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俺はいつも悪い意味で裏切る。  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 君の従姉とその他と
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頑張ることの何が良いんですか

 

 基本的に食事に関心がない俺はご飯と醤油で一食二食三食はなんとかできる。マヨネーズでもケチャップでも、はたまたウスターソースでもうまければなんでもあり。


「雑」の一言。実はガチ勢だった筑波音涼歌はそれが許せなかったようだ。ささっとフライパンを乱舞すると。


「当店自慢の卵焼き、おあがりよ」

「その台詞言いたかっただけなんじゃないのか?」

「いいから早く食べて行こ」

「いただきますよ」


 卵焼き、ハムエッグ、スクランブルエッグ。このメニューに悪意を感じないやつは相当の鈍感だ。

 しかし、朝ごはんを作ってもらった以上文句は言えまい。卵かけご飯を主食に卵を食べた。


 こうして二人で並んで登校しているとやはり恋人同士だと思われるのか。自分からその種を育ててしまったんだけれど。


 あー、やっぱり見られてるよ。

 視線に振り返るとタイミングよく目を反らされる。元に戻す――と見せかけてもう一度振り返ると誰かと目が合い、おもいっきり視線を外される。

 くくっ……野次馬どもを弄ぶのは楽しい。


「って、何やってんだ俺」

「自業自得」


 そう言って腕にしがみついてきた。なんか沈むような感覚があるんですけど…うわぁなんかあれだ。


「やめて欲しいんだけど」

「恋人だから平気でしょ」

「やめてくれ。なんか変な噂が流れる気がするから」

「生徒コミュニティ的にはもう遅いと思うけどね」


 一日でもう手遅れとは恐るべし。実際そんな大きなことにはならないと楽観しているけど。そもそも俺がそんな噂を耳にする機会自体がないからな。


「あーでも、きっきーは割かしモテるから~。微妙な所だね」

「きっきーって俺のことをだよな。そして、俺はそんなモテてた記憶ないけど?」

「それは私がけしかけて無かったことにしたからね」

「思ったより最低なことしてるな!!!」


 俺にモテ期があったとは。そしてその時代は呆気なく過ぎていったとは。なんてな。そもそも涼華と同じ学校だった覚えがない。

 まぁでも告白とかされたところで一蹴していただろうけど。


「きっきーに振られるのと私が罵倒するのとどっちが最低かは自分が一番わかってるよね?」


 意地悪く微笑みながらそんなこと言ってきた。俺はまったく笑えない。実際どんなことを言うのかはわからないけど、きっと酷いことだ。最低なことを言っただろう。


 そう考えたら――まだマシだったのかもしれない。いや、そんなことは間違っている。けれどまだ優しい行いだったことに違いはない。


「世の中上手くできてるんだな」

「そうだよ。恵まれてることに気づいてないだけで。きっきーは私にもっと感謝すべきなんだよ」

「気持ち程度には感謝してるよ。地球の酸素濃度が約二十三パーセントであることくらいに」


 つまりどうでもいいってことだが。


「地球レベルの感謝とは嬉しいね」


 そう微笑んだ顔をしてますます強く腕を引き寄せてきた。こんなのを誰かに見られたらどんな顔されるか……同じクラスのやつがいませんように。

 割と死活問題になりそうだ。


「おいおい、何堂々と腕組んで歩いちゃってるんですか! 殴っていい? いいよね? じゃあ殴るから!」

「昨日から誰だよ君?」

「まだ知らなかったのかよ!?」


 どうやらこのチャラ男の名前は伊藤航太という。俺の後ろの席から怒り混じりで叫んできた。


「涼歌が勝手にな」

「あ、涼歌、涼歌ですか。名前で呼んじゃってますよね。あぁ、えぇ、そうですよね。当たり前ですよね」

「大丈夫か伊藤とやら?」

「何でお前みたいなやつにあんな可愛い彼女が……世の中不公平だ!」

「地味にディスってんな。まぁ、なんだ諦めろ」


 憔悴しきった伊藤航太は机に突っ伏した。しきりにため息していた。

 俺にはまったく心の籠ってない応援と諦めのススメくらいしかできない。


 冗談だけあって涼歌とは学校内では会話すらしなかった。

 そのまま放課後へ突入。図書室へ突入。あの眼鏡女子もいた。永久図書委員なのかもしれない。

 再び集中の海に没入する。読み込んで、思い出して。

 今日は休み時間毎の伊藤航太の攻撃により疲れてたので早めに切り上げた。

 受付台を横切ると一瞬だけ寡黙な少女は顔を上げる。視界に入っただけという風に。


 校舎を出ようとした時、後ろ髪を引かれる。

 それは完全に気まぐれだった――教室へ行ったのは。

 やっぱりいた。

 オレンジ色光が窓から差し込む教室で自分の席に座っている関石嶺華。空を眺めていた。


「…」


