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002.討滅の試し

 この世には『霊獣(れいじゅう)』と呼ばれる災害が存在している。


 生殖活動の末に生まれ落ちる生物とは異なり、その獣たちは条件が満たされることで形を成して現れる。ありとあらゆる生物の形を取る霊獣たちは、逸話・伝承・神話における怪物のモデルとも伝えられており、伝説以上の力でを人の世を(おびや)かしている。

 加えて、霊獣たちは通常の物理的手段で倒すことができない。剣や銃で血肉を削ることはできるが、その傷は時を待たずに修復してしまう。また、仮にその体を肉片一つ残さず消失させることができたとしても、時が経てば再び形を取って力を取り戻してしまうのだ。


 現在判明している霊獣を討滅する方法は、とある一族が持つ超常の力――『神威(かむい)』によって、霊獣の心臓部である『霊核(れいかく)』を砕くこと。

 そしてその神威を持ち、霊獣を討滅する役目を受け継ぐ一族こそが、(すめらぎ)

 (すめらぎ)鳳花(おうか)が樹海へと足を踏み入れたのも、一族の次期当主として、まさにその霊獣を討滅するためだった。



『霊獣を確認しました。姫様、ご準備はよろしいでしょうか?』



 無線から聞こえてくるのは見知っている家人の声。今回が初めての霊獣討滅となる鳳花が、今後も霊獣討滅に参加できるかどうかを見極めるため、当主である父が派遣した監督役のものだ。

 彼一人だけではない。視線こそ感じ取れないが、多くの家人が鳳花の一挙手一投足を注視している。皇家の霊獣討滅部隊――『御伽衆(おとぎしゅう)』に所属する精鋭達。一騎当千を誇る強者(つわもの)達が、次期当主たる者を見定めるために目を鋭利にして見守っているのだ。


 いずれ彼らを率いる者として無様を晒すことは許されない。彼らが誇れる主君となるためにも、この討滅は必ず成功させてみせる。

 そんな静かな決意を込めて、鳳花は無線へと言葉を返した。



「はい。こちらも対象を視認しました、いつでも大丈夫です。また、対象がこちらに気付いている様子もありません」

『私の方も同意見です。さすがは姫様、見事な『歩法(ほほう)』のお手並みです』

「世辞は結構。――では、対象の討滅に移ります」

『了解しました。これより討滅の試しを開始します。では姫様、ご武運を』



 そうして、ぶつりと無線が切れた。

 訪れるのは静寂と孤独感。多くの味方が見守っていると分かってはいるが、それでも体を不安が覆う。

 事情を知る第三者がこの場にいれば、無理もないと鳳花を慰めたことだろう。戦うのは鳳花一人。初陣でありながら助けはない。そして、行うのは正真正銘の命の奪い合い。


 黒の手袋をはめた手は震え、戦闘装束が汗で濡れる。呼吸は浅くなり、ツバを飲み込んで喉が鳴る。 

 逃げてはいけない、と鳳花は己に言い聞かせる。霊獣討滅は古き時代から受け継いできた一族の使命。次期当主と見込まれている自分が、この程度の敵を相手に逃げ帰る訳にはいかないのだ。


 そして何より、と考えた時、鳳花の脳裏に浮かんだのは幼馴染の顔。幼い頃から自分に仕え、曇りのない忠誠を捧げてくれている自慢の従者。

 彼は過酷な修行の末に三年も前にこの試しを超え、御伽衆の一員に名を連ねていた。ならば彼の主である自分が、この程度の試練をくぐり抜けられぬはずがない。

 ……気付けば震えは収まっていた。汗の伝う顔で笑みを浮かべ、刀を抜き放ち、力を溜めるように腰を落とし――鳳花はその場から走り出す。


 木々が生い茂る樹海の中は天然の障害物で溢れている。真っ直ぐに走ることさえままならず、鳳花は木々を躱し、草を踏み潰しながら、可能な限り速度を緩めずに走り続けるしかない。

