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019.矜持の差

3日連続投稿の3話目になります。

 葦原大陸北部中央に位置し、十の街を呑み込むほどの広大な面積に跨がる大峡谷。その名を『黄泉(よもつ)迷峡谷(めいきょうこく)』という。


 神話にて語られる現世と冥界を繋ぐ地、黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)。その名を冠するこの峡谷は、神話の時代において実際に冥界へと通ずる道があったとも、逆にその所以となった場所だとも囁かれている。

 迷信のような話ではあるが、近くに住む住民には「もしかしたら」という思いを持つ者も数多くいる。それほどまでにこの峡谷は大きく深く、そして険しい。


 もっとも皇家にとって峡谷の由来など興味の外。皇家がこの峡谷を特別視しているのは、領内に抱えている霊峰『高天山脈』に次ぐ大陸第二の霊脈結節点であり、さらに言えば三百年前に『い』級の一が出現した場所でもあるためだ。


 皇家の歴史上『い』級霊獣はそれなりの数出現しているが、『い』級の一が出現したという記録は二千年間で三体のみ。最後の一体が出現したのがこの黄泉迷峡谷であり、その出現の影響と大陸第二の霊脈結節点という要素が絡まったことで、他の地に比べて霊獣発生率及び霊獣発生速度が倍以上という魔境と化した。


 王家は黄泉迷峡谷を侵入禁止特別区域に指定し、皇家に管理を任せることとしたが、討ち手達の力を以てしても彼の地の霊獣出現を完全に抑え込むことはできなかった。皇家はその隔絶した霊獣出現の早さから、御伽衆本来の役目である『霊獣発生の予防』は難しいと判断。次善の策として『霊獣を即時鎮圧する』専門の部隊を創設し、峡谷周辺の防備に当たらせることにした。


 それこそが第三北方霊域鎮圧隊。討ち手の中でも戦闘に特化した者が集った修羅の部隊であり、青葉はその第三隊へ御伽衆入りと同時に配属となった。


 当時の青葉は討滅の試しを終えたばかりの新米の討ち手。一方の第三隊は全八部隊中最も死傷率が高いということもあって、その配置には人材の浪費を良しとしない皇家らしからぬ決定だと声を上げる者もいた。


 しかし青葉はその第三隊の中で四年間生き抜き、そして第五席という確かな地位を築いて見せた。


 その事実が示すのは、青葉という討ち手は第三隊の過酷な役割を果たすことができると認められるほどの、確かな実力と精神性を兼ね備えていたのだということ。そして四年の間で新米の殻を破り、練達の討ち手へと成長を遂げたということ。


 故にぬるま湯の戦いを半年していただけの箱入り娘が勝てる道理などなく。


 そこから始まった戦いは最早勝負の体を成していなかった。



「撃法中伝――『山岳(やまだけ)』」



 槍の石突きが地面を叩く。青葉から発せられた神威は槍を伝い、そのまま地面へと流れ込んだ。

 変化は瞬く間に表れる。一瞬の振動の後、鳳花の立っている地面が()()()()()()


 中伝技の中でも上位に位置する撃法、『山岳』。土壁という大質量を以て落ちてくる敵を迎撃するのが本来の使い方だが、高さと面積、そして勢いを変えることで様々な場面に応用が利く。

