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21. 最初の晩餐

 ロゼリエッタが目を覚ました時、部屋の中は暗闇に包まれていた。

 眠っている間に誰も部屋には入らなかったらしい。安堵すると同時に、知らない場所で闇に一人で閉ざされていることに不安な気持ちも覚えてしまう。


 静かにベッドを出て、心なしか冷える身体を両手で抱きしめた。それから手の感覚だけを頼りにベッドの周辺をゆっくりと探る。指先にひんやりとした固い何かが触れ、チリン、と涼やかな音がかすかに鳴った。


(呼び鈴……かしら)


 細長く伸びた鈴の上部をおそるおそる握り、今度は意識しながらも控え目に鳴らしてみる。しばらくしてドアがノックされた。


「シェイド様から、こちらでのロゼリエッタ様のお世話を申しつかったオードリー・フラインと申します。ドアを開けてもよろしいでしょうか」

「ど、どうぞ」


 シェイドの名を出したということは、オードリーと名乗った彼女は信用しても良い相手なのだろう。この状況ではどうせ、朝になるまで何も出来ない。ロゼリエッタは無理やりにでも覚悟を決めるしかなかった。


 失礼します、そう断りを入れて一人の女性がドアを開けた。左手には移動用の簡易的な燭台を掲げている。お仕着せらしきエプロンワンピースを纏う姿を、淡い光が照らし出した。


 判断材料は見た目しかないけれど、年齢はアイリと同じくらいだろうか。もちろんアイリではない彼女は、その髪や目の色、顔立ちもまるで違った。目の前にいるのは明るい茶色に青い目を持ち、長年仕えていることもあって年の離れた姉のように茶目っけを含んだ表情を見せる女性ではない。神秘的な印象を与える黒い髪と目で穏やかに微笑む女性だった。


「お食事の用意は出来ております。いつでも一階にあるダイニングにご案内致しますが、いかがなさいますか?」


 部屋に入ったオードリーはベッドサイドの燭台に立てられた蝋燭に炎を移してくれる。途端に周囲が昼間のような明るさを取り戻し、ロゼリエッタは思わず息をついた。


「あの、顔を洗って……服も着替えたいの。そのまま、眠ってしまったから」

「レディに対して気が回らず大変申し訳ありません。すぐにお湯の準備を致しますね」


 うたた寝程度とは言え寝起きの顔を晒すことも、着替えずにベッドに入ったせいでしわになっているであろう服を着たままなのも抵抗がある。躊躇(ためら)いがちに要望を伝えるとオードリーはどこかアイリに似た笑みを浮かべ、部屋の奥へと向かった。





「とても良くお似合いです、ロゼリエッタ様」


 シェイドが用意してくれていた、たくさんのワンピースのうちの一着に袖を通す。裾のレースが揺れる白いワンピースは大きすぎることはなく、身体にほどよくフィットした。

 アイリがそうであったように、オードリーも柔らかな髪に苦労しながらも結ってくれる。ふわふわとして可愛らしいと褒めてくれるところも一緒だ。もっとも、主を気分良くする為の常套句ではあるのだろう。


 そうしてオードリーの後をついて歩いた先のダイニングには、すでにシェイドが着席していた。


「お目覚めになられましたか」

「はい。お待たせして申し訳ありません」


 椅子はシェイドが座っているもの以外には、その対面にしかない。給仕係が引いてくれたことからして、そこに座るしかなかった。


 ダイニングは家族全員、あるいは客人を複数交えての食事を摂る為と言うより、夫婦で静かに食事をすることを目的にしているのだろうか。屋敷そのものの広さと比べるとずいぶんと小さく、縦に長いテーブルも小ぶりなものだった。

 細やかなレースのテーブルクロスがかけられ、中央に置かれた三又(みつまた)の燭台も小鳥のモチーフが刻まれており可愛らしい。ささやかではあるけれど、幸せな夫婦の食事の風景が目に浮かぶようだ。


