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「この辺の紙は来週までで ポータルサイトはすぐ登録して 色々メッセージとか確認せなあかんねんて」
「なるほど……」
寝過ごしたガイダンスの後、起こしてくれた関西弁のお姉さん――綾瀬 泉さんはガイダンスの内容をもう一度一から浚ってくれるというとんでもない親切ぶりを発揮してくれた。
「履修登録とかややこしい言うてたし、今度一緒にしよか」
「ありがとう、助かる」
さすが関西人というところか、人が良い。
私は無愛想なのであまり人から距離を詰められることはないが、綾瀬さんはそんなことはお構いなく親しみを持って接してくれる。関西特有かは分からないが、地元では出会ったことのないタイプだ。
「何かごめん……いろいろ教えてもらっちゃって」
「いや~私も一人やと不安で まぁ、お互い様ってことで」
そういい笑顔で言ってはくれるが、お互い様も何もこちらは何もしてあげられていない。
「寺田ちゃん、下宿やな? イントネーションが違うし」
「そうですね」
「一人暮らしって心細いもんなぁ~ 最初は色々大変や思うし、ヨソモノ同士持ちつ持たれつ~ってことで仲良うしてな!」
何ていい人なんだろう。
大学では別に友達を作ろうとは思っていなかった。大抵気を遣って接しようとしてくる人は長続きしないし私の方も歩み寄るのが苦手だからだが、この人は何となく今後も宜しく接してくれそうな気がする。
せめて失礼のない接し方をしよう。
「ところで……寺田ちゃん料理得意?」
「まぁ……実家が定食屋だから多少は……」
聞くと綾瀬さんは目を輝かせる。
「ほんま!? 私料理まっったくできへんねん! 今度良かったら教えて~!」
「簡単な和食程度なら」
「あ~私和食派やから助かるわぁ~!」
そんなこんなで、ガイダンスのおさらいのお礼にと自炊の手ほどきをする約束を取り付けた。
なるほど、コミュ力の高い人はこうやって嫌味なく人と距離を詰めるのか。
別に一人でのらりくらりとやっていけるだろうと思っていた矢先に出鼻をくじかれたかと思えば思いがけず人との約束を取り付けてしまっている。
思い通りに行っているわけではないが、致命的なほど想定外ということも現状起こっていない。もし今後もしつこく睡眠妨害が続けば学業に支障が出るかもしれないが、その前の段階で問題を認識できて、綾瀬さんの助けあってこそだが一先ずの対処もできた。
とりあえずは私の方もあの幽霊との距離の取り方を考えるとしよう。
なんてことを考えながら綾瀬さんのマシンガンのようなトークに生返事をしつつの帰路、上品にヒラヒラと手を振る彼女を見送って私はLis Blancに帰宅した。
………
「ただいま……」
ヒュッ
言うなり、迎えの挨拶もなくいきなり灰色の布が顔面目掛けて飛んできた。
バシッ
しかも結構な勢いで飛んできたそれは、7枚セットで1500円ほどの安くてしっかり安っぽい薄いショーツだった。
安物なんだからこそ大事に長く穿き潰さなきゃいけないし、丁寧に扱ってほしいんだけど。
「……下着はさすがにデリカシーがさ」
まぁそれはさほど気にしてもいないけど一応。
すると部屋の方から“曰く”がどういう理屈でかおどろおどろしくボサボサの長髪を躍らせながら顔を出した。
「……デリカシ~~? 我が物顔で人んちに居座ってどの口で言ってるんですか~~?」
何だか虫の居所が悪い女子中学生みたいな口調で“曰く”はこちらに詰め寄る。
「だから私が借りてるんだって」
というのを昨晩契約書まで見せて説明したはずだが
「私はずっとここに居たの! あなたよりずっと前から!」
なんて幼稚な言い分で反論してくる。
夜は大人しく引き下がったのに、半日考えてその程度とは……ともかく
「建物の所有者でもないのに、家賃も払わず我が物顔で居座ってるのはどこの誰かな」
「う」
まともに話を聞く分、恐らく彼女は理詰めに弱い。
「何か入居者を次々に追い出してるらしいし、ここのオーナーさんからしたらいい迷惑だよね」
「あ、あれは~追い出したんじゃなくて勝手に……」
ほら、こちらの言い分の正当性をきっと理解しているからすぐにたじろぐ。
「あんまりやりすぎると、害虫みたいに思われてるかもよ」
「がっ……」
っと、昨晩の怒りも相まってつい強めに削ってしまった。
「……まぁ、ほどほどにしておかないとそのうち祓われたりするかもよ」
害虫呼ばわりがよほどショックだったのか“曰く”は一瞬固まったが
ビタッ
そんな“曰く”をよそに荷物を片付けようとした私の頭に7枚中2枚目の安ショーツが飛んできた。