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037.概念昇華

 『御技』とは皇家が長い年月をかけて編み上げてきた霊獣討滅のための技法。討ち手達がより効率的に霊獣を倒すために積み重ねた努力の結晶だ。


 その技は習得難易度によって四つの階梯(かいてい)で区分けされている。下から順に初伝(しょでん)中伝(ちゅうでん)奥伝(おくでん)奥義(おうぎ)。御技の“伝位(でんい)”はこれらの技の習得状況によって伝授され、中伝を授かり討滅の試しを終えることで討ち手は御伽衆へと迎えられる。


 御技の伝位もまた同じように四つの階梯で分けられているが、同じ階梯の技を全て修めれば伝授される訳ではない。初伝には初伝の、中伝には中伝の、それぞれに決められた伝位の条件があった。


 初伝の場合、撃・護・歩それぞれの初伝技が一つでも扱えることがその条件。そもそも御技を使うには、


 一、『発剄(はっけい)』を使えること

 二、人意を神威に変換できること

 三、神威を編んで御技として展開できること


 の三つが前提となる。“御技が習得できる”という証明こそがこの伝位の意義と言えるだろう。


 では中伝の意義はと言えば、先述したように“霊獣討滅ができる”ことの証明だ。

 具体的には、


 一、全ての初伝技を習得している

 二、神威を自然現象へと変換する技術――“属性(ぞくせい)変成(へんせい)”が使える

 三、御伽衆が定めた特定の中伝技――およそ十個――を全て習得している


 の三つを全て満たしていることが条件となる。


 一見難しいように見える中伝までの道のりだが、生来戦いに向いていない者を除き、討ち手を志す者ならほとんどがこの水準まで到達できる。これは皇家が長い年月をかけて育成方法(ノウハウ)を磨いてきたことが大きな理由。王国が定める成人年齢の十七歳で『洗礼』を受けた場合でも、下地さえできていれば二十歳までの到達は決して難しいことではない。


 御伽衆に入るには中伝を授かるのが前提だが、御伽衆に入ってしまえば伝位による縛りは存在しない。もちろん努力を怠るのは論外だが、奥伝以上を目指さなくとも皇家が咎めることはない。

 とはいえ中伝にまで至った討ち手達であればほぼ全員が上を目指す。奥伝はもちろん、その上である“奥義(おうぎ)皆伝(かいでん)”を目標として研鑽を積むのが自然の流れ。


 そして奥伝の条件は極めて単純だ。奥伝の名の通り“奥義を修めている”こと。ただそれだけ。


 中伝技を全て習得する必要も、まして奥伝技を全て習得する必要もない。御技()()の内のどれであろうと、一つでも奥義を修めていればその討ち手は奥伝となる。


 字面だけなら簡単そうに見えるかもしれない。奥義とはいえたった一つ。極論ただ一本の牙のみ鍛え上げればいいのだから。


 しかし御伽衆が現在抱えている討ち手百六十名に対し、奥伝到達者はわずか十五名。つまり奥義を身に付けている討ち手は、中伝を授かり常に戦いに身を置いている御伽衆の中でもなお、十人に一人も満たないのだ。


 これは今が特別に低いという訳でも青葉のような若手の割合が多いためでもない。幼少期から修行を始め、『洗礼』を乗り越えて御技を身に付け、中伝を授かり御伽衆に入り、霊獣を倒しながら仲間達と切磋琢磨し続けている討ち手でさえ、奥義を修められないまま勇退・殉死(じゅんし)することは少なくないのだ。


 三百年前の『大再編』を機に御技は大きく姿を変えた。新しく組み込まれた技の数々は討ち手の死者数を大きく減らし、一方で技の難易度は跳ね上がった。奥義に至っては“ヒトを抜け出せねば(おさ)むること(あた)わず”と秘伝書にまで書かれるほど。

 御技の威力、展開の早さ、不測の事態への適応性。奥伝到達者はそれ未満の討ち手とはあらゆるものが隔絶し、彼ら彼女らは御伽衆の切り札とも称される。


 そんな切り札の中でもなお(まばゆ)い輝きを放つ者。


 困難を踏破し、己が身一つで“災害”を打ち破る者達。


 その名を“天武(てんむ)八達(はったつ)”と言った。





「拙者の余力は少なく見積もって六割というところだ。そちらはどうだ」


 呼吸を整え終えた焔山が東馬へと水を向ける。その視線は共に霊獣へと注がれたまま。

 霊獣もこちらを窺っており、戦場には奇妙な膠着状態が生まれる。


「節約してはきたのでおよそ九割。ほぼ万全と言って差し(つか)えなく」

「助かる。見込みではあるが敵はまだ七割以上を残している」

「異能は」

「中心となるのは恐らく冷気。凍らせたものを動かせるのに加え。命令を入力して自動で動くようにもできるようだ」

「消耗の理由はこの場所も含めた焔山殿との相性の悪さ、ですか」

「その通りだ。まったく、このような奴こそ雪子にやらせるべきであろうに。並列展開などと苦手なことをやらせおって」

「それでも十分拮抗しておられたのですから流石は『火閃槍(かせんそう)』の焔山殿です」

「よせよせ。今の体たらくで持ち上げられても背中がかゆくなるだけだ」

「それは霜焼けのせいでは?」

「なるほど、これは一本取られたな」



 一瞬だけ和らぐ空気。しかし次の瞬間には元の緊張を取り戻し、戦域全体を覆っていく。


 霊獣もそれを感じ取ったのだろう。己の調子を確かめるように二度三度と腕を振った。



後援(サポート)は任せたぞ」

「引き受けました。存分にその槍をお振るいください」



 ゆらり、と東馬は両の(てのひら)を持ち上げる。

 緩慢(かんまん)とさえ言えるほどのゆったりとした動き。しかしその両手から吹き出した濃密な神威が霊獣の目を瞠目させる。


 そしてその反応でさえ一歩遅い。



「――『山岳(やまだけ)(いわい)』」



 パン、と東馬が両手を打ち鳴らす。

 神威が弾け、拡散する。一陣の風が水面を撫で、波紋が川全体に広がっていき――石柱の群れが水面を貫いて突き立った。


 一斉に、まばらに、しかし規則正しく。半球形に高低差を付け、二人と一匹を取り囲むように石柱は勢いよくせり上がった。東馬はもちろんのこと、焔山の体も乗っている小島ごと天空へと持ち上げられる。


 撃法中伝『山岳(やまだけ)(いわい)』。大会時に青葉も使った『山岳(やまだけ)』の発展型であり、一本だけでなく複数本の石柱を地面から突き立たせる技。

 『山岳』と同様に敵への攻撃――対多数を想定した技だが、今回の用途はまた異なる。高く高く、滞空する霊獣よりも高く突き立ち、一帯を丸く取り囲んでいる光景を見ればその目的は察することが出来るだろう。


 当然霊獣も指を咥えて見てはいない。自らを閉じ込めようとするかのような石柱群に不快感を覚えてか、羽の振動を加速させてさらに上空へ逃げようとする。


 やはりそれさえ一歩遅い。そして東馬を前にその一歩の遅れは致命的だ。


 もっとも、遅かろうが早かろうが大した違いは無かっただろうが。



「ガッ……! グアァッ!?」



 霊獣の飛翔が止まる。羽は振動しているのに全く上へと進まない。


 謎の答えは眼下の石柱、その突端。霊獣へとかざしている東馬の右手。



「いい加減お縄に付けって……な!」



 かざしていた右手が力強く引き抜かれた。その動きに合わせて霊獣が悲鳴を上げながら天空より引きずり下ろされる。


 護法中伝『(おぼろ)(かいな)』。大気を媒介にした見えざる手によって離れた敵を拘束する技であり、術者の目の届く範囲であればこのように、敵の足を掴んで動きを止めることもできる。


 ただし三次元の特定箇所に対し、動く敵に合わせて神威を飛ばすのは至難の業だ。拘束力も術者の握力と腕力次第。おまけに距離が遠くなるほど力は伝わりにくくなる。

 すなわち本来なら『ろ』級霊獣を止めるほどの力は出ないはずなのだが、そんな常識(ルール)東馬(この男)が守るはずもない。


 すでに霊獣の落下経路(ルート)へと先回りしていた男はそれを当然のことだと知っている。故に、振り抜いたその手から飛び出した影は霊獣の胴体を過たず捉えた。



「ガギッ! ギギギギィッ!?」



 石柱の一部を素材に焔山が神威で整形した石の杭。それによって石柱の壁に縫い止められた霊獣から怒りと戸惑いの声が上がる。

 ただし石の杭そのものに神威は込められておらず、動きを止める以上の効果はない。当然、霊核にはいささかの傷も与えていない。


 しかし問題ない。わずかでも動きを封じることが出来たのなら、後は自らの手で刻みつければいいのだから。


 石柱を足場に焔山は駆ける。人意のみで歩法は要らず。よって撃法の力は十全に。



「借しを返そう――利子付きでな」



 槍が舞う。

 線を引き、弧を描く。像を置いてけぼりにするほどの(はや)さで以て、霊獣の体に幾重(いくえ)もの傷が刻まれる。


 霊核を削る神威の斬撃。しかし斬痕(ざんこん)から漏れる赤い輝きが、まだ終わりではないと告げていた。



「撃法中伝――『()(むす)び』」



 赤光(しゃっこう)が弾け、霊獣を包む。光は炎へと変わった後、渦を巻いて爆発した。


 体に刻みつけた神威を種火にして敵を内部から爆発させる上位中伝技『火結び』。神威を纏わせた武器によって直に敵の体に傷を刻む必要があるが、『焔・一文字』級の攻撃を同時かつ重ね合わせて敵に与えることが出来る。


 爆発の余波で石柱が砕ける。霊獣は黒煙に抱かれて落下していく。

 しかしそれもわずかのことでしかなく、霊獣はすぐさま目の輝きを取り戻して再び飛翔を開始する。



「体は小さいくせにしぶとい……!」



 焔山は石柱を駆け跳んで霊獣を追った。東馬が作り上げた足場の範囲から逃げ出さぬよう先回りして槍を振るう。


 それを霊獣は時に受け止め、時に回避する。石柱の檻から逃げ出せず先ほどまでの余裕も失われているが、御伽衆一の槍使いたる焔山の槍技(そうぎ)をしのげていることからも霊獣に十分な余力が残っているのは明らかだ。


 霊核に損耗を与えているのは間違いない。しかしさすがは『ろ』級の二と言うべきか。その高密度の存在強度は削り取れる量も少なければ、削り取らなければならない量も膨大だ。


 そもそも持てる力の容量からして人と霊獣とでは大きく違う。片や無理に押し込めば破裂しかねない水袋、片や水嵩(みずかさ)が増えるたびに広がっていく湖。どちらが先に枯渇するかは日の目を見るより明らかだ。

 人は霊獣と異なり一定の容量でしか生きられない。愛や友情、怒りの感情で力が増すなどというご都合展開も起こらない。


 それでも決まり切った大小の差を覆そうというのなら、方法は二つ。


 使った力を補充しながら戦うか、もしくは“力そのものを進化させる”か。



「邪魔だな、それ」



 焔山に追われつつも何とか石柱の檻から抜け出そうとする霊獣の背後に、東馬が刀を抜き放って現れる。

 異質なのはその刀身。鈍色(にびいろ)のはずの(やいば)(みね)が、黒く黒く染まっていた。



「撃法奥伝――」



 これが霊獣との差を埋めるために皇家が出した答えの一つ。


 『大再編』の主導者、“歴代最強”(すめらぎ)龍明(りゅうめい)により確立された神威の進化。


 万物(ばんぶつ)介入(かいにゅう)を超えた万象(ばんしょう)への介入――概念(がいねん)昇華(しょうか)御業(みわざ)である。



「――『かえらずの(じん)』!」



 黒の剣閃(けんせん)が霊獣の背を(えぐ)った。両の羽が背中から斬り離され、霊獣は十字を刻まれて再び石柱へと叩き付けられる。


 霊獣はすぐに体勢を立て直し、再び飛ぼうと体に力を込めようとするが、



「ガッ……グォッ、グオオォッ!?」



 何故。どうして。戸惑いに満ちた霊獣の様子はそんな声が聞こえてきそうなほど。

 理由は背中。十字の傷が一向に塞がらず、斬られた羽が再生しない。霊獣の特徴である高い再生能力がその箇所にだけ機能しなくなっている。


 原因がどこに、誰にあるかは明々白々(めいめいはくはく)。霊獣は自分を見下ろす男へと憤怒に満ちた眼差しを向けた。その眼差しを受け止める東馬の右手で、刀が徐々に元の色へと戻っていく。


 撃法奥伝『かえらずの(じん)』。神威を纏った武器で付けられた傷に対し“不治”の概念を植え付ける、『概念(がいねん)昇華(しょうか)』を用いた技。


 神威の持つ元々の“効力”は万物への介入、つまり物や物質、物理現象を操ることだ。物の形を変えること、神威を素材に火や水などの物質を生成すること、気候を変えたり重力に逆らったりすることが本来の使い道。その延長線上に霊獣の存在強度を削ったり霊核を砕く力があるだけだ。


