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025.時には寄り道戻り道

2日連続投稿の2話目です。

 『轟木の天才兄妹』とは、皇下十六門の一つ轟木家当主の轟木焔山と、その妹にして威三朗の側室である雪子を指す言葉だ。


 片や第三隊隊長にして全体席次第三席、片や第一隊四席にして全体席次第六席。皇家の最高戦力に数えられる二人を凡才と呼ぶ者はいない。積み上げた努力あってこその実力だが、同等以上の努力をしても二人の居る場所に辿り着けるとは限らないのだから、天才の看板を外すことは難しいだろう。


 ただ、この二人を並べて兄妹だと初見で分かる人間は少ない。家族であるため纏う空気は似ているが、それを感じ取った人ならばむしろ父娘という勘違いが先に立つ。


 その理由はにじみ出る風格の差にあるだろう。七尺(二一〇センチメートル)に及ぶ身長と鋼のような肉体を持つ焔山に対し、雪子は五尺(一五〇センチメートル)程度の身の丈しかなく線も細い。もちろん雪子のそれは修行の末に無駄を削ぎ落としているが故の細さだが、ただでさえ小柄な上に一児の母らしからぬ童顔もあって、戦闘装束姿が平民がなりきり衣装を着て(コスプレして)いるようだと苦笑混じりに囁かれている。


 霊獣ひしめく黄泉迷峡谷に常駐している焔山はもちろん、雪子も第一隊の任務で大陸中を飛び回っている。雪子が峡谷に応援に行く場合を除けば、二人が私的に会うのは年に一度か二度、多くても三度くらいだろう。


 討ち手はいつ死ぬか分からない身の上だ。鳳花としてはそんな数少ない家族の触れ合う時間を自分のために削って欲しくはなかったのだが――



「太鼓判を押して推薦したはずの部下が、臣下としてあってはならない振る舞いを致しましたこと、第三隊を率いる隊長として誠に申し訳なく存じまする」

「……すでに謝罪は受け取っております。頭をお上げ下さい」



 それなのに今、テーブルを挟んだ向かい側で、隣に座った妹の目の前で鳳花に頭を下げていた。


 皇家が誇る最高戦力に頭を下げさせて気分が上向くような鳳花ではない。そもそも謝罪を受け取るべき立場にいるとも思っていないというのに。



「今回の出来事は私の不徳と無知が発端です。確かに今も青葉に思うところはあります。ですが貴方方を軽んじていた私にその謝罪を受け取る資格はないでしょう。むしろ私の方が頭を下げるべきではないかと思っています」 

「……それについてはお言葉を控えさせて頂きますが、あやつがあそこまでの暴挙に至った理由には、少なからず拙者が関わっていたのではないかと愚考しておるのです」



 予想外の言葉に鳳花は眉を寄せる。轟木家の(さが)からか、雪子とは違った方向での古風な言葉遣いで焔山は思い至った理由を続けた。



「あやつが第三隊に所属して以降、同じ得物を扱う者として拙者はあやつの指南役を務めておりました。面映ゆいことですが、あやつは拙者を目標に槍を学んでいたようでしたので、嬉しさから指導に熱が入っていたと言われれば否定できませぬ」

「槍を扱う討ち手であれば焔山殿に憧れるのはごく自然な成り行きです。一々感動することでもないと思いますが……それを聞いて贔屓してしまう気持ちは分からなくもないです」

「お褒めにあずかり光栄でありまする。……ですがあやつの叩くほど伸びる素質の高さについつい余計な熱が入ってしまったのでしょうな。しなくてもよい昔話にたびたび花を咲かせておったのです」

「昔話……ですか」

「はい。かつての皇家や御館様のこと。そして日輪様のことでありまする」

「お母様の?」



 (すめらぎ)日輪(ひのわ)。東馬が皇家に引き取られる以前に亡くなった鳳花の生みの母親。明るく優しくよく笑い、ただそこに居るだけで場が華やぐ人だった。身罷って十年以上経った今も鳳花の記憶に鮮やかに焼き付いているその姿は、鳳花の理想とする女性像そのもの。


 そして自分以上に鮮明に覚えているのは母と共に戦った討ち手達。その筆頭こそ目の前に座っている兄妹なのだ。



「姫様もご存じの通り拙者達兄妹はかつて日輪様の下で戦っておりました。傷付いた仲間を鼓舞し、窮地にあっても決して膝を屈せず、苦境に喘ぐ御館様を献身的に支え続けたあの方を、私は今でも尊敬しております。ですのでその……特に酒など入ってしまった時には、つい長々とあの方の話をしてしまう訳でありまして」

