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014.認められるには

 東馬の一日はまず瞑想から始まる。

 窓を開け、座禅を組み、空気の流れる感触を通じて己と己以外を切り分ける。そうして浅く静かに呼吸を繰り返し、気を抜けばすぐにすり寄ってくる雑念を振り払い、外の世界を感じながら内なる己を見つめ直していく。


 精神の修養を終えた後は闘技場にて肉体の鍛練に入る。とはいえ体を苛め抜くような過酷な鍛練をすることはない。疲労によって護衛の役目を損なわないためというのもあるが、人意を習得した者にとって筋肉を育てることは運動能力の向上に直結しない。重い鉄塊を上げ下げするよりも人意と神威の練度を上げる方が建設的だ、というのが霊獣を相手にする討ち手達の共通認識なのだ。


 よって行うのは型の反復。皇家が古き時代より受け継ぎ洗練してきた武技を、一つ一つ敬意を持ってなぞり、体に染み込ませながら自分の体に合う力の使い方を探っていく。

 ただの反復と言うなかれ。技の動きを体に染み込ませているということは、それすなわち思考を介さない反射的な技の動作が可能になるということ。一瞬、いや半瞬の行動が生と死を分ける戦いの中で、それが持つ意味の大きさは語るまでもないだろう。


 この時には鳳花も東馬の隣で朝の鍛練に取り組んでいる。というより東馬が鳳花の鍛練に付き合っている面の方が大きく、東馬は鳳花への指導の合間を縫って己の鍛錬を行っていた。



「姫様、神威に意識を集中させすぎです。それでは御技を繰り出すことは出来ても効果的な攻撃には繋がりません」

「では……こうですか?」

「今度は神威の操作が疎かになってしまっていますね。姫様、集中しようという考えを捨てて下さい。集中は意識した途端に動作へ偏りを生じさせてしまいます。するのなら部分ではなく全体で。神威の操作と体の動き、どちらも合わせて一つの技として考え、目標へ技を繰り出すという考えでやってみてください」

「ではこうして……こう!」



 引き絞った矢を放つように、鳳花は木刀を前に突き出す。同時に、鳳花の木刀が通った空間を中心にして()()()槍が射出される。槍は闘技場の壁へと飛び、事前に東馬が展開していた護法の障壁で弾かれ消える。


 『稲光(いなびかり)(みだれ)』。初伝技『稲光』を連続射出する中伝の撃法。鳳花は今この技の練習に取り組むことで、媒介を使わない撃法の行使を身に付けようとしていた。


 東馬のように無媒介(むばいかい)で行使するのはまだ早いので、鳳花にはまず動きを省略することを目標にして練習させている。しかし想定していたよりも鳳花の飲み込みは早く、東馬の頬も自然と緩む。



「今のは良かったです。ではその感覚を忘れず、今度は意識せずともできるようにしてください。具体的には反復練習ですね」

「分かりました。が……無媒介での行使の練習は、まださせてくれないのですね」

「不満ですか?」

「ええ、まあ」

「まずは実戦で使用するに足る練度を身に付けることが優先です。無媒介行使にこだわった結果、霊獣に刺さりすらしない撃法になってしまっては本末転倒ですから」



 それに、と東馬は自分の木刀を同じように突き出し『稲光・乱』射出した。十を数える光の槍は鳳花よりも優れた練度と速さで飛び、闘技場の地面に突き刺さった後に消滅した。



「無媒介よりも付媒介(ふばいかい)で行使した方が威力が強いのは当然ですし、私もこちらの方が好みです。無媒介を使わなくて良い状況なら私は迷わず付媒介を選びますね」

「では王都に来た日に『ろ』級霊獣相手に無媒介で使ったのは?」

「あれは異能に向けたものですし、言ってしまえば牽制です。どんな練度の討ち手でもどんな種類の御技でも、展開速度以外で無媒介が付媒介の技に敵うことはありません。でなければ武器を使う技はすべからく(すた)れているはずですから」

