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003.主従

「…………ふう」


 霊獣の消滅を確認し、鳳花はため息をついて脱力した。緊張から解放されたことで疲労が体にのしかかり、あやうく刀を取り落としそうになる。

 勝った。滅した。生き残った。初めての命がけの戦いを、鳳花は独力で乗り越えた。

 達成感よりも安堵の方が強いのは、文字通り生死が掛かっていたからだろう。監督役、並びに多くの討ち手が見守っていたとはいえ、頭を噛み千切られればいくら護法とて意味を成さない。


 刀を鞘に納めた鳳花が周囲を見渡すと、隠れていた御伽衆の面々が姿を現していた。

 喜びの表情をしている者、満足げに唇だけを緩めている者、感情の読み取れない顔をして腕を組んでいる者。それぞれがそれぞれの思いを胸にしつつ、皆一様に鳳花の前に膝を突き、頭を垂れた。


 監督役のみ膝を突かず、一人鳳花の前に進み出る。



「姫様。討滅の試しを無事に終えられたこと、御伽衆を代表して心よりお喜び申し上げます」

「ありがとう。これも皆が私を指導してくれたおかげです。こちらこそ感謝の気持ちを贈らせてください」

「もったいないお言葉でございます」



 鳳花が楽にするよう伝えると御伽衆の討ち手達は立ち上がり、次いで監督役より戦闘の評価が下されていく。



「霊獣の討滅は成功。負傷もなく、十分に及第点と言えるでしょう。御伽衆に加わることに異存はありません。今回討滅したのが『は』の二級であるので判断材料としては異論が残りそうですが、個人的には『ろ』級の霊獣討滅に加わることも可能だと思われます。もちろん、お館様が同意見かは保証しかねますが」

「そうですね。もう私も十六になったのですから、お父様の過保護も収まってくれると良いのですが」

「そこは自他共に厳しいのだと言ってあげてください。私も同意見ではありますが」



 御伽衆は、霊獣を『い』『ろ』『は』の三つの等級と五段階の強さで分けている。今回鳳花が討滅したのは『は』級の二。実際、霊獣の中では討滅難易度の低い部類であるため、この余裕のなさでは『ろ』級討滅参加を不安視されるのも仕方なくはある。

 とはいえ、そんなことを言っていてはいつまで経っても経験を積めない。討ち手の数も年々減ってきている現状、鳳花の御伽衆加入は家臣一同が待ち望んでいたこと。当主であっても強くは反対できないため、父の抵抗について鳳花もそこまで心配はしていない。


 よって、鳳花の心中に広がるこの苦々しさは、鳳花が自分自身に抱いた不甲斐なさに由来するものだった。監督役は気付いていないが、見る人が見れば鳳花が唇を固くしていることに気付いたことだろう。


 そして、その一人がこの場にいた。当然と言うべきかその人物は、ある意味親以上に鳳花と近しい従者だった。



「姫様は、今回の試しの結果に満足しておられないのですね」



 皇の屋敷に戻った後。私室に入り家人の目から離れた鳳花に、従者からの控えめでいて確信のある言葉がかけられる。


 従者の名は石動(いするぎ)東馬(とうま)。鳳花の幼馴染みであり、御伽衆の先達でもある討ち手。そして鳳花がただ一人傍に置いている護衛だった。


 東馬の静かな眼差しを受け止めながら、鳳花は「当たり前でしょう」と吐き捨てる。その顔には先ほどと異なり、誰にでも分かる苛立ちの感情が浮かんでいた。格好は戦闘装束から部屋着に替わり、編んでいた長い髪も解いているというのに、眼差しに宿る剣呑さは戦場にいた時よりも深くなっている。

 その理由が先ほどの霊獣討滅にあるのは火を見るよりも明らかだった。



「なぜですか? 自分の目には御伽衆に加わるに相応しい結果だと映りましたが」

「東馬、それは私を甘い目で見過ぎています。確かに私は怪我を負わず、誰の手も借りず討滅に成功しました。その点だけで言えば、確かに私は御伽衆の仲間入りを果たせたのでしょう。ですが私は余裕を持って討滅することができなかった。決して強い霊獣ではなかったにも関わらず、です」

