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029.思い出と本音

 鳳花が部屋に戻ると、先に戻ってきていた東馬は縁側に座って外の景色を眺めていた。

 近くに歩み寄ると東馬はのんびりと顔を振り向かせる。



「お帰りなさいませ。女性陣とのお風呂はいかがでした?」

「楽しさと緊張が半々といったところでしょうか。他の方々に玩具にされたのも含めて中々に得がたい経験ではありました」

「ではまた一つこの合宿に参加して良かったという理由が増えたということですね。私としては喜ばしい限りです」



 主への微笑ましい無礼も含めて嬉しそうに笑う東馬に、つられて鳳花も笑い返す。鳳花はそのまま縁側に近付き、東馬の隣に腰を下ろした。


 顔はまだ温泉の熱で火照っていて、汗が髪の隙間から出続けている。鳳花は首にかけたタオルで汗を拭いつつ、目を閉じて吹き付けてくる夜風の涼しさを堪能する。

 瞼の裏で再生されるのはこの二日間の出来事。経験の無かった平民達に混じっての旅行と、旅行での様々な体験。



「……まるで夢のような時間でした」

「ほう、露天風呂で三人の玩具になったことがですか」

「違うと分かっているのに聞くのは時間の無駄だと思いません?」

「これは失敬。ですが姫様が好んで読まれる漫画にも似たような展開があったはずですよね? 内心ではそういったおふざけに憧れていらしたのではないですか?」

「いた、ですけれどね。いくら戯れとはいえあんな風に体を好き勝手触られるのは金輪際ごめんです」

「それはそれは、ご愁傷様です」



 横目でじろりと睨み付けてやれども東馬は愉快そうに喉を鳴らすだけ。辟易する主を面白がるなんて酷い従者だと思わなくもないが、今更なことなのでため息を一つ吐いて終わらせる。



「憧れと言えば露天風呂で御伽衆の話題が出ましたよ。噂が広まっていることに大分ヒヤリとさせられましたが、事情を知らない方々からの所感は中々新鮮でした」

「人知れず世の安寧を守る特殊能力者達。改めて口に出してみると、まさしく一般人の作る創作物(フィクション)登場人物(キャラクター)ですからね私達は。実情は大分血に塗れていますので、対象となる年齢層は高いでしょうが」

「でも、憧れられるようなことを私達はしているのですよね」



 夜空を見上げる。都会の喧噪から遠く離れ、自然に多く囲まれた土地の空。

 それは王都で見上げていたものよりも遙かに澄んでいて、視力を強化すればどこまでも遠くまで見ることができるのではと思えた。



「思い返せば昔の私も彼らと似たようなものでした。霊獣を倒して人々の暮らしを守る討ち手達を『カッコいい』と思って憧れた。あなたと出会う前から修行に進んで参加していたのも、その憧れが原動力にあったからです」



 そう、それこそが始まり。母の在り方に憧れ、雪子の勇姿に憧れ、父の頼もしい背中に憧れた。神威を操り、身命を賭して皇家のお役目に殉じる討ち手達の姿に、いつか自分もああなりたいと顔を輝かせていた。鳳花の始まりには、まず憧れがあったのだ。


 東馬もまたその頃を思い出したのか、空を見上げる目を懐かしそうに細めて頷く。



「ええ、私もよく覚えています。私も姫様が御伽衆のことを誇らしげに語っているのを何度も見ましたし、初等部に通い始めて間もない年頃で神威を操れていることからもその熱意は伝わってきました」

「それは今も根本的には変わっていないのでしょう。実際、今の私は天武八達にまで登り詰めたお前のように、強く頼もしい討ち手になりたいといつも思っていますから」

「……何というか、すごくむず痒くなるお言葉ですね」



 東馬は目をあらぬ方向に彷徨わせながら頬を指で掻いた。自分の前では滅多に余裕を崩すことのない従者の動揺する様子に、鳳花の中の悪戯心がわずかに鎌首をもたげる。


 しかし東馬もまたやられっぱなしで終わるタマではない。



「ですが姫様。初心を思い出したと美談風に語っておられますが、それだけではないことを都合良く忘れていらっしゃるのでは?」

「……さあ、何のことか見当も付きませんね」

「憧れこそが姫様の原動力だというのは事実でしょう。しかしその対象は御伽衆や討ち手に限った話ではなかったはずです。姫様も覚えておいででしょう。私がどうして()()()()()をするようになったのかを」



