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俺はいつも悪い意味で裏切る。  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 君の従姉とその他と
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元の位置に回帰

 

 世の中上手くいかない。以上。


 ゴールデンウィーク二日目、翡翠さんとちゃんと話すために約束を取り付けたが、バイトの都合で朝会うことになった。

 午後でもいいと言ったが、色々あると拒否された。

 忙しいこった。

 目覚めは遅いことはないから、問題はない。

 そう、いつもなら。


 朝にやっている喫茶店はないので適当に休めるところ、つまり公園に八時に集合することになっている。

 七時半、皐月晴れでも見ようかとそれよりも早く家を出た。

 清々しい青空。

 綺麗な景色を見ることが趣味になるかもしれない。趣味というよりも現実逃避に近そうだが。

 そもそも趣味は現実逃避の手段でしかない。こんなネガティブなこと言ってたら怒られそうだ。


 公園だった。

 そこに誰かがいたのは。

 言わずもがな、三回目の彼女。名前は咄嗟に出なかった。

 けれど、違和感は瞬時に浮かんだ。

 何故、制服なんだ?

 嫌な予感がしてしまった。

 元から、前にここで会ってからも思っていたことだけど。

 嫌な真実味を帯びてくる。

 思考する前に俺は、彼女の肩を叩いていた。掴んでいた。


「三島さん」


 震えが返ってくる。

 振り返った、その表情は前と同じで驚きと怯えを集約したもの。

 けど、こんなことに怯んでる訳にはいかない。

 拒絶されているのは、目を見ればわかる。眼鏡を通しているけど。

 けど言わなければ、と。

 急かされるように。


「まさか、家に帰ってない――どころか、そもそも無いのか?」

「……っ」


 震えだった。またしても返ってきたのは震え。

 三島さんの正面へ移動して、俯いている顔を頬を挟むようにして無理矢理上げる。

 そして見詰め合う。別に意味はないけど。

 しばらくの思考の後に、顔から手を離した。


「とにかくこっち」


 腕を引っ張った。


「えっ、天風君?」

「とりあえず俺の家に来てくれ」


 悪いけど翡翠さんの用事はキャンセルする。バイト中暇だったらコンビニで話そう。


「待ってってば!」


 掴んだ腕を弾かれた。そして三島さんが大声を出したのを初めて聞いた。

 あ――。

 無意識だったけど、関石さんに抱き付いたのと同じくらいのヤバさだよな。

 うん、手遅れになる前に、間髪入れずに――。


「土下座しますから許してくださいませ!」


 砂利に額をこすり付けた。

 二回目だけあって流れるような動作で体勢を作り上げた。もしかしたら関石さんがやる土下座より上手いかもしれない。

 案外自信はあったり。


「許してください! 肋骨一本、いや片腕までなら我慢しますから! 是非踏んでください!」

「ちょっ、や、やめてください!」


 動揺している、計画通り……――くっくっく。

 一も二もなく謝るというのはやはりいい。流石に公園ならクラスメイトもいないだろうし。いやフラグじゃないけど。


「お許しを! 三島様!」

「わかりました、わかりましたからぁ!」

「あなたは女神か何かか?」

「違いますから!」


 こんなに大きな声を出すとは。それに声色は鮮やかだ。

 むしろ、大声に慣れてるように聞こえた。


「じゃなくて、何のつもりですか?」


 ここでようやく頭を上げながら「ゆっくり休めるとこに移動しようとしただけでですね。ここから近いんですよ」


「でも男の子の家に行くのは……いやいや普通に嫌です」

「え、何で?」

「何でって、何でわからないんですか?」

「対策と今後の方針を決めるだけですよ」

「何で君が私のこれからを決めようとしてるんですか? おかしいですよね?」


 覚醒三島は饒舌だった。


「そもそも何故天風君が私の事情に首を突っ込むんですか?勝手に踏み込んで同情しないでください。迷惑です、不愉快です、時間の無駄です」

「ずかずか言いますね。俺もよく言われてたけど」

「私が勝手にやってることなので触れないでください。忘れてください。帰ってください」

「同情と言われたらそうかもしれないけど、助けたいんだよ」

「たかが高校生に何ができるっていうんです? できたとしても拒否しますが」


 できたとしても拒否するって、こう言われたらどうしようもない。

 けど、どうにかできる可能性はかなり高い。

 だから、切り出す。切り札を切り出す。


「もし、家に困ってるなら俺の家に居候してもいいから」


 三島さんは歯軋りする。

 何故ここで力強く噛み締めるのですか?