「適材適所、ということでしょうか」

「その通りです。やはり姫様は飲み込みが早いですね」



 東馬は心からそう思って褒めたのだが、なぜか鳳花は目を逸らして唇を尖らせる。



「……どうかされました?」

「別に何も。……そろそろ朝食の時間ですし、後片付けして屋敷に戻りましょうか」

「……? はい、分かりました」



 何か勘に障るようなことを言っただろうか、と自らの言動を振り返ってみても心当たりはなく、東馬は釈然としない思いを抱えながら荒れた地面を整地していく。


 後片付けの最中、鳳花はずっと東馬に背を向けて無言を貫いていた。不機嫌という訳ではなく、何かを考え込んでいるだけというのは見ていて分かったのだが、東馬は奇妙な居心地の悪さを感じてしまう。


 こんな鳳花の様子を見るのは初めてではない。王都に来るより前――鳳花が討滅の試しを受ける前くらいから、こんな風に考え込む姿を見ることが多くなった。

 一体何について思い悩んでいるのか分からず、本人に聞いてもはぐらかされるばかり。臣下として過剰に踏み入るべきではないとも思い、あえて深く突っ込みはしていないのだが――



「…………」



 朝食が終わり、大学へ向かう車の中でもその様子が続くとなれば、さすがに何か粗相をしてしまったのかと思わずにはいられない。屋敷を出るまで都木子以下、他の家臣からの責めるような視線も痛かったので、東馬は何とか話題をひねり出そうとする。



「姫様。昨夜、来週にある挑戦権獲得会の出席者の最終確認が出来ました」



 その話題を選んだのは責任感の強い鳳花であれば無視しないだろう事柄だったからだが、この後の展開を考えるに、皮肉にも東馬は鳳花の地雷を的確に踏み抜いていた。


 鳳花は感情の読み取れない顔で東馬の方を振り向いた。



「そうですか。それで、参加者・観戦者に変更はありましたか?」

「それぞれ一名の欠席となりました。参加者からは第七隊の一名、観戦者は監督役としてお越しになる予定だった雪子様が欠席。そのため代わりの監督役として師匠(ししょう)がお越しになるとのことです」

「雪子先生の代わりに、千波(せんば)老師が……。先生が来られなくなった理由は?」

「それがどうやら、皆世様の(こと)の演奏会が被ってしまっていたのを忘れていらしたようで」

「……はあ。察するに、皆世から観に来てくれるか確認されて慌てて、といったところなのでしょうね……」



 あの方らしい、と鳳花は困ったように苦笑し、東馬もつられて笑みが浮ぶ。



 ――挑戦権獲得会。正式名は『第三十席挑戦権獲得会』。その名の通り、御伽衆全体席次の第三十席に挑む権利を賭けて開かれる、年に一度の討ち手達の大会である。


 全体席次とは御伽衆の討ち手達の純粋な力量における全体の序列。一騎当千の武人が集う御伽衆の中でも、さらに精鋭と認められた三十名のみが得られる黄金の椅子であり、その席に座ることは討ち手達の目標の一つにもなっている。


 当然、討ち手達はこぞってその席次を奪い合おうとする訳だが、ただでさえ数の少ない討ち手達が無秩序に争うことになれば、霊獣の脅威から世を守る皇家の責務を果たすことができない。そのため皇家は、まず第三十席を全体席次の“玄関口”と定め、第三十席の者に挑む権利を年に一度の大会を勝ち残った者に与える、という仕組みを作った。


 そしてこの大会には、回を重ねることで作られた慣例が三つある。


 一つは開催場所。この大会は皇家の直轄領、もしくは国王のお膝元である王都で開催される。理由は討ち手同士の激しい戦いを確実な制御下に置くためだが、それに加えて王家を含む他家を観覧に招き、皇家の武力を見せ付けて牽制する狙いもある。これほどの武力を持つ我らに手を出そうとは考えるなよ、と言外に伝えるにはうってつけの場であるからだ。


 二つ目は、必ず皇の血を引く者が主催者になること。席次を勝ち取るための権利は純然たる実力によって与えられなければならない。裏取引や卑怯な手段によって席次が動くようなことがあれば、それはいずれ討ち手の質の低下を招く。それを防ぐために『皇の一族の命令には絶対服従』という討ち手の()()()を利用し、一族の者を主催者とすることで完全なる公平(フェア)な戦いを実現させていた。


