018.実力の差
3日連続投稿の2話目になります。
また今話と次話はガッツリ戦闘シーンです。
闘技場に二人が姿を現した時、東馬は思わず眉を寄せた。観客席から見る青葉の様子が開会前に分かれた時と明らかに違っていたためだ。
単に身に纏う空気が異なっているだけなら気に留めなかっただろう。しかし闘技場の中央へと進む青葉の横顔に、東馬は煮えたぎる感情の熱を幻視した。
その様子を例えるのなら噴火寸前の火山がぴったりだろう。今はまだ顔面ににこやかさを貼り付けているが、ふとした拍子に薄皮が破れて鬼のような形相が現れても不思議ではない。そんな印象だ。
開会式直前から今に至るまでに何かがあったのだろう。理由は分からないが、その怒りの矛先が鳳花に向かっているところを見るに何らかの鳳花の行動が青葉の逆鱗に触れたことは間違いない。
青葉に鳳花への諫言役を任せたのは東馬自身だ。人選を間違ったとは思わない。あの姉弟子ならば、何だかんだ言いつつもさじ加減を誤ることはないだろう。
――そんな信頼があったのだが、ここは止めるべきではないか、と東馬の脳裏に不安がよぎる。
しかし東馬の逡巡が終わるより早く、継道の試合開始を告げる声が闘技場中に響き渡る。
そして一瞬の無音の後、重苦しい金属音が闘技場の空気を激しく揺らした。
※
先手を取ったのは鳳花だった。
「はあぁっ!!」
鳳花の刀と青葉の槍が、二人の間で火花を散らす。
刃が衝突したのは青葉の槍の柄に当たる部分。神威で強靱さを増した刀身と、同じく神威によって増強された鳳花の力があれば、そのまま槍を真っ二つに断ち切ることもできただろう。
しかし槍の持ち主もまた神威の使い手。同等以上に強化された槍はその底上げされた頑強さで鳳花の刀を防ぎきる。当然、鳳花の目前にある余裕の表情も崩れない。
鳳花は一旦後ろに下がると間を置かずに再び青葉へと肉薄する。その後も歩法を使って攻撃と離脱を繰り返し、ただただ青葉を攻め立てていく。
――青葉との対戦を知った時、鳳花は戦法を“攻めの一手”とすることに迷わず決めた。
理由はひとえに青葉の土俵に引きずり込まれるのを防ぐためだ。青葉の人を食った性格はよく知っているし、その性格が反映されたかのような戦い方もまた味わったことがある。
虚と実を交わらせ、時に話術までも使って相手を翻弄するやり口は悪辣の一言。まともに取り合ってしまえばいつ落とし穴にはめられるか分からない。
「おーおー激しいですねぇ姫様。そんなに焦らなくても私は逃げたりしませんよ?」
鳳花の打ち込みを受け止めながらもこのように青葉は言葉をかけてくる。それが何てことのない内容だとしても、応えてしまえばわずかでも主導権を握られることになる。そして青葉はその隙を逃すほど甘くなく、気付いた時にはいつの間にか土俵際へと追い詰められているのが今までパターンだった。
どうしてそうなってしまうのか。鳳花が考えるに、それは提示された選択肢を選ばされてしまっているからだ。
「ふっ!」
ぎぃん、と鈍い音が響く。鳳花が腕を振り抜くたびに刀と槍は衝突し、空気を揺らす。断続的に続く音の中に、しかし質問への応えは混ざらない。
やがて鳳花の狙いに気付いたのだろう、歩法で背後に回った鳳花の突きを躱すと、青葉は苦笑した顔をこちらに見せた。
「……なるほどねぇ。あくまで主導権を譲る気はない、ということですか」
鳳花はその確認にもやはり取り合わず、距離を取って次の御技を編み上げていく。
鳳花の取った戦法はいたって単純だ。攻めて攻めて攻め続け、向こうに付け入る隙を与えないというもの。
単純極まりない力業の戦法だ。しかしそれ故に穴は少なく、まだ御伽衆入りする前の東馬もかつてこの戦法で青葉から白星を奪っている。青葉の苦笑もその記憶を思い出したからかもしれない。
「ハァッ!」
上段から振り下ろした刀身から透明な刃が射出される。
――撃法初伝『一文字』。“属性変成”のされていない飛ぶ斬撃、『焔・一文字』の原型たる撃法だ。
距離を挟んでいたため、放たれた刃は呆気なく青葉に躱される。歩法を使える討ち手にとって、意味のある遠距離攻撃など光学兵器くらいしか当てはまらない。
しかしそれは元より織り込み済みだ。中伝技ではなくわざわざ威力の劣る初伝技を選んだのは何のためか。消費する神威が少ない技を選んだのは何のためか。
その答えが、絶え間なく青葉へと殺到する『一文字』の刃だ。
「はあぁぁぁっ!!」
呼気と神威を吐き出しながら、光の刃を撃って撃って撃ちまくる。同じく神威で強化された身体能力によって、秒間六に及ぶ斬撃が向きと角度を変えて青葉へと殺到する。
青葉は顔を引きつらせながらも巧みな体捌きと槍捌きで避けていたが、刃の数が五十を超えたところで体勢がわずかに崩れたのを鳳花の目は捉えた。
――ここだ!