 けれど、その目には涙がたまって溢れそうだった。休日なのでハンカチを持ち合わせていない。


「っ……」

「色々あって母親の部屋が使われてないから」

「…………」


 同情するようことを言うのはあまり好きじゃないんだがな。いや、母親はちゃんと生きてるけど。


「それに前一緒にいた筑波音涼歌も同居してるから」

「なんっ!」


 次に、凄むような目つきを向けられるのは仕方ないとして、従姉であることを軽く説明した。

 誰も彼もに女たらしだとか思われるのは名誉のために避けたい。


「父親もほとんど帰ってこないし」

「そんなことはどうでもいいですよ。質問に答えてください」

「はい?」

「何故あなたは私を助けようとしているんですか?」


 それはなかなかに難しい命題だ。

 なんとなくで納得してくれる雰囲気ではない。


「ルームシェアとか憧れてたんだ」


 とも言えないとしたら、どうするか。

 とりあえず考えたことを伝える。


「初めて三島さんを公園で見た日、それは声をかけてないから知らないと思うけど、また次の夜は話しかけた。助ける気なんてさらさらなかったけど、今は違う。なんかさ、人を幸せにしたいと思ってるんだよ」


 命の恩人からの言葉。そういう風に生きられれば幸せだと教えてくれた。

 幸せ者の周りには幸せ者が集まる。それが更に幸せだと。

 あの時は綺麗事だと言ったけど、確かにできたら良いと思う。そんな世界があったらと思う。

 なんかそういうのクウガにあったなーとか思いながら。

 自分勝手かもしれない。いや、間違いなくそうだ。

 それを押し付けているに過ぎない。こういうのを愚かだと俺は考えていた。

 けど、その考えもつまり愚かってことで。

 だから人間は、わがままと協調のお折り合いをつける必要がある。

 善と悪の折り合いをつけるように。

 誰がためにその立場を考えて、誰がために譲り合う。そういう世界であるべきだと心から思う。


 相手が困っていると、考えてそう思ったのなら手を差し伸べてもいいはずだ。


「困っているなら――この手を取ってくれ。居候がダメならまた別の方法を一緒に考える」


 先生とか警察には言わないからとは口が裂けても言えないけど。

 露見したら大問題だから今のうちに手を打っとくべきだとも言えないけど。

 見てられないからもう無理矢理連れて帰るとも言えないけど。


 多分だけど――拒否されても俺はアタックを続ける。三島さんの方が折れるまで何度でも説得して、土下座すると思う。

 だから、YESと答えてくれ。

 アイコンタクトは苦手だけどもう一度瞳を覗き込む。これもなんの意味もないけど。強いて言うなら誠意が伝わりそうだから。

 三島さんの手は震えていた。

 手を取ってくれそうで、届かない。

 けれど、やっぱり現実問題としてこの選択肢は取れない。聡明な彼女としては、どんなに破格な条件でも無理な選択。

 だから。

 だからこそ。

 その手を――掴む。


 別にそんな大したことじゃない。残念ながら、俺は女の子の手を握るのに抵抗が無い。


「――天風君」

「とにかくゴールデンウィークだけは絶対に引っ張る」

「…………」


 三島さんはもう何も拘泥も抵抗もしなかった。俺に引かれて天風家まで歩く。

 とりあえずこの後は三島さんを部屋にぶちこんで休ませるとして、翡翠さんとの約束はギリギリ間に合うか。

 まず涼歌に伝えとかないと。父親に関しては、まぁ大丈夫だろう。


 玄関に着いた時、三島さんは「やっぱりやめておこうかな……」と言い出した。


「ここまで来といてそれかよ」

「正直怖いです」

「あー、わかる。確かに誰かの家に入るのって妙に緊張するよな」

「と、言いつつ二階に引っ張らないでください!」


 階段上って右側の部屋。机にベッド、クローゼット、棚くらいしかない。


「とりあえず休めって。あからさまに疲れてそうだから」

「…………」

「いや! 俺は何もしないから、それに鍵付いてるから!」

「別に何も言ってませんよ」