 そして最後が監督役の設置。人意と神威によって彩られる討ち手の戦いは目まぐるしく、そして激しいもの。常人や並の討ち手では勝負の判定ができず、何より出場する討ち手達を抑え込める者がいなければ、戦闘の余波で舞台が壊れ、観覧者に甚大な被害が及んでしまう。そのため安全性を確保し信頼性を得るために、大会では最低二人の監督役を天武八達から出す決まりになっていた。


 これらの事情と現在の状況を総合的に勘案した結果、今年は王都の屋敷を開催地とし、監督役を第六席(すめらぎ)雪子(ゆきこ)と第八席石動(いするぎ)東馬(とうま)が務め、次期当主の(すめらぎ)鳳花(おうか)を主催者に据えて挑戦権獲得会は開かれることになっていた。


 もっとも、雪子は娘の皆世のために欠席となってしまった上、他の天武八達もそれぞれ任務等で多忙なため出席ができない。そのため昨年現役を引退したばかりの前三席、千波(せんば)継道(つぐみち)が代役として出席する運びとなった。



「慣例から少し外れてはいますが、千波老師なら代役に不足はないでしょう。一線を退(しりぞ)いたとはいえ、教導役としてまだまだ腕は衰えていないでしょうし」

「そうですね。私達が領を離れる前でも、どうして引退したのか分からないくらい活力に溢れたご様子でしたから」



 継道は現役時代から後進の育成を積極的に行っており、東馬もまた御伽衆に入る前から継道の指導を受けていた。すでに老境に差し掛かっていることもあり、一部の若手からは尊敬を込めて『老師(ろうし)』の名で呼ばれているが、その腕に衰えがないというのは家内でも意見が一致している。


 ちなみに第三席であった継道の引退で全体席次が変動した結果、現在第三十席は空席となっている。そのため今年は例外として、この大会で優勝した討ち手が第三十席を拝命することが自動的に決まっていた。



「家内の変更は承知しました。では家外から招待する方々に変更等はありませんか?」

「いえ、そちらは何も。紫水(しすい)殿下も予定通りお越しになられるそうです」



 東馬がそう言った途端、鳳花は露骨に顔をしかめた。

 会いたくない、とその顔が全力で訴えてきており、東馬は思わず苦笑してしまう。



「仕方ありませんよ。王都で(もよお)す理由の一つは姫様も知っての通りなのですし」

「分かっています。けれど王太子殿下に限って言えばその必要も無いでしょう。あの方は王族の中でも()()()()で我々を畏れていないのですから、わざわざこちらから招き入れなくとも……。そもそも殿下は昨年も一昨年も観戦していたのでしょう? 顔ぶれが変わったからといって毎年観に来る必要はないでしょうに……」

「まあまあ、あれで殿下も色々と気苦労が多く、御伽衆(われわれ)の戦いを見てスカッとしたいのだそうです。平民が格闘技に熱中するのと同じだろう? とのことで」

「……以前から薄々感じていましたが」



 じろり、と鳳花の尖った視線が東馬に向けられる。



「もしかしてお前、殿下と個人的に交流があるのですか? しかもその口ぶり、まるでつい最近も会ったかのようではないですか」

「えー…………その、はい。たびたび殿下から個人的な用で呼び出されてはいます。三日前も第三隊の応援に行った帰りに、参加の回答も兼ねて呼び出されました」

「……なぜ?」

「なぜと聞かれても、殿下に気に入られたからと答えるしかないと申しますか……男の友情とやらが芽生えたといいますか……」



 その過程は幼さ故の無遠慮と、お互いの存在意義(レゾンデートル)を賭けた殴り合いで彩られている。ただそれらが終わった後、自分達二人の間には胸襟(きょうきん)を開いた者同士の友情が自然と芽生えていた。


 成長した今、この関係は畏れ多いのではないかと考えることもある。しかし向こうが気兼ねない関係を望み、こちらも同年代で初めての()()()友人を嬉しく思っていたこともあって、一昨年の挑戦権獲得会から今に至るまで細々と交流が続いていた。

 これまでは皇の領内に居たことや第一隊の任務で忙しかったこともあり、直接会ったのは昨年の王都出張が最後だった。しかし大学進学で王都に滞在するようになり、時間的・距離的な壁が低くなったため、東馬は紫水王太子からたびたび私的な呼び出しを受けるようになっていた。


