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021.若気の至り

「歳を重ねた大人が成人さえしていない若輩者を寄って集って言葉責めとは、品のない。とても天下に名高い皇家とは思えぬな」



 響く声にも見下ろす目にも鮮やかな失意の色があった。紫水は肘掛けに頬杖を突いたまま緩慢な動きで顔を傾ける。



「そこのご老公。何やら東馬とは確執があるご様子だが、このような公の場で私的な感情を持ち出すのはいかがなものだろうか」

「……は。そのご指摘についてはごもっともでございます。ですが、あの者が今受けているのは与えられた職権を乱用したが故の叱責でございます。決して謂われなき誹謗中傷ではないことはご理解頂ければ」

「なるほど、確かに謂われなきものではなかろうよ。だが同時に寛容さに欠けた叱責にも違いない。それこそ、王家とは比較にならぬ歳月を重ねた皇家らしからぬ大人げなさ、とでも言うべきほどにな」



 天見の前当主の目が鋭さを取り戻すが、その眼光に射貫かれても尚紫水の余裕は崩れない。



「……そう仰せになる理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」

「なに、簡単な話だ。そこな二人が起こした若気の至りによって、皇家から死者が出た訳ではないのだろう?」

「それは……その通りですが……」

「それとも皇家の財布事情に甚大な影響をおよぼしたのか? もしくは皇家保有の施設が損壊するようなことがあったのか?」

「……いいえ、そのようなことはございません」

「であれば、被害と呼べるものはせいぜい姫君の自尊心が損なわれた程度。元よりご老公の孫が抜けた穴を埋めるための出場なのであれば、非難の棘も丸くあるべきであろう。取り返しのつかない事態は何も起こっていないのだから」



 紫水の言葉通り、東馬の――鳳花の我儘が起こした被害は物的・人的に限ればほぼ皆無。鳳花と東馬の立場こそ損なわれたが、取り返しのつかない事態というのは、それこそ何一つとして起きていない。

 職権による贔屓も不測の事態に沿ったものであるならば、少々のお咎めで許すのが年長者としての嗜みだろうと紫水は言う。


 そして闘技場中の視線を独占したこの状況下で、紫水は誰の耳にも届くような大きく深いため息を吐いた。



「せっかくの楽しい試合観戦だったというのに、このような見苦しい茶番を見せられるとはな。そなたらのことを信頼し尊敬していた王族の一人として、誠に残念と言う他ない。……宴もたけなわだ。今日のところはこれで失礼するとしよう」



 紫水はゆっくりと立ち上がり、護衛を引き連れて出口へと向かっていく。ここに至るまで沈黙を貫いていた継道も紫水に付き従って出口へと歩いて行く。


 その途中で紫水は視線だけを闘技場へと――ひれ伏している東馬へと向けた。


 視線を受けた東馬は立ち上がり、ただ無言で紫水へと頭を下げる。


 それが挑戦権獲得会初日の最後の一幕だった。





 王都の皇家の屋敷は広大な敷地を持つ。その面積の半分を占めるのが鍛練と試合のための闘技場であることは言うまでもないが、残りの半分だけでも中規模の運動競技場がすっぽり収まる程度には皇家の屋敷は広い。

 その半分を構成するのは寝殿造(しんでんづくり)の邸宅と池泉(ちせん)庭園。邸宅の縁側からは魚の泳ぐ池が一望でき、秋の名月が水面に映る様子が実に風流だとは当主威三朗の言である。


 そんな風流な場所に東馬が足を踏み入れた時、縁側にはすでに人の姿があった。しわの増えた手にお猪口を持ち、生命力溢れる夏の(あお)い庭園を静かに見つめている。


 東馬はその人物へと歩み寄り、傍らにて正座する。



「……何をお考えでいらっしゃいますか? 師匠」



 東馬の呼びかけに、継道は顔も目も動かさないまま口だけを開く。



「何も。そして、様々なことを」

「それは相反しているのでは?」

「何も考えていない時こそ、何より多くのことを考えている。人の頭というのはそういうものであろう?」

「……そうですね」



 東馬は日課で瞑想を行っているが、瞼を閉じて呼吸に意識を集中させようとしても、気を抜いた瞬間に雑念が頭に舞い込もうとする。雑念を空っぽにすることに成功しても、成功したという認識そのものが新たな雑念を生み始める。

 想いに目を瞑るというのは、案外難しいものなのだ。


 東馬は両手を床に着けて浅く頭を下げる。



「招きに応じて頂きありがとうございます。そして三日に及ぶ監督役のお務め、お疲れ様でした」

「うむ。お主も初めての役目、ご苦労であった」

「恐縮です」



 月夜の下、師弟の二人は端的に互いを(ねぎら)い合う。


 この日、三日間に及ぶ第三十席獲得会の全日程が終了した。二日目、三日目は初日のような騒動が起きることはなく、新たな全体席次第三十席が今日決定された。

 新たな第三十席についても予想外は起きなかった。東馬の見立て通り、第四北東(ほくとう)島群(とうぐん)巡視隊(じゅんしたい)の長世道隆が優勝し、第三十席の座を拝受した。