「兄やんたらまだその癖直しとらんかったんやねぇ。それがあるから桂昌(けいしょう)はんも明夜(めいや)はんも兄やんとは飲みたがらんゆうのに」

「う、うむ、面目次第もない。……でですな、このように多くの者は拙者の絡み酒を忌避して近寄らんようにしておるのですが、青葉だけは嬉々として耳を傾けておったのです。どうやら昔一度だけ会った時から尊敬しておったようで、それこそ(わらべ)のように毎回目を輝かせながら拙者の話を聞いておりました」



 焔山が恥ずかしがりながら、それでいて若干の悔悟(かいご)も込めながら訥々(とつとつ)と語る話に、鳳花も何となく焔山の考えを察した。察して、小さい、ため息と呼ぶほどでもない息を吐いた。



「なるほど、つまり焔山殿はこうお考えなのですね。青葉が私に過度な期待を持っていたのは自分がくだを巻いていたことが原因であると。憧れているお母様の娘だからこそ理想を高く持ってしまっていたのだと」

「……はい。その通りでありまする」

「考えすぎです」



 しょんぼりと巨躯を縮める焔山を鳳花は一言で切って捨てる。その容赦のなさは思わず雪子が吹き出してしまったほど。



「私は私、お母様はお母様。その血を受け継いでいても私達は別人です。そしてそれが分からないほど青葉は子供ではないでしょう。確かにお母様のことが無関係ではなかったのでしょうが、あの時青葉が激怒した理由はそこではありません。ただ私の体たらくと思い上がりに腹が立った。それだけです」

「しかし、ですな……」

「しかしも駄菓子(だがし)もありません。とにかく、此度の事に関して焔山殿が責任を感じる必要はございません。ああなったのは私の発言と浅慮が故。それでこの話は終わりです」



 そもそも鳳花の中で責任の所在はすでに明らかになっている。今更蒸し返されても後味がさらに苦くなるだけだ。


 しかしそんな鳳花の内心を感じ取ったのか、雪子は湯飲みを手に持ったままぼそりと呟く。



「楽な考え方に逃げ込んどるなぁ」

「……どういう意味ですか」

「全ての原因と責任が自分にある。その考え方は、一見自分に厳しいようでいて一番楽な考え方でもあると思うんよ。自分が何とかすればいい、自分が変われば上手くいく。……そうやって考えれば、そうでない可能性から目を背けることができるからなぁ」

「……っ!」



 のんびりした口調と相反するような舌鋒(ぜっぽう)の鋭さ。心の臓を掴まれたかのように鳳花の息が一瞬止まる。



「人は他人を変えることはできへん。ただ、自分が変わることで他人が対応を変えることはある。だから自分を変えようとすることは間違ってへん。……間違ってへんけれども、それで何もかもが上手くいく訳やない。鳳花ちゃんも本当は分かっとるはずや。でなければそんな反応せぇへんもの」

「…………」

「鳳花ちゃんの不安の原因もうちは大体察しとる。打ち明けてもらえれば相談にも乗る。せやけど鳳花ちゃん自身がその原因に向き合わん限りうちらは何の手出しもできへん。もちろん、今も王都で鳳花ちゃんを待っとる東馬くんもや」

「ぬ、東馬のやつは帰ってきておらんのか? 久方ぶりに()の方を見てやろうと思っておったのだが」

「兄やん、今大事な話をしとるから黙っとき」

「う、うむ。すまぬ」



 鳳花の目はその手に握ったままの湯飲みに注がれていた。もうすっかり冷めてしまっていて湯気など出ておらず、茶葉の欠片も湯飲みの底に沈殿している。


 鳳花が胸の奥に隠していたそれは、ともすれば東馬を排斥したがる家臣に攻撃材料を与えてしまうことにもなりかねない。だから鳳花は他の家臣はもちろん、世話役の都木子にも打ち明けはしなかった。


 ならば東馬には言えるかと問われればそれも頷けなかった。不安の原因を肯定されるのが怖かったのではなく、否定されてもこの不安が消えてくれるとは思えなかったからだ。


 でも今目の前に居るのは、生母から後事を託された尊敬する義母とその兄。父と母が長年に渡って信を置いてきた兄妹だ。もちろん鳳花にとってもそれは同じ。『絶対命令』の有無は関係ない。



