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010.稽古

 王都にある皇家の屋敷は広い。敷地面積だけで言うのなら王家の宮殿の次に広く、三つある御柱大学キャンパスの内の二つが丸々収まるほどの広さを誇る。来賓を出迎える際には自動車を使わなければならないほどだ。


 ここまで広い理由はいくつかある。


 一に、貴族としての箔付け。貴族とは統治者であり、統治者とは尊敬され畏怖されなければ民衆の上に立つことはできない。その点、広い土地と大きな屋敷は、民衆に住む者への畏敬を分かりやすく植え付けることができる。かつて王家が王宮より高い建物の建設を許さなかったのも同じような理由からだ。

 二つに、大勢の人間を受け入れられるようにするため。当主や跡継ぎの誕生記念祝賀会(パーティー)などを開けば、訪れる客の数は百や二百を優に超える。王都で災害や暴動が起きれば、その十倍以上の避難者が門の前に押し寄せるだろう。貴族として、そうした人々を受け入れられる機能を屋敷に持たせる必要があった。

 そして三つに、御伽衆の討ち手達が修行や組み手を存分に行えるようにするためだ。討ち手にとって修行は霊獣討滅のために欠かすことができないもの。義務、あるいは日課と言い換えてもよく、これを欠かす討ち手に戦場に立つ資格はない。


 しかし人意と神威が乱舞する修行や組み手は、近代兵器のぶつかり合いにも例えられるほど激しいもの。生半可な広さで収まるものではない上に、人口密集地である王都の中では修行場所を見繕うのは難しい。何より秘匿のためには皇家の管理下にあることが絶対条件だ。

 そのため皇家は王都屋敷の中に、敷地面積の半分近くを使った専用の訓練施設を(しつら)えていた。質実剛健を旨とし(食事以外は)華美を好まない皇家にしてみれば、むしろこの訓練施設の方が本命。高い耐久性と防音効果を持ち観客席まで備え付けられたその施設は、まるで古代剣闘士の闘技場(コロッセオ)のようだと人は言う。


 鳳花が大学進学で王都に滞在するようになって三ヶ月。鳳花は勉学に励む傍ら、毎日欠かさずこの闘技場にて修行を行っていた。力を磨き、自らの弱さを克服するために。

 そして今日も、闘技場で稽古の音がこだまする。



「ハッ!」



 呼気を吐き出し木刀を一閃。横薙ぎに放たれるは『焔・一文字』。鳳花が扱える撃法の中で最も頼りにする中伝の御技。鳳花の抜刀の速度のままに燃え上がる刃は疾走する。



「ふっ」



 対する東馬が放ったのも同じく『焔・一文字』。こちらは呼気を荒げず、意気も込めず、木刀を鞘走らせることもない。自然体のまま横薙ぎに放たれたその刃は、まるで真っ赤な木刀をそのまま滑空させたかのよう。

 しかし二振りの炎刃(えんじん)が衝突した時、東馬の刃は拮抗すら許さず鳳花の刃を食い破った。



「……っ!」



 日の目を見るほど明らかな技の優劣。この三ヶ月で嫌と言うほど思い知らされた実力差を噛みしめながら、鳳花は顔が地に付かんばかりの前傾姿勢で()()()()走り抜ける。

 地面に伏せた体勢のまま疾走する初伝の歩法『野伏(のぶ)せ』。そして東馬の足下へと迫った鳳花は勢いのまま飛び上がり、撃法初伝『()(うお)』――飛び上がり様の斬り上げを放つ。


 しかし木刀に手応えはない。東馬の残像を――『影うつし』を縦に割っただけ。目を見開く鳳花を次に襲ったのは、体を芯まで揺さぶる背中からの打撃。それは間違いようのない『抜山』の衝撃。



「か、はっ……」



 鳳花の体が宙を飛ぶ。思考に空白が生じる中、闘技場の壁が眼前に迫る。

 しかし鳳花の体は刻みつけられた行動(アクション)を即時に実行。鳳花は宙返りを打って()()踏みしめ、そのまま壁を蹴って東馬の元へ舞い戻った。


 そして闘技場に剣戟の音が響き渡る。

 木刀は神威が込められ強度を増し、木刀を振るう二人の力は超人そのもの。故に剣戟の一つ一つが轟音を鳴らし、闘技場の空気をざわめかせる。


 攻め立てているのは主に鳳花だ。上段からの斬り落とし、下段からの斬り上げ、袈裟斬り、逆袈裟斬り、突きに払い。どれも行動の主導権は鳳花にある。

 しかしそれが鳳花の優勢を示すかと言えば、答えははっきりと(いな)だった。その証拠に東馬の表情は静謐(せいひつ)を保ち、対し鳳花は必死さを隠し切れていない。繰り広げられる攻防は始まりから今に至るまで停滞している。