「しかし姫様は初めての実戦です。経験の無い事柄に対して余裕などあるはずがないでしょう。弱い部類とは言え霊獣は霊獣。普通の野生動物とは訳が違うのですから」



 東馬の言葉に主君へのおもねりは含まれていない。例えば虎や狼、熊などでさえ人を容易に殺せる力を持っているが、霊獣はさらにその上を行く。加えて今日の巨狼が良い例だが、その大きさ、疾さ、強靱さは、皇家に属する討ち手でなければ瞬く間に殺されてしまう。討ち手でない者の霊獣への無力さは長い歴史が証明している。

 そして討ち手ならば無傷で倒せるという訳でもない。不測の事態や隠された力に遭遇するのは当たり前。討滅参加の基準を設けているため死者数こそ少ないが、肉を抉られ骨を砕かれるなど日常茶飯事。その意味では、鳳花の無傷での戦勝は十分上出来の部類だと言える。それが初陣とあっては称賛されて然るべきだ。


 しかし鳳花の――皇家次期当主の考えは違う。



「その認識では甘いのです。相手は『は』級。確かに力という点では侮れませんが、最も“想定外”が起きにくい等級です。試しのために万全の下調べがあった今回はいわば例外。『は』級だと思っていたら『ろ』級だった、ということさえ十分に考え得る本当の実戦で……その想定外に対応できるほどの“余裕”が、今回の私にありましたか」

「…………」



 鳳花の言葉に東馬は沈黙する。それは鳳花の厳しい意見を否定できず、さりとて主を低く見積もる言葉を口にするのは憚られる故。


 皇家が抱える霊獣討滅部隊である御伽衆には『一にて獣、十にて伝説、神話に挑むは百をもて』という言葉がある。獣は『は』級、伝説は『ろ』級、神話は『い』級を示し、紐付いている数は討滅に必要な討ち手の人数を指している。この格言は永きに渡る歴史から妥当性が認められており、東馬も含めた御伽衆の共通認識と言っていい。

 そして御伽衆に属する討ち手は例外なく神威を操ることができ、只人のひしめく戦場においては嘘偽り無く一騎当千。獣の延長線である『は』級の霊獣を倒すのは、そんな(つわもの)にとっては“当たり前”にできること――というのも、同じように共通認識として扱われていた。


 霊獣の討滅は必ず二人以上で行うことを義務づけられているが、これは鳳花も口にしたような不測の事態に備えてのこと。万全な調査によって不測の事態が“ない”と判断された今回の討滅は言わば例外。お膳立てが整えられている以上、無傷で終えることが最低条件だと鳳花は考えていた。

 確かに鳳花は最低条件は満たすことができた。しかしいずれ御伽衆を率いる自分が、最低条件しか満たすことができなかった。周囲の評価はともかく、鳳花にとっては恥ずべき結果だったのだ。


 そんな鳳花の厳し過ぎる姿勢に東馬は眉を寄せる。



「姫様。失礼ながら、何をそんなに焦っておいでなのですか? 今回の試しも本来であれば姫様の十七の成人を待って行われる予定だったものを、姫様の強い希望により一年前倒しして行っております。姫様のお立場を含めても十分早いと思われますが」

「……焦ってなどいません。私は二千年以上続く皇家の役目を継ぐ者として、相応しい者でありたいと思っているだけです」



 鳳花は立ち上がって窓際に歩み寄る。そして東馬に表情を見られぬように背中を向ける。



 ――皇の一族は神の血を引いている。



 それは霊獣と皇家のお役目を知る人々の間で語られる噂だ。太古の時代から存続し、超常の力と人の理から外れた体を持っていることから語られるようになった。

 本当にそうであるのかは皇の血を引いている鳳花も分からない。二千年以上の歴史の中で失伝したものは多く、当時から生きている者は誰もいない。本当に神の血を引いているのか、もしくは特異な霊獣から由来しているのか、それとも単に突然変異の体質を受け継いでいるだけなのか。


