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032.鳳花の強さ、東馬の価値

「分からないですよ。()にはどうしたらいいか分かりません。……頷くことはもちろんできませんけど」

「ふむ、意外だな。即座に答えを返すとは思っていなかったが、鳳花殿の気持ちに応えるのが基本方向だとも思っていたが」

「意外って……そりゃあ殿下はやんごとない身の上だからそう言えるでしょうが、俺は何の後ろ盾もない天涯孤独の身ですよ? ただ強いだけの人間が次期当主から想いを寄せられたところでおいそれと頷ける訳がないでしょう」



 貴族の姫とのお付き合いは婚姻まで行き着くことが前提だ。そして王侯貴族の婚姻とは平民のそれとは重さも違えば関わる人数の桁も違う。

 皇家は外部からの余計な介入を避けるために他家との婚姻政策を取っておらず、その意味ではまだ比較的、棚ぼたや玉の輿が実現する余地はあるだろう。しかし皇家には“お役目”がある。そのお役目を十全に果たし続けるには皇本家の安定が必要不可欠。内部での混乱を招かないためにも、当主の伴侶となる人物は皇家の安定に最も寄与すると周囲から認められなければならない。


 かつて鳳花の婚約者として天見(あまみ)輝世螺(きよら)が見込まれていたのは、鳳花と歳が近く五大盟門の天見家の嫡子であり、現・第七席である父の明夜(めいや)がすでに第八席に座っていて、輝世螺本人の素質も申し分なく反対意見が出なかったためだ。

 現在婚約が白紙に戻っているのは鳳花の拒否だけでなく、東馬への対抗意識から輝世螺の方も固辞しているからだ。もしもその気であれば東馬が従者として付いていようとなかろうと、輝世螺は今頃婚約者の椅子で堂々とふんぞり返っていたかもしれない。


 そして東馬である。実力は誰もが認め、鳳花への忠誠心は天よりも高い。しかし後ろ盾は無く、新参者であるために風当たりも強い。この条件下で家中の納得を得られるかは考える方が馬鹿らしいだろう。



「後ろ盾か。しかしそんなものは皇下十六門のどれかに養子に入れば解決するのではないか?」

「かもしれないですね。十中八九その家の女性との婚約も強制的に付いてきますけど」



 仮定で話しているが、実際に持ちかけられたことも何度かある。最も断りにくかったのは同じ第一隊の副隊長である篝星牙から(青葉)との縁談を提案された時のこと。

 話の流れの冗談半分で、かつ同席していた威三朗が取りなしたのもあって事なきを得たが、こういった縁談を断ることはただでさえ孤立している立場をさらに悪化させてしまうため、目下、東馬にとっての悩みの種の第一位に君臨している。



「であれば実績で納得させるしかなかろう。霊獣討滅に関して言えば同世代でお前に比肩する者はいないのであるしな」

「さすがにそれは言い過ぎですよ。実際西()()()にも一人は居た訳ですし。まあ()()()は俺よりも一つ年上ではありますが」

「ん? ああ、前に話していた“白いの”のことか。だが前に()った時はお前が勝ったのだろう?」

「紙一重でしたし、そもそも俺も向こうも本気ではなかったので本当のところは分かりません。もちろん負けるつもりはありませんが、できればもう二度と戦いたくはないですね」



 もしも本気で戦った場合どちらかは命を落とすことになるだろうから、とは言わなかった。それが自分ではないと断言できないからこそ尚更に。



「向こうに一人いるという話は分かったが、この大陸であればいないのだろう? であればあとは政務の方でも当主を支えられる能力を持っていると認めさせれば風向きも変わるのではないか? 何だかんだ言いつつも鳳花殿に付いて大学に来たのは、そのための教養を身に付けるためだと私は踏んでいるのだがな」

「……殿下、どうして俺が姫様に恋愛感情を持っているという前提で話を進めているのですか」

「間違ってはいないだろう?」



 紫水の目はそれが規定事項だと言わんばかりに一点の曇りもなく澄んでいて、東馬はしばしの沈黙の後で大きく息を吐いた。確かに日頃から鳳花のことを第一に考え、自身よりも鳳花のことを大切にしている姿勢からはそう見えるのかもしれないが。



「持っていた、です。今は違います」

「ほう、違うのか」

「ええそうです。確かに殿下の推測通り、御伽衆入りするまでは俺もそういった感情を持っていました。元々従者になる前から姫様には憧れていましたし、従者になってからは皇家の中で“立ち位置”を作ってくれたことへの感謝も持つようになりました。それに従者と言っても子供の頃はほとんど姫様の遊び相手みたいなものだったので、俺にとって姫様は主人ではなく“世話の焼ける女の子”という認識の方が強かった」



