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042.災害の化身

2話連続投稿の1話目です。


 初めは驚きだった。引き取られた家の姫君に抱きしめられているという信じられない出来事に驚き、東馬は身動きが取れなくなった。



「よしよし」



 次に感じたのは温かさだった。抱き寄せられた胸と背中を撫でる手、あやし声から染み込んでいく温もり。



「よしよし」



 そして広がっていったのは安心感。この人は決して自分を見捨てないでいてくれるという、皇家に来てから初めて得られた安らぎ。



「よしよし」



 張り詰めていたものが全てちぎれて押し流されて、独りになってからの悲しみをありったけ涙に乗せて彼女に預けた。



「……よし……よし」



 それは独りになってしまった少年が独りではなくなった日。


 自分の命よりも価値あるものを初めて知った一夜の出来事。



 これは鳳花が後で伝えられた話だ。


 余震が発生する前の時点での残りの霊獣の数は五十を下回っていたという。その中のおよそ三分の一はすでに出現し、三分の一は霊核が固定化されて出現待ちの状態で、三分の一は霊核が不安定の状態で止め置かれていた。

 最後の三分の一について本部は専任の討ち手を付けることで霊脈の流れを調節し、『は』級より上への成長を押し留めていた。


 しかし余震が起きたことで霊脈の流れが大きく狂った。それによって不安定な霊核が互いに影響し合い、結合し、霊脈の力を吸収して爆発的に成長を遂げた。

 気付いた本部や東馬が咄嗟に干渉を試みたが時すでに遅し。さらにその干渉で霊獣の出現を後押しする形になってしまい、結果、鳳花達が休憩している場所のすぐ近くでの意図せぬ出現となってしまったのだという。


 ――そんな経緯で出現してしまった『ろ』級の一を目の前にして、焔山の判断は一瞬だった。



義将(よしまさ)!」

「総員撤退! 峡谷南側入口まで退避! 全速力だ!」



 意図を汲み取った副長の指示により討ち手達は続々と走り出す。不遜な態度の目立つ青葉であっても例外でない。


 霊獣討滅の精鋭集団である第三隊は本来なら『ろ』級霊獣との戦いでも戦力となる。ただしそれは“群”の話であって“個”では到底及ばない。そして疲れが溜まり呼吸が乱れ、異常事態に急襲された今は連携を取ることすら難しい。


 故に一度引いて態勢を立て直すことが必要だったのだが、その光景を見た霊獣の目が、まるで遊び相手を見つけたかのように歪められた。



「ルウゥゥゥオオオオオオオオォォッ!!」



 再び轟く霊獣の雄叫び。東馬と焔山は直感的に“異能”の行使を感じ取る。

 その推測は正しく、まるで脈動したかのようにまたしても地面が揺れた。さらに背後の断崖が大きく形を崩し、谷間に居る自分達目掛けて土塊の群れが落下する。


 しかし続いて起こった現象は二人の想像を上回る。



「くっ……!?」

「まずいっ!」



 ひび割れた大地から土塊が浮き上がり、討ち手達全員を宙へ持ち上げた。

 その速度自体は常人が跳びはねる程度のものだったが、それでも意表を突かれた討ち手達の動きは止まってしまった。そして上空から迫り来るのは百人は生き埋めにしてしまうであろう土石流。



「『太極図(たいきょくず)(かい)』!」



 打ち鳴らされる柏手。迸る神威は一帯を瞬く間に覆い、景色は霊獣が出現する前へと一瞬で巻き戻る。当然、土石流も浮き上がった地面も元通り。


 霊獣は戸惑ったように両目で周辺を見回した。その隙を突いて東馬は叫ぶ。



「今だ、退()け!」



 初手で切り札を出した以上、この隙は三度と作れない。討ち手達は手早く感謝を述べると次々に戦場を離脱していく。残るのは天武八達の二人のみ。



「東馬――」

「行ってください」



 ためらう鳳花にも東馬は振り返らない。逃げる討ち手達を追わせぬように焔山と二人で霊獣の前に立ちはだかる。

 それを見てもなおこの場に残るのは身の程知らずの邪魔者でしかなく、



「……私を置いて死ぬのは許しませんよ」

「御意」



 鳳花は迷いを振り切るように全力で地面を蹴り、撤退する皆の背を追った。


 逃げる鳳花を背中で感じつつも東馬の目は一瞬たりとも霊獣を捉えて放さない。霊獣はまるで玩具(おもちゃ)を取り上げられた子供のように鼻息を荒くして拗ねているが、その一挙手一投足は変わらず濃い殺意を漂わせたまま。