 例えばこのように、立っている相手を上空へと放り上げることも。



「しまっ……!」

「――た、と思うなら護法の一つでも使っていてくださいよ」



 目前に、逆さになった青葉の顔があった。


 鳳花は反射的に刀を振るったが、刃が斬ったのは青葉の残像。

 どこに、と思う間もなく襲ってきたのは足首を掴まれる感触。反応すらできないまま鳳花は闘技場の壁へと投げ飛ばされる。


 定まらない視界の中で青葉が宙を蹴ってこちらへと迫るのが見え、咄嗟に鳳花が選択したのは中伝の護法。



「『角壁(かくへき)』っ!」



 突き出した刀を中心に鳳花の前方を覆うように広がる円錐形の壁。迎撃だけでなく突進攻撃にも使える攻防一体の中伝技だ。

 咄嗟に繰り出したとはいえ中伝の御技。それも付媒介とあって堅さは十分。円錐の形状によって受け止めた力は分散されるため、これで急場は凌げた――はずだった。



「それで防げるとお思いで?」



 『角壁』の突端と槍の切っ先が衝突する。拮抗は一瞬だけ。槍は厚紙を貫くようにあっさりと護法の壁に穴を開けた。


 驚きが生じるよりも早く鳳花は蹴り飛ばされ、壁へと叩き付けられる。思考に空白が挟まっていたわずかな間で青葉はすぐ目の前へと接近しており、鳳花は歩法で即座に距離を取ろうとする。



「なっ……!?」



 しかし移動した先にはすでに青葉が待ち構えていた。歩法を使ったのは鳳花の方が先だったというのに。


 ただ、青葉は自分から仕掛けようとはしなかった。感情の窺えない表情で鳳花を見つめていたかと思えば、左手を持ち上げてくいくいとこちらを手招きする。

 それはあたかも「待っていてあげるからおいで」とでも言っているかのよう。完全に対等の相手ではなく子供として扱われていることに、鳳花は頭が熱くなったのを感じた。



「舐めるなぁっ!」

「それはこちらの台詞ですよ」



 二人の間で神威が弾ける。鳳花の撃法と青葉の護法がぶつかり合い、鎬を削り――しかし均衡は崩れない。

 青葉の神威は鳳花の神威を受け止め続ける。護法の壁は厚みに比例しない堅牢さで術者を守り、そして鳳花はその守りを貫くことができない。護法の壁は媒介となるものを何も用いていないというのに。


 撃法は通じず、護法は破られ、歩法の格は如実に異なる。


 皇鳳花の力は篝青葉には及ばない。それを、言い訳の発生する余地を一片も残さず、完膚なきまでに叩き付けられる。


 しかし青葉の怒りが収まるのはまだ早い。



「姫様は仰いましたね。一勝くらいは当然だ、と。身の程を知らないが故の言葉だとは承知していましたが、あの言葉にどれだけ私が怒りを覚えたか分かりますか?」



 護法の壁を挟んだ目と鼻の先から、射貫くような青葉の視線が突き刺さった。


 咄嗟に身を引いても青葉は追ってこない。言葉だけが二人の間を行き来する。



「確かに私はお前を侮っていたのかもしれません。ですが私は次期当主として――」

「――またそれですか」



 ガン、と槍の石突きが地面を抉る。響く声音に感情が満ちる。



「次期当主として、次期当主として。……ええ、確かに姫様は皇の嫡子。皇家の次代を担う尊き御方です。ですが今の姫様がその言葉をいくら紡ごうと、私には石鹸の泡(シャボン玉)のように軽く中身のない言葉にしか聞こえません」

「……どういう意味ですか」

「貴方様の言葉には()()がない。言うなれば憧れている物語の主人公の言葉を額面通りなぞっただけ。その言葉を口にするまでの背景はもちろん、理由までもがすっぽりと抜け落ちている」

「私が借り物の言葉を口にしていると言いたいのですか?」

「それ以外の言葉に聞こえたのでしょうか? ……この際ですのではっきり申し上げましょう。姫様は耳通りの良い言葉を口にすることで、重責を担っているという()()()()()()()だけです」

「っ……黙りなさい!」



 遮るように火炎の刃が青葉へ放たれる。鳳花が最も頼りにする撃法、『焔・一文字』。霊獣さえも一刀の下に両断する中伝の技。

 それを槍の一振りでこともなげに弾いてみせて、なおも青葉は言葉を重ねる。



「皆の東馬くんへの非難を見苦しいと仰いましたね? 確かに立場や身分を理由にした非難については同意します。東馬くんに敵う実力がないのに文句を言うなとも仰っていましたね? ええ、実力が及んでいない者のそれが負け犬の遠吠えにしか聞こえないのも理解はできます」