 池の水面を見下ろせば、思い出の懐かしさに緩んでいる自分の顔が映っている。



「姫様は子供の頃から見目麗しい方でしたし、優しくて頑張り屋なところもそのままでした。そんな方から頼りにされ、頑張ってお応えすれば『凄い凄い』と顔を輝かせて褒めてくれる。そんな方とずっと一緒にいて恋愛感情を持つなという方が無理だったでしょう」



 昨夜、ずっと前から好きだったと鳳花からは告白された。けれどどちらが先に惚れたのかと問われれば、東馬は確信を持って自分が先だと答えただろう。

 しかし幸か不幸か鳳花とは異なり、その感情は()()()()()()()()()()ものではなかった。



「ですが成長して、常識を身に付けて現実も知って、嫌でも見えてくるものがある。身寄りがなく後ろ盾もない“ただ強いだけの家来”が、皇家当主の婿に選ばれることなどあり得ない。認めて祝福してくれる人はほとんどいないし、第一、姫様がそれを望むかも分からない。……叶わない夢を追いかけ続けるほど夢見がちな人間ではなかったんですよ、俺は」

「……一応聞こう。鳳花殿が望むか分からなかったとお前は言うが、鳳花殿の気持ちを何となくでも察したことはなかったのか? 私から見ても分かりやすかったというのに」

「それは……」



 言い淀んでしまったことがもうすでに答えだっただろう。それに気付いて東馬は足元の小石を軽く蹴飛ばした。小石は溜池に飛び込み、泳いでいた鯉のほんの鼻先で沈む。



「……もしかしたらと思うことは度々ありました。ただ、自分の都合の良いように見えているだけだと思い込もうとしていました。そう見えない時もそう見える時も、どっちも同じくらいありましたから」

「そんなどっちつかずの状態のまま、お前は自分の感情に決着(ケリ)を付けることができたのか? 嫌われた訳では決してなく、離れたのでもないというのに」

「初めはキツかったですけど、もう慣れました。これでも姫様がナンパされていても笑って見ていられるくらいには耐性がついたんですよ? もちろん、姫様が俺にとって何よりも大切な方なのは今でも変わりませんが」



 東馬の頬が歪んで苦笑の形を取る。それが昨夜、鳳花から「全く似合っていない」と思われた表情なのだと東馬は知らない。

 しかし東馬をよく知る人間にとって印象は似通ったものになるのか、紫水はその目に険を生やし、鼻を鳴らす。



「似合わんな。その顔も、その現実を見ているが故の諦めも、お前には全く似合わない」

「辛辣ですね、殿下」

「立ち塞がる壁を砕き壊し、困難があれば踏破する。お前にはそれができる才があり、今や実力すら身に付けた。どうして『力づくでも認めさせてやる』くらい言えないのだ」

「買い被りですよ。殿下も姫様も、ただ強いだけのいち武官に夢を見すぎているのではありませんか?」

「否定の言葉を繰り出すのも上手くなったのだな。肯定のそれよりもよっぽど口が回るではないか」



 冷めた目で繰り出された紫水の一言に東馬は二口(にのくち)を塞がれてしまう。わずかな間、その場にはちゃぷちゃぷという水の音だけが流れるが、「……はぁ」と紫水がため息を吐いたことで沈黙の時間は終わりを告げる。



「嘆かわしい。まだたった二年しか経っていないというのに、鳳花殿のことで私と殴り合ったあの時のお前はどこに行ってしまったのだ」

「……嘆くにしても、そんな黒歴史を引っ張ってこなくてもいいでしょう」



 脳裏に思い描くのは二年と少し前にあった、若気の至りに他ならない青臭さ全開の思い出だ。


 当時、東馬は御伽衆入りして早々に全体席次を得て、第八天領(てんりょう)警備隊(けいびたい)から第一当主直属遊撃隊へ移籍が決定していた。引き取った当初から東馬へ目をかけてきた当主威三朗は、この一事によって東馬がいずれ御伽衆の中核を担うようになると確信を深め、様々な仕事を課して将来のために経験を積ませようとしていた。


 その内の一つに、参内(さんだい)する前の先触れとして国王へ書状を届ける、というものがあった。もちろん威三朗の公務に関わる立派な仕事ではあったが、これは王家へ東馬の顔を売る目的も兼ねており、東馬は威三朗の意図を汲んだ上で王城へ初登城を果たし――偶然にも、親衛隊の目を盗んで王城を抜け出そうとしていた紫水の目に留まってしまったのだ。


