エンドロール
六月目前、テストが帰ってきてクラス内はざわついていた。有象無象が有象無象のように騒いでいる。
一番前の席だからその騒ぎに巻き込まれることはなかったけれど、また別の酷い目に遭った。
苛められていると言っても過言ではない。肩身が狭いどころじゃなかった。
周りに女子が集まって俺を詰る大会が始まった(企画、関石嶺華、筑波音涼歌)。
完全満点回答をしている関石さんがほくそ笑みながら「天風君は合計点数何点だった?」と訊いてきた。
そんな嫌われるようなこと言ったっけ?
テストなんて気にしないから言うのはやぶさかではないけど……馬鹿にされるような絶対。
「なんだっけ国語、数学二個、英語二個、社会、理科二個だから満点で八百か」
一応確認してから。
「その前に皆様の点数を開示してください。レディーファーストと誰かも言うじゃないか(俺は絶対言わないけど)」
「そうだね。じゃあ一番関石、八百点」
「予言通り」
「まぁ、あの程度はね」
「私は――えっ何? ――ええと二番翡翠、八百点です」
「すっげぇ無理矢理言わされてたけど、予想通り」
「予言……予想……格が違うと言いたい訳ね……」
「そんなつもりはないんだが」
「三番筑波音、八百点!」
「嘘吐くな」
「本当だよ!君と一緒にしないでよ!」
「いやいやなんだかんだ四捨五入して八百なんだろ?」
「嘘偽り無い真実だから! 証拠もあるよ」
涼歌は手にある個別成績表を押し付けてきた。
「……皆さん満点ですか……このテストだいぶ簡単だったんですかね……ははは……」
「「「で?」」」
「ハモって訊くなよ」
「「で?」」
一人減った。翡翠さんは良いやつだった。
「いや」
「「で?」」
圧が厚かましいというか。目力が凝っているというか。
「期待に応えられるようなものではないですよ……」
こんなのは耳にも入ってないらしい。顔を見合わせてニヤニヤしてるし。
「関石さん……もしかして賭けでもしてるのか」
「あれ、何でわかったの?」
本当だったのかよ。
まったく、参考までに聞いておくか。
「関石さんは何点に賭けたんだ?」
「七百五十から七百九十」
「翡翠さんは?」
翡翠さんがこういうことするとは思っていなかった。
「六百前後かな」
「それは流石に低過ぎだろ……涼華は?」
「興が醒めるような八百点」
そんな訳で出揃った訳だが。
「誠に答えにくいですね、というかそんな義務ないよな?」
「いいから」
「ここ最近の関石さんの行動は目に余る」
「で?」
世の中なかなか面白いことはない。むしろ裏切られるようなことの方が多いくらいだ。
だから俺のテストの点数が興が醒めるものなのは仕方ないのだ。
「八百点」
期待を裏切る満点。
それもこれも涼歌が台無しにしたのが悪いはずだ!
何かこの一ヶ月、二ヶ月の間で起こったことは特別か、そうでないのか。
ただの日常の営みに過ぎなかったのか。
世界の歯車。
あってもなくても変わらないようないとも容易い存在である個が、何かして何かを得ても世界に何の変化はない。
とるに足りない。
全て御託だけど。
そんなことを気にして生きてるやつなんてなかなかに歪んでいる。
そんなのは思春期。思春期だってそうじゃなくたってそれはいつか考えるのを止める日が来ること。
すがるのは反実仮想、現実逃避か。とても醜い。中二病なら痛い。
大人になるにつれ無意識の中で自分はとるに足りないと理解する。
先輩や上司に逆らえない時点でもう落第というもの。
それはいつも言っている仕方ないことだ。
どこにでも溢れている仕方ないこと。
いつかに俺はそれに抗おうとした。徹底的なまでに利己的に、個である存在を実感しようとした。
