きみの事が好きなんだ
初めて投稿しました。
未熟者ですが、楽しんで貰えたら嬉しいです。
『あんの恥知らず~!!』
バサッと集めてきた洗濯物をかごへと叩きつけ、フェリシアは悪態をついた。
「な~に?朝から荒れてるじゃない?」
かごから溢れた洗濯物を拾いながら、呆れ顔をしてるのは同僚のリアンだ。艶やかな赤い髪がヘアキャップからこぼれているのが何ともいえず色っぽい。ここリーゼンバーグ伯爵家に仕える侍女として働く、フェリシアよりも2つ年上の頼れるお姉さんだ。
「聞いてよ!リアン!あのバカまたやらかしたのよ!!」
フェリシアは震える拳を突き上げた。
「あのバカって…散々な言われようね」
エプロンのホコリをパンパンと払いながらリアンは立ち上がると、ふーっと深いため息をついた。
「で、そのバカは今度は何をしちゃったの?」
リアンのきれいな翠色の流し目を受けると、フェリシアは顔をさっと紅くしてしゃがみこんだ。
「…」
「え?その反応なんなの?」
うつむいたフェリシアの顔を覗きこみながらリアンは尋ねた。
少し顔をあげて視線を横にずらし、言いにくそうにフェリシアは言った。
「…胸」
「?」
「だから胸!」
「胸?それが?」
「胸を、触られたの!」
ポカンと口を開けていたリアンだったが、にやっと笑うと口許を緩ませた。
「あの坊やも中々やるじゃない?」
「はぁ?笑い事じゃないっては!!」
勢いよく立ち上がるともっと顔を赤らめてフェリシアは思い出したように体を抱き締めた。
「あ、あいつ!一度だけじゃなく何度も何度もムニムニと!」
思い出すと余計に怒りがこみ上げてくる。
あれは朝の洗濯物を集め終わってリネン室へ向かうときの出来事だった。
今日はいつもより少し洗濯物が多かった。前が見えづらくて、柱に当たらないよう気を付けながらヨロヨロと歩いていた。
「おはようございます。フェリシアさん。」
前の方から聞きなれた声がする。
洗濯物で顔は見えないが、きっとあの人だ。
私の嫌いな、あの人の声だ。
「…おはようございます。ロイド様。」
「洗濯物、大変そうですね。」
洗濯物の横からヒョコと顔を出したのは、やっぱりフェリシアの嫌いな護衛騎士のロイドだった。
「…はぁ。」
(だから何だっていうのよ。なるべく関わりたくないのに、朝からついてないわ)
見えないようにため息をついた。
ロイドはその様子に全く気付かなかったのか、笑顔のまま
「手伝いますよ。」と、手を伸ばしてきた。
「け、結構です!」
身をよじって拒否をしたが、遠慮してると思っているのかロイドは諦めない。
「ほら、いいから貸して。」
ワシワシと洗濯物の山に手を突っ込んでくる。
「凄いなーこの量。まだ奥にもあるや。これも持ちますよ。」
そういって掴んだのはフェリシアの胸だった。
「!」
フェリシアは真っ赤になって声にならない叫び声をあげた。
「あれ?取れないなぁ。ていうか、めちゃくちゃ柔らかい。」
独り言なのかブツブツつぶやいている。
「クッションかな?なんか俺の手に丁度いい大きさだけど?」
ムニムニ。
「…は」
「?フェリシアさん?どうしたの?」
キッと目をつり上げてロイドを睨み付けると、フェリシアは持っていた洗濯物を床に叩きつけた。