 東馬はそう言って自分の後ろ髪――紐で一つに束ねている肩口まで伸ばした髪を、鳳花に見せつけるように前後に揺する。

 東馬が皇家に来て間もない頃、東馬の髪型は男子としてはごくありふれた短髪だった。長い髪など鬱陶しい、ましてや紐で縛ってまで伸ばす理由などどこを探しても無い、とばかりに。

 それが今の髪型に固定された理由こそ東馬が指摘する鳳花の黒歴史。



「姫様のお気に入りだった『御伽(おとぎ)(いえ)(ひめ)騎士(きし)』。西()()()が舞台の作品ではありましたが、姫様は『私と東馬にそっくり』と一時期ドハマりされておられまして、私も散々真似事に引っ張り回されました。私がこの髪型をするようになったのも姫様がこの髪型にしてと遊戯の一環で仰られたからじゃないですか」

「そんな昔のことを私が覚えているとでも?」

「私は確信を持ってそう断言いたしますが? 少なくとも三ヶ月前の時点で私が話を持ち出そうとしただけで口を塞ごうとする程度には」



 うぐ、と鳳花の喉が詰まる。三ヶ月前、東馬がグルメ探研の催しに参加することを初めて提案した時だったか。大学の食堂で東馬が話を持ち出そうとして反射的に止めたのをもちろん鳳花は覚えている。


 『御伽の家の姫と騎士』。それは鳳花達が子供の頃に放送していた幻想(ファンタジー)創作活動写真(アニメーション)作品だ。

 当時は多色(フルカラー)映像投影機(テレビジョン)の一般家庭への普及が完了し、映像を媒体とした娯楽作品が爆発的に増えていた。『御伽の家の姫と騎士』はその中の一つであり、個性溢れる登場人物(キャラクター)達による白熱した物語(ストーリー)活劇(アクション)は視聴する子供達を夢中にさせた。それこそ先ほど露天風呂での話題にも出たように、鳳花と東馬の通う学校でも登場した技の真似をする同級生達が続出し、鳳花もまたその類に漏れなかった。


 なまじ作中に登場した人物達の技能を将来的に再現できる可能性があったことが鳳花の琴線に触れたのだろう。さらに作品の主人公達――題名にもある『姫』ユリフィーネと『騎士』レイヴェルトの境遇が自分と東馬に重なったことがハマり具合に拍車をかけ、東馬をも辟易させる真似事へと発展させた。


 その彩り鮮やかな過去を、東馬は乾いた笑みで振り返る。



「私は今でも覚えていますよ。レイヴェルトの技や台詞の真似なんて可愛いもの。髪型を同じにしてという注文を受けたかと思えば、店子に作らせたレイヴェルトの衣装を着させられて作中にあった決め姿勢(ポーズ)の写真を色んな角度から撮られたり、またある時はユリフィーネの格好をした姫様に作中場面(シーン)の再現するために引っ張り回されたり」

「あ、あれは、その……」

「『御伽の家』ほどの回数や種類はなかったですが、他の作品も色々やりましたよね。『(あお)防人(さきもり)』に『魔法(まほう)少女(しょうじょ)トモエ』。漫画では『九天(くてん)(つるぎ)物語(ものがたり)』とか。……トモエの召喚獣の着ぐるみを着て鳴きマネをさせられた時は危うく人としての尊厳を失いかけましたが」


 好きな作品の登場人物達の衣装や道具を作らせて身に付け、作中の場面を自分達で再現して遊ぶ。

 ある意味裕福な貴族の家のお姫様だからこそできる贅沢な遊びだろう。まだなりきり仮装(コスプレ)という言葉が生まれて間もない頃だった、ということを考えれば、鳳花の趣味は一足先に新しい時代を走っていたと言えなくもない。巻き込まれた被害者(東馬)のことを勘定に入れなければの話ではあるが。



