043.死地
2話連続投稿の2話目です。
※
「東馬よ、お主はの余力はどれくらいだ」
『ろ』級の一霊獣発生直後から鳳花達の元に駆け付ける前、その道中にて東馬と焔山は言葉を交わしていた。
その内容は最悪に近い状況の確認だ。休憩を挟んだとはいえ『ろ』級の二を相手にした二人の体調は万全から大きく遠のいている。回復力においても一流の二人ではあるが、さすがに半刻で全快するような器用な体は持っていない。
「……多めに見積もって五割というところでしょうか。仙法に大きく人意を持っていかれました。焔山殿は」
「せいぜい三割、甘く見積もって四割というところだ。『ろ』級の一を相手にするには不足もいいところだな」
笑うしかないと焔山はぼやくが、もちろん二人の顔に笑みは浮かばなかった。
かつて東馬は『ろ』級の三を相手に単独で勝利した。大きな怪我もなく単独で討滅したことを思えば快勝と言ってもいい結果だった。
そんな東馬が空を飛べる敵とはいえ、『ろ』級の二を相手に二人がかりで苦戦を強いられた。等級を重ねる毎に加速度的に力と存在強度を増していくのが霊獣だが、『ろ』級ともなれば一つの違いが大きな“格”の差を生んでしまう。
そして『ろ』の一ともなればその存在強度は破格の一言。生半可な技では傷を付けることすら難しいだろう。
『ろ』級の二との戦いで二人は半分以上の人意を消費した。さらに格上の『ろ』級の一を相手に必要な人意の量などできれば考えたくもない。
しかし倒さねばならないのだから、最も討滅成功及び生存の確率が高い手段を考える必要があった。
こちらの人意は残り少なく、心身共に限界は近い。
一方で敵の霊核は生まれたばかり。無制限に行使できる異能に、時間が経つにつれ磨かれていく戦闘技術。破格の存在強度については言うまでもない。
時間は敵に味方している以上、二人が“短期決戦”を選んだのは当然のことだった。
※
地面の揺れが収まったのを感じ取ると、東馬は地面に膝を突いて知らない内に止めていた息を吐き出した。
「はっ……はっ……はっ……」
仙法中伝『要石』は霊脈に働きかけて大地の揺れを抑える技だ。一度目の地震発生の時は鳳花の安全を優先して使う余裕はなかったが、東馬の腕前を持ってすれば地震の一つや二つは恐るるに足りない。
当然と言うべきか、適用範囲の広さ故に人意の消費量は膨大だ。霊獣の大量発生が何故起きたかを思えば節約している場合ではないが、ただでさえ激戦続きで疲労が溜まっているところに高難度技『要石』の使用とくれば、さすがの東馬も涼しい顔は保てない。
しかし息継ぎが許されたのも束の間。東馬が跳ね上がるように宙へ飛ぶと、間髪入れずにその下を巨大な腕が通り過ぎた。
そして通り過ぎた腕に東馬は着地し、本体へ向けて疾走する。
霊獣は鬱陶しいとばかりに足場にされた腕を振り、薙ぎ払おうとしてくるが、
「ふっ!」
宙へ跳ぶと同時、神威を纏った刀で二本の腕をあらぬ方向へと弾き飛ばす。敵の物理的な攻撃を、その勢いごとまとめて弾き返す護法の中伝技『跳』によるものだ。
自慢の腕を呆気なく弾き返された霊獣は戸惑い、その隙に東馬は懐へと肉薄する。
しかし東馬は霊獣の胴体を目前にして逆に上空へ飛び跳ねた。
理由は残っていた腕の二本が東馬へと迫っていたから、が一つ。
もう一つは囮の役目を果たしたためだ。その証拠に、東馬は霊獣の無防備な背へと槍を振るう焔山の姿を眼下に見た。
「ブオォォッ!」
霊核が傷付けられた不快感からか、霊獣は水気を振り払う犬のように体と四腕を振り回した。
そんな霊獣から焔山は即座に距離を取り、反対に東馬は真っ逆さまに落ちていく。
その手に握られている刀では風と水が渦巻いていた。風雨は瞬く間に嵐へと変わり、それ自体が刀身となって、伸びて、伸びて、霊獣の背丈をも超えるほどの超長刀へと変化する。
そして東馬は中空を蹴り、落下の勢いをも加えて振り下ろした。
撃法奥伝――
「――『大天ノ太刀』!」
刃と成った嵐が霊獣を斬り裂く。東馬の嵐斬が桁外れの存在強度を持つ『ろ』級の一の体を半ばまで断ち斬った。