 虚動(フェイント)を入れても見透かしたように対応される。

 空いた腕や脚で隙を突こうにも空振りして終わり。

 歩法で背後を取ろうとしても逆に背後を取られるだけ。



「ぐうっ……!」



 何をしようと及ぶことはなく、大人と子供ほどある技量の差を見せつけられる。拮抗しているように見えるこの鍔迫り合いも、実際は鳳花の押し込みを東馬が受け止めているだけ。力の差が開いた腕相撲のように東馬の木刀は動かない。


 隔絶しているのは技量だけではない。それぞれの木刀が纏う神威の質もまた優と劣に分かれている。

 鳳花の木刀では表面で神威の淡い光が揺らめいている。対し東馬は木刀そのものが光っているように見えるほど神威は外に漏れず、揺らぎもない。鳳花の木刀が松明だとすれば、東馬の木刀は火入れした鉄刀。保持する温度も異なれば、浪費する熱もまた異なる。当然、内に秘める熱の差は明白だ。


 両者を分かつのは神威を制御する力。適切に、無駄なく、高精度に御技を展開するための神威の操作技術(コントロール)

 先の『焔・一文字』のぶつけ合いが良い例だろう。鳳花の技が刃の形で燃える炎を飛ばしたものだとすれば、東馬の技は炎の性質を持った刃を飛ばしたもの。“焼き斬る”というこの技の特性を考えればどちらが本領に近いかは明々白々。結果がそれを証明している。


 心技体の全てにおいて東馬は鳳花の上に立つ。この組み手とて東馬に勝つことではなく東馬に近付くことが目的だ。

 であれば今鳳花がすべきは力任せに押し切ることではなく、いかに東馬の技を盗むかどうか。そして格上相手に鳳花の技はどれだけ通じるかを推し量ることだ。


 ならば、と鳳花は地面を蹴って東馬から距離を取る。木刀を引いて半身に構え、体の内より神威を引き出し練り上げていく。

 豪、と鳳花の周囲で風が逆巻く。三ヶ月前に相対した『ろ』級の霊獣――かの牡鹿が使う異能のように、鳳花と東馬を暴風が分かつ。

 この風だけでも人をよろめかせるには十分だが、これから展開する御技にとっては下準備。行使する撃法の余波に過ぎない。それによしんば壁を(こしら)えたとしても、その程度で東馬の接近は防げないだろう。霊獣を倒した時のような絶技を使うまでもなく、護法を展開して突破される。


 しかしこれは実戦ではなく稽古。行動の主体は鳳花にあり、東馬は攻撃を迎え撃つだけ。

 であれば鳳花は存分に力を練り上げるのみ。東馬もそれを望んでいるはず。


 風が渦巻き木刀へと収束する。神の威が下す命令に従い、極小の台風が木刀を中心に生成される。

 台風をその手に宿すのだ、生半可な労力では押し留められず、鳳花の手の中で木刀が軋む。渦巻く風は形を留めるのでさえ精一杯で、気を抜いた途端に鳳花さえ飲み込んでしまうだろう。

