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045.羅雪

「雪子様!」


 喜色に満ちた声が辺りに響く。


 自分よりも小さい体に年甲斐もなく抱きつく青葉と、つられるように駆け寄ってくる第三隊の面々。全員が体に新しい傷を増やし、中には血だらけの体を背負われている者もいたが、不幸中の幸いか、鳳花を置いていく前と比べて新たな死者は出ていない。


 雪子を出迎えた彼ら彼女らの顔は久しぶりの明るさを取り戻していた。援軍が来ないことを覚悟していたのに、蓋を開ければ望みうる限りにおいて最強の味方が来てくれたのだ。窮地を救われたことも相まって中には泣きながら感謝を捧げている者もいる。

 そんな雪子は土と血にまみれた青葉が抱きついてきたことにも嫌な顔一つせず、(いたわ)るようにその頭をぽんぽんと叩く。


 ただし亡骸となっている討ち手へ向けた眼差しには、少なからぬ苦さが浮かんでいた。



「ごめんなあ。嫌な予感がしたから天領から大急ぎで来たんやけど、間に()うた言うには遅すぎたみたいやね。もう少し(はよ)ぅ来れたらこんなことは防げたかもしれへんのに」

「否定は致しません。ですが、雪子様がお越しにならなければさらに被害が拡大していたのも確かです。大陸のほぼ反対側から駆け付けて下さった貴方様を非難するような恥知らずは、この隊にはおりませんよ」

「ありがとなあ(よし)くん。……それじゃあ詳しい状況の説明をお願いしてもええ?」

「承知しました。まず一番の問題としては――」



 それから少しの間、副長から雪子への現状の説明が行われた。鳳花はと言えば人の輪から外れたところで一人、所在なさげに佇んでいた。


 雪子はあらかたの説明を聞き終えると短く礼を言い、少し考えてから一人頷く。



「うん。最初は加勢するならこっちやと思たけど、聞く限りでは問題の解消のために一番手っ取り早いのはその『ろ』級の一を倒すことのようやね。大急ぎで来たから置いてきてもうたけど、第一隊からもうあと二人来る予定やし、うちはこのまま兄やんのとこに加勢に行くことにするな」

「……はっ、承知いたしました」

「そんな分かりやすくガッカリされるとなんや行きづらいなあ」

「も、申し訳ございません。そんなつもりは無かったのですが……」



 副長は恐縮するように肩をすぼめるが、おそらくその落胆はこの場の全員が共有しているものだろう。向こうの戦況が悪化していることを思えば雪子の提案が最善策なのは間違いないが、雪子の参戦で自分達の戦いが楽になるという期待は叶わなかったのだから。

 ただしそれは雪子も織り込み済みだったのか、にこやかに苦笑しつつ輪から歩み出る。



「心配せんでもこのまま置いて行くなんてせぇへんよ。疲れたみんなが少しでも楽になるよう綺麗に掃除していくから大丈夫や」



 そう言うと雪子は腰の鞘から小太刀を一本抜き、切っ先をだらりと下げたまま目を閉じた。


 雪子の体で神威が動く。ただし練り上げられたそれが向かう先は刀ではなく、雪子の(まぶた)のその裏側。



「ひい、ふう、みい…………あー、二十七体も出よりよったんかぁ。けどまぁ全部二以下やし大丈夫そうやね」



 雪子は一人頷いて右腕を上げる形で刀の切っ先を前に向ける。


 目を閉じたままの雪子の体で再び神威が練り上げられる。その向かう先は今度こそ刀。しかし神威は刀身には留まらず、刀の形を写し取っては続々とその周りを囲んでいく。


 付媒介(ふばいかい)による撃法の行使。あたかも機関銃(ガトリング)の弾の装填を逆再生するように作り出されたのは、計二十七本に及ぶ刀の矢。

 その数が何を意味するのか。気付いた討ち手達が息を呑む。



「連結」



 矢が赤く輝いた。



「照準」



 雪子は瞼を開いた。



「悪を穿(うが)て――『天之(あめの)加久矢(かくや)』」



 矢が射出された。


 二十七本はそれぞれの軌跡を描いて飛翔する。一本は崖下へ、一本は森林へ、一本は川下へ。それぞれ途中にある障害物を()()()()()()()飛んでいく。


 全ての矢が一つ残らず視界から消えて数秒後、遠くから断続的に響いてきたのは霊獣の鳴き声。

 そして。



「――(ばく)