特別になりたかったのかもしれない。
どんな方法でも良かった。だから沢山の人を傷つけた。そして後悔した。
人間は後悔する生き物だと巷では聞く。その通りだと思った。
けれどこれも仕方ないことだった。
そう、仕方ない。
俺はそれに抗おうとしたのに、結局向かう先はそこだった。
当時の俺がこんなことを考えていたかと訊かれれば断じて否と断定できる。ただ訳もわからず後悔して、世の中を投げ打っていた。
俺の不幸な過去。
あくまでも主観的な不幸。
「最近幸せだと思ったことは?」
ある休みの日、三島さんに訊いてみた。
「幸せですか」と、呟いて首を傾げる。
「そうですね……今こうして居候させてもらってることですかね。私よりも苦労している人はもっといますから。とても恵まれてます」
「三島さんは偉いな」
「天風君が助けてくれたんですよ」
模範のような、とても素晴らしい答えだった。だったら眼鏡じゃなくてコンタクトにしてくれと頼んでみようかな。
「翡翠さんは?」
「突然『翡翠さんは?』と訊かれてもわからないから」
そんな訳で登校して直ぐに翡翠さんにも訊いてみた。
「幸せなこと?」と、呟いて腕を組んで唸った。
「幸せかぁ……最近はそう思ったことは無いかな。こういう考え方を君なら傲慢とでも言うのかな」
「んなこと無いよ。主観の問題だと割りきれるし」
「そうだなぁ……でもなんだかんだ今が幸せかな」
「ありきたりだな」
「今は楽しくて仕方ないんだよね。悪いことがあってもいつかは良いこともあるってわかったからね」
嬉しそうにそう言ったので俺まで微笑んでしまった。
普通だけど、普通は悪いことじゃない。
「関石さんは?」
「そうだね……」
休み時間冗談のつもりでこんな風に訊いたが、内容を聞かずともわかるらしい。今さら驚きはしないけど心を読まれてるようで不快。
「今までと比べたら幸せになったとは思う。最近まで考えてた理想とは違う形だけどね。でもそれなり満足はしてるかな」
「そっか良かったな」
「何その態度?」
「幸せはいいことだから。関石さんも幸せで良かった良かった」
「適当……やっぱりどこまで来ても天風君は変わってるね」
「変われてるのなら俺は嬉しいよ」
「そういう意味じゃないけどね。まぁ、何にでもチャンスがあるってのはこの世界の最も良いとこだよね」
関石さんらしい答えだった。彼女の望む幸せはそう簡単に手に入るものではないようだ。
それもまた素晴らしいことだろう。
「涼歌、今幸せか?」
「藪から棒にどうしたの?」
涼歌は早速理由を訊いてきた。
こういう人もいるだろう。
「ただ訊きたかっただけだよ。幸せか?」
「幸せだよ」
即答だった。
「それはいいな」と、言おうとしたけど涼歌に「だけど――」と、遮られた。
「――少し不幸かな。やっぱりなかなか上手くいかないから」
「そうなのか。まぁ、そうだよな」
以前俺は涼歌を最低と言ったけれど、俺の影響を受けて最低になったと言ったけれど、何故か最低な風に演じてると言ったけれど、だからって俺と涼歌は全然似てない。
顔はそこそこ似てるけど、中身はまったくもって似てなかった。
なんだかんだ仲良くできてたのも涼歌が協調してくれたからかもしれない。
「今の確実な幸せと、これからの未確定の幸せ。どちらを取るかなんだよね」
「好きな人に告白するみたいな感じだな」
「なかなか言えてる例えだね」
涼歌がこんなことを考えてるなんて思いもしなかった。従姉だからって知ってる面をするのはよくないな。
『なんで俺にも訊くんだよ……女子だけにしとけよ』
放課後なんとなく相川に電話してみたら一言目でこんなことを言われた。
天才とかそういう次元ではないだろこれは。ESPだっけ?