地を踏みしめたまま鳳花の姿が消える。歩法中伝『替地』――視界に映る任意の地面と己の立つ地面を入れ替える移動技だ。
奥伝技『縮地』の下位互換だが、移動の速度において二つの技に優劣はない。鳳花は青葉の足下――あえて『一文字』を飛ばさなかった地面との隙間一尺に滑り込み、刀を振る――おうとした。
――刀の行く手を阻むように槍の石突きが眼前に突き立った。
明確な意図の込められた槍の動き。手の内は読んでいたと、その一動作が告げてくる。
しかし鳳花に驚きはない。そうだろうとは思っていた。
刀と槍が触れ合う直前、鳳花の姿がかき消える。次に姿が現れたのは青葉の背後、青葉からも『一文字』からも死角の位置だった。
己の行動を読んでいると相手を信じたからこその二段構え。
取った、と確信を持って無防備な背中に突きを放つ。
しかし、
「よっと」
「っ!?」
次の瞬間に“自分へと”向かってきた『一文字』の刃に確信は崩れ、驚愕がなだれ込む。
寸でのところで回避して距離を取ったが、鳳花の胸中から驚きが消えることはない。むしろ何が起こったのかを正確に把握していくにつれ、驚愕は恐れへと変化していく。
青葉がやったのは、自らに飛んでくる『一文字』の軌道をずらして背後にいた鳳花へと当てる、というもの。その芸当を成した技巧ももちろん驚愕に値するが、注目すべきはそこではない。
鳳花が信じられなかったのは、信じたくなかったのは、その芸当を、虚動を挟んだ上で背後を取った鳳花へ背を向けたまま、かつ飛んでくる他の『一文字』を捌きながら成し遂げたことだ。
鳳花の二段構えを見破るだけなら想定の範囲内だった。
『一文字』を捌ききった上で鳳花の奇襲を回避しただけならまだ納得できた。
しかし二段構えの奇襲を読んで対応した上で、『一文字』を逆に鳳花への返し技として利用。それら二つを、青葉はただ槍を二回振っただけで成し遂げて見せた。
そしてもう一つ付け加えれば、この間青葉は一度たりとも御技を使っていない。
これらが示すのは、両者の間にある絶対的な力の差。
技量でも読み合いでも、皇鳳花は篝青葉に及ばないという現実。
「驚くのは勝手ですけど、隙だらけですよ姫様?」
唇を震わせながらも青葉の姿を捉えていた鳳花の視界で、青葉の姿がブレた。
鳳花は反射的に刀を左に掲げた。これまでの鍛練で培った戦闘勘は鳳花を裏切らず、重い金属音が耳朶を震わせ、同じく重い圧力が細腕にのしかかる。
「ほらほら、これで終わりじゃないですからね?」
しかし青葉の姿がまたブレる。腕の重みが消えた直後、今度は鳳花の右側背から石突きが飛んでくる。
それを防いでも次は足元から、その次は上空から、そのまた次は背後から、そして時には離れたところからの投槍――。
いつしかその場から動けなくなった鳳花に向けて、青葉の笑い声が高らかに響く。
「あっははは! ほらほらほらほら、その調子じゃ私に一太刀いれることもできませんよぉ?」
必死になって攻撃を防ぎながら、鳳花の口腔で奥歯が軋む。自分への不甲斐なさももちろんあるが、最大の理由は“遊ばれている”ことが分かるからだ。先の自分の奇襲に完璧に対応しきった青葉の技量。その自分との差を考えれば、青葉が本気ならばとっくに鳳花は地に伏している。
そしてもう一つ絶望的で、かつ腹立たしい事実を述べれば、青葉は事ここに至っても一度も撃法を使っていない。