 秘密にしていたのは鳳花が紫水王太子を苦手としていたためだが、その考えが誤りではなかったのは目の前の鳳花の渋面が証明していた。



「……やはり今でも殿下のことは苦手ですか?」

「苦手というよりも、単に関わりたくないだけです。誰が、初めて会った時に開口一番『嫁になれ』と言ってくるような男性と交流を持ちたいと思うのですか? 少なくとも私は嫌です」

「そのことでしたら殿下も『あの時のことは謝っておいてくれ』と仰っていましたが……」

「本当にそう思っていらしているのなら、なぜ私に直接言ってこないのです?」

「そう仰るだろうと申し上げましたら、『ならば尚更出席せねばならんな』、と」

「……………………はぁ。ではご無礼のないよう、相応の準備を整えておくように手配致しましょう」



 鳳花はどことなく疲れた顔でそう締めくくった。不平不満はともかくやるべきことはやる、を地でいく鳳花らしいため息と言葉だった。


 話に一区切り着いたのと時を同じくして、車が交通信号機を前に足を止める。ふと外を見ると、大学まであとわずかの距離に差し掛かったところだった。



「ご心労、お察し致します」

「ええ全くです。そう言うお前は私とは反対に機嫌がよろしいようですがね」

「そうでしょうか? まあ、一週間後を楽しみにしてはおりますが」

「……意外ですね。お前はああいった場に出るのを好んでいないと私は思っていましたが」



 言葉通りに意外そうな視線を向けてくる鳳花に、東馬は照れ笑いを浮かべて答える。



「久しぶりに師匠に会えるのが一番の理由ではありますが、私も一人の男子ですから、競い合い自体は嫌いではないんです。()()()()()()を向けられることが少ないのでその点では残念に思っていますが、良い思い出だって少なからずあるのですよ」

「お前が出場したのは一昨年の一度きりなのに、ですか?」

「ええ。先輩方を倒していく過程に爽快感があったのもそうですが、一番思い出深いのは第三十席を勝ち取った後、師匠が頭を撫でながら褒めてくれたことですね」

「……あの千波老師が?」


 鳳花は背もたれから体を起こし、意外を通り越して驚きを東馬に向ける。


 それは鳳花だけでなく他の討ち手にも共通する驚きだっただろう。自他共に厳しく、褒められたことのある門下生は片手の指すら埋まらぬ数で、笑顔を見たことがあるのは彼の妻子と当主威三朗だけという()()千波継道が、まさか頭まで撫でて褒めたなど。


 そんなものは見たことどころか、誰も聞いたことすらないのだ。――東馬を除いて。



「ええ。私もあの時は驚きました。でもそれ以上に認められたことの嬉しさと達成感がありましたね。『お前は自慢の弟子だ』、と言ってくれた時のあの顔は、今でも私の目に焼き付いています」



 東馬は目を閉じて、あの日の記憶を瞼の裏に描く。


 東馬が同年代や先輩の討ち手から好意的な感情を向けられたことはほとんどない。東馬は最年少や天才という冠のついた称号を多く持っていたが、それらはどれ一つ取っても敵愾心と嫉妬を煽りに煽り、注がれる視線に棘を含ませてきた。

 何の(てら)いもない賞賛をくれていたのはそれこそ皇本家の人間くらいだっただろう。師匠の継道からも色よい言葉をかけられたことはなく、嫌われることが自然だった環境も手伝って、継道からも自分は嫌われているのだと東馬は子供心に思っていた。


 けれどそうではなかった。自分は確かに将来を期待されていた。そして認められた。


 鳳花や皇家の人々に必要とされるのとは別種の、師匠と弟子の間にのみ生じる絆。それを確かに感じることが出来たあの日を、東馬は生涯忘れはしないだろう。


 キッ、と車の強いブレーキ音が耳に届いて東馬は目を開ける。大学はすでに目の前にあり、運転席の家人が「到着致しました」と振り返る。



「では参りましょうか姫様。……姫様?」



 見れば、鳳花は口元を手で覆いながら何事かを考えていた。目を閉じて思索にふける様子は真剣そのもので、先ほどとは種類の違う沈黙に東馬は一瞬だけ面食らう。

 ややあって鳳花は一つ頷いた。そして東馬が予想だにしていなかったことを言い放った。


「東馬、私も今回の大会に出ることにします。天武八達として私を穴埋め枠(リザーバー)に推薦してください」

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