『大天ノ太刀』は嵐を刃とする奥伝の撃法。嵐を収束させて刃にするのは同じく奥伝の『天羽々斬』と同じだが、大再編時に編まれたこの技は概念昇華も加わった進化系。嵐に刀の“形”と“硬さ”を付与することで貫通力が飛躍的に高められている。
「ぐぅっ……!」
しかし言い換えれば胴体の半ばまでしか嵐刃は届かなかったということ。体を斬り裂かれてもなお霊獣の戦意に衰えはなく、ひるみから戻ったその目がこちらを向いた瞬間、東馬は嵐刃を消して飛び退いた。
直後、大地が爆発した。
霊獣を中心に土砂が吹き上がり、視界が土に呑み込まれる。
「かっ……!」
「ごぉっ……!」
東馬と焔山はその勢いにより崖の壁に叩き付けられる。咄嗟の護法によって怪我こそ負わなかったものの、霊獣はその隙を突いて驚異的な跳躍力で遙か上空にある崖の上へと一息で登り詰めてみせた。
上と下。大きな距離を挟んで一体と二人は睨み合う。
そんな中、視線を霊獣に向けたまま焔山は口を開いた。
「あの霊獣――とりあえずは“馬蜥蜴”とでも名付けるか。異能こそ凶悪極まりないが、どうやら空を飛ぶ能力は持っていないらしい。最悪よりはいくらかマシになったようだな」
「そのようですね。しかし馬蜥蜴って安直過ぎはしませんか」
「安直で何が悪い。強そうな名前を付けて得することもないであろう」
先の戦いで二人が多大な消耗を強いられたのは、攻撃に回す分のいくらかを常に移動に割かなければならなかったのが大きい。展開速度に特化し、“並列展開”を(あくまで比較的に)苦手とする焔山にとっては相性が悪いと言う他なかった。相性の良さはそれだけで展望を明るくする。
しかし破格の存在強度に対し決め手に欠けるのは事実。先ほどの東馬が『跳』を使って霊獣の腕を弾いたのは、咄嗟に編める撃法では腕一つ斬り裂くことすら難しいためだ。
この状況を打破できるほどの切り札。そこまで考えたところで焔山は重苦しく口を開いた。
「東馬よ、恥を晒すようだが……あれをここで使うことは可能か?」
焔山の目は真っ直ぐ馬蜥蜴へと向いたまま。それが後ろめたさから顔を背けているように見えたのは東馬の気のせいではないだろう。その名前を口にできなかったのが何より証拠だ。
その理由を東馬は知っている。だからこそあえて平然と答える。
「可能か不可能かで言えば可能でしょう。ただし二つ懸念があります」
「聞こう」
「一つは霊脈が荒れ狂っていることです。ただでさえ地震によって不安定化している状況に加えてあの異能。調整には少々時間がかかるでしょう」
「もう一つは」
「今の焔山殿の状態です。あれを使えばあの馬蜥蜴は間違いなく異変に気付いて私を殺しに来るでしょう。佐土副長が向こうに取られた今、その足を押し留めることができるのは焔山殿だけです。もちろん万全の状態であれば不安はございませんが……」
「それが望むべくもない以上、腹を括るしかない訳か」
仕方ない、と焔山は呟いた。
声は馬蜥蜴まで届きはしなかった。しかしそのことは敵の変化を嗅ぎつけるのに些かの妨げにもならない。
崖の上の馬蜥蜴は天へと跳び上がり――東馬と焔山を取り囲んでいた崖が一斉に爆発し、二人目掛けて一斉に崩れ出した。
――視界を埋め尽くす土色の暴力。馬蜥蜴は山津波の向こうに姿を隠し『縮地』による回避もすでに困難。
東馬は刀を鞘に納めると、スッ、と目を細めた。二秒足らずのわずかな時間を黒の瞳が小刻みに動く。
そして、
「――そこか」
そう呟くや東馬は土砂の津波へと身を躍らせる。
避けた土塊を足場にして跳ね、土砂の隙間を体をひねって潜り抜け、細かい砂粒を振り払いつつ、迷いも淀みもなく針の穴のような道を踏破してゆく。
一連の動作に一切の御技を使うことなく、東馬は土砂の津波を抜け出して馬蜥蜴の眼前へと躍り出た。
落下途中の馬蜥蜴は驚いたように瞠目した。それは生き埋めにした上で追撃を加えるという目論見を外したためか。
そして目論見を外した方と通した方、次の行動が早いのがどちらなのかは言うまでもない。
「はあぁッ!」
渾身の『抜山』を込めた拳が馬蜥蜴の土手っ腹に突き刺さった。
上がる絶叫。浮き上がる巨体。削り取られる存在強度。
込められた技の威力は東馬の持てる最大限。数値に換算すればかつて稽古で鳳花に見舞ったものより桁が二つは上だろう。
しかしこれで終わりだと思われては心外だ。