 静けさで満ちる森の中でそんなことをすれば、本来ならすぐに接近に気付かれる。しかしその疾走に音はなく、標的は鳳花に気付くことなく暢気に空を見上げている。


 標的の霊獣は狼の姿を取っていた。体の輪郭、毛や肌の色だけであれば、普通の狼と変わらないように見える。

 しかしその大きさだけは、はっきりと異常だった。胴体は鳳花の身長ほどの太さがあり、目は人の頭と同じくらい。そしてその口は人間を一呑みにできるほどの大きさと、胴体を貫通してなお余りある禍々しき牙を備えていた。


 一般人であれば、その巨体を姿を目にしただけで腰を抜かすことだろう。しかし鳳花は減速すらしないまま走り続ける。そして互いの間を遮る物が何もなくなった時――鳳花の体は距離さえも飛ばし、一瞬で狼の目前へと姿を現す。



「ハッ!!」



 気合一閃。


 大上段から下段まで、渾身の力で刀を振り抜く。朝焼け色に淡く輝く刀身が巨狼の首を深々と斬り裂き、一拍を置いて巨狼の叫びが轟いた。


 ――皇の一族は永きに渡る歴史の中で、自らの内にある神威を扱う術を磨き続けてきた。より(つよ)く、より速く、より効率的に霊獣を討滅するために。そうして身に付けた技術を体系化し、研ぎ澄ませながら受け継いできた。

 それこそが『御技(みわざ)』。音の生じない走り、距離を飛び越えての移動法、そして巨狼の胴体を斬り裂いた剣技こそ、その一端に他ならない。


 若くして『中伝』と認められた鳳花にとって、ここまで使用した技は骨身に染みたものばかり。いかに初めての実戦であろうとも技の冴えに曇りはない。

 だがしかし、刀を振り抜いた鳳花の表情には雲がかかる。追撃を諦め、地面を蹴って距離を取った。



「……まさか、ここまで堅いとは」



 柄を握りしめる手に力が入る。その手に感じた手応えは期待した感触とはかけ離れていた。


 巨狼に振り下ろした一太刀は本来ならそのまま首を両断するはずだった。首の直径は刀身の倍近い太さがあったが、御技が不足なく通じていれば余った部分すら斬り分けていた。

 ただ、それだけであれば距離を取る必要はなかった。普通の動物であれば首の半分を切断した時点で十分な致命傷となるのだから。


 鳳花がすぐに離れたのは、霊獣の生態が骨と血肉を持つ生物のそれとはかけ離れているが故。

 果たして鳳花の懸念通り、巨狼の首は瞬く間に接合し、鳳花の攻撃などなかったかのように健常な体を取り戻した。それどころか血の一滴すら流すことなく、地面を踏みしめる四肢にも首を切られた影響は見られない。



「行うは難し、とは言いますが……」



 巨狼を注視したまま独り言ちる。鳳花は文献や伝聞に頼るだけでなく、これまで何度か霊獣討滅に同行することで霊獣の生態や行動、特性を見聞してきた。そうして吸収してきた知識の中には、今目の前で起きた「霊獣は、霊核に届かない外傷では心身の疲労は起こりえない」という霊獣独自の特性も含まれている。

 その特性が厄介だというのは理解していたつもりだったが、体感したからこそ、その理解は浅かったのだと痛感する。大きく堅い体躯の巨狼に、疲労を感じないという組み合わせ。それはまさしく鬼が金棒を持つが如し。


 だが――倒せない訳ではない。


 霊獣を討ち滅ぼすために皇の一族は御技を磨き続けてきた。鳳花が今ここに生きていることそのものが、この理不尽を打ち破れることを証明している。

 受け継いだ技と、技を身に付けた己を信じて、鳳花は弓の弦を絞るように刀を持つ手を後ろに引く。


 用いるのは攻撃の御技――『撃法(げきほう)』。中・遠距離を想定した初伝の一。

 すなわち。



「撃法初伝――『稲光いなびかり』!」



 突き出された刀から放たれる一条の閃光。それは矢の如き速さで巨狼に迫り、回避の暇もなく巨体を貫く。



『グルルゥゥォオォォッ!?』



 樹海に木霊する苦悶の叫び。傷を負ったのは胴体の一部なれど、苦痛の感情は首を断たれた時よりもはっきりと濃い。それは体だけでなく、霊獣の存在の源である霊核をも傷つけられたからに他ならない。

 もちろんこれは偶然ではなかった。何の成果も上げなかったように映った先の攻撃で、鳳花は神威によって霊核の位置を感じ取っていた。


 そして鳳花はこの隙を逃さない。移動の御技――『歩法』によって、瞬時に巨狼へと肉薄する。

 神威の込められた脇構えの刀を渾身の力で逆袈裟に振り抜く。巨狼の堅さを把握した今、この撃法によって勝敗は決した――と思われた。


 しかし鳳花の刀が斬ったのは胴体ではなく、巨狼の尻尾。

 直後に目の前の地面が爆発する。



「くっ……!?」



 鳳花は顔をしかめながらも瞬時に状況を把握した。巨狼は鳳花の刀が当たる直前に地面を蹴り、寸でのところで致命傷を避けたのだ。そして普通の意味での痛覚を持たない霊獣は、尻尾を斬られたところで動きに支障は生じない。

 巨狼は速度を保ったまま鳳花の背後へと突進する。この時鳳花は紛れもなく巨狼の姿を見失っていた。故に、この突進も避けることはできなかった。


 しかし“防ぐこと”は可能だった。



『ギャルゥアッ!?』



 再び木霊する巨狼の叫び。鳳花へ突進していた巨狼は猛烈な勢いのまま弾き飛ばされ宙を舞う。その目に映ったのは、鳳花を護るように囲んでいる半透明な壁。

 守りの御技『護法(ごほう)』の初伝――『(あけぼの)』。神威によって紡がれた薄壁は、見た目に反した堅牢さで討ち手への攻撃を弾き返す。


 そして巨狼の動きが止まった隙を鳳花は逃さない。即座に護法を解除し、刀を構えて飛びかかる。

 しかし巨狼の反応も早かった。壁への激突は戸惑いと隙を作りはしたが、霊獣へ痛みを与えるものではない。よって巨狼の次の行動によどみはなく、鳳花を迎え撃つように地面を蹴る。


 瞬間、両者は空中で交差した。刀を振り上げたままの鳳花は巨狼の迎撃に対応できず、巨狼の牙は鳳花の細い体を噛み砕いた。



 ――それが錯覚だと巨狼が気付いた時、巨狼の体は上から落ちてきた『稲光』によって刺し貫かれ、地面へと縫い止められていた。



 今度こそ、巨狼は己の存在を揺るがす激痛により悲鳴を上げる。

 なぜ、なぜ、なぜ――巨狼の思考は疑問によって埋め尽くされるが、その問いが鳳花に届くことも、鳳花がその問いに答えることもない。


 『(かげ)うつし』――己の姿を投影する身代わりの護法によって騙されたと教えられることも、当然ない。


 対象から自由を奪い、霊核の位置も特定している。ならば半端な小技はもう要らない。撃法にて霊核を壊し、その命脈を断ち斬るのみ。


 地面に着地した鳳花の手で、刀が神威を注がれ唸りを上げる。神威で覆った左手を鞘に、鞘走った刀身は炎を纏う。



「撃法中伝――」



 それは炎熱を刃に変えて放つ居合いの斬撃。守りごと敵を焼き斬る緋の一閃。



「『ほむら一文字いちもんじ』!」



 刀から放たれるは刃を象った神威の炎。振るわれた一撃はその名の通り、巨狼の体を一の文字にて両断する。



『ーーーーッーー! ーーーー!』



 頭部に胴体そして尾を、霊核ごと二つに分かたれた巨狼は、声すら上げられず絶命する。

 一拍の後、巨狼の形を取っていた霊獣は霞となって消え去った。


 残ったのは鳳花と、踏み荒らされめくれ上がった地面や草花。強大な怪物など元からいなかったかのように、樹海は静寂を取り戻していく。



 ――討滅完遂。鳳花は初陣を勝利で終えた。

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