洗濯物はなくなったはずなのに、おのれの手には柔らかな感触がまだある。ふと手の先に視線を沿わすと、紺色の服と白いエプロンを押し上げている柔らかなフェリシアの…
「わ、わぁ!!」
顔を真っ赤に染めて飛び退いたロイドは、落ちていた洗濯物に足を取られて尻餅をついた。
「こんの!変態!」
バシンと音を立てて、フェリシアはロイドの頬を張り倒した。
そして落ちた洗濯物を大急ぎで拾い集める。
叩かれた頬に手をあて呆然とした表情でいたロイドだったが、はっと我にかえるとフェリシアに詰め寄った。
「ご、誤解だ!」
慌てふためくロイドに冷たく鋭い目を向けて、フェリシアは集めた洗濯物を持ち上げた。
「近寄らないで下さい。」
「…あ。」
片手をフェリシアに伸ばしたままのロイドを見ることもなく、フェリシアはそのままズンズンと廊下を歩いて立ち去った。
声をかけることもできずに、ロイドはしばらくその場に立ちすくんでいた。
「なるほどねぇ~。」
リアンは休憩室の机に頬杖をつきながら、お菓子をポリポリとかじった。
「まさかあんな変態だったなんて!今までも色々あったけど、今回のは絶対許せないわ!」
ドンと机に両手を叩きつけるフェリシアを横目に見ながら、リアンはお茶を一口飲んだ。
「ん~でもさぁ。それって手伝ってくれようとしただけじゃないの?たまたま掴んじゃっただけでさ。」
「…」
「だって誤解だ!って言ってたんでしょ?最初からそのつもりならもっと誤魔化したりするんじゃない?」
(冷静に言われるとそうかも…でも)
「で、でも!女性の体に気安くさわるなんて!絶対許さないわ!」
困り顔でくすっと笑うと、リアンは開いている窓の方を見ながら、声を少しだけ張り上げた。
「フェリシアは頭固いから、誤解を解くのも時間がかかるわね~」
「どこに向かって話してるのよ。」
「ん~?別に~?」
さてと、と腰をあげてリアンはカップを片付けた。
「そろそろ行こう。侍女頭のエレン様に叱られちゃうわ。」
「そうだった!呼ばれてたわね、私達。早くいきましょ!」
パタパタと走り去る二人の靴音が小さくなっていく。
誰もいなくなったはずの休憩室に一つのため息がこぼれた。
それは窓の外、窓枠の下にこっそり隠れるようにいたロイドだった。
「…そりゃあ、怒ってるよな当然。」
はぁーっとため息をつくと、膝を抱えて丸くなる。
さっきのことを謝りたくてきたものの、いざとなると声をかけることも出来ず、こんな場所にかくれて盗み聞きなんて…
「ばれたらまた嫌われるよ。」
声に出すと余計に気が滅入る。
これまでもそうして誤解させてきた自覚はある。
最初の出会いこそ悪くなかったが、そのあとからが酷かった。
まず、よろけた拍子にバケツの水をひっくり返して、床を水浸しにしてしまった。
(あのときは掃除が終わったばかりだったから物凄く怒ってたっけ?)
それから、床に落としてしまったバッチをとろうとかがんだら、ちょうど台に乗りカーテンを付け替えているフェリシアの下だったこと。
もちろんスカートの中を覗いたと勘違いされた。
それから、リーゼンバーグ伯爵のお客様がドレスの裾につまづいたので支えたら、抱き合っていると勘違いされた。
そう。そうなのだ。すべて誤解なのだ!
