淡い翡翠
帰宅すると何の前触れもなく、従姉である涼歌が奇妙なことを言った。
「で、関石さんと何話してたの?」
「あ? 何の話だ?」
涼華は、俺と同じく察しがいい人間ではない。だからこの発言はテキトーということになる。ただ引っ掛けようと、騙そうとしてるだけっていうね。
質が悪い。
呼吸をするように嘘を吐くし、フェイントをかけてくるから油断も隙もあったものではない。あー、やだやだ。
「関石さん可愛い女の子だよね~」
「急に何言ってんだよ。それよか夜ご飯どうする?」
「ご飯はもうピザでいいんじゃない?」
「ダメだ。今日は二人で作ろう、涼華に一人に料理を任せるのは危険過ぎた」
「冗談だよ、冗談。あんな卵地獄なんかこっちから願い下げだね」
「……人類最低が板についてきたな」
「はぁ、ジョークだよ。そんなのもわからないなんて見損なったよ」
「理不尽以外の何者でもない。慣れてきたと言っても結構来るからな?」
ストレスが。
俺はワイシャツの上から、涼華はブラウスの上からエプロンを着けてキッチンの前に立つ。
基本は料理ガチ勢の涼華に任せっきり。俺の担当は味噌汁とかお米とか。
鮮やかな手際に当てられながらも単純作業に勤しんだ。
「きっきーさ、変わったよね」
「またそれか……」
「さっきの続き。関石さんと話してたよね。彼女のことどう思った?」
フライパンに目を落としながらも真剣な風を装って訊いてきた。
よくわからないが涼華は俺と関石さんが話していたことを知っているような言い草。
言葉を舐め回すように慎重に答える。
「良い女の子だと思うよ。人気者日本代表みたいな。俺には縁がなさそうな人種」
「……そういうことじゃないけどね」
それはわかってる。そういう答えを元から言うつもりはないから。
特段言葉を詰まらせることなく「もしも」と続けた。
「もしも、君が人を好きになることができたのなら私としては嬉しい訳よ……相手が誰であれ」
「急に何だよ……というかなんで涼歌が喜ぶんだよ?」
「一時期はもうダメかな~って思ったんだよね。一生誰にも心を開かないかもしれない感じっていうか。それこそ両親にも姉妹にも……私にも」
「あれは反抗期みたいなものだ。流石にそんな大層なことは起きないよ」
「かなり危ういラインだったよ?」
「まぁ、それは心配かけたな」
そんなこんなで涼歌は色々と作り上げた。俺が計量カップで正確無比に水量を投入している頃には手持ち無沙汰にお茶を飲んでいるほど。
「俺も変わってるのかね……他人に興味を持つかー」
早めに夜ご飯を食べ終わると「コンビニ行くから付き合って」と強制的に同行することとなった。
軽装に着替えてからコンビニまで歩いていく。涼歌は生足を出して随分と前衛的だった。パーカーのポケットに手を突っ込んでいて地味にカッコいい。
特に話すことはなかった。
涼歌は話し尽くしたとはがりに、俺は最初から話すことを持ち合わせていない。そういえば関石さんの時も適当だった。
コンビニに入ると「いらっしゃいませー」と投げやりな声を耳にした。
「ありゃ?」
続いて涼歌の軽い声が届いた。店員を見ている。
ああ、同じクラスにいたなこの女子生徒……えっと誰だっけ?
関石さんに絡まってた有象無象の一人だった気がしなくもない。
「翡翠碧さん?」
「あなたは…筑波音涼歌さん?」
翡翠碧……大仰な名前だな、そして全部難しい漢字だな。どうやら翡翠さんとやらはここでバイトをしているらしい。
時間としては九時前なので大丈夫ではあるけど、女の子がこの時間にバイトねー。
俺がその立場だったら怖くてやってられないな。
コンビニ内には俺達三人しかいない。
「――と天風君?」
「俺の名前まで知ってるとは。最近の女子高生はすごいなー」
「翡翠さんはここでバイト?」
「うん」
「そっかじゃあ家近いかもしれないね」
「そ、そうだね……」
翡翠さんが動揺している。
その原因は恋人疑惑、涼歌と俺だ。
夜まで一緒って結構進展してんじゃね的な勘違いをしているのかもしれない。
涼歌の方に近づいて翡翠さんに聞こえないように耳打ちした。
「嘘のこと説明してくれ」
「なんで私がそんなことを?」
「確実に誤解されてんじゃねーか」
「別に同棲してるくらいどうってことないよ」
「……そんなものなのか?」
「最近の女子高生はそうなんだよ」
どうにも胡散臭いけれどそういうことならそれでいい。いつの間にかここがギャルゲー世界になってたとしても俺はもう知らない。それに誤解を解くのは面倒だ。関石さんみたいに察してくれたら早いんだがな。
涼歌は早速コンビニを物色し始めた。付き人でしかない俺は目的もないので翡翠さんと雑談することにした。
「翡翠さん訊きたいことがあるんだけどいかな?」
「えっ、あ、いいけど」
突然正体不明の男に話しかけられて驚いた様子だったけれど愛想よく了承してくれた。
暇潰しのつもりでテキトーにそんなことを言っただけあって内容はやっぱり考えてなかった。
まぁ、関石さんの時と同じでいいか。
「関石さんのことどう思う?」結局した質問は違う内容っていうね。
思ってることとやってることが違うんだな俺。天の邪鬼か。
関石嶺華についての質問。天才的才能を持つスーパー女子高生(仮)。
「どう思うって直球だね。そうだね……優しいと思うよ」
「理想的だよな(顔とか)……それに大抵のことはできるっていう性能の高さな」
「一番以外取ったことないって感じだよね……実際そうなんだけど。本当にすごいとしかいえないよ」
翡翠さんは、別に喜んで話してはいなかった。テンションが下がったのはなんとなくわかった。
『すごいとしかいえない』
まったくその通り。それは今日の放課後の会話からも滲み出ていた。
だから俺が思ったことはいたってシンプル。
シンプル故に誰でも、翡翠碧でもそう思っているだろう。
「――つまり、遠いんだよな」
翡翠さんは肩を落としてそっと息を吐いた。
丁度その頃合い、謀ったかのように涼歌が現れた。その手の籠には大量のお菓子がある。
俺はそっとため息を吐いた。