 ですが、と青葉は槍で風を切る。撃法でも何でもない、ただ槍を振っただけ。

 それだけなのに、離れた場所にいる鳳花の髪が風圧で(なび)いた。



「見苦しい非難の背景を姫様は考えたことはありますか? 遠吠えを吐き出す討ち手の表情の訳を考えておられますか? ……いえ、栓のない問いでしたね。もしもお考えになられていたのなら、あのような身の程を知らない大言を軽々(けいけい)に仰られはしなかったはずですから」

「…………」

「石動東馬という男は紛れもない傑物です。齢十六にして、奥伝位を授かるだけでなく天武八達にまで登り詰めた。霊獣討滅能力だけでなく護衛としても従者としても、次期当主の傍に侍るに足る能力と識見を持っている。忠誠心の高さは語るまでもないでしょう。姫様個人に限れば家中の誰よりも確固なのかもしれない」



 そう、皇家の家臣としてこれほど理想的な人間もおらず、鳳花が贔屓してしまうのも無理はない。ましてや恋心を抱いてもいるのだから、余計な口出しを(いと)う気持ちも生じてしまう。


 恋によって盲目になっていたと言えばそれだけだろう。しかし。



「ここで改めて問いましょう、姫様。東馬くんよりも能力が劣り、忠誠心も低い討ち手は、次代の皇家にとって不要な存在なのでしょうか?」



 次期当主を名乗る人間が、その盲目に()()()()()()のはいかがなものか。



「私に限った話ではありません。奥伝位に至っておらず、単独討滅できるのは『は』級霊獣までで、非番の日くらいは姫様のお世話よりも趣味を優先する。そんな討ち手は、姫様は自分の代では不要だとお思いですか?」

「そ……そんな訳ないでしょう! どうしてそんな極端な話に――」

「その極端な話になっていなければ、私達に勝てるなどという発言は出てこないはずです」



 確かに九割以上の討ち手は東馬よりも弱い。それは事実だ。


 しかし御伽衆の討ち手は()()()()()()()()。相対的に弱い者がいたとしても、()()()()()()では強者しかいない。


 加えてこの大会に参加しているのはその強者達の中でも指折りの者。『豊葦原大陸の人間の中で三十人目に強い』と可能性を見込まれた精鋭達だ。


 そんな精鋭達を相手に、御伽衆入りしてたった半年の新入りが勝算を語るのだ。それも目立った戦果を立てぬままに。


 これが侮辱でなくて何であろうか。誇りと矜持のある討ち手ほど激しい憤りを覚えるに違いない。



「東馬くんだけでなく私達のことも見ていたのなら、私達の力量も理解できていたはずです。霊獣討滅能力が東馬くんに及ばないとしても、私達も御伽衆の一員であり、姫様が頼ることのできる討ち手なのだと、ちゃんとご承知になられていたはずです」



 そして普段は奔放な振る舞いに隠れているが、忘れてはならない。


 鳳花の目の前に立つ女性が、七百年以上の歳月を皇家と共に歩んだ五大盟門の人間だということを。



「ですが私が何よりも許せないのは、よりにもよって嫡子の姫様が、私達のことを信頼できないと評したことです。貴方様は新参者への嫉妬と非難をただ見苦しいと断じ、その背景を知ろうともしていない。なぜ我ら皇下十六門が今に至るまで()()()()()()()()()()()()()のか、考えたことすらない」



 怒りというのは強い感情だが、強い感情というのは長続きしない。焚き火が薪を燃やし尽くせば消えてしまうように、やがては下火になり他の感情に埋もれていく。

 それが自然。それが道理だ。


 しかし仮に燃やし尽くすことができないほどの薪が――大きく重い確固とした理由があるのだとすれば、その怒りは下火にはならず、煌々と燃え続けてしまえるのかもしれない。


 皇下十六門が皇家に仕え続けてきたのは霊獣から世と人々の安寧を守るため。そしてその役目を自らに課す皇家を尊敬し、支えたいと思ったが故。だからこそ皇家の討ち手達は命を懸けて戦ってきた。


