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【小説版】十畳 いわく 鈴の音  作者: 憩葱助
曰く謂れ
5/13

1-3(i)

 部屋から出ると安心して緊張が解けたからか、あるいはビビリ散らしてくたびれたのだろうか……まぁどちらもだろう。山下は内見のほんの数分間で憔悴しきