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033.戦士の資格

 鳳花は唐突に目を覚ました。


 一瞬で全開になった瞼に眠気の余韻はなく、まるで突き飛ばされたかのように上体が布団から跳ね上がる。

 自分で自分に驚くほどの急な覚醒に、寝起きだというのに鼓動が早鐘を打ち始める。そして直感に突き動かされた鳳花が床に片膝を突き、低い姿勢のまま周囲を見回した、その直後だった。


 建物が跳ね、体が浮き上がった。



「きゃっ……!」



 鳳花は体勢を崩して前のめりに転がった。姿勢を低くしていたおかげで怪我こそしなかったが、続く大振動に立つことすらままならない。


 倒れた後も部屋は縦に横に揺れ続ける。座卓に置かれている湯飲みは床に滑り落ちて割れ、縁側の窓では亀裂が走った。屋根や柱はメキメキと軋み、陶器の砕ける音が鳴り止まず、人々の悲鳴が旅館中でこだまする。


 地震。


 震災。


 それらの言葉が脳裏をよぎり、まるで同意するかのように天井の照明が鳳花の背中に落下した。



「姫様!」



 戻ってきた東馬の悲鳴のような声が頭上から落ちてくる。砕けた照明の硝子(ガラス)にまみれている鳳花の姿を見れば当然の反応だが、幸いにも鳳花の体に怪我はない。倒れ込んだ直後から展開していた護法が効果を発揮したためだ。

 東馬は鳳花の体の表面に()()()()()破片を払い落とすと、「失礼します」と言って鳳花を抱き上げ、そのまま二人分の荷物をひっ掴んで庭へと飛び出した。


 庭には建物から逃げ出した人々が次々に集まってきていた。振り返ればサークルの仲間達も浴衣姿のまま駆け寄ってきていて、彼らも含めた人々の顔は一様に恐怖や不安に染まっていた。幼い子供達は声を上げて泣いてもいた。


 そして喧噪にトドメを刺すように、ばきり、と鳳花達の背後で一際大きな音が響き。


 振り返った先、泊まっていた旅館の柱が折れ、屋根が建物を押し潰した。



 ――後に二万人を超える死者・行方不明者を生み出すことになる『葦原(あしはら)北部(ほくぶ)大震災(だいしんさい)』の、これが始まりだった。





「しばらくの間王都には戻れないって、どういうことですか!?」


 旅館の用意した仮設テントの中で、サークル二年生部員の練馬(ねりま)の悲痛な声が上がった。その脇と後ろを固める他の部員達も同じように悲報で顔を曇らせている。


 そんな部員達を前に、悲報を持ってきた雨海(うかい)大典(ひろのり)は無表情で頷き返した。負った()()と培った()()を元にした落ち着きを以て、地震発生から三時間後の窮状(きゅうじょう)を淡々と語っていく。



「大きな理由としては鉄道網が壊滅していることだ。まず、私達がここに来る際に使った路線は運行中止になった。横転した一部列車の撤去も理由の一つだが、それ以上に地震によって広範囲にわたって線路が損壊し、列車を走らせられなくなったのが大きいそうだ」

「別の路線は使えないのですか?」

「望みは薄いだろう。程度はあれど、どれも損壊とは無縁でいられなかったようだ」

「では運転再開の見込みは」

「さすがにまだ立っていない。しかし過去の似た事例(ケース)と今回の地震の範囲から考えると、正常に動くには運が良くても一週間、長ければひと月は要するだろうとのことだ」

「ひと月……」



 呻くような呟きが漏れる。顔を伏せる部員達が懸念しているのは帰れないことにか。この荒れ果てた場所で一ヶ月も暮らさなければならないことにか。大学の後期日程に間に合わないことにか。それともその全てにか。



「雨海くん、鉄道ではなく車を使って帰るのはどう? こんな状況だから相当混雑してるだろうけど、私免許持ってるし、車中泊すれば三日か四日くらいで王都まで辿り着けると思うんだけど」

「蜂須賀の厚意はありがたいが、おそらくそう都合良くはいかないだろうな」

「理由は?」

「ここに来るまでいくつか山を越えてきただろう? 先の地震の大きさと鉄道の被害状況を考えれば、そのどれか、あるいは全てで土砂崩れが発生していてもおかしくない。すでに政府や企業も復旧と支援に動いているだろうが、鉄道が使えない以上は人と物資の輸送方法は限定される。おまけにこの地域では政府の()()()()()()()()()()()()()()()()。車で帰ろうとするとおそらく、渋滞という言葉では足りない混雑に巻き込まれることになる」

「……立ち往生して食料とか燃料とかが尽きることも考えられる、か……」

「あー、もう! なんで主上(おかみ)はこの地域一帯に航空制限なんか付けてんですかねえ!? 黄泉迷峡谷が近いからとか(ちまた)じゃ言われてっけど、そもそも立ち入り禁止からして意味分かんねえんだから大目に見てくれたっていいじゃんか!」



 一年生部員唐井の悪態に他の部員達はこぞって「だよな」「そうよね」と合唱し、雨海は気まずくなって視線をずらす。視線を向けた先では何とも言えない顔をした三門が肩をすくめていた。


 それを見て雨海はふと、部員の中に足りない人物がいることに気付く。



「石動と皇さんの姿が見えないが、どこに行ったか知っている人はいるか?」



 自分が不在の間だけ()()の護衛をお願いしていたはずの男と、その男が連れてきた女性。この非常事態において――業腹(ごうはら)だが――最も頼りになるであろう二人組がいつの間にか消えている。

 その疑問に答えたのは三門だった。



「実家から連絡が届いたから少しだけ席を外す、だそうだ。ちょうどいい、迎えに行くぞ大典」



 よっこらせ、と立ち上がって三門は建物の残骸のさらに向こうへと目を向けた。



※ 



 霊脈は大地に根ざし、地上に住む人々に恩恵と厄災をもたらすもの。その存在を知るのは一部の限られた人間のみだが、大地の奥深くに確かに存在している。


 しかし霊脈は血管や配管(パイプ)などと異なり、目視で確認することも手で触れることもできない。力の輪郭を捉えるためには人意や神威を介するしかないが、輪郭を捉えたとしても常に同じ位置や同じ場所を流れているとも限らない。


 つまりは物理的に存在するものではないということだが、しかし矛盾したことに霊脈は確かに大地に根ざしており、大地で何か異変があった場合は真っ先にその影響を受けてしまう。


 例えば、地上に住む大勢の人々が感情を激しく(うごめ)かした時。


 例えば、大地そのものに大きな異変が起こった時。


 霊脈の流れは狂い、(にご)り、滞り、そして(よど)む。


 澱みは病巣となり、病巣は霊核へと姿を変え、最後には霊獣を形作ってしまう。


 では、大陸を揺るがす大地震が発生した場合はどうなるか。地震により大勢の人々が苦しみ、亡くなった場合はどうなるか。


 青葉が東馬を迎えに来たことがその答えだった。



「時間がありませんので手短にいきましょう。第一隊五席石動東馬殿、轟木隊長より伝言を預かっております」

「拝聴しよう」

「『地震により霊獣の大量発生が確認された。大量の『は』級の他、『ろ』級上位の霊獣の発生も観測している。既存の戦力で対応しきるのは難しく、貴殿の助力を仰ぎたい。至急黄泉迷峡谷まで来られたし』、です。休暇中に申し訳ございませんが、これは我ら第三隊から第一隊隊士への正式な応援要請と考えて下さい。返答は如何(いかん)?」



 伝令役として参上した青葉からいつもの気安さは感じられない。東馬を御伽衆の上位者として扱い、敬礼しながら淡々と伝令の役目をこなしているその姿は、そのまま状況の逼迫具合を表していると言えるだろう。


 そして青葉へと相対する東馬の顔もまた御伽衆最高戦力の一人としてのものに切り替わっている。



「承知した。轟木隊長には可及的速やかに参上すると伝えてくれ。ちなみに比較的近い場所にいる他の隊、例えば第四と第五からの応援は期待できるだろうか」

「難しい、と言わざるを得ないでしょう。政府の公式発表によると今回の地震は大陸北部の三分の一に及ぶ広範囲かつ巨大なものとのことで、峡谷以外にもすでに霊獣発生の兆候が確認されています。その最たる場所である峡谷への対処に我々の手が埋まってしまう分、他隊にはそちらを相手取って頂かねばなりません」

「……そうなると第一隊からの応援も厳しいか。普段よりも遙かに突発的で時間の猶予(ゆうよ)がない今回の場合だと、間に合わせるために消耗する人意の量が膨大になる。戦闘への影響は避けられない」

「こちらからも一応要請は出しましたが、貴方がここに居ることで緊急度は低くなるはずです。期待はしない方がよろしいでしょう」

「なるほど、状況は把握した。……ところで姫様のことだが」



 東馬はちらりとこちらを見た。表情には若干のばつの悪さが混ざっている。

 青葉は何を思ったのか、よく見れば分かる程度に小さく右眉を上げた。



「なにか?」

「峡谷に向かう前に第三隊の駐屯地で預かってもらいたい。代わりの護衛を付ける余裕が無いこの状況で、姫様をここに残していくのは危険が大きすぎるからな」

「こちらもそのつもりです。霊脈の監視役に一人か二人は屯所に待機する手はずになっていますので、そちらにお連れした後に峡谷へ向かって下さい」

「お気遣い感謝する。それでは姫様、私は部長達へ適当に言い訳を吹き込んでおきますので、その間にここを離れる準備をなさってください」



 丁寧な言葉を使っているが、意訳すれば東馬の指示は『大人しく安全な場所で待っていろ』。つまり仮にも御伽衆の一員である自分のことを、二人は戦力として数えなかったということになる。