「幸せとは?」
『ったく……そうだな、俺なら不幸じゃないことだ』
「不幸じゃないことだって?」
『不幸じゃなければ幸せ。文字通りだよ』
「なんかあっさりしてるな」
『俺は生まれた頃から極端だったから幸不幸に関しては二元論的なんだよ』
「そりゃ、面倒だな」
『幸せの総量も不幸の総量も同じなんだから世の中上手くできてる。良いことあれば悪いことあるってこったろ』
「結局そこに行き着くのか」
番外編的な感じだったけど価値観はやはり人それぞれだと深く思う。
幸せの形とは。
形はそれぞれ違うけど。
それはきっと良いことなのだろう。
『幸せになるのに権利なんて要りません』『幸せになりたければ、幸せになるしかありませんね』『できますよ、あなたならできます。それは私が保証します』『だって、君は―――君自身を大切にできるのですから』『きっと、大切なものを愛せます。そして幸せになれます』
「あんな人になりたい……」
心からそう思う。
その言葉で俺は救われた。
いつかは俺も誰かを救いたいと心から思う。
誰かを幸せにできるなんて幸せなことだから。
少しは近づいてるのか。
今も失敗しているのだろうけど、この道はどこかに続いているはず。
「とにかく頑張りますから」
いつからだろう。
いつからか積極性の無い人間になっていた。
多分、小学生くらいの頃だと思う。
理由は色々だが、普通に恥ずかしいと感じたからだろう。
中学生になってからはむしろ消極的になってしまっていた。小学生時代の続きで、エスカレートしたのが理由だろう。
積極的に消極的だった訳ではない。
消極的に積極的だった訳でもない。
けれど、まぁ、その頃は無関心と表現するのが一番適当だ。
それでも友達はできたのだからまだマシなのかもしれないけど。
相川彩斗と赤神乙女。
それなりに仲良くやってはいたが俺の奇行には手を焼いていたらしい。どうも俺が平気な顔をしてるから言うに言い出せなかったようだ。
俺の過去はおいといて。
席替えが行われる。
六月初旬、慣れ親しんだ席と別れる日が来た。
いつかの学活的な時間を潰して行われる。
ありきたりにくじ引き決められる訳だが少し問題がある。問題というほどではないが誰から引くのからということ。
俺はいつ引いても俺は構わないと思っている。俺が当然のようにそうだからって他がそうとはならないのだが。
わいわい言い合った結果適当になった。
しかし、それならそれで不公平だと言いたくなってしまうのだから俺もまだまだだ。
くじを引くのが早ければ早いほど席の選択は広がる、後の方にはいい席は残っていないのが定石。
「希望通りの確率は限りなく低い」
それでも。
俺は自ら、誰かを押しのけてまでくじを引きたい訳じゃないのだ。
無欲ではない。
これこそが無関心なのだ。
席替えくらいでマジになれる訳がない。そう思っただけでいとも簡単に停止する仕組み。
そんな俺とは裏腹にクラスメイトはくじを引いては一喜一憂していた。生まれてこのかた表合ったことはないけど。
ラノベを読んでいると担任の先生が俺の名前を呼んだ。「天風」と。
すっと立ち上がることなく目線だけ先生に向ける。名前を呼ばれたのは確認のためだ。
俺以外の席が全て決まれば消去法的に何もしなくても決まる。
「こっち来て」
けど、そう呼びかけられた。まぁ、そんなこともあるか。問題児扱いされているからな。
しかし、そういう訳でもないらしい。
「関石さん……」
「はい、二択」
数分前まで紙の塊が乱立した箱も今では二つしか残っていない。俺と関石さんのくじ。
「なんで引かなかった?」
「自分の運を試したくてね。実力でカバーできるものじゃないからさ」
「理由が比べ物にならないくらいスケールがでかい」
「いいからいいから」
「はい」
左右の左を選んだ。
マルバツクイズでわからない場合バツを選びやすい、そんな統計がある。
だからなんだって話だけどさ。
「十八番……」
世の中、ご都合主義であっても都合主義ではないらしい。
新しい席は窓側の一番後ろの席だった。
信じられないことに前の席は関石さんだった。
別にいいけど。
相川風に言うならまぁ不幸じゃない、って感じか。
「関石さんもいい感じに馬鹿になってきたな。馬鹿はやっぱり楽しい」
考えなくてもいいというのはほんとに時間が勝手に進んでくれる。
「天風」
「はい、なんでしょう」
担任に呼び止められた。たまにある。
「最近調子良さそうだけど何かあった? 言いたくなければいいけどさ」
「はぁ……生きてるのが楽しいからですかね」
「その台詞の奥の闇は深そうだけど」
「なんというか夏休みが楽しみでしょうがないです」
「?」
ただ楽しみなことがあるだけで頑張れる。目が醒める。
いつも支えてくれるドーパミンのおかげだろう。
「――最近暑くない?」
「確かに暑いね。もう海開きしてもいいんじゃないかと思うよね」
「そうだね。折角だから休みの日に皆で行っちゃう?」
「いいね嶺華、明日土曜日だけどどうする?」
「う~ん、早すぎるかな」
「いいんじゃない? 適当に他の人も誘ってパーっとさ!」
そんな女子達の会話を遠くから聞いた。
誰が何を喋ったのか俺にはわからないがらまぁ、女子の気安さというのはこんな感じなのだろう。
と、いう訳で六月だけどとてつもなく暑い日が続いた。
太陽マンが仕事をし過ぎて地球温暖化になってしまうじゃないか。そんな妄想をして。
美しい景色が好きなので、暑さもいい風情だと思う。特に海を連想させるのがいい。
口癖のように夏休みにならないかな、と呟いた。
おっと、視界内に関石さんと翡翠さんが入ってきたぞ。この組み合わせはなかなか久しい気がする。
「天風君、明日暇?」
「第一声がそれですか関石さん」
「話聞いてたでしょ。知ってるよ」
「知ってるとか怖いわ」
最近は俺のことを全て知ってるようなことを言うので本気で引いてる。三島さんの居候のことも何故かバレてたし。
「盗み聞きしてんのなら話は早い、明日遊ばない?」
「遊ばない」
「即答……なんで?」
「面倒だから。それにそこまで仲良しじゃなかったはずだけど」
「酷い」と翡翠さんが言った。お互いに言い飽きたし、聞き飽きた。
「別に私達だって君と一緒に行きたい訳じゃないよ」
「は?」
あなた達は俺をイラつかせるために話しかけてしたのですか?
