊する体はさらに重くなり、目に映る景色は歪み始める。未だに武器を握りしめる右腕だけが東馬の戦意の証明だった。


 そんな中で響く、ざっ、という音。


 それが自分達以外の人間の足音だと気付いた東馬は、肩で息をしつつ笑みを浮かべた。



「せっかく駆け付けてくれたのに……こんな見苦しい姿で申し訳ございません……」

(しゃべ)らんでええ。舌噛むから」



 短い会話の後に東馬は空中へと持ち上げられる。直後、東馬が立っていた場所を岩と棒剣が押し潰した。横を見れば似たような形で焔山も空中につり上げられており、二人は並んで異能の結界の外へと引きずり出される。

 そのまま馬蜥蜴の手が及ばない空中を跳ね、地面が荒れていない場所――異能の直接の影響範囲まで退避すると、ようやく雪子は二人を下ろした。


 とはいえ掴んでいた襟を離したのは焔山だけ。雪子は東馬が見たことのないような険しい顔で、隻腕になってしまったぼろぼろの姿を見下ろしていた。



「兄やん。すぐ戻ってくるから、それまであの霊獣を見張っといてくれるか」

「……見張るだけでよいのだな」

「この子預けたらすぐ戻ってくるからそれで十分。ついでや、それまでにこれでも腹の中に収めといて」



 雪子は懐から取り出した携帯食を焔山に放る。焔山がそれを受け取ったのを確認するよりも早く、目の前の景色が荒れ果てた渓谷から緑の森へと切り替わった。


 雪子の『縮地』による同時転移。何が起こったのかを東馬が察した直後、その声が東馬の耳朶を大きく叩いた。



「東馬!」

「姫様……」



 張り詰めた表情で駆け寄ってくるのは紛れもない主君の姿。鳳花は東馬の姿を見て、千切れている左腕の袖から先が失われているのを見て息を呑む。


 かすれた視界でも他に誰もいないことは分かった。だとすれば第三隊と行動を共にしていた鳳花がなぜここにいるのか。

 いや、そもそもなぜ雪子は鳳花のいる場所に自分を連れてきたのか。


 答えは問うまでもなく雪子の口から語られた。



「予定変更や鳳花ちゃん。この場で今すぐ、東馬くんの体をまた戦いに戻れるよう治しなさい。これは第一隊四席として命令や」



 重傷者の保護を押しつけるのでなく、ましてや一緒に逃げろと言うのでもない。


 今すぐ戦えるようにしろという直属の上官からの命令に、東馬は思わず雪子を見上げ、鳳花はぎゅっと唇を引き結んだ。

次回は戦いの決着まで連続投稿予定です。

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