 いくら大陸最強を誇る皇家の討ち手の一人とはいえ、まだ御伽衆入りして日の浅い東馬の顔を紫水が見知っているはずはない。また紫水はその年の第三十席挑戦権獲得会を観覧してはおらず、東馬の顔を見る機会も、ましてや記憶に残っていることもないと、少なくとも東馬は考えていた。


 その少し前に鳳花のお披露目の会が王都の皇邸で開かれていた、という前提が無ければの話だが。



『鳳花殿へ輿入れを求めた私に対し、鬼神の如き顔で睨み付けてきた護衛の顔を忘れる訳がない』



 自分のことを覚えていた理由を聞いたのは紫水と()()()に会った際のことだが、顔合わせ二回目の時の東馬がそれを知る由もなく、国王へ書状を渡したその脚で紫水からお忍びの護衛に任じられてしまった。



「気晴らし相手が欲しかったとはいえ、ろくに知りもしない人間によくもまあ護衛を命じましたよね。討ち手に苦手意識を持っていなかったのを差し引いても、王太子のすることとしては軽率に過ぎましたし」

「お前も知っての通り、これでも人を見る目はあると自負していたのでな。……よもやその後、殴り合いにまで発展するとは考えもしなかったが」

「俺も、よくあの時人意も神威も使わないで済ませられたな、と自分で自分に思います」

「それを言うな。今更ながらに肝が冷えるわ」



 誤解のないように言えば、東馬は人に暴力を振るうのが好きな訳では決してない。

 修行の過程で無闇に力を振るうことは厳しく戒められていたし、人意が使えたことも作用して幼い頃から争い事からは距離を置いていた。東馬が遠慮(えんりょ)呵責(かしゃく)なく力を振るえるのは、相手が人ならざる霊獣であるが故なのだ(規約(ルール)に則った手合わせや稽古は別にして)。


 では、それが何故殴り合いに発展することになってしまったのか。



「そもそもあれは殿下が悪いんでしょうが。鬼神の如き~、なんて形容するような顔をしていた相手の前で、よりによって姫様のことを軽んじたんですから」

「今は反省しているとも。ただ当時の私はそれが侮辱にあたるとは考えていなかったのだ」



 街中の、ちょうど人目が途切れる道を歩いていた時だ。紫水は自らお披露目の際の輿入れ要求の話を持ち出し、何故いきなりそんなことしたかの理由を語った。



『不憫だろう。蝶よ花よと愛でられるべき姫君が、いずれ血風吹き荒れる戦場に行かねばならないというのは』

『だから(きさき)になれと? 御身(おんみ)の傍らであれば血の匂いから遠ざかるのを許されるだろうからと?』

『嫡子だからと自ら進んで茨の道を歩こうとしている。いや、そうあるべきと言い聞かされて育っている。これが不憫でなくて何と言う? 痛いことは配下に任せて大人しく守られておけば良い。それが可憐な姫君に似合う生き方というものだ』



 その後の顛末は話の通り。事の後に東馬自ら紫水の怪我を治し、紫水の方も親衛隊にすらお忍びの詳細を語らなかったため、この一件が明るみに出ることはなかった。二人はこの時の殴り合いを己の胸の内にだけ留め、東馬は鳳花にすら何があったのかを伝えなかった。


 未熟で、思慮が浅く、幼かったと今は思う。当時の自分はまだ感情の制御ができておらず、鳳花への思慕を捨て切れていなかった。

 ただその一方で、あの時の自分の怒りが間違っていたとも思っていない。



「『一方的に守られることを望むお方などではなく、ましてや哀れまれるべきお方でも断じてない』。お前はあの時、そう言って私に怒りと拳をぶつけてきたな」

「……顔を殴ったのはやり過ぎではありました」

「だが怒ったこと自体は後悔していないのだろう?」

「それは、まあ。姫様の歩みを見続けてきた俺にとって殿下の言葉は看過しがたいものでしたから」



 東馬は芝生の上に腰を下ろした。後ろに手をついて空を見上げると、ちょうど雲で空が(かげ)ったところだった。



「殿下は姫様をどんな方だと思いますか?」

「抽象的に過ぎる質問だな。あとその答えによって鉄拳が飛んでくるということはないのだろうな?」

「自分から聞いておいてそんな理不尽なことはしませんよ。この旅行の中での殿下の所感で十分です」

「であればそうだな…………案外普通の女子(おなご)なのだな、とは思ったか」

「理由をお伺いしても?」

「大した理由はないぞ。美味しい料理を美味しそうに食べ、うちの部員の奇行に引いたり笑ったりする姿が、私の思う一般的な女性像と大して変わらなかったというだけだ。……ああそれと、関係が壊れることを怖がって中々好きな相手に想いを伝えられないところも入るか」