 やがて感情は苛立ちへと変わったのだろう。上半身に生えた四つの腕に力がこもり、その形を大きく膨らませる。



「オオッ! ルオッ!」



 雄叫びと共に二本の腕が振るわれる。

 しかし腕が殴りつけたのは東馬でも焔山でもなかった。近くに反り立っている崖の断層だった。


 さすがの二人も意表を突かれたが、その力は腐っても『ろ』級最上位。ひと殴りが破城槌(はじょうつい)の一撃を大きく上回る。

 異能の力も少し加わっていたのだろう。二撃目で断層に亀裂が入り、三撃目で大穴が穿たれると、崖は耐えかねたように崩れ始めた。



「ブルルルルルルルゥ!」



 そして霊獣は落ちてくる土塊を四本の手で掴んだかと思えば、癇癪(かんしゃく)を起こした子供のように次々に東馬達へと投げつけてきた。



「ああもう! 一体何なんだこいつは!」



 東馬は土塊を斬り払いつつ悪態を吐く。己の背丈と変わらない大きさの土塊が飛んでくることに対してもそうだが、霊獣の振る舞いが幼子を連想させるのが苛立ちを誘う。相手にしているのは形を取った災害のはずなのに、自分がやっているのはまるで聞き分けの悪い子供をなだめすかしているかのよう。


 その推測を裏付けるように、土塊をあらかた投げ終えた霊獣は続いて地面をダンダンと踏み鳴らし始めた。今度ははっきりと異能を行使しているようで、地面を叩くだけでは説明できない揺れが東馬を揺らす。


 しかし起こった揺れの規模は先ほどを大きく上回っていた。揺れの範囲こそ狭いが、立つことすら難しい振動は事態の発端となった大地震すら(かす)むほど。



「……っ!? しまった、姫様!」



 反射的に東馬は背後を振り返り、霊獣は目を光らせて地面を蹴る。


 我に返った東馬が見たのは己を推し潰さんと迫る巨大な拳だった。





『こちら本部こちら本部。佐土副長、状況の報告を願います』



 もはや聞き慣れたと言えるほど耳にした本部からの通信。ただしその声音には初めて狼狽(ろうばい)の色が含まれており、鳳花は走りながら耳をそば立て、副長は表情を曇らせつつも走りながら応答する。



「こちら佐土! 『ろ』級の一の出現に遭遇。隊長轟木並びに第八席石動が現場に残り、こちらは峡谷南部へ向けて他の隊員共々退却中! 以上だ!」

『本部了解。先ほどより短時間で断続的に発生している揺れに心当たりはありますか』

「ほぼ確実に出現した『ろ』級の一の異能と思われる! 対象の異能はおそらく土、もしくは大地そのものへ干渉して操る能力。地震を引き起こしているのもその延長線上だろう!」



 そうこう言う内にまたしても振動が起きた。地面がひび割れ木々が軋む。

 恐れを掻き立ててやまない状況だが、次にもたらされた情報は最悪をさらに更新する。



『こちらも悪い報せです。つい先ほど、新たな『は』級霊獣の発生がいくつか確認されました』

「馬鹿な、()()だと!? ()()ではなく!?」

『発生です。申し訳ございません』



 副長は足を止め、鳳花達もつられて立ち止まる。副長の表情はこれ以上ないほど険しさで固くなっていた。



「責任の所在追求は後だ。一つ確認する。原因は()()だな?」

『はい。今回の大量発生と同じ理屈です。現在霊脈が激しく乱れており、出現促進以外のこちらの調節(コントロール)をほとんど受け付けません』

「出現した『ろ』級霊獣の異能は今話した通りだ。当然一回きりではないだろう。ということは……」

『……はい。今後も断続的に霊獣の発生が見込まれます』



 討ち手全員が疲弊する中で出現した『ろ』級の一。それだけでも悪夢のような事態だというのに、なおも霊獣の発生は続くという地獄。


 ぎりっ、と副長は奥歯を噛みしめた。鳳花は体から血の気が引いていくのを感じた。


 それでも副長は一つ深呼吸をして厳しい現実への挑戦を決めた。



「全隊員に繋げ。今後の方針を伝える」



 本部から接続の報せが入ると、副長は固い声を無線機に飛ばす。



「全隊員に通達。すでに伝えた通り今後も断続的な霊獣の発生が見込まれる。霊獣発生の終わりが見えない以上、現実的に考えて今の我らに全て討滅することは不可能だ。よって方針を変える。今後は討滅ではなく霊獣を峡谷内に封じ込めることを主眼とする。行動は必ず二人一組(ツーマンセル)。人里への侵入を防げるのなら手段は問わない。ただし決して深追いはするな。倒すのではなく戦い抜くことを念頭に置いて行動せよ。担当地点は追って連絡させる。以上だ」