よく考えると誤解ばかりされている。
「…一体どうしたらいいんだ。」
頭を抱えるとガシガシとかきむしった。
すると、ザッザッと歩く音とともに隣に誰かが座る気配を感じた。顔をあげて横を見ると、紺青色の瞳に黒髪の美青年がいた。
同じ護衛騎士をしている8つ上のクラーク・スレッドだ。
「こんなところで何してんだ?」
ロイドはふいっと視線をそらして明後日の方向をむく。
「…クラーク先輩。今はそっとしといてください。」
「何?また何かやらかしたの?おまえ。」
返す言葉もない。ロイドはぐっと言葉を飲み込んだ。
「おまえ、騎士としては優秀な後輩なんだけどなぁ?なんでフェリシアの事になると不器用なんだかなぁ?」
そういってクラークはロイドの頭をグリグリと撫で回す。
「…そんなの。俺が聞きたいですよ。どうしたら普通に彼女と接する事が出来るのか。」
はぁーとため息をつきながら遠くを焦がれる眼差しで見つめる。
「どうしたらあの笑顔が見られるのか。」
彼女の事を思い出すと、胸が熱くなってぐっと苦しくなる。
彼女に怒られると悲しいし、嫌われたんじゃないかと心配になる。それでいて離れることも諦めることも出来なくて必死にもがいている。今の自分はさぞ滑稽だろうと思う。
(でも。)
バシンと背中に一発平手を食らった。
「…!!!」
「そんな顔すんなって!」
「いってぇ…先輩、俺とっても傷ついてるんです。もうちょっと手加減出来ませんか?」
抗議してみたものの、バシバシとさっきダメージを受けた部分を続けて叩かれる。
「ちょ、ちょと!やめてくださいって!」
「俺に任せとけって!カワイイ後輩の為に一肌脱いでやるよ。」
ニカッと笑う先輩の瞳は、楽しいオモチャを見つけたかのようにキラキラしている。
(…そこはかとなく、嫌な予感がする)
そしてその予感は見事に的中したのであった。
ガラガラと小石を飛ばしながら馬車は進んでいく。
馬車の中にはフェリシアとロイドの二人きりだ。
伯爵様が手配してくださった馬車は座椅子が柔らかいクッションで出来ており、多少の揺れでも気にならないで居られた。
けれどだからこそ、この無言の圧力は計り知れないものを感じるのだ。
何故こうなったのか。
それはクラーク先輩による陰謀(二人の誤解を解いて仲良くさせよう作戦!!らしい)だ。先日、伯爵夫人が参加されたエルフェン子爵家のお茶会。夫人が忘れ物をしてしまい、それを取りに行くフェリシアを護衛騎士のロイドが護衛するというもの。ロイドの気持ちはみんな(フェリシア以外)には筒抜けのようで、この作戦を聞くと夫人も嬉々として協力してくださった。こうしていつの間にか伯爵夫人までも巻き込んでの大作戦になっていた。
フェリシアは馬車に乗り込んでからずっと窓の外を眺めている。
しかも少し苛立った様子で。
そこに何やら圧力を感じているのだ。
目的地までは一時間。
今こそ誤解を解くチャンスだと分かっている。
しかしかれこれ半時程経つが、一度も会話を出来ずにいる。
(我ながら情けない。けど、何から話したらいいんだ!)
心の中でクラーク先輩に助けを求めてみたが、答えてくれる人はいない。
ごくりと喉をならし、思いきってロイドは話しかけてみた。
「あ、あの!」
フェリシアは顔を動かさずに視線だけをよこした。
「この間はすみませんでした。」
そういって頭を下げた。
「その…あ、あなたの、その…体に触れるつもりはなかったんです。」
俯きながら膝に置いた手をぐっと握りしめ、唇をかみしめた。
「何て事をしてしまったんだろうって物凄く反省しています。」
「……。」
「本当にすみませんでした。」
ロイドはガバッと勢いよく頭を下げた。
「…。」
「…。」
窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりがやけにはっきり聞こえる。静かに流れる沈黙が辛い。
するとはぁーとため息が聞こえてきた。
「…分かりましたから。もういいです。」
フェリシアの言葉にロイドは顔をあげてフェリシアの顔を見た。
「許してくれるんですか?」
怖々そう尋ねると、フェリシアも膝をロイドの方へと向けて、視線を合わせた。
「もうしないって約束してくれるのなら。」
「勿論です!」
ぱぁと顔を輝かせ、ロイドはフェリシアの言葉に被せるように返事をした。
(なんか、近所にいた子犬みたいだわ。)
思わずフェリシアは微笑んだ。
(…あ。)
ドクン、とロイドの胸は高鳴った。
久しぶりに見たフェリシアの心からの笑顔だった。
(僕はずっとこの笑顔が見たかったんだ。)
そう思うと、ロイドの顔にも笑顔が浮かんだ。
その優しげな表情は見ていたフェリシアにも変化をもたらした。何故か胸がトクンと一つ音を立てたのだ。
(あ、あれ?私ったら何で?)
二人は顔を赤らめて、無言のままお互いを見つめていた。
長いような短いような時間は、ガタンと馬車が止まるまで続いていた。