 ひゅん、とまるで指揮棒(タクト)を操るように雪子は刀を振り下ろす。


 爆発音が峡谷を揺らした。


 次に灰色の煙が峡谷のあちこちで昇り始めた。


 それを見てその場の誰もが何が起こったのかを察した。二十七体の霊獣が霊核を爆破される模様を直接“視届けた”者も中にはいた。

 鳳花と第三隊が時間をかけて減らしてきた大量の霊獣は、雪子によってわずか十数秒で全滅した。


 ――奥伝技『天之(あめの)加久矢(かくや)』は術者が照準を定めた箇所(ポイント)()()に当たる“必中”の矢を発射する撃法だ。雪子はこの『天之加久矢』によって事前に視認していた霊獣の霊核を精密に狙撃。さらに矢に込められた炎を解放することで霊核を爆撃し、霊獣を一網打尽にしてみせたのだ。


 あまりに呆気ない掃討劇。経験の浅い討ち手が見れば「どうして今までやらなかったのですか?」と聞かれるだろう。


 理由は単純だ。やらなかったのではない。できなかったのだ。


 『天之加久矢』が強力な技なのは確かだが、この技の範疇(はんちゅう)は矢を飛ばすまで。障害物を無視して遠くの霊獣の姿を視認したのも、霊核の位置を“視た”だけで理解したのも別の御技の中伝技だ。爆発を起こしたのは撃法の中伝『火結(ほむす)び』の応用だろうが、どちらにせよ『天之加久矢』とは何ら関係の無い撃法だ。

 つまり雪子は最低でも中伝以上の四つの技を――奥伝級の技を一つ含めた上で――同時に行使してのけたことになる。


 絵を描くことに例えられる御技を複数同時に行使することは、すなわち複数の絵を同時に描くようなもの。二つであれば左右の腕で、四つになれば両足も使わなければ同時に描くことはできず、そこに線だけでなく影や色も付けようとすればその難易度は想像を絶する。


 初伝技ならせいぜい線画。形が固定なら訓練すればまあできる。

 中伝技ならば立体絵か。形に合わせた陰影も付けねばならない。難しさは跳ね上がる。

 奥伝技はもはや彩色画だ。絵を描くことももちろんだが、両手が塞がっている中での色の切り替え方がまず分からない。


 それらを雑音が満ちる戦いの中で四つもやるなど無茶を通り越して絶対不可能。少なくとも鳳花にはそう思える。

 鳳花を第三隊の討ち手に言い換えても変わらない。奥伝位にある佐土や東馬も、焔山でさえできない。他の五人の天武八達であっても同じだろう。


 これこそが雪子を天武八達たらしめる『独自性(オリジナリティ)』。他の追随を許さぬ『多重(たじゅう)並列(へいれつ)展開(てんかい)』の絶技。



「『羅雪(らせつ)』……」



 当主威三朗より贈られたその異名()こそ、編み上げ(なら)べた幾多の技を以て敵を討つ、御伽衆最賢(さいけん)の討ち手たる証だった。


 なおこの異名に決まるまでに雪子から威三朗へ二度に渡るダメ出し(リテイク)があったのは余談である。


 そして自分の技の感触を確かめた雪子は満足そうに頷き、驚きに固まったままのこちらの方を振り返った。



「とりあえず兄やん達が相手しとる個体以外は今ので全滅したはずやから、これでしばらくは時間を稼げる思うわ。これなら義くんも文句ないやろ?」

「元より文句など申し上げておりませんが……お心遣い誠に感謝いたします。この場は我らにお任せ下さい。雪子様は御心のままに」

「うん、じゃあそうさせてもらうわ。まあさっきついでに視た感じやと、そんなに悪う状況ではないみたい――」



 東馬と焔山の戦う方角に目を向けた雪子の言葉が途切れる。

 表情が動き続けた中でも常に保っていた余裕が、その瞬間わずかに揺らいだのを鳳花は見た。見てしまった。



「あー……ちょいとまずいかもしれんねぇ、これは……」



 思わずといった風にこぼれたその言葉に、和らいでいた鳳花の体は固くなった――

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