疲れましたか?
これはマジでキツいって! むしろ面倒だって!
涼歌の吐いた嘘は随分と直球なものだった。それ故につけ付け入る隙も抜け道、屁理屈も働かない。こね繰り回してもどこかで無理が出てしまう。
「だーかーらー、別に付き合ってたりなかったり」
「どっちなんだよ!」
「というか君は誰だよチャラ男!?」
「えええぇ! 何でだよ、俺だよ俺!」
誰だよ?
まぁ、いっか。
とにかく涼歌のえげつない嘘をのおかげで他人にこんな根も葉もない嘘について訊かれることとなった。
曰く、『俺と涼歌、付き合ってるってよ』だ。
三回くらい訊かれたからはもう、誤解を解くのは面倒なので、乗ることにした。別に不都合は生じないだろうし。
「付き合ってないとみせかけて、実は付き合ってるんだよ、これが」
「……マジかよ、殴っていい?」
「んっ!? 皆さん落ち着いてください! エイプリルフール! エイプリルフール!」
近くにいないはずの男子生徒まで俺のことを鋭い眼光で睨んできた。みてくれだけならって、あのみてくれでこの嘘は質が悪いどころではない。
しかし、同棲していることを言ってないようで、感謝というのもおかしいが切実に安堵。
それに面倒だから嘘に乗った訳だが、あくまでそれは建前で。本当の腹は涼歌を出し抜こうという浅はかな抵抗だ。
その代償として暫くは平穏な生活ができなくなってしまったんだけど。
これは涼歌がいろんなクラス、いろんな学年の人と仲良くしようとして有名になっているのが一番のファクターだ。八方美人様様だな。
春休み明け初の授業のため集中を保つのは難しかったけれどなんとか六限まで耐えきることができた。
敵は眠気。
体に力が入らなくて頭が揺れ動く。挙動不審だと周りの人に思われてるに違いない。どうでもいいけど。
「図書室寄ってから帰るわ」
流れで涼歌と帰る感じになったけどそう伝えて学校に留まった。これ以上嘘に尾びれ背びれがついたら収拾がつかなる。
「じゃあまたね」
俺にしか聞こえないように囁いてから早速仲良くなったクラスメイトとともにさっさと帰った。その間もザワザワしていたが、あいつもあいつで満更でもなさそうだった。
この高校は主に二つの校舎で構成されている。教室等がある一般棟と特別施設のある部活棟。
一般棟。二年の教室は三階、そして図書室は職員室の隣で二階に位置している。
昨日、放課後に勉強をしていた時に関石さんに会った。だから家で勉強しようと思っていたけど涼歌がいるからそれはできそうにない。
故に図書室。
図書室故に。
今朝の眼鏡女子が受付台に座って本を読んでいた。改めてみると背中くらいまで伸びる綺麗な黒髪の娘だった。
戸を開く音で気づいたようで軽く会釈したので同じく返した。
別に俺は人を無視するほど嫌なやつではない。しかし、一度会ったからって仲良くするほどのお人好しでもないことを一応ことわっておく。誰かに。
読書スペースは無人で自由に席を使えた。一年の時はまったく使ってなかったので存外新鮮に感じる。やっぱりラノベコーナーは少ない。途中の巻からとか絶対おかしいし。
奥の席を陣取って数学Ⅱの教科書を開いた。前回から続けての予習。関数や図形は得意ではないから適当。
題名からしてもうムカつく。読み込んで、読み込んで、また読み込んだ。思い出して、思い出して、思い出した。
予定では一時間で切り上げるつもりだったけど、時の流れは早く、三十分オーバーしていた。
急ぐ用事がある訳ではないけど、手早く教科書をバッグに詰め込んで図書室を出る。
校舎から出て、自分の教室を見上げてみると。
「関石嶺華?」
窓際で空を眺めて黄昏ている可憐な少女。昨日も最後まで教室に残っていた。
部活動をやってる風でもないし、委員会とかはまだ始まってすらない。
何でだろう。
涼歌のこともあって周りのことにも関心を持つようになり始めたこの頃。実際に何かしなくても考えるくらいはするつもりだ。
歩きながら理由を考えた。
流石に思考をトレースすることはできそうにないが、それっぽい理屈をこね繰り出す。
「景色が綺麗だから」
「教室が好きだから」
「家に帰りたくないから」
「学校暮らし」
「学校から離れられない地縛霊」
「もしくは……感傷?」
郷愁と感傷の違いをいまいち理解していないがそんなことを思った。気持ちはわからなくもないこともない。後悔の方が俺にとっては身近だけど。
ほぼ初対面だからわからないのは仕方ない。うん、もう家に着いたからいいや。
最近は父親は夜遅くに帰ってくるので暫く会ってないな……つまり奴と二人きりか……。
だから自炊する必要がある。
つまり涼華とのエンカウント率が増えることとなる。つまり不幸。
「だーかーらー、自炊だって。ピザ頼むな! 寿司頼むな! マック行くな!」
「冗談、冗談だってば。本当面白い反応~」
「はぁ……そんな予感はしてたよ。とにかく俺料理できないから覚悟しとけよ!」
「これも冗談だって。わかったわかった、ちゃんと私が作るから。こう見えても料理はできるよ」
「どう見てもわからないな……」
しかし、実際作ってしまうのだから頭が上がらない。そんな素振りみせたら付け上がるから素面を通したけど。
確か二年前は料理とかからっきしだったのにな。変わってる、か。
今まで俺って全然変われてなかったんだな。いつの間にか大きな差ができていたのだと思うと情けない。
失敗するのは人間である以上仕方ないけどさ。
「なぁ、涼歌」
「何?」
「ノスタルジックな気持ちになるのってどんな時だと思う?」
「……私にそういうのには縁がないな~。でもなんとなく疲れた時とかじゃないの」
「疲れね……俺もいつも疲れてるけど」
「眠いだけでしょ」
「それもそっか。俺がそんなけったいなこと考えてる訳ないよな」
「疲れたってのは『人生』にって意味だけどね」
急にぞっとするようなことを言った。しかし俺も慣れてきたので聞き流した。
関石さんが『人生』に疲れてるか。可能性としてはなくはないけど、この若さで何考えてるんだ。
世の中もっと辛いことあるのに、考えが浅はかというか。見えてる世界が全てだと思うのは若気のいたりか……って何様だよ俺。
「君が他人に興味を示すなんてね。小学生以来じゃない?」
「他人に? 何故そう思う?」
「さっき言ってたじゃん、そんなけったいなこと考えないって」
「最近はそんなでもない……かも」
「はー、もう風呂入るよ」
この話の切り上げ方だよ。適当な理由を付けて話を終わらす方法。
昔俺が涼歌に対してまったく同じことをしていた。何回か泣かせちゃってたな……地味に気にしていることだったりする。でも何故かそれでも仲良くしようとしてきたのだから不思議だった。
「なんか他人のこと考えるのって面倒だな」
ソファーに仰向けに寝て天井を無意味に眺めた。慣れないことはするものじゃない。眠くなってきた。
こういう時は可愛いメイドのことを考えるに限る。
あぁ、いいわ。うわぁ、妄想だけでキュン死するわ。
ていうかキモいな、俺。