青葉が使っている御技は歩法のみ。それも初伝の技だけで『縮地』どころか『替地』すら使っていない。瞬間移動しているように見えるのも、武術的な意味での“歩法”を組み合わせて起こした錯覚だ。
さらに御技の伝位は二人とも中伝。つまり純粋な速度だけで言えば二人の間に差はないのだ。
それなのに鳳花はこうして防戦一方に追い込まれている。
「くっ!」
真っ正面から突進してくる青葉に、鳳花は歩法を用いて距離を取ろうとする。
しかし青葉は同じく歩法を使って再接近。振り下ろされる槍に、鳳花は反射的に護法を展開しようとするが――
「はい遅い」
槍が護法の壁へと触れる直前、青葉の姿が消え、次いで鳳花の脇腹に肘鉄が突き刺さる。無防備だった鳳花はそのまま弾き飛ばされ、無様に地面へと転がった。
追撃に備えて鳳花は急いで立ち上がる。しかし顔を上げた鳳花が目にしたのは、槍の切っ先を地面に向けたままこちらを見る、青葉の打って変わったつまらなさそうな表情だった。
「この場に立つからにはそれなりにやるのかと思いましたし、最初の連撃はちょっとだけヒヤリとしましたけど、蓋を開ければやっぱりでしたね。よくもまぁこの程度の実力で私に勝つとか言えたものです」
青葉はため息さえついてそう言った。次期当主への物言いとしては無礼以外の何物でもないが、しかし今の鳳花にその指摘をする余裕はなく、意識が向くのはその表情と口にされた内容だ。
「次期当主として期待外れだと言いたいのですね、お前は」
「誰もそんなことは宣ってませんけどね。……まぁ確かに? ご自分の今の実力も分かっていないご様子には期待外れと言いたくもなりますが」
「……確かにお前との実力差は認めましょう。ですが、私はまだ負けてはいません」
地面を転がりながら、それでも手放さなかった刀の切っ先を青葉に向ける。
「構えなさい、篝青葉。私はこのように五体満足。降参だってしていません。この試合、まだ決着が付いたと言うには早すぎるでしょう」
経験と技量に埋めがたい差があるのは認めなければならないだろう。
格というものがあるのならどちらが上かは明白だ。
しかし勝敗は実力差だけで着くものではない。格が絶対でもない。地べたを這おうとも無様と言われようとも、万に一つの可能性があれば挑まなければならない。それが皇家嫡子としての在り方だ。
しかし鳳花の精一杯の虚勢も、青葉にとっては風が吹けば飛ぶ程度でしかなく。
「……ほどほどで収めようと思いましたが気が変わりました。貴方様のその覚悟に対し、私は全力と侮蔑を以てお相手いたしましょう」
言葉と共に放たれた威圧は突風のようで、鳳花は思わず後退る。
しかし吐いた唾は飲み込めない。口に出した言葉は元に戻らない。
鳳花が蓋を開けてしまった鍋の中から、煮えたぎっていた赫怒が溢れ出す。
「改めて名乗りを上げましょう。私は篝家当主が息女にして御伽衆第三北方霊域鎮圧隊所属第五席、篝青葉」
それは秩序の維持を使命とする御伽衆にて“鎮圧”の任を与えられた唯一の部隊。
霊獣会敵率は他隊比でおよそ五倍。かつて『い』級の一が出現した大陸第二の霊脈結節点、『黄泉迷峡谷』を管轄する戦闘集団。
「討ち手として未だ至らぬ身ではございますが、これより次期当主様に現実というものをお教え致しましょう」
御伽衆加入四年目にして一番槍を拝命する俊英が、その全力を解放する。
次の更新は明日の17時の予定です。