 確かなのは大陸で唯一霊獣を倒せる力を受け継いでいるということ。そして霊獣を倒す役目を唯一負える家だということだ。


 これがどれだけ重いことか、成人を迎えてもいない鳳花には計り知れない。

 ただ、決して放棄してはいけない役目だということは理解している。それこそ次期当主という重圧を意識しない日はないほどに。


 そして、感じる重圧は責任だけに由来しない。皇の当主が率いる御伽衆は精鋭集団。伝説に語られる霊獣をも(ほふ)る討ち手達を束ねるには、相応の実力と実績が求められる。皇の『洗礼(せんれい)』によって反乱が起こる可能性は“皆無”ではあるが、弱い当主に不満が溜まらないかと言えば答えは否だろう。

 現在の御伽衆は当主である父の下で盤石の体制となっているが、これは父が筆頭として御伽衆を束ねていることが大きく作用している。そんな父を嫡子として近くで見ているからこそ、鳳花は己もそう在らなければと強く思うのだ。


 しかし現実は思うようには行かないもの。夜風で頭を冷やしつつ鳳花は深くため息をついた。



「ごめんなさい東馬。私の身勝手な苛立ちをお前にぶつけてしまいましたね」



 鳳花は振り返り、静かに控えていた従者を見つめる。――九歳で『洗礼』を越え、十二という若さで御伽衆に名を連ね、十六の若輩だというのに御技の『奥伝(おくでん)』に至っている同い年の幼馴染みを見る。

 すでに『ろ』級を含めて百以上の霊獣を討滅している東馬の英名は皇家の内外を問わず知られている。あの監督役の討ち手も含め、東馬と肩を並べて戦った者は言う。その力量と胆力はすでに百戦錬磨の兵である、と。


 そんな自慢の従者は落ち着き払ったまま、「謝らずとも大丈夫です」と首を振る。



「姫様はいずれ皇を継ぐ御方。私などでは及びもつかないほどの責任を感じられているのでしょう。ですが姫様を支えたいと思う者は多くいます。誰もが認める当主となる日のためにも我々を頼り、焦らずに力と実績を積み重ねてください」

「ありがとう東馬。……ただ繰り返しますが、私は焦ってなどいません。試しを前倒ししたのも王都の大学への進学に合わせただけです」

「分かりました。そういうことにしておきましょう」



 反論の言葉は眉一つ動かさない東馬によって受け流される。少しムッとしたものの鳳花は口に出さず、そっぽを向くに留めた。

 実際口では言うものの、鳳花にも焦っている自覚はあるのだ。付け加えれば次期当主としての立場は理由の一つで、最大の理由は別にある。

 それに目の前の幼馴染みが大きく関わっているために、面と向かって口に出せないだけで。



「話がそれで終わりなら離れに戻りなさい。明後日にはもう王都に発つのですし、私はこれから荷造りをする必要があるのです」

「姫様……そんな拗ねずとも……」

「私は焦っても、拗ねてもいません。あなたも私に付いてくるのですから、準備は万端にしておきなさい」



 東馬は「荷造りなら自分はもう終わっているのですが……」と小さく呟いているが、鳳花はそっぽを向いたまま聞こえないフリをする。

 御伽衆だの次期当主だのと言っても、鳳花はまだ十六歳になって間もない女の子。感情の全てを御するなどできる訳もない。嫡子の身分でありながらこの程度で済んでいるのは、むしろ褒められることだろう。鳳花に支持が集まっている理由の一つには、実はこの律しているようで律し切れていない幼さもあった。……本人は知るよしもなかったが。


 鳳花の微笑ましいとも言える反発に、東馬は幼馴染みとして相好を崩しながら。家臣として引き下がる。

 しかしふすまの向こうから「これにて失礼致します」と頭を下げ終えた東馬は、最後に唐突に声をかけてきた。



「姫様」

「……何ですか」

「今後は姫様と肩を並べて戦えることを、私は心より嬉しく思います」



 え、と背けていた顔を元に戻すが時遅く。東馬は既にふすまを閉めており、その表情は窺い知れない。鳳花の気持ちを置いてけぼりに、東馬の気配は離れへと消えていく。

 残された鳳花は大きく息を吸い、音漏れしないように神威を使ってから天井に向かって一人叫んだ。



「……もうっ! そういうところは変わらないんですから!」

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