 ちなみに青葉は四傑(ベストフォー)まで残ったが、準決勝にて準優勝者に破れて敗退となった。



『いや~それなりに自信はあったんだけど、やっぱりそう甘くはないねぇ』



 と青葉はばつが悪そうに笑っていたが、大会初出場で鳳花を除けば最年少の参加者ということも考えれば上出来な結果だろう。

 本心でそう言ったら「歴代最年少優勝者の座を初出場でもぎ取った奴に言われても嫌みにしか聞こえないんだけど」と渋い顔で文句を垂れられたが。


 似たような考えは他の討ち手も持っていたのだろう。大会開催前の一幕を見てもそれが窺える。



「今更ですが師匠……天見家の嫡子殿が今回の大会を辞退されたのは、やはりそういうことだったのでしょうか?」

「うむ。話を振った際の天見のご老公の様子を見ても、お主が監督役になったのが輝世螺(きよら)が出場を取り止めた理由なのは間違いなかろう」

「お前の傘の下で戦うなど冗談ではない、ということですか。……分かってはいましたが、今もまだ嫌っているのですね、私のことを」

「で、あろうな」



 継道は酒を口に運び、東馬は夜空を見上げる。しばし会話が途切れるが、脳裏によぎる記憶は同じだろうと東馬は思った。


 あれは皇家に引き取られて間もなくの、まだ鳳花と顔も合わせていなかった頃のこと。威三朗によって素質を見込まれた東馬は討ち手となるため、継道を始めとした教師によって厳しい教育を受けていた。すでに人意を知覚していた東馬はその使い方を体系的に学び、自分よりも前から修練を行っていた同世代の門下生を次々に追い抜いていた。


 とは言っても、東馬には周りを追い越そう蹴落とそうという考えは微塵もなかった。正確には、そう考えている余裕が無かった。

 頭にあるのは捨てられないように周りの期待に応えなければ、という焦燥感。周りの人の顔すらろくに記憶できていなかったのが当時の自分だった。


 だから弟分達からせっつかれた天見輝世螺が自分をこらしめようと出張ってきた時も、次の試合の相手が来たくらいにしか思わず、忖度など一切せずに全力で相手を叩きのめした。


 今振り返っても試合の内容はろくに思い出せないが、見届けていた継道曰く「弱い者苛めそのもの」だったという。相手が強敵であれば多少なりとも記憶に残るはずなので、おそらく継道の言葉は間違っていない。


 公衆の面前で神童としての面目を丸潰れにされた。輝世螺が東馬を恨む理由としてはこれだけでも十分過ぎるが、不幸なことに話はそれだけで終わらない。


 東馬が引き取られる以前、輝世螺はその優秀さ故に鳳花の婿候補の筆頭だった。五大盟門の出身であり実力だけ考えても有望株。本人も進んでそう考えていたらしいのだが、鳳花はそんな周囲の思惑などまるっと無視して東馬を傍付きに見初めてしまう。


 もしもその後二人の仲が険悪になっていたのなら次の機会もあっただろうが、しかし結果は見ての通り。東馬の献身ぶりは何人(なんぴと)も非難できないほどであり、鳳花も周りの反対意見を退けてまで東馬を手元に置きたがっている。


 東馬が従者となってから十年。今更割って入る余地など無く、自分が得ていたはずの賞賛・得るはずだった立場を奪われ、輝世螺の矜持(プライド)はズタズタに引き裂かれた。


 そしてとどめとばかりに東馬は最年少で天武八達に――御伽衆の頂点にまで駆け上がってしまう。このように、実力的にも立場的にも輝世螺は東馬の後塵の遙か後ろを拝し続けてきた。当の東馬が輝世螺を全く意識していないことも手伝い、輝世螺は東馬をずっと目の(かたき)にしている。


 もしも輝世螺がそこそこの優秀さで留まっていれば、自分と東馬を比較しようとは考えず、劣等感に苛まれることもなかったのかもしれない。


 しかし輝世螺は同世代と比べて明らかに抜きん出ており、辞退しなければ今大会の最年少出場者になっていた。そして出場したのなら優勝候補の中に入ってもいたはずだと、東馬だけでなく継道も認めている。

 皮肉なことに、その抜きん出た優秀さ故に東馬と己を比較することを止められず、さらに劣等感(コンプレックス)を拗らせるという悪循環に陥っている。そんな輝世螺が、東馬が監督役を務める大会に出場したいと思うはずがない。



「天見の御隠居が私に辛く当たったのも、嫡子殿のことがあってでしょうか?」

「関係ないとは言えぬが、外様への抵抗感の方が強いであろうな。……まったく、高すぎる矜持も考えものよ」

「四十年前に()()()()皇家を今の状態にまで建て直した立役者、なのですよね? 矜持の高さは無理もないかと」

「……あんなことをさせられても尚、お主はそう言えるのだな」

「私にとっては引きずるようなことではありませんので」



 確かに皇家での立場は悪くなったのだろう。最悪、鳳花の従者の任を解かれる羽目になるかもしれない。


 しかし東馬の戦う力が削がれた訳でもなければ全体席次を奪われた訳でもない。失った立場は今後の行動で取り戻していけばいい。取り戻せる可能性がある以上、落ち込んでいても時間の無駄になるだけだ。


 東馬が恐れているのはただ一つ。鳳花から必要とされなくなることだけなのだから。

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