「けど、休むだけは休んどけよ」

「わ、わかりました」


 にしても蓋を開けてみたらよく喋るやつだった。何故なんとか倫理学を読んでいたんだよ、と訊きたいが、それは後で。

 理解し難い人間性。

 けどこういうタイプだと思って見てみると。意外に声優とか目指してるんじゃないかと考えられたり。

 部屋の鍵を閉めた音を確認してから、約束の公園へ再び向かう。


 形としては入れ違い。

 先程まで三島さんが座っていたベンチに翡翠さんが座っていた。


「遅れてごめん」

「そんなに待ってないから」


 なんだろう、怒ってはないけど…悪意でもないけど…靄がかった言い方だった。

 今日呼び出したのは昨日のことを謝るのと、今後のことを話すため。

 口火をきったのは俺ではなかった。


「天風君」

「…………」

「昨日のこともあってさ色々考えたけど、君に助けて欲しいってのはやっぱ無しにして」

「――あー」


 そうですよね。

 あんなこと言われて一緒に頑張ろうなんて言う偽善人間はいないよな。そんなやつがいたら嘘でもいいから友達になってみたい。

 結局、なーんにもしない方が良かったんだな。

 それがわかっただけでも収穫にしておこうか。さっきまでのやる気が嘘のように吹き飛んだ。


「別に君のせいじゃないよ」


 翡翠さんはそう言った。多分、思ったよりも俺は動揺している。


「よく考えたの、人に頼るのは悪いことじゃないけど自分でやらなくちゃいけないこともあるからさ」

「なんかごめん」

「いや本当に。むしろありがたかったくらいだよ」

「そう言ってもらえたら少しは――」


 嬉しくはない。

 後悔しているのだから嬉しい訳がない。お世辞でも萎える。


「翡翠さんはこれからも関石さんを超えるため頑張るの?」

「うん」

「そっか」


 それならそれでいい、とは思う。今さらそれは無理だから諦めろなんて言えない。

 わざわざ嫌がるようなことを言うのは最低の行為。俺は今までにいくらの最低を積み重ねていたのか、考えるの嫌になる。


「今度の今度は俺にできることは無さそうだな」

「そうだね。せいぜい嶺華と仲良くしててよ」

「……仲良くなって欲しいの?」

「えっ? 嶺華のこと好きなんじゃないの?」

「その類いの誤解は解いたつもりなんだけど」


 翡翠さんは思い込みが激しいタイプなのか。

 嫌なタイプの人間だ。


「だって嶺華に関わった男子全員が嶺華のことを好きになるんだもん」

「関石さんは魅了のスキルでも持っているのか?」


 言いたいことはわかる。

 関石嶺華は、すごい肩書きを適当に並べれば全て当てはまるようなデタラメな人物。

 誰かは可愛いと言い、誰かは美しいと言い、誰かはカッコいいと言う。

 けれど、そんな平凡な言葉で表すこと自体がそもそも間違っているような存在。

 まぁ、言い過ぎだけど。


「だからって皆が皆関石さんのことを好きになるってのは大袈裟じゃないか?」

「天風君は違うんだ」


 そんな異物を見るような目を向けないでくれよ。

 いや、おかしいのはむしろ漫画みたいな現象を起こす関石さんの方だ。


「そもそも俺は誰かと仲良くなるとか苦手なんだよ。恋愛沙汰なんてもっての他……モテるとはよく言われるけど(言われてたっけ?)」

「自分でモテるとか……」

「それ以上言ってくれなくて良かったよ。勿論、俺が言い始めた訳じゃないから」


 残念ながら俺にモテた記憶は無いけどさ。告白とかされたことあったっけ。そんなことがあったような無かったような。


「不用意な発言が思わせぶりってな。行動もか」

「昔からそんな感じなんだ」

「どうでもよさげだな。実際どうでもいいことだけど」

「とにかく! 嶺華と友達になっといて損は無いから」


 どうやら俺と関石さんは相性が悪いようで、既に損なことが起きている。反省文を書かされたり。

 そんなことが起きているんですよ。

 と、いうことで解散した。


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