「……東馬に失望されるのが怖いんです」



 そうして出た本音は、自分でも信じられないほど弱々しかった。



「東馬が史上最年少で奥伝位を授かった時から薄々思っていたんです。私は東馬の主として相応しいんだろうか、あの忠誠と献身を向けられるような価値があるんだろうかって。私は……肩書きと立場だけの人間だから」

「……東馬くんがそう言ったんやないんやろ?」

「はい、私が勝手に思っているだけです。ですがそう思わずにはいられないんです。東馬はあれだけ強くて有能なのに、対する私はどこまで言っても人並みで、ちょっと背伸びしたらこの有様で。……せめて東馬が誇りに思える主でいたいと思っているのに、東馬の凄さを目の当たりにする度に不安ばかりが膨らんでいってしまうんです」



 一度胸の内を開いてしまえば、弱音は堰を切ったように溢れてきた。自覚があったものもなかったものも隔てなく。

 そして口から出てしまった言葉を振り返れば失笑しか浮かばない。



「おかしいですよねこんなの。さんざん自分の我儘で東馬を傍に置きたがっているのに、近くに置いたら置いたで不安ばかりが湧いてくる。……本当に、一体私は何がしたいんでしょう」

「……一つ、姫様にお伺いしたく存じまする」



 顔を上げると、先ほどまでとはうってかわった真剣な表情をした焔山が射貫くような視線を向けてきていた。

 続きを促すと焔山は怖いほどに重々しい声で言った。



「あやつを……東馬の強さを妬ましく思うお気持ちはおありですか」

「……はい?」



 思ってもみなかった焔山の言葉に、暗くなっていた思考が一瞬だけ空白になる。それだけその質問は鳳花の意表を突くもので。


 当たり前だろう。どうしてそんな()鹿()()()懸念が湧いてくるのか、鳳花には全く理解できないのだから。



「えと、どうしてそのような話になるのですか? 東馬が強いことと私が弱いことに相関関係はないですし、東馬が強くなれば霊獣の被害も減るのですから喜ぶのが普通でしょう。主の私が妬んでどうするのです?」

「……そうでございますな。申し訳ございませぬ、栓のない問いでありました」



 焔山はばつの悪そうな顔をしてぽりぽりと頬を人差し指で掻いた。自分達の様子を見守っていた雪子もくすくす笑い、鳳花は一体何なのかと首を傾げるばかり。


 確かに東馬に対して悔しさを覚えることは多々ある。が、鳳花が悔しく思うのは自分達の力の差に対してであって、東馬が強いことを頼もしいと思いはしても疎ましく思ったことは、誓って一度たりともない。


 というか妬んでどうするというのか。東馬が強さを求めるのは元を辿れば鳳花のためなのだ。当の自分が妬んでは東馬が浮かばれないにもほどがある。



「それにしても、やはり親子なのでしょうな。そのように自分を追い込んでしまうほど真面目なお姿はかつての御館様にそっくりであられます」



 張り詰めていた部屋の空気が緩やかさを取り戻していくのにつられてか、焔山は懐かしそうに語り出す。



「お父様が、今の私と?」

「左様。我らもかつては若者であり、未熟者でありました。当然ながら御館様もそれは同様。特に御館様は当時すでに当主の座に座っていらしたこともあって、何もかもをご自分の責任だと背負い込みがちであられました。我ら家臣は当時、苦悩される御館様の姿を見る度にもどかしい思いを抱えておったものです。雪子もそうであろう?」

「兄やん、うちはその頃まだ子供やさかい、殿とはろくに顔を合わせてへんて。勝手にうちの歳を(かさ)増しせんといてくれる?」

「す、すまん。……と、ともかくですな、あの御館様とて若かりし頃は今の姫様のように惑い、悩み、揺れておったということです」

「……そのような話初めて耳にしました」

「誰しも己の至らぬ時分のことは口にしたくないものでありますからなあ。それが御館様のことであれば姫様に吹き込む家臣もおられぬでしょう。拙者とて今の姫様でなければお話ししようとは考えませぬゆえ」