「……微妙に同意しづらい最後は置いておくとして、俺の考えも概ね殿下と同じです。皇家の嫡子とか公爵家の姫君とかの立場に隠れて分かりにくいですが、姫様は至って普通の女の子なんです」



 嫌いな食べ物を東馬に押しつけてくることもあれば、課題の提出期限を忘れていて青い顔になることもあった。ハマった漫画の感想を東馬に熱く語るのはよくあることだし、先日の大会での出来事のように焦って背伸びした末に失敗することもたまにある。どれもこれも、東馬が学校や大学などで接してきた女子から大きく離れた姿ではなく、個性はあれど奇抜な性格とは言い難い。



「ならば尚更分からぬな。そのような普通の女子を戦場から遠ざけぬ理由がどこにある?」

「畏れながら殿下、普通であることは弱いことと同義ではありません」



 ただしそれは()()に関しての話だ。趣味嗜好や人間性が普通だからといって、内に秘める意志の強さまで平凡とは限らない。

 むしろ普通の感性を持っているからこそ、他者と共有できる考えや感情は広く深いものとなり、その体に蓄積する意志はより熱量を増していく。



「姫様は『私の原点には憧れがあった』と仰っていました。御館(おやかた)様に憧れ亡き御母堂(ごぼどう)様に憧れ、今はそこに義母や他の討ち手の方々も加わり、光栄なことに俺もその末席に連なっている。姫様はその俺達と肩を並べるために日々努力を積んでいて、俺達が誇りに思うような当主になりたいと思って下さっている」

「無理をしているとは思わぬのか」

「しているでしょうね。姫様はいずれ自分が皇家の当主になることを重荷に感じてますし、投げ出したい気持ちがあるとも語っていました。皇家の重責を考えればその気持ちもごくごく自然なものでしょうし、殉職した討ち手達の遺体を見て吐いたこともありましたから、戦いへの恐れも俺などよりよほど大きいでしょう」



 ですが、と東馬は力を込める。



「逆に言えばその上で姫様は今の道を選んでいるんです。見て気付いて、知って考えて、全て弁えた上で姫様は討滅の試しに挑んで討ち手になり、嫡子としての役目を果たそうとしているんです。……そんな決意と覚悟を持った方を弱いだなんて俺は決して思いません。姫様は自身の至らなさからも目の前の現実からも逃げることのない、紛れもなく強いお方なんです」



 鳳花自身はその動機が“高尚ではない”ことに引け目を感じていたが、東馬からすればそんなものは鳳花の価値の爪先さえも削り得ない。


 脳裏に蘇るのはかつての『洗礼』。思い出す度に怖気が走る、鳳花の傍に居続けるために挑んだ地獄の試練。

 百を超える霊獣との死闘をくぐり抜けた今でさえ、あの痛みを超えるものを東馬は知らない。恥も外聞もなく泣き叫び、のたうち回ったのは後にも先にもあの時だけだ。


 当然、鳳花にとっては見るに堪えない光景だっただろう。ただでさえ人の苦しむ様というのは目を逸らさずにはいられないのに、苦しんでいるのが幼馴染みとあってはその忌避感はきっと筆舌に尽くしがたかったはずだ。


 しかし鳳花は目を逸らさなかった。それどころか『洗礼』の施術者に――受け手に地獄の苦しみを与える役割に――自ら名乗りを上げて、東馬の生死に最も責任を持つ立場を譲らなかった。


 最初から最後まで東馬を信じて、『洗礼』を乗り越えるその時まで涙を堪えて見届けたのだ。


 それをやせ我慢や自己満足だと言うのは簡単だ。鳳花も否定はしないだろう。


 けれど本来、そのやせ我慢をこそ“勇気”と呼び、その自己満足をこそ“強さ”と呼ぶのではないだろうか。



「なるほどな。しかしその割には前に観覧した大会で分不相応なことをしていたと思うが?」

「そりゃあ姫様だって焦ったり間違えたりはしますよ。ですが起こした失敗から目を逸らしたことは、断言しますが一度だってありません。実際、あの一件以来集中して取り組まれている鍛練は試合での反省を踏まえたものになっています。落ち込むことは多々ありますが、自棄(やけ)になったことは一度も無いんですよ、姫様は」