「違うから、男子の人数が足りないだけだから」
「人数? うわぁ……」
なんかアニメとかでよくある合コンとかの台詞。是非とも参加は避けたい。
海を見るのは好きだけど、海に入るのは好きじゃないし。
「これじゃあ伊藤君一人になっちゃうからさ」
「北山さんも行くのね」
そんな話は聞いてなかった。
まぁ、勝手に行ってくださいという感じだけど。
「別に誰がいたって行きたくないけど……そもそもなんで俺? 男は他にもいるだろ?」
「それは君じゃないとダメな訳があるんだけど」
「はー」
「とにかくお願い! この通り」
関石さんは顔の前で両手を合わせた。わざとらしくウィンクとかしてきたからさらさらお願いするつもりは無さそうだけど。
「…………」
今までの俺だったら何をされても確実に断っていただろうが、後悔しても頑張ってみようかなという心境にある。
それに案外楽しめるかもしれないし。女子が多いのが気にくわないが、自分に都合のいいことはそうそう起こらないか。
「わかったよ、行くだけ行くよ」
「やったーありがとー」
「棒読みで言うな」
翡翠さんは冷たい視線で俺達を見ていた。今回はそんな変なことはしてないはずだけど?
放課後。
明日の計画を軽く話して即帰宅のつもりだったが気まぐれで図書室に赴いた。
とりあえず「こんにちは」と三島さんに言った。相変わらず図書室には人はいなかった。
「どうも」
本から顔を上げて軽く会釈。いつも通り。
今のうちに明日のことを伝えてお――……くのは晩御飯の時でいいか。
「今日は何時に帰るの?」
「五時半ですが」
「あと一時間ね。しばらく待つから一緒に帰ろう」
「えっ」
驚いている。顔を赤くしているが、そんな意図はまったく無い。
とりあえずラノベでも読んでるか。
入口に面した棚に気持ち程度のラノベが並べられている。有名な作品だけど読む気にはならない。
俺の好きなあれは、無いか。
結局、自分で持ってきていた読み飽きたものをパラパラと捲った。
本を読むのに飽きると図書室を歩き回って三島さんの集中を阻害したり、高い位置にある本を確認するため踏み台を持ってきたり、星についての図鑑を読んだりと。
一時間がたった。
「じゃあ行くか」
「はい……」
図書室にしっかり鍵を閉めてから、職員室に鍵を返して、昇降口へ。
「六時近くになってもまだ明るいな」
「早くも夏って感じですかね」
「うん、綺麗な空だ」
空とか見てると、海と同じように悩みが吹き飛ぶ。なんかホルモンが頭から出てるんだろうな。ビタミンDを摂取してストレス解消というのもなくはないけど。
「そうだ忘れてた。明日俺と涼華、早くに出かけるから宜しく」
「私もバイトがあるので家開けちゃいます」
「そうなんだ」
とりあえず目的の一つは達成した。
居候生活も一ヶ月がたった。そろそろ彼女のお宅の事情を垣間見てもいいかなと魔が差す。
けど、結局止めた。
関係が進展することが最善という訳じゃない。それに受け取りかたによっては出ていけと間接的言ってるようなもの。
「うーん」
「えっと、どうしたんですか?」
「いや、三島さんに家庭事情について尋ねようと思ったんだけどなんか複雑な雰囲気になりそうでどうしようかなと迷った挙げ句に、なんか面倒だからいっかってなったけど、流石にそれはないんじゃねと考え直して、でも実際いつかは訊かないとだからなぁと唸ってただけ……と見せかけてここで退くのはなんというかチキンな俺としては当然な帰結なのだけれど、実際どうすればいいのかわからない感じなんだよね」
ノンストップで言ったので結構疲れた。普通に五十メートル走気分。慣れないことはほどほどにしないとな。
「あっと」
三島さんを困らせることに成功した。
