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020.非難の矛先

「公平であるべき監督役なればこそ沈黙していたが、もはや座視できん。弁えろ篝青葉。臣下としての分を越えているぞ」



 鳳花の耳に届いた東馬の声は地を這うほどに低い。背中を向けられているため表情は窺えないが、怒りの感情がそこに浮かんでいることは疑いようがなかった。



「篝青葉、このような暴挙に至った理由の説明はあるのだろうな? 満身創痍の相手に上位中伝技など過剰以外の何ものでもない。その程度のことは貴方なら当然承知のはずだ」

「私の十八番(おはこ)を事も無げに掴むかぁ……まぁた差を付けられちゃったなぁ~……」

「質問に答えろ」

「はいはい。姫様が思った以上に私達討ち手を軽視していたので、ついついやり過ぎてしまったんですよ~っと。反省してますぅ」



 怒髪天を衝く勢いの東馬を前にしても、青葉は拗ねた子供のような態度を崩さない。


 御伽衆の席次で言えば東馬の方が上ではあるが、青葉は五大盟門の一つ篝家の令嬢であり、孤児の東馬とは家格が違う。上席への態度として不適当ではあるものの、不敬だと咎める人間はこの場には居ない。



「というか話が違うじゃんか東馬くん。大会前は私の好きにしていいって――」

「『黙れ』」



 神威が放たれる。御技の体を成していないただの力の放出。


 しかしそれだけで青葉は片膝を突かされる。「ぐぅっ!?」と苦悶の表情で地面に両手を突く姿は、まるで上から押さえつけられ無理矢理土下座させられているかのよう。


 感じ取れたのは濃密な神威の奔流。鳳花が視てとれたその強大さは、一瞬だけだというのに青葉の『稲光・白』を優に超えていた。



「皇家への反意があったとは思わない。貴方に姫様への隔意はあれど殺意はなかったと理解もしている。しかし理由はどうあれ個人的な感情から嫡子を玩弄(がんろう)するなど以ての外だ。今回は酌量の余地ありとして見逃すが、以後同じことがあれば然るべき処罰が下ると覚悟しろ」

「もう……し訳、ござい……ません……」



 鳳花が全霊を賭しても太刀打ちできなかった青葉が、東馬の一言によって呆気なく膝を屈している。


 それだけではない。先ほど青葉が放った『稲光・白』は中伝最速の槍技であり、その(はや)さは雷の速度に匹敵する。青葉の技に過失がなかったと仮定すれば、東馬は文字通り()()()()()()()()()ということになる。鳳花では目で追うこともできなかったというのに。


 御技の習熟だけでは説明できない入神(にゅうしん)の技量。御伽衆の上位八席がなぜ()()八達と呼ばれるのか、鳳花はその所以を垣間見た気がした。



「勝者を篝青葉とし、試合はここまでとする。両者ともに異論は?」

「いいえ」

「……ございません」



 青葉と、一拍遅れて鳳花が同意したことで勝敗は決した。


 これによって今日この日の試合は全て終了。後は観客に周知し、全員の闘技場からの退場を見届ければ大会初日は幕引きとなる予定だ。

 少なくとも大会の主催者である鳳花はそのように予定を組んだ。鳳花の心中でいかに強い嵐が吹き荒れていようとも、事前に組んだ予定は滞りなく遂行される。


 そのはずだった。



「しばし待たれよ第八席殿。貴殿に問わねばならないことがある」



 唐突に、鋭い声が闘技場の空気を裂いた。


 観客席を見上げると、禿頭(とくとう)の老爺が声と同じ鋭い目つきでこちらを見下ろしていた。


 東馬は体を向け、手を胸に当てて一礼した。


「お伺い致します、天見家の御隠居」

「では第八席殿、姫様の此度のご参加は天武八達の決定によるものだと聞いている。その内の一人がお主だということも含めて相違あるまいな?」

「仰せの通りでございます。私が姫様を参加者として認めました」

「では貴殿は何故(なにゆえ)に姫様の参加を認めたのか。口にするのも畏れ多いことだが、姫様は御伽衆に入って日が浅く、満足な経験を積んでおられるとは言えぬ。それはこの試合の結果が証明していると思うが、如何か」