「少し前にお前を置いて里帰りしたことも、か?」

「……少なくとも、姫様なりの熟慮を経た上でのことです。姫様がそうしようと決めた以上は家臣としてそれに従うのみですし、姫様が俺を不要だと仰るのであれば潔くお役目を辞するだけです」

「…………はぁ」



 池の水面だけを見ていた東馬の頭に、軽いのか重いのかよく分からないため息が落ちてくる。顔を上げると案の定、これ以上なく“呆れ”を顔面に貼り付けた紫水がこちらを見下ろしていた。


 何故だか、今日一番にイラッとした。



「言いたいことがあるならはっきり仰って下さいよ。どうせ天上の景色からのご高説なんでしょうけれどね」

「説教をする気はない……が、分かったことは一つあるな」

「何ですか」

「本当はお前、自分が鳳花殿の伴侶になることを()()()()()()()()()()()()だろう」



 ひゅるっ、と二人の間を小さく風が通り過ぎた。

 水面に小さく波紋が生まれた。



「……どうしてそう感じたんですか」

「最初から違和感はあった。お前がそのような()()()面をしているのは何故なのかと。咄嗟に返事ができなかったのは理解できる。断ると決めたのなら暗い顔になるのも当然だ。しかし叶わぬ夢だという結論をそこまで論理的に説明できておきながら、未だに悩んでいるのは道理に合わぬ。結論が“出てしまっている”事柄に人は多くは悩まない」

「…………」

「そもそもだ。先ほど長々と自分が皇家当主の伴侶になれない理由を並べていたが、霊獣討滅を至上の役目とする皇家に限れば十分に乗り越えられる壁ばかりではないか。要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であればいいのだろう? 我らと歳の近い者の中でお前以上に皇家に貢献している人間がどこにいると言うのだ?」



 今度は東馬がため息をつく番だった。深く深く息を吐いた後で立ち上がり、芝生に接していた臀部(でんぶ)を軽く払って空を見上げた。


 ――皇家へ貢献できる人間か否か。確かな出生や後ろ盾も、霊獣の討滅能力も、ひいては皇本家への忠誠心さえも究極的にはそこに行き着く。極論どこの馬の骨であろうとも、大陸の霊獣全てを一人で討滅できる討ち手であれば、それだけで最も皇家に貢献している人物だと言えるだろう。


 確かに東馬は天涯孤独の孤児の身だ。しかし本人は元より両親祖父母の戸籍もきちんと記録に残っており、決してどこの馬の骨ではない。

 鳳花と同じ学校で義務教育を受け同じ大学に進学しているため、知識や教養にも不足はない。鳳花への教育も不足だと言うのに等しいため、否定的な家臣でさえ引き合いに出すことはありえない。


 霊獣討滅能力と鳳花への忠誠心は今更語るまでもない。そもそも()()東馬が鳳花の従者として認められていること自体、鳳花を守り、支え、鍛え、将来的に皇家の安定に繋げるために最適な人物だと、家中の総意を得られているも同然なのだから。


 客観的な事実として、鳳花と同世代の人間で最も皇家に貢献している人間は東馬であり、その功績は全体席次さえ持たない討ち手では足元にも及ばない。


 つまり東馬が散々垂れ流していた否定の論拠は、本人に限れば全くの的外れになってしまうのだ。



「もう一つ言えば、だ。お前は鳳花殿の優しさや強さをこの上なく認めているようだが、ではそれが正しいとして、そんな鳳花殿がお前の不遇にただ黙しているのは不自然ではないか? もっと言えばそんな鳳花殿が、想いを寄せているお前を伴侶に迎えるために何のお膳立てもしていないとでも?」

「まさか。そこまでする価値は自分にはありませんよ」

「この上なく説得力のない言葉だな。東馬、お前はどうしてそこまで自分の価値を否定したがる。それではまるで……まるでこれ以上鳳花殿と関係が近しくなることを、()()()()()かのようではないか」

「…………」


 東馬は何も答えず空を見上げていたが、軽く息を吐くとおもむろに紫水を振り返った。

 向けられた東馬の顔を見て、紫水は意表を突かれたように瞬きする。


 そんな紫水に向けて東馬が口を開いた直後だった。


 大地が、揺れた。

多忙な仕事によって疲弊してしまい、更新ができない状態でした。

半年以上続いた忙しさもようやく収まり、仕事も定時で上がれるようになったので、年明けからは更新ペースを戻していきます。

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