 ロゼリエッタが腰を落ち着かせると、給仕係たちがその仕事をはじめる。

 燭台を挟んで同じメニューの乗った食器を並べ、最後に鏡のように磨き抜かれたカトラリーを置いた。


「慣れない場所ではありますが、少しは疲れも取れましたか?」

「シェイド様がお気遣い下さったおかげで、とてもよく眠れました。ご厚意に甘えすぎてしまって夕食の時間を遅らせることになり、申し訳ないくらいです」

「あなたが何の気疲れもなく眠れたのであれば、それ以上のことはありません」


 清潔で程よい弾力のベッドは、ロゼリエッタをいともたやすく眠りの世界へと引き込んだ。

 あるいは、自分で思うより図太い性質だったのか。

 どちらにしろ、シェイドとの初めての夕食は家でのそれよりも二時間ほど遅い時間になるくらい良く眠れた。


 家族と言えば、ロゼリエッタがこのような状況に置かれていることを知っているのだろうか。

 知っていても知らなくても手紙は出したいと思った。

 後でシェイドに頼むだけ頼んでみよう。


「冷めないうちに、どうぞお召し上がり下さい」

「はい。ありがとうございます」


 短い祈りを捧げ、スプーンを手に取る。

 直前に温め直してくれたのだろう。柔らかそうな真っ白のパンと野菜がたっぷり入ったスープからは、温かな湯気と良い香りがほのかに漂っている。サラダと籠に盛られた果実も彩り鮮やかで、夜も更けていることを忘れそうな華やかさだった。


 もっともロゼリエッタは元々食が細いし、ボリュームのあるメニューを食べられる状態ではない。ましてや置かれている立場を考えたら、テーブルについて温かな食事を摂られるだけでも恵まれた環境にあると言っても良いだろう。


 スープを一口飲めば、それだけで身体の中に温かな優しさが広がって行く。

 家族と朝食を摂ったきり、後は何も口にしていないことを思い出した。それから――みんなは今頃、何をしているのだろう。


「あの、シェイド様、お願いがあります」


 一度スプーンをお皿の上に置き、ロゼリエッタは口を開いた。


「家族に手紙を書いては駄目でしょうか」

「手紙?」

「もしかしたら連絡が行っているのかもしれませんが、無事に暮らしていると私の直筆の手紙で安心させてあげたいのです。もし何か書かれては困ることがあるのでしたら、書いたものを確認して下さって構いませんから」


 言ってから、自分でも居場所が分からなくて教えられないのに、無事でいるという言葉に信憑性はあるのかと思った。でもおそらく、ここがどこなのかは教えてはもらえないに違いない。


 長い沈黙の後、シェイドはようやく了承の意を唱えて頷いた。必要なものを用意して明朝には部屋に届けさせると続け、ロゼリエッタに視線を移す。


「手紙を出すのはご家族にだけですか。ご友人や……婚約者の方には」


 知っているくせに意地の悪いことを言う。

 だからロゼリエッタも、思わず意地を張った。


「ダヴィッド様へ認める手紙を他の方に見られるのは恥ずかしいです。それにきっと、私の家族から連絡が行くと思います」


 気持ちを確かめるような言動をしたって彼の心を揺さぶれないことなど分かっている。今さら傷つきたくなくて、ロゼリエッタはシェイドの反応を見なかった。手持ち無沙汰で、スープをすくったスプーンを口へと運ぶ。


 慣れない返しをしたせいか沈黙が先程よりずっと重い。せっかく用意してくれた食事も上手く喉を通らなくなってしまった。


(こんなことではいけないのに)


 強くならなければいけない。

 今はシェイドに保護してもらえてはいるけれど、ロゼリエッタが罪人の烙印を押されたことに変わりはないのだ。いつこの生活が終わるとも限らない。明日や明後日の可能性もある。時間はあるように見えて、与えられていないも同然だった。


「食事が終わってから、ほんの少しの時間でも構いません。お話が出来ませんか」


 自分を取り巻く状況に関する情報が何もないのは心細い。

 その全てを教えてくれるとは思っていないし、実際にそうではあるのだとしても、隠されるのは意味があるということだ。


 それが"ロゼリエッタだから教えない"だとしても。


「分かりました。では後でお茶の準備をさせましょう」


 もしかしたら要望さえ跳ねのけられるかもしれない。

 心配が杞憂で終わったことに、ロゼリエッタは安堵した。



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