 体がひとりでにびくりと震え、鳳花は体を抱きしめるように右手で左腕を掴んだ。


 東馬はちらりと鳳花の方に視線を投げかけてきたが、一度目を閉じると上からの視線を正面から受け止める。



「御隠居の仰せの通り、姫様のお力はこの場に立つにはまだ早かったのでしょう。私も否定は致しません」

「他の天武八達であればともかく、従者として仕えている貴殿が姫様の力量を把握しておらぬとは思えぬ。第一隊の任務で他隊の応援もしておるのだ、他隊の討ち手の力量も知っていよう。その上で改めて問おう、第八席殿。貴殿は何の意図があって姫様の参加を承認したのか」



 その質問は詰問と言い換えてもよかった。東馬を見下ろす天見家前当主の表情には友好の色は欠片もなく、また他の観客――皇家に仕える者達の多くも、大なり小なり似たような表情をしてこの状況を静観している。


 東馬は返答に迷ったのか、少しの間唇を閉じていた。無理もないだろう。鳳花が大会に参加したのは鳳花自身の意志であり、東馬はむしろ引き留めようとしていた側なのだから。


 そして天見家の前当主は東馬の迷いの隙を見逃さなかった。



「この大会は御伽衆にて特に力ある討ち手を知らしめる(ひのき)舞台(ぶたい)であり、参加資格を欲している討ち手は多く居る。その多くの者より優先した姫様がこの結果では依怙贔屓(えこひいき)(そし)りを免れ得まい。第八席殿、弁明があれば伺おう」

「……では畏れながら。今回の参加承認は欠場者が出たことで空いた枠へと行ったもの。一隊につき二人という原則がある以上、欠場者の属する第七隊が他の出場者を推挙するのが道理でした。しかし第七隊の津久葉(つくば)桂昌けいしょう隊長は他に三十席に相応しい討ち手の候補がいないとし、推挙を拒みました。この一連の経緯については御隠居も把握しておられるかと存じます」

「無論だ。欠場者とは他ならぬ我ら天見家の嫡子であり、我が孫なのだからな」

「第七隊から他の出場者を出せないのであれば他隊から選出する以外にない。ですが御隠居の仰られた通り、出場を希望する討ち手は他隊にも多い。欠場を知らされたのはつい先週のことであり、追加の人員一名を選ぶための折衝の時間がどうしても足りませんでした。そのため中立の立場である我ら第一隊所属の天武八達で、内々に追加人員を決定する運びとなりました」

「そこまでの流れに異論はない。だが私が聞きたいのは何故その際に姫様を選んだのかということだ。我が孫の代わりであるからには、我が孫に()する討ち手を選び、配するのが道理というものではないか?」

「仰せの通り、人選に誤りがあったと言われれば否定はできません。ですが姫様の出場は私だけでなく、天武八達の内第一隊に属する四名が合意して決定したこと。正誤はともかく、決して私の独断ではないことはご理解頂きたく思います」


 人選に問題はあったにせよ、そこに至るまでの過程は規則に則ったもの。権力を傘にきた行動は何もしていない、と東馬は釈明する。

 しかし天見家の前当主の顔から険が抜ける気配はまるでない。



「確かに貴殿の独断ではないのだろう。しかし疑問の余地は未だ残る。すなわち、出場候補者として最初に姫様の名を挙げたのは一体誰なのか、という疑問がな」

「…………」

「推挙者が貴殿であることはその表情を見れば明らかだ。さて第八席殿、貴殿は何故姫様を推挙した? まさか本当に姫様がお勝ちになれると考え、このようなお労しい結果を招いたのではあるまいな?」



 表情の険しさはそのままに、天見の前当主の唇は勝ち誇るようにわずかにつり上がっていた。


 反対に鳳花は唇を噛む。天見家嫡子の欠場に端を発した鳳花の不自然な参加。天見家の前当主ともあろうものがそこまでに辿った経緯を知らないはずがない。

 元からこの状況に追い込むことが狙いだったのだろう。東馬に弁明の機会を与えた上で、反論の逃げ道を塞いで晒し者にする。東馬を今の立場から追い落とす材料にするために。


 企みに気付いてしまえば黙っている気はない。鳳花は憤りと共に一歩前に踏み出した。



『お下がりください、姫様』



 瞬間、耳で音が弾けた。神威で圧縮され自分にしか聞こえない声。反射的に振り向くと、声の主は鳳花へ向けてゆるゆると首を振っていた。



『出しゃばっても東馬くんの立場が悪くなるだけです。この場は堪えて下さい』



 再び聞こえた声に、鳳花はつい青葉を睨みそうになった。


 寸でのところで抑えたのは試合中に語られた話の影響だが、鳳花の憤りを止めたのは青葉の次の言葉だった。



『これが貴方様の行動が招いた結果です。受け止めて下さい』



 冷や水を浴びせられたかのようだった。熱した頭が急速に冷えていき、鳳花は自分の体を動かせなくなった。



「さあ、お答え頂こう第八席殿。姫様を推挙した貴殿の意図は奈辺にあったのか」

「……姫様に貴重なご経験を積んで頂きたく思い、この場に推挙致しました」

「その姫様を思う心掛け自体は買おう。しかし試合の内容を(かんが)みるに早まった行いであったことに異論の余地はあるまい。この結果を招いた貴殿の浅慮によって姫様はお傷付きになられ、有望な他の討ち手が日を見る機会を奪ったのだ。謝罪の一つでもあるのが当然ではないか?」



 鳳花を置いてけぼりに東馬を取り巻く状況は悪化していき、とうとう「そうだ!」と御隠居以外で賛同の声が上がり始める。東馬がついた“嘘”を聞いてようやく体が動いたものの、それでも鳳花は足を前に踏み出せなかった。


 東馬は鳳花によって推薦を無理強いされたと弁解することもできた。事実その通りなのだから、東馬がそう弁解していたら鳳花は迷いなく肯定しただろう。

 それなのに東馬は嘘をついて鳳花をかばった。その意図が分からないほど鳳花は貴族家の姫として愚鈍ではない。


 ――次期当主が我儘を言って惨めな戦いぶりを晒したという真実と、従者の依怙贔屓な推薦で負けを晒してしまったという嘘とで、次期当主への印象がマシになるのは一体どちらか。


 答えは考えるまでもない。東馬は自分の立場が悪くなることと引き換えに鳳花の名誉を守った。己の自尊心も、言ってしまえば鳳花の矜持さえも無視して、鳳花の今後の()()を東馬は守ったのだ。


 それが分かってしまったから鳳花は、


 東馬が両膝を曲げて地面に突き、

 両の手のひらを地面に触れさせて、

 その顔を地面へと向けるまで、


 茫然とただ見届けるしかなかった。



「私の浅慮でこのような事態を招いてしまったこと、誠に申し訳ございません」



 皇家屈指の戦士が観衆の面前で土下座をさせられている。


 その光景を痛ましいと感じる者は、確かにいた。


 一方でその醜態に満足感を覚える者はさらに多くいた。皇下十六門が受け継いできた研鑽を嘲笑うかのように瞬く間に御伽衆の頂点へと駆け上がった男への、率直な妬みの感情がそこにあった。

 しかし、



「何を見当違いのことをしておる。貴殿が詫びるべきは私達ではないだろう?」



 五大盟門の一角である天見家の、かつて神童と謳われた孫の地位を奪われた、前当主の胸に積み重なった怒りはこの程度で収まらない。


 東馬に注がれていた前当主の視線が鳳花へと移動する。

 まさか、と鳳花の胸中に氷柱が突き刺さる。

 同じように察したのか、東馬は地面に膝を突いたまま鳳花を振り返った。


 二人の視線がぶつかり合う。一拍の間を置いてから東馬は困ったように笑い、そして鳳花へと向き直った。


 もう耐えられなかった。自分の行いで自分が責められるのはいい。間違っていたのなら叱責など甘んじて受け入れる。


 けれど何の落ち度もない人が――それも鳳花が誰よりも大切に想っている人が、自分のせいで自分に土下座を強要されるなど許せるはずがない。許していいはずがない。


 鳳花は感情の赴くまま口を開こうとした。


 それを止めたのは青葉ではなかった。東馬でも、継道でもなかった。

 それどころか、皇家の人間ですらなかった。



「醜いな」



 取り立てて大きくはなかったが、ざわめき立つ闘技場の中でさえその声はよく響いた。

 ただ一言で、音としてはたったの五つ。しかしその五音は決して無視を許さない存在感を内包していた。


 熱に浮かされていた闘技場が静まり返る。東馬を非難していた者達は険しい表情を凍り付かせ、冷や水を浴びせた張本人を――大陸屈指の尊き御方を仰ぎ見た。


 観客席の最上段中央部に座るその人物は、会場中の視線を浴びながらも脚を組んで悠然と座っていた。

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