「何故今ならば…………って、考えるまでもありませんか」



 何もかもを自分のせいだと抱え込んでしまっている今の鳳花と、若かりし頃の父は似ているということ。今は立派な当主となっている父も、かつては鳳花と似た考え方を持ってしまっていたということ。

 つまりは慰め。今が至らぬからといって過度に自分を卑下する必要はない、と焔山は言いたいのだろう。


 確かにそうかもしれないと納得する一方、それは違うという反論も湧いて出る。



「ですが私とお父様では状況がまるで違います。聞き及んでいる皇家の惨状、その中心にいたお父様と、安定を取り戻した今の皇家で育った私とでは、抱えている悩みの重さは比較するまでもないでしょう」

「それについてはあえて否定致しませぬ。ですが、昔であろうと今であろうと変わらぬ真理もまたありまする」

「……それは?」

「何もかもを抱え込んだところで早く実力が伸びる訳ではない、ということでございまする」



 至極もっともな意見に、う、と鳳花は言葉に詰まる。



「もちろん責任感を強く持ち、真面目に鍛練に取り組むことは順調な成長に繋がリます。ですが過ぎたるは及ばざるが如し。過度にご自分を追い込まれても視野が狭まるだけ。何事もほどほどが肝要だと存じまする」

「それはその通りかも、ですが……」

「それでもやはり、すぐにでも討ち手として高い実力を身に付け一刻も早く東馬に並びたいと願われまするか?」



 鳳花がこくりと頷くと、焔山は困ったように腕を組む。



「ふむ。今は天武八達という過分な席に身を置いている我々ですが、こう見えてここに辿り着くまでには紆余曲折、艱難辛苦があったのです。東馬も第八席になったのは御伽衆入りして四年が経った後です。そんな我らに御伽衆に入って一年未満の姫様が追い付こうというのは……」

「……おこがましい?」

「困りますな」

「はい?」

「ええ。この歳になってから拙者の研鑽が遠回りの極みだったと教えられるようなものでございますれば、困りますな。いえ、(こた)えますな」

「は、はあ……」



 御伽衆三強に数えられる男の何とも情けない言い分に言葉が詰まる。見れば雪子も口元を手で隠して笑っていた。

 雪子はひとしきり笑うと「まぁ兄やんの大人げなさは置いとくとしても」と前置きし、



「無理して背伸びしても足元が不安定になったら転んでまう。もしも転んだ先に霊獣の爪が待っていたら最悪の場合あの世行きや。地に足つける余裕を持っとかんと結局は我が身を滅ぼすだけなのは分かるやろ?」

「……はい」

「かくいう御館様も塞ぎ込んでいた時などはよく日輪様が無理矢理城の外にお連れになっていたものです。思い悩んでいるときは目の前のことにばかり目が向いておりますからなあ。外に目を向ければ案外簡単に答えが見つかった、というのも往々にございますれば」

「外、と言いますと?」

「例えば遊戯、例えば雅楽、例えば旅行。つまるところは趣味や余暇。拙者の場合は銘酒の収集でしょうかな」

「それを飲んだ結果周りに煙たがられてるんやから世話ないけどなぁ」

「返す言葉もない。が、こればっかりは拙者の癒やしゆえ、誰に言われようと譲れぬのだよ」



 つーん、とそっぽを向く焔山の様子はまるで子供のようで、雪子もやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。



「ま、兄やんの言うことも一理ある。趣味や余暇があれば自然と目を向ける範囲も広がるさかい。さっき東馬くんからサークルの旅行に誘われた言うとったやろ? せっかくやし気分転換に参加してきたらええやん」

「そこでその話を持ち出してきますか……」

「ふうむ、これは何ともおあつらえ向きでありまするな。たまには次期当主のお立場を離れ、一人の大学生として遊びに行くのもよいでしょう。急がば回れ。時には寄り道戻り道、でありますれば」

「はあ……」



 何となく釈然としなかったが、実力と実績を兼ね備えた二人からこう言われてしまえば否定できる材料は鳳花にはなく、結局鳳花はその後流されるように旅行への参加を承諾させられてしまう。


 もちろんこの時の二人に企み事などなく、勧めた意図も鳳花に気分転換をさせるという一点のみ。東馬との関係改善を願う気持ちも少なからずあったが、それも“そうなったらいいな”という希望程度だった。


 故にこの旅行が今後の皇家の行く末を占うものになるなど、二人だけでなく鳳花も、ましてや東馬も全く予想だにしていなかった。

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