「まぁだだぁ!」
『虚空』によって足場を確保し、怒濤の連撃で巨体を穿つ。正拳、裏拳、肘鉄、膝蹴り。遅滞のない攻撃はまるで舞を踊っているようにも見えただろう。
もちろんその舞は『ろ』級の一にとって煩わしいものでしかない。馬蜥蜴は苦痛を噛み殺し、蠅を潰すかのように平手を腹部の東馬へと叩き付ける。
しかし腹を叩く感触に小蠅の手応えはない。
「悪いな。選手交代だ」
紙一重で安全圏へと逃げ去った東馬は馬蜥蜴へ挑発するように笑いかける。
馬蜥蜴は悔しげに呻くが、飛ぶことのできない身では空気を掻こうと東馬へ追いすがることはできない。
交代選手はその隙を狙い撃つ。
「『稲光・白』」
馬蜥蜴の背に雷槍が突き刺さる。射手はいつの間にか天空に駆け上っていた轟木焔山。
霊獣は小さく悲鳴を漏らす。しかし逆に言えばただそれだけ。破格の存在強度は中伝最鋭の槍技であっても貫けず、槍は馬蜥蜴の背に半分ほど突き刺さって止まる。
「『穿――」
それを狙っていた焔山は瞬時に槍の元へ移動して握り、
「――光』ッ」
輝く光の螺旋によってその巨体を抉り取る。
「ブルォオオオオオオッッッ!!」
馬蜥蜴の口で出現以降最大の悲鳴が上がった。
体内に直接炸裂したが故に回避も防御もできはしない。神威で形成した刃を掘削機のように高速回転させて対象を削り抉る撃法の中伝技『穿光』は、その威力を余すことなく発揮して霊獣の背中に大穴を開けた。
しかしいくら大きかろうとも、『ろ』級の一の再生力は穴をすぐに塞いでしまう。
だからこそ焔山はその背中から退避する直前、開けた大穴の底へ畳みかけるように幾多の赤線を刻み込んだ。
「焼き抉れ――『火結び』」
宣告と共に馬蜥蜴の背が爆発した。その衝撃は巨体を地へと叩き落とし、馬蜥蜴は自ら作り上げた土砂の山を己の体で均すことになった。
着地した東馬は土煙の中で火を吹き上げる背へとさらなる追撃を仕掛けようとするが、
「ブゥゥゥオオオオオオオォォッッ!!」
憤怒の咆哮が大気を切り裂いた。
背筋が凍るような感情の爆発だった。呼応するように発動した異能が土砂を浮き上がらせ、馬蜥蜴を覆うように渦を巻く。
急速に竜巻へと成長していくその光景は、あたかも大地が霊獣の怒りに怯えているかのよう。
異能によって引き起こされている現象であり、錯覚なのは疑いない。分かっていながらそう見えてしまうのは東馬の心の弱さからか。
しかし次に響いたその声は焔山をも心胆寒からしめる。
「コロ……ス」
視界と聴覚が土砂の竜巻によって妨げられる中で届いた声。言葉以上の灼熱の殺意が込められたその声の主は誰なのか。
「『焔・一文字』!」
「『稲光・白夜』!」
答えを悟った二人は同時に撃法を解き放った。図ったものではなく、言葉も視線も交わしていない。共有したのは身を斬るような危機感のみ。
炎の一閃と雷の槍雨が竜巻を裂いて馬蜥蜴へと殺到する。
腐っても御伽衆の頂点、天武八達。咄嗟に練り上げたものであろうと『ろ』級の一にも通用するはずのその撃法は、
「コロオォォスゥゥゥッッ!!!」
鱗にさえ触れることなくその全てが斬り伏せられた。
そう、斬り伏せられたのだ。
「おい、嘘だろ……」
口から漏れた言葉を東馬は自覚できなかった。焔山は驚きと恐れで絶句した。
肉体を全快させて現れた馬蜥蜴。その四本の腕にそれぞれ握られていたのは、その長大な腕と同じほどもある石の大剣。
それは装飾も拵えも全くなく、鍔さえ無い見た目はいっそ棒の方が近いだろう。鋭さとは対極にある刃筋に至っては鈍という言葉さえなお足りない。
無骨極まりない有様のものだが、確かにそれは剣だった。斬り潰すことを目的にした大剣だった。
しかし何より注目すべきは霊獣が武器を持ったということ。
つまりは武器を扱うための術と技を霊獣が獲得したということだ。
左右に広がった上段の双腕は垂直に剣を立て、下段の双腕は重ねるように八文字に。膝を曲げて腰を落とし、馬蜥蜴は怒りと戦意を湛えて二人を睨む。
そこにあるのは見せかけを越えた“武”の気配であり。
そして“災害”は二人へと告げた。
「シネ」
剣が、振り下ろされる。
感想やいいねを送ってくださると励みになります。




