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俺はいつも悪い意味で裏切る。  作者: 冷やしヒヤシンス
四章 痛烈なる夏休み
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11.大事の間隙

 

 翌朝、何とはなしにテレビを見ていると、横領事件のニュースが流れた。男性が捕まる姿がモザイクなしに映される。

 未成年ではないので、名前や年齢もしっかりと載っていた。


 もしも、そこに自分の血縁の名前があったら――考えるだけでうすら寒い。特に学校なんかに通っている若者ならばもっとだ。


「……こういうことなのかねぇ」


 学校という閉鎖空間――周囲から押し潰されるような錯覚が助長される。喩え友人がいたとしても、助けを求めることはできない。雰囲気がそうさせないから。

 馬鹿らしくはあるが、逆らった際に初めて気づく重みに耐えられるかわからない。

 同調圧力が尋常ではない。


「いやいや、怖いね閉鎖空間は……」

「中二病患者ですか?」


 お茶漬けを食べながら涼華が茶々を入れてきた。俺はカットオレンジを食べながら文句の一つ言った。


「中二病と言うよりも邪気眼だろ」

「どーでもいいけどさ」

「はい……」


 家でゴロゴロするのも悪くないが、晴れの日には外に出たいので重い腰を上げる。三島さんのことも気掛かりだがそれは涼華に丸投げしてショッピングセンターに行くことにした。

 何かを買いたい訳ではなく、商品を見て、よくわからない欲望を抑えるためだ。


 家を出て駅方面に向かって歩き出す。冷えた身体がじわじわと温まる感覚フェチ、俺以外にもいるはずだ。

 こんな暑さでも朝からランニングしている人はいて、清涼感のある格好で息を吐いていた。

 おや、ランニングをしている女性に見覚えがある。

「げ」と彼女――翡翠碧は嫌そうな顔を浮かべた。夏休み二回目である。健康的なことこの上ない習慣。服装も目に毒だ。


「朝からそんな顔してないで」

「ごめん」

「素直だな」


 それもそれでやりにくいが。

 足を止めさせるのも悪いので方向転換して翡翠さんと並走することにした。半袖半ズボンなので運動するのに問題はない。


「いつもどれくらい走ってるの?」

「五キロくらいかな」

「すっげぇな……」

「休憩も入れてるよ、こんな季節だし」

「そりゃそうだろうけどさ。でもそっか、関石さんと張り合ってたんだよな……なんか納得」


 完璧超人の関石さんに追い付こうとして尋常ではない努力をした翡翠さんは謂わば、完全凡人。むしろ人類最強の凡人と言ってもいい。

 なんか失礼な感じだが誉めている。


「朝、横領事件のニュースが流れてたんだよ」

「……うん、そうだね」


 唐突な話題転換に戸惑いを見せたが頷いてみせる翡翠さん。真面目少女なだけあって有名なニュースは大体押さえているらしい。


「もしもさ、その犯人が父親だったらどうする?」

「……突然何?」

「純粋な疑問だよ。俺ならどうするかって考えたけど……順当に不登校になるかなって」

「そういうことか……難しいね」


 走りながらも空を見て思考を巡らす翡翠さん。慣れ親しんだ道なのか足取りは依然として軽かった。


「選択肢はいくらかあるけど、学校には行き辛いけど行かない訳にはいかないしね。通信制の高校、もしくは資格のいらない職業を探すかな……漫画家とか」

「漫画家とな。意外な選択肢……絵とか得意なの?」

「苦手ではないよ」

「あぁ、関石さんの方が上手いけどってことか」


 後ろを取られて膝裏に蹴りを入れられた。絶妙に倒れない重さの一撃故、スピードダウンで耐えた。

 図星だったということで。そういえば関石さんが黒板で絵画していたことがあった。また見てみたい気持ちはある。


「でも、そうだよな……表には出ない職業が良いよな」

「数か月すれば忘れられるニュースでも本人はもしもを考えて生きなきゃならないからね」


 三島さんがそういう心境だとして、俺に何ができるのか。

 心配で仕方ないのなら学校なんて辞めても良いと俺も思う。

 それは人間関係のトラブルだから、人間関係を必要最低限まで切り捨てれば解決するのだ。その最低限には俺はなっても良いと思っている。少女一人を養うためだけにアルバイトするのは吝かではない。