 しかし霊獣との戦いを繰り広げていく内に、“万物(ばんぶつ)介入(かいにゅう)能力(のうりょく)”という言葉では説明のできない力が一部の――特に秀でた力を持つ討ち手達の中で確認されるようになった。


 使った神威が少ないのに強い霊獣を両断できた。

 膜のような薄い護法で敵の異能を防ぎ切れた。

 足の速い敵を追おうとしたら気付けば自分が追われていた。


 使った本人すらどうしてそうなったのかを説明できない上、自由な再現も難しかった。一応は“こんなことができる”という記録が残されていたが、発見から永らくの間、それを技術として組み込むまでには至らなかった。


 そんな謎の技術を解き明かし三百年前に技法として体系化した人物こそ“歴代最強”を謳われる討ち手、(すめらぎ)龍明(りゅうめい)

 彼は“神威を万象(ばんしょう)介入(かいにゅう)能力へと進化させられる”ということを実証し、その仕組み(メカニズム)を論理的に解き明かした。そして進化によって可能となった『概念昇華』の技術を以て、新たな技の数々を編み上げたのだ。


 全ての奥義は入れ替えられ、ほとんどの御技は一段下の技に“格下げ”された。概念昇華を組み込んだ技を作るだけに留まらず、すでにある技にも改良が加えられた。

 東馬が使った『かえらずの刃』や『一筆(ひとふで)』、距離を縮める技である『縮地(しゅくち)』や場所を入れ替える『替地(かえち)』などはこの『大再編(だいさいへん)』で作られたもの。これらを習得した討ち手達は飛躍的に討滅能力を伸ばし、討ち手の死傷者は激減した。


 『かえらずの刃』は直らない傷を与える技。“不治”という概念を形作るのに神威の多くを費やしているため、威力の面では『一筆』と同じように大きくはない。霊獣の胴体を両断するようなこともできず、切断できたのは羽の付け根という細い部分だったため。しかし未だに腕と脚をばたつかせている霊獣の姿は、技の効果が十全に発揮されていることを証明している。


 ただしこの概念昇華には威力の他にも欠点があり、それが東馬の目から今もなお険しさが取れない理由の一つになっていた。



「……浅い、か」

「そう卑下することもなかろう。あの動き回る敵を相手に羽を()()()だけでもよくやったと思うが」



 近くの石柱に着地した焔山がそう慰めても刀を握る東馬の手が緩むことはない。



「いえ、当たる直前にわずかに体勢を変えられたことで技を深く“埋め込め”ませんでした。おそらく“不治”の効果はそう長くは()ちません」

「ふむ。目測は」

「最大限長く見積もって四半刻(三十分)。存在強度が変わらなければその半分といったところです」



 概念昇華の欠点とは“効果が永続しない”こと。東馬が語ったように、神威によって刻み込んだ概念には時間制限が付いているのだ。


 例えば奥伝の歩法であり、見える範囲の好きな場所へ瞬間的に移動できる技、『縮地』。正確に言えばこれは“移動を行う”技ではなく、二つの場所の間に広がる“距離を奪う”技であり、“距離”という概念を失わせることにより、たった一歩が千歩先の地面を踏みしめる理不尽を実現している。狙った場所へ時間差なく刃を届かせる『一筆』も同様だ。


 こんな理不尽が長続きするはずがないのは字面だけでも明白だ。一歩の距離は一歩分。それがこの世界にあまねく横たわっている現実なのだから。

 その現実に討ち手は概念昇華によって“穴”を開けることができるが、例えるならその行いは人肌に軽く針を刺すようなもの。血が流れている時間は一分にも満たない。


 霊獣に治らない傷を刻む程度ならまだ時間の余地はある。ただし存在強度は一種の抗体にもなっており、時間が経つと“不治”の概念は消え、霊獣の体も元通りになってしまう。


 霊獣の存在強度はまだ半分程度しか削れていない。時間が経ってしまえば技の効果も失われる。

 概念昇華を用いた技は編み上げるのに時間がかかる。ある程度の知能が見られる霊獣に対し、同じような隙が再び生まれるとも限らない。


 ではどうするか。



「ならばやることは一つであろう。――削り取るぞ。復元する余力など与えぬほどにな」

「御意」



 未だ目の輝きを失わない霊獣を睨みながら二人は神威を滾らせる。

 爪と刃が交差したのはそれから秒とかからなかった。

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