大失敗じゃないか。
もっと、軽い雰囲気になると思ったのに……ジョークとかは向いてなさそう。そういえば涼華も三島さんのことをそんなにからかってなかったわ。
その分、翡翠さんで遊んでるって感じか。尚更質が悪い。
「まぁ、それはおいおい」
「……はい」
こういう雰囲気になっちゃったよ。
「今の無しで。俺忘れるから、三島さんも忘れてくれ、はい!」
掌を強めに叩く。
完全に忘れた。何か忘れたという自覚はあるけど何を忘れたのかが思い出せない。
そういう設定でいかせてもらう。
プライバシーに踏み込むのはなかなか難しい。信頼されるのもほとほと悩ましい。
まぁ、いっか。
最後に。
最後の最後に。
筑波音涼華。
最近何かと振り回されているものの、今の人間関係は涼華が無ければ成り立たなかった。雀の涙ほどの恥ずかしさがあるから本人には言える訳がないけど。
「前々から聞きたかったことではあるけど、なんで実家じゃなくて天風家から学校に通うことにしたんだ?」
「別に大した意味は無いよ」
「ふーん」
大したことはないらしい。気まぐれというやつだろうか。
残念ながら付き合いは長くても仲は良くない。話すことがなくなった。
こういう時、自分って本当に何も考えてないんだなと思う。友達ができない理由の一つ。友達を自分から作ろうとしたことはない。
「そういえば明日出掛けるけど水着とか持ってんの?」
突然のことだから準備できてないってこともあるだろう。一人くらいは持ってないとみた。
「うん、あるよ。サイズが合ってるかはわからないけど」
「…………」
「最悪海で買ってもいいし」
「まぁ、売ってるよな」
本格的に話すことが無くなった。いや、癖のあるタクシードライバーじゃあるまいしわざわざ話すことはないんだけど。
なんというか締まりが悪い。ここは一つ涼華に終幕の狼煙をぶちまけてもらいたかった。
「愛してるゲームしようぜ」
「は? いきなり何?」
「じゃあ暴露大会」
「いや、意味わからないけど」
「そんなに却下するなら涼華が締めろよ」
「だから何を!?」
俺達は気が合わないらしい。
「気が合う合わないの問題じゃないから。意味不明な流れだったけど」
「まぁ、そうだな今のは忘れてくれ」
「なんか最低だね」
「なんたって俺の十八番は裏切りだからな。にしても眠くなってきた」
「勝手に話終わらせといて、いつも通りだけどさ。私も疲れたから寝る」
互いに理解しあえず、つまりは互いに理解しようともしない。
けれど、どちらもそれを気にしない。
気の置けない。
気の置ける。
どちらとも言える関係はどこかで妥協されている。協調できずに歪んでいる。
しかし、人間関係なんて本来はそんなもとだろう。
わかってるようでわかっていない。一方的に理解したつもりになっていることだって多分にあるはずだ。
それが顕著に表れただけでしかない。
顕著に表れたから、顕著に妥協した。見える分だけ分かりやすい。
簡潔にして、簡素な関係と言える。
では、それに名前を付けるなら――従姉か? 友達か? 知り合いか?
どれもしっくりこない。
盟友?
朋友?
戦友?
親友?
じゃあ仲間か?
「涼華。俺達の関係ってなんだろうな」
リビングを出て行ってしまう前にその背中に訊いた。そして、扉の前で立ち止まった。
涼華は無言のまま振り返り。
「家族」
一言だけ。
完全に忘れていた。
「家族ねー、家族。まぁ、まぁ、まぁ、悪くないな」
その時、俺が考えていたことはそりゃもうくだらないことだったけど。
少なくともどうでもいいと切り捨てられるものではなかった。
とりあえずここで打ち止め。色々考えることがあるため色々です、はい。
時間は有限ということで、暫くは。