 しかし、


 ――東馬(あなた)の主であるこの私に、この程度のことができぬはずがない。


 不安を虚勢で封殺し、今鳳花は新たな一歩を踏み出す。



「撃法“奥伝”――」



 鳳花の位は中伝。されどその上の技を知らぬ訳でも使えない訳でもない。

 そして今の自分では通用しないというのであれば、今の自分を超えた技を使うしかない。


 目の前の相手は遙か格上。ならば一切の出し惜しみは不要。己が持つ最大最強の技を全霊で以て放つのみ。


 ――()は太古の暴虐(ぼうぎゃく)を打ち砕きし刀剣(とうけん)。営みを破壊していく()むべき風を、手に宿し放つ不遜(ふそん)の一撃。

 その名は――



(あめ)の――えっ?」



 鳳花が前に踏み出そうとしたまさにその時、視界から東馬がかき消えた。

 鳳花の驚きが冷める間もなく、東馬は目の前に姿を現す。加えて完全に意表を突かれたことで、一瞬だけ鳳花の集中が奪われた。


 撃法は全力の制御で辛うじて形が保たれていた。集中が切れれば当然制御は利かなくなり、そして高い威力の技であるほど討ち手への反動は大きくなる。

 そうして木刀に固められた暴風は鳳花へ牙を剥こうとする。――その直前。


 東馬は鳳花の体を突き飛ばし、

 力が緩んだ隙に木刀を奪い、

 木刀を後ろへと投げ飛ばす。


 鳳花が壁に背中を打ち付けたのと同時に、破裂音と振動が闘技場を大きく揺らした。



※   ※   ※



「あなたは馬鹿ですか?」



 稽古が中断となった直後、東馬は開口一番そう言った。表情にも言葉にも盛大に呆れが込められていた。

 鳳花は壁に背中を打ち付けた姿勢のまま東馬を()め上げる。



「そんな言い方をしなくてもいいじゃありませんか。それが主に対して取る態度ですか?」

「お黙り下さい。今私はあなたの従者ではなく、あなたの指導者として言っているのです。自殺行為をしかねなかった生徒を叱る言葉を貴賤で選ぶ気はありません」

「そんな、大げさな――」

「――と仰っている時点で姫様には自覚が足りていません!」



 怒鳴った東馬は体を引いて後方を指さす。そこには鳳花が用いていた木刀が木くずとなって散らばっていた。



「使えもしない奥伝の撃法を戦闘中に使う馬鹿がありますか! 私が護法で抑え込んだから良いものの、一つ間違えれば大惨事になっていたかもしれないのですよ!? しっかり反省して下さい!」

「その……練習で使った時は成功したので、大丈夫かと思って……」

「ほぉ~? 私が近付いただけで集中を切らしておきながら? そのわずかな瞬間で神威の制御を失っておいて? それで成功、大丈夫。 ……本気で仰ってますか?」

「……申し訳ございませんでした!」



 仁王立ちする従者の前で汗だくの主君が土下座する。敵対的な家臣が見れば東馬に掴みかからんばかりの光景だが、二人の他でここに居るのは結界を敷いていた都木子のみ。そして都木子は非のある主君の肩を持つような人間ではない。よって、鳳花の弁護をする者はこの場に居ない。



「いいですか姫様。稽古で奥伝の撃法を使ったことを咎めているのではありません。仮にあの撃法が十分な精度で放たれていたとしても、私ば問題なく対処できました。姫様にとって苦い事ではありましょうが、それがこの場での現実です」

「……はい」

「精度が低くても制御さえされていれば、これもまた問題なかったでしょう。しかし威力を高めようとした結果、神威の制御だけで手一杯。しかも私が試しに圧力(プレッシャー)をかけてみたら、それだけで集中が途切れて技が暴走。……何度も申し上げたはずでしょう。焦りは禁物だ、と」



 東馬は鳳花の前で片膝を突き、こちらの手を掴んでくる。そのまま強引に引っ張り上げると、鳳花を強引に立ち上がらせた。



「朝の稽古はこれで終わりにしましょう。頭を冷やすために夜の稽古も中止とします。……では屋敷に戻りましょうか」



 東馬は踵を返して闘技場を出ようとするが、十歩進んだところで振り返った。鳳花が後ろを歩いてこなかったからだ。



「姫様、どうされました?」

「……私は、成長しているのでしょうか」



 口から出た疑問はこの三ヶ月間抱き続けている不安。万全の設備を使い、御伽衆の最精鋭と組み手を続け――恵まれた環境下で修行を行っているのに、成長の実感だけがどうしても湧いてこないのだ。

 神威の制御が感覚的な要素を多分に含んでいるのも大きい。東馬は折を見て褒めてくれているが、鳳花は素直にその評価を受け止められないでいた。


 東馬は考え込むように腕を組み、少し間を置いてから口を開く。



「姫様はこの三ヶ月でご成長なされています。私だけでなく、都木子殿に聞いても同じ答えが返ってくることでしょう。それでも自らの成長を信じられないと仰るのであれば、実力以外の面に原因があるということではないでしょうか」