 その後本部に対して一つ二つ指示を出すと副長は通信を切り、こちらを振り返った。周囲には鳳花だけでなく、青葉を初めとした先ほどまで共にいた討ち手達の何人かが集まっている。



「聞いての通りだお前達。ここから先は自分が助からないことも覚悟しろ。……そして姫様、ここまでのご助力誠にありがとうございました。姫様がおられなければ今頃死者の一人や二人が出ていたかもしれません。ですがもう貴方様に甘えることはできません。ご理解願います」

「……私に東馬だけでなく、お前達まで置いて逃げろというのですか」

「この事態においては致し方なきことです」

「ふ……っ……!」



 ふざけないで、と叫び出しそうになる口を寸でのところで押し留めた。しかし反射的に開いた口を無理矢理閉じたせいで唇が切れ、血の雫が顎へと流れてしまう。


 副長の意見は至極真っ当だ。家臣として、死ぬかもしれない危険な場所から主家の嫡子を引き離すのは当然のこと。事ここに至っては戦力になるかどうかは関係ない。


 鳳花も頭では分かっている。しかし自分の中の潔癖な部分が家臣を置いて逃げることを拒絶する。


 それでも、血が沸騰しそうになるような激しい葛藤の末に、きつく握りしめた手から赤い雫を(したた)らせつつも、「分かりました」の一言のために口を開く。


 しかし鳳花が声を発するより早く、もう何度目か分からない揺れが一同を襲った。

 副長以外の全員が姿勢を崩し、同じように鳳花も反射的に地面に手を突いてしまう。


 そしてその直後、自分の手の下を神威が走り抜けたことに気付く。



「……東馬?」



 感じたのは最も身近にある神威の手触り。置いてきてしまった幼馴染みの御技が、遠く離れた自分達の足元を通り抜けていた。

 何故、という思わず抱いた疑問は直後に地震の揺れが収まったことで解消される。異能によって引き起こされた大地の怒りは東馬の御技によって軽々と鎮められていた。



「これは『要石(かなめいし)』か。ということは石動殿の仕業だな」

「『要石』? ……ってなんですかそれ?」



 槍を担いだ青葉が聞くと、頬を少しだけ緩ませた副長がほんの少しだけ悔しそうに答える。



「端的に言えば地震や土砂崩れといった大地由来の異変を抑え込む中伝の仙法だ。というかそれくらい知らんのか」

「だって仙法って使用する場面が少ないくせにやたらめったら難しいから、中伝以上を修めてる奴自体ほとんどいないじゃないですか。そう言う副長は使えるんですか?」

「これまで使わなかった時点で察しろ。そもそもお前も知る通り、仙法に関して石動殿は()()だ。『太極図・廻』に至っては石動殿と御館様くらいしか実戦で使える人はいないだろう。情けない話だがな」

「副長に限らずここにいる全員がそうですって。何せ『ろ』級の相手をしてもらいながらこっちの介護までして貰ってるんですから。……まあ本人は異能を封じ込めているだけであって、霊獣の発生を抑え込んでいるつもりは無いのかもしれませんが」



 それはない、と鳳花は思う。青葉も口では言うもののこちらに及ぶ東馬の手を感じ取っていただろう。



「で、どうします? 異能を抑えるために東馬くんがその『要石』とやらを使ってくれるおかげで、無制限に霊獣が発生する事態だけは防げたことになりますけど?」



 ――そうでなければ鳳花の目を見ながらそう続けることはしなかっただろうし、探るような眼差しを向けてくることもなかったはずだ。


 副長はその態度を咎めるが青葉の目は変わらずこちらを向き続ける。



「私は」



 生き残れるかどうか分からない戦い。次代に血を繋ぐ役目を持つ皇家嫡子の立場からすれば、退かない方が叱責を受ける状況だ。


 長い戦いで疲れは溜まり、体中が汗と埃と傷だらけ。


 退くのが賢明。残るは蛮勇。


 けれどこうも思うのだ。ここで逃げ帰るような臆病者に、果たして御伽衆(おまえたち)は素直に従うものだろうかと。


 いいや否。人は感情で動く生き物だと自分は経験から知っている。



「残ります」



 だからこれは短慮からではない。

 自分の覚悟が口だけではないと証明するための、この先の未来を考えての決断だ。


 そうして挑むように見返した鳳花に、青葉はニヤリと笑い返した。

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