「あれについては、その……悪いことをしたと、今は反省しています。立場を笠に着てお前を好き勝手に玩具にしたのは良い趣味ではなかった」

なりきり仮装(コスプレ)自体は真っ当な趣味じゃないですか? 姫様だってそれ自体は機会があればやりたいと思っているのでしょう?」

「……貴族の家の当主になろうという人間がやっていたら周囲から軽く見られるのは避けられないでしょう」

「やりたいという気持ち自体は否定しないんですね」



 鳳花は先ほどよりもさらに深いため息をついた。結局のところ、長年連れ立った幼馴染みを相手にその場凌ぎの嘘は通じないのだ。思い返せば三ヶ月前の時点で東馬にはお見通しだったようなので、今更取り繕っても無様さをさらけ出してしまうだけなのだろう。



「……かつてと今とでは、やりたいと思う動機が違います」

「と、仰いますと?」

「自分ではない誰かになりきることで責任の重い今の立場を一時でも忘れたい。……憧れの存在に近付きたいからという前向きなものだったかつてとは違う、そんな現実逃避気味で後ろ向きな動機にしかならないのですよ、今の私では」



 他の学生達の目も、世間の目も、家臣達の目も今この場には無い。そして隣に居るのは今も昔も振り回して迷惑をかけ続けている幼馴染み。


 旅行で浮かれていたのはあるだろう。風呂上がりで気が緩んでいたのもあるだろう。


 けれど、と鳳花は立てた両膝に顔を埋めながら思う。取り繕っても無様なだけで、格好付けても意味はないのだから、いっそのこと自分から全て打ち明けてしまった方が傷は浅いのかもしれない、と。


 東馬に見限られる結果になったとしても、それならまだ自分のせいだと諦めることができるだろうから。



「私の始まりは憧れでした。誰に知られるでもなく命を懸けて霊獣と戦い、世の安寧を守る彼らの姿に私は憧れた。だから創作物の登場人物になりきろうとするように、彼らと同じ力と技を得るために私は幼い頃から鍛練に打ち込んできました」



 それが鳳花の原動力だというのは先に述べた。今も根本的には変わっておらず、また間違っていたとも思わない。

 しかし根本的に変わっていなかったことが今の鳳花を苦しめる。



「それを思い出してしまったから気付いてしまったんです」

「何にでしょうか」

「皇家当主の責務とか嫡子としてあるべき姿とか、それらの心掛けはしょせん後付けに過ぎなかったのだと。御伽衆に入り、討ち手達と肩を並べて霊獣を討滅する。その目標を叶えるための通り道にあったから拾っただけで、そうなりたいと自発的に思ったことは振り返ってみれば一度もなかった。……いいえ、いっそ逃げ出してしまえればとも思っていた」

「…………」



 皇家嫡子に相応しい自分にならなければいけない。いずれ当主となった時のためにあらゆる研鑽を積まなければならない。


 いけない、しなければならない、在らねばならない。立場や責務へ向かう自分の心はいつだって義務感から動いていた。ただ戦っていればいいというような単純な地位に立っている訳ではないのだから、付随する責務から逃げることは許されなかった。


 行い自体を恥じる気はない。仕事の評価は周囲や世間から下されるものが全てであり、当人の思惑など斟酌(しんしゃく)しても時間の無駄だ。内心はどうあれ鳳花が与えられた責務から逃げたことは一度もなく、総合的に見て『ご立派だ』と評されるくらいには仕事を果たしている以上、後ろ指を指される謂われはないからだ。


 だがそれでも。いいやだからこそ。



「滑稽な話です。誰よりも『次期当主として相応しくあるべき』と公言しながら、本当はそうなりたいと思っていなかったのですから。自分の本心から目を逸らし続けた挙げ句、己を律せず行動した末にお前の名誉をも傷つけたのですから、最早笑い話にすらならない」



 鳳花は顔を上げられない。情けなさに溢れる今の表情を東馬に見られたくはなく、また東馬が浮かべているであろう失望の顔を見る勇気もなかった。

 それでも本心を打ち明けたのは、これまで誠心誠意仕えてくれていた東馬へのせめてもの礼儀であり、自分の元を離れるための名分を用意するためだった。



「お前はどう思いますか、こんな主を。嘘つきで、器も小さくて、夢ばかり見て現実を見ようとしなかったこんな小娘でも、お前はまだ仕えたいと思えるのですか?」

続きは8/31(火)の18時に投稿予定です。

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