 開いているドア付近で身動きを止めて見ていると、関石さんは振り返った。気配を覚られたらしい。


「天風君…どうしてここに?」

「どうしてって――」


 なんとなくじゃ納得してくれないだろうな。けれど関石さんに会いに来たじゃキモいし。

 当たり障りなく適当に。


「――訊きたいことがあってさ」

「訊きたいこと?」


 関石さんは首を傾げた。風が吹き込んで髪がなびいた。

 適当に言っただけあって特に訊きたいこともない。なんでもいいから質問を絞り出す。


「あれだよ、あれ…――関石さんは何で放課後ここにいるのかって」

「ああ、それね」


 関石さんは視線を戻して空を見た。やがて答える。「なんか疲れちゃってね」


 疲れた―――何に? 『人生』にか?

 いい機会だから俺の思っていることを伝えた。


「疲れたって……これからもっと辛いことあるだろ。それって考えというか将来の見通しが甘い気がするような……しないような……」


 関石さんは席から立って窓際へ歩いていく。


「甘い、かぁ……でもそれは私も思ってるよ。それでも、頑張る理由がないんだよ。頑張れる理由がないんだよ」

「そんなに頑張って生きたいのか?」

 一瞬、言葉を詰まらせる関石さん。

「人生張り合いが欲しいのかな。こんな温い生活じゃ満足できないのかも」

「…」

「天才――っていうと自画自賛だけどさ、努力しなくても一番になっちゃったりさ。それって飽きちゃうよね」


 できすぎて飽きる。

 張り合いが無さすぎてやる気がでない。

 簡単に世界を攻略できてしまう。

 やっぱり俺には理解できない感情。

 できすぎることなんてない。張り合うほど何か為したことはない。

 けれど彼女は『天才』というやつではないと思った。


「そんな焦燥感にかられてね……景色でも見て気を紛らわせてたんだよ」

「そっか、そんなもんか」

「なんか言った?」

「いや、なんでも」


 一昨日の関石さんの反応はこの背景からきていた。もしかしたら俺に期待していたのかもしれない。この分だと既に無能認定されてそうだ。


「それにしても」と先程のテンションとうって変わって関石さんは笑顔で問いかけてきた。


「まさか君にあんな可愛い彼女がいるなんてね。その点に関しては負けたと思ったよ」

「涼華のことか……本当にそう思ってる?」

「正直に言えば疑ってるね。二人の反応からしたら恋人同士には思えないけど、朝腕組んでたって聞いたからそうなのかもって」

「観察能力も高いと、羨ましいな」

「それに名前で呼んでるしね。他にもところどころ違和感はあったけどさ」


 確かにこんだけ察しもよければ考えるのも逆に面倒になりそうだ。

 そういう価値観もあるということか。


「あれはジョークだから、見立て通り俺は無能だよ。君に勝てることなんて一つもない」

「そこまで自分を卑下しなくてもいいと思うけど」

「んなことないよ。ちゃんと身の丈を理解してるだけだ。それにこういう自分も好きだし」

「ふっ、羨ましいのはこっちだよ。気楽そうで……だからかな、こんな馬鹿らしいこと話しちゃうの」

「人間は完璧じゃないからな。持ってないものを求めるってことだろ」

「本当にそうなら世の中良くできてると思うよ。皆、真に求めるものは手に入らないってね。無能な人間を求めるってさ」

「……なかなか面白いこと言うじゃないか。涼華が聞いたら喜びそうだな」

「変わった娘だね。君の従姉だけはあるのかな?」

「そこまで見抜くとは……流石というか、ものわかりがいいやつは結構苦手かもしれない」

「正直だね。けどあんまり似てないから半々だったよ。それに読心術もあんまできないタイプだし」

「できるのかよ。思考のトレースとか」

「そこら辺の単純な人ならね」


 彼女も心では相当やさぐれている模様だ。関石さんから見ればクラスメイト達は馴れ合い、ぬるま湯の浸かり合い、傷の嘗め合いをしてるように映っているのかもしれない。

 それは限りなく俺に近い思考領域――だが少し違う。


 そしてそんな茶番を自ら演じているのが最大の相違。

 それで、飽きる。飽きる。

 何故そんなにも飽きることをやってられる?

 けれどこの疑問をぶつける前に彼女は、関石嶺華は机にかけてあったバッグを取って俺の横を通った。


「今日はなんか喋りすぎちゃったかな。今の話は無かったことにして、明日はいつも通り宜しくね」

「……わかったよ」


 関石さんは良い娘だ。

 自分は有能だと理解した上でも、他の人を無能と蔑みはしなかった。心で思っていてもそれはそのまま心の中で抑えているということだ。

 昔の俺にはできなかったこと。

 俺が、この俺が、こんな不思議な感情を抱くとは思わなかった。


「本当に理想的な女の子だよ……君は」


 心からの言葉だった。

 そして、それは彼女にとって最低の言葉だろう。


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