 そういう選択肢があることを知って欲しい。


「――辛気臭い話はここまでだ。翡翠さんって近々ある花火大会見に行く?」

「うぅん、バイト」

「……お疲れさまだが大丈夫か? 普通に心配するレベルで働いているな……それこそ漫画家になった方が良いくらいには。月刊の」

「別に漫画家になりたい訳じゃなく、そういう選択肢もあるって話。コンビニでバイトしてるのも目的があるし」

「へぇ?」

「いろんな人が来て面白いんだよね」

「……俺のこと馬鹿にできないくらいには変った趣味だな」


 人間観察ってことじゃん。中二病か。ボッチなラノベ主人公か。


「天風君の趣味なんて知らないけど」

「ふむ、貶されたのは俺の被害妄想だったようだ」

「最っ低」

「申し訳ありません……」


 途中から着いていけなくなった俺はランニングを諦めた。適当に挨拶をして別れる。

 正直、翡翠さんの意見も参考になりそうになかった。

 彼女は関石さんと比較して常々絶望しているが、その際に獲得した技能は卓越的だ。一般人から見れば翡翠さんだって十分異常なのだ。凡才でも、こなせるのだ。

 だから、例え親に見捨てられてもめげないし、何とかするのだろう。

 普通だが、普通の仲では超越的だ。

 普通に何とかしてしまうタイプ。

 三島さんもメンタルが強い方だが、翡翠さんほど振り切れていない。


 父親の現状を見て、彼女は撃ち抜かれたのだ。

 それこと止まってしまうくらいに。


「いやはや一体どうしたものか……」


 現在は涼華が三島さんを見ている。滅多な気は起こらないとは思うが、あのまま停滞したままだと流石に困る。助けることはできないか――柄にもなくそんなことを思った。


 さておき、今日は一応予定があるのだ。

 こんな時に暇かと思われるが、三島さんの件より先約である。違えることはできない。

 集合場所である駅前のカフェに向かった。

 会う約束していた少女は既に席に着いており、流行りの何かを飲んでいた。茶色っぽい液体に黒い何かが沈んだ何かだ。相席するように俺は彼女の正面の席に腰かける。


「お久し振り」

「どうも、こちらこそお久し振りです天風先輩」


 如月君の幼馴染の後輩の右京苺。

 これから部活でもあるのかジャージ姿である。上だけ長袖で下はハーフパンツというスタイルだ。暑そうに腕を捲っている。

 涼華の実家に行く前の話では冗談だと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。彼女なりに真剣ということなのか。

 店員にオレンジジュースを言いつけて数分、届いたジュースにストローを突っ込みながら尋ねる。


「で、呼び出したということはどういうことなんだい?」

「実は先日、彼に会いまして……」

「告白した?」

「する訳ないですよ」

「そうですか。彼、相当モテるんだろう? 誰かと付き合ってはなかったの?」

「それは大丈夫でした、まだ」

「まだか」

「まだです」


 右京さんはブラックのコーヒーを喉に通す。


「連絡先交換しました」

「へぇ」

「ついでに……ちょっと思わせぶりなことしたり」

「面白そうだな、話を聞こうか」

「彼氏欲しいなぁー、って」


 微妙にちゃちなんだよな。

 多分気づかれてないし。


「露骨にボディータッチしたりとかさ、しなさいよ……いや、嫌ならいいけどさ」

「今どこ見ました? ぺったんこって思いましたよね」

「思ってない。性癖は人それぞれだから良いんじゃないか」

「良くはないです」


 気にしてる年頃らしい。

 だが、世の中には存外ロリコンが多いから大丈夫だ。愛の前にはどんな障害も無意味である。俺も好きな人と性癖は違った。不思議なことに好きと性癖は別ものらしい。


「よくあるラブコメ漫画とかラノベとかだとガチでスポーツやってるタイプってあんまりだよな。何がとは言わないけど」

「……無理って言いたいんですか?」

「劇的さ、っていうのは重要だと思ってな」

「劇的さ? 病気になるとかですか?」

「そんな感じ。俺、好きな人がいるんだがその人ともそんなことがあった訳だ」

「へぇ……」


 興味なさげだったのでこの話はやめよう。


「しかし、進行度的には絶望的ということは自身でもわかっているだろ? 仲良くしてる女子が他にもいるとか言ってたし夏休み明けはもう……部活が恋人っていうのでいいんじゃないか?」

「それは虚し過ぎますよ。花の女子高生ですよ?」

「そんなこと言っていたらまた夢のまた夢だな。それは劇的さが不可欠な人生だから」

「……意地悪なこと言いますね」

「人間というのはな、現状維持したがる生き物なんだよ。変化というのは危険も孕んでいるからな、生物的に避けるのは当たり前だ」


 男女交際というのはそういうハードルを超える必要がある。

 それ自体は恥ずかしいことではないが、無関係なモブからの反応のために我々はいつも現状維持を選んでいる。皆が皆そうだから、思い返せば何もなかった学生生活だと思うのだろう。また別の国なら事情が違うだろうが。


「周りからの反応っていうのもあるけどな。同じクラスの奴と取り合うとか最悪だし」

「あ、あはは……」

「その作り笑い……マジか。略奪愛とか言われたら心象悪そうだな。誰の目も憚ることのない関係じゃないとすぐ終わるから、卑怯な手は使うなよ」

「そんなことしませんよ。スポーツマンシップに則ります」

「それならいいさ。負い目も嘘もない方がいいからな。そういう点では君は結構良いと思うよ。ストレートに気持ちを伝えるのに向いている属性だ」

「属性……?」


 俺の言ったことのどれくらいを理解しているかはわからないが少しずつ進んでいる。結局は早い者勝ちなのだ。特に恋に関しては躊躇して後悔するのだけは耐え難い。目の前で寝取られたようなものだからな。


「花火一緒に見に行こうって誘えば?」

「多分、他の人と行く予定あるだろうし……」

「祭の後、二人きりになれる時間くれませんか? って送るんだよ。そこで告白してみよう」

「ノリが軽い!」

「特殊状況で告白するっていうのは大事だけどな。クリスマスとか修学旅行みたいに」

「でも告白はないですよっ」


 そういうのは大抵やってみれば呆気ないものだがな。職員室に入るのと同じだ。こればっかりは説明してもわかってもらえないので彼女に委ねるしかない。

 よくわからない話を切り上げ、解散する。


「頑張ってくれよ。次は成功の報告であることを望むよ」

「はい……」


 自信なさげな返事だった。


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