「実力以外、とは」

「有り体に言えば、精神面です。姫様は戦闘中のご自分の顔がどのようになっているかご存じでしょうか?」

「……いえ。もしかして変な表情をしているのですか、私」

「そういう訳ではございませんが、いささか感情が出過ぎてはいます。逆説的に言えば戦闘中の姫様は、感情が顔に出てしまうほどに精神状態が不安定になっているということです」



 東馬は木刀を抜くと鳳花に向けた。そのまま鳳花に歩み寄り、切っ先を鳳花の喉仏に触れさせる。東馬が自分を害することがないと分かっていても、鳳花の体は硬直してしまう。



「こうして武器を突きつけられれば、緊張して体が強張るのは当たり前です。しかし戦場に出れば似たような状況は頻繁に起こる。そのたびに集中を乱していては先の失敗の二の舞です。例え暴発を起こさず放てたとしても、満足な威力を出せているとは言い難い」



 東馬が木刀を下げる。鳳花はいつの間にか止めていた息を吐いた。



「姫様もご存じの通り、我々が内包する人意、ないし神威は精神力の多寡で量が変わるものではありません。しかし精神状態で御技の精度は大幅に変わる。いつ如何なる時も心の天秤を維持すること。これができてこそ、今姫様が磨いているあらゆるものが活きてくるのだと思われます」



 人意も神威も討ち手の生命力(エネルギー)を引き出して力とする。生命力とは蓄えて消費するものであって、自ら増やせるものではない。そのため気合いや根性、思いといった精神的な要因(ファクター)には左右されず、あくまでその人物がその時に持っているものだけが武器となれる。

 しかし精神的な要因が戦闘に全く介在しないかといえばそうではない。御技に限った事だけで言っても、平静かそうでないかで技の完成度が変わってくるのは稽古の様子からも明らかだ。鳳花の奥伝技は東馬の接近によって集中が乱されて暴発したが、逆に言えば集中を乱されなければ放つことができていた。


 御技において強い心とは固く激しい思いではなく、明鏡止水(めいきょうしすい)の境地を指す。何があろうとも揺らがず、山のように動じない――そんな心を持つことで初めて力と技は十全に発揮することができるのだ。


 東馬の説明は論理的で、鳳花の腑に落ちるものだった。だからこそ新たな疑問が湧いて出る。



「では東馬はどのようにして、『ろ』級を前にしても冷静でいられることができるようになったのですか?」



 天才、傑物、『降龍』――東馬を彩る賞賛は様々あるが、百戦錬磨の(つわもの)というのもその一つ。それは実力だけでなく、窮地に陥ろうとも技の冴えを維持し続けられる胆力を認められてのこと。

 事実、先の『ろ』級討滅において異能を無傷で突破できたのは、高度な御技を使用したこと以上に、その御技を使うだけの冷静さを保ち続けていたがため。凡百の討ち手なら恐怖で身が竦み、神威を練り上げることさえできなかったかもしれない。

 実力と実績による自信、と言ってしまえば簡単だが、そこに至るまでに過程が無かった訳ではないだろう。鳳花はそれが知りたかった。


 鳳花の問いを受け、東馬は困ったように頬を掻く。



「話が長くなりそうですので、その質問にお答えするのはまた今度にしませんか? もう朝稽古の時間帯を超えてしまいましたし」



 鳳花が観客席にある時計を振り返ると、時計の針は朝食の予定時刻まで進んでいた。

 今日は大学は休みだが、その代わりに公人としての予定が詰まっている。汗と埃に(まみ)れた状態で公の場に出ることはできないので、体を洗う時間は確保しなければならない。



「分かりました。ちなみに今日この後の詳しい予定はどうなっていますか?」

「九時四十分から新正屋(あらまさや)の王都二号店の落成記念式典。十三時から王家主催の油絵展覧会にて来賓祝辞。十五時からは第二隊での霊脈の経過報告会。十八時から大鳥公爵との会食が入っています」

「……聞くだけで肩が重たくなるスケジュールですね」

「私も護衛としてお付き合いしますので、頑張りましょう」



 東馬に慰められつつ、鳳花は疲れた脚を引きずって闘技場を後にした。


 大学生として勉学に励み、貴族の跡取りとして顔を売り、秩序の守り手として修行に励む。

 皇鳳花の日常は、このように重責と忙しさで満ちていた。

日曜日までにもう1話投稿する予定です。

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