 甘く見るな、とは思わない。


 東馬の役割は従者で護衛。その職務を鑑みれば経験の浅い護衛対象(じぶん)を死地から遠ざけようとするのはごく普通の判断だ。

 青葉の方は単純に足手まといだと考えているからだろう。これから向かうのは歴戦の兵でさえ尻込みするような戦いだ。先の大会で醜態を晒した相手に背中を預けたくない気持ちは十分に分かる。


 ただし、自分にできることがないかと言えばそれは違うとも鳳花は思う。



「分かりました。ですが東馬、屯所を経由して峡谷に向かう必要はありません。ここから直接峡谷へと向かいましょう」

「……まさかとは思いますが、一応お尋ねします。それはどういう意味でしょうか?」

「私も共に戦場へ赴くと言っています」

「いや、それは――」

「――巫山戯(ふざけ)てんですか?」



 肌を刺すような冷たい声。次いで胸元をぐい、と引っ張られて眼前に突きつけられたのは、かつてよりもさらに激しい憤怒に染まった青葉の顔。



「あれだけ言ったのにまだ分かってないんですか? 遊びに行くんじゃないんですよ。貴方がしてきたような(ぬる)い戦いに行く訳でもないんです。命を懸けてるんですよこっちは!」

「やめろ青葉」

「止めないで東馬。いいですかお姫様、物分かりの悪い身の程知らずの貴方様でもよ~っく分かるようにお教え致します。今回発生し、これから出現しようとしている霊獣は『ろ』級が一体に、『は』級が少なく見積もっても約()()()。一方の我らの人員は私と東馬を含めれば二十二名。内二人が予備と霊脈の監視で待機し、隊長と東馬が『ろ』級の対処で抜けることを考えれば、彼我(ひが)の戦力差は十倍を超えます」


 『一にて獣、十にて伝説、神話に挑むは百をもて』。御伽衆に伝わるこの格言になぞらえれば、この一対十の戦力比がいかに絶望的なものかよく分かるだろう。霊獣討滅に特化した第三隊の討ち手だからこそ勝算があるのだ。他の隊であれば間違いなくそれなりの数の戦死者が出る。

 その上で、



「東馬の介護の元でたかだか二・三体程度しかまとめて相手をしたことが無いであろう貴方様がこの戦いに参加したところで、戦力になれるとお思いですか? 足手まといやお荷物以外の何になれると仰るのですか?」

「――私は霊獣を倒しに行く、と言ったのではありません」



 鳳花は己の胸元を掴む指を解きほぐして引き離し、その上で真正面から青葉の怒りを受け止める。


 臆する必要は無い。尻込みする必要も無い。何故なら当たり前のことを言うだけなのだから。



「お前達、第三北方霊域鎮圧隊は御伽衆の中で最も高い霊獣討滅能力を持つ討ち手達です。そんなお前達と同じ働きができると思うほど私は自惚(うぬぼ)れてはいません。だから霊獣の討滅は全てお前達に任せます」

「……だったら、何をしに貴方は戦場に来るおつもりですか」

「できない人間なりのできることを果たしに行くためです。……戦力差が大きいこの現状では、猫の手くらいはあっても良いと思いますが?」



 そう言って鳳花はにっこりと笑ってみせる。青葉は意表を突かれたように瞬きをした。東馬は驚いたように目を見開き、ふっ、と薄く微笑んだ。

 何か感じるものがあったのか、青葉の表情からは見る見るうちに毒気が抜けて落ちていく。東馬はそれを確認してから「青葉」と呼びかけた。



「黄泉迷峡谷は広大だ。まして今回は数も多い。実力者揃いの第三隊でも全域を余すことなく監視することは不可能だろう。討滅能力に不安のある討ち手だろうと何かしらできることはあると思うが?」

「……その意見は従者としてのもの? それとも第八席の立場から?」

「第八席としてだ。少なくともこの二ヶ月の間、姫様がただ漫然と過ごしていたのではないことは保証する。お前もそのくらいは感じ取っているはずだ」

「……………………」



 長い沈黙の末に青葉は観念したように肩を落とし、(きびす)を返した。そして「先に行ってます」と短く言い残すと、瞬きの間にその場から姿を消した。

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