 ただし当たり前すぎて忘れがちだが、そもそも()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 霊獣討滅は常に命の危険を孕んでいる。戦う力のない常人からすれば討ち手達、ひいては皇下十六門の人々は自殺志願者の集団と変わらない。事実、三百年前まで一年を通して一人も戦死者が出なかった年はなく、その後の三百年間も戦死者が出ない年は五年に一度程度の状況が続いている。

 三百年前までもその後も、新しい家が(おこ)っては(すた)れ、招いては離れていった。忠誠を誓ったはずの討ち手が家系の断絶に血涙を流し、皇家への呪詛を唱えて死んでいった例さえ存在する。


 だからこそ、残り続けてきた家には“皇家を支え続けてきた”という自負がある。

 討ち手となった人間には“霊獣と戦い続けてきた”自家への誇りがある。

 そして、二千年以上の永きに渡って世を守ってきた皇家への敬愛がある。


 いわんや五大盟門と謳われる家の者であれば、その自負は『い』級霊獣を前にしても砕けることはなく、その誇りは高天山脈よりもなお高い。


 だというのに、次代の主が頼りにするのは自分達でなく、拾った孤児。


 その優秀さ故に贔屓(ひいき)するのは百歩譲って良しとしよう。

 しかし贔屓する理由が()()()()()()()()()()ためだと(のたま)うのは許容できない。皇下十六門が流してきた血は、五大盟門が仕え続けてきた歳月は、断じて軽いものではないのだから。


 槍を振り上げた青葉が一瞬で鳳花の前に現れる。振り下ろされた槍を何とか受け止めたものの、至近距離から己を見つめる瞳に鳳花は喘ぐ。



「……我らを見ず、知ろうともしない貴方様に、誠に僭越ながら申し上げましょう」



 歩んだ歴史。

 抱いた誇り。

 共に戦う仲間への信頼。


 受け継いだものは同じはずなのに、二人の背に乗る重みは違う。


 その差を生じさせているのが無知と偏見が故ならば――



「――御伽衆(われら)を舐めるな、ひよっこが」



 鳳花に残るちっぽけな矜持ごと、青葉は槍の一振りで砕き飛ばす。


 転がりつつも何とか立ち上がった鳳花が見たのは、青葉の右腕から槍へと注がれる莫大な神威と、槍から溢れて空気を刻む放電とその音。



御身(おんみ)を脅かすつもりはございませんが、死にたくなければ歩法ではなく護法の使用をお勧めします」



 青葉の左足が地を踏み抜く。野を駆ける獣のように身を屈ませ、渾身の右腕で空を切る。


 ――それは初伝技『稲光』の派生形。連射性能を高めた『稲光・乱』とは異なる進化。



「撃法中伝――」



 溢れる力を一つに束ね、敵を貫く威力のみを高めた、中伝最速・最鋭(さいえい)槍技(そうぎ)


 雷光の如き光と熱を蓄えて、若き英才は己が真髄を開帳する。



「――『稲光(いなびかり)(びゃく)』!」



 閃光が走る。


 風切る音さえ置き去りに、敵を穿(うが)たんと雷槍が()ぶ。


 迫り来る恐怖は逃げることも、身を守ることさえ鳳花の頭に浮かぶことを許さず、鳳花は思わず目を瞑った。


 しかしその槍が何かを貫くことはなかった。



「そこまでだ」



 白光が消え、制止の声が闘技場に響く。槍が何かを刺し貫く音は響かない。


 瞼を開けた鳳花の目に映ったのは、雷槍を掴んで立ちはだかる東馬の大きな背中だった。

この話は投稿当初からとても書きたい部分でした。

この話についてのご意見・ご感想等や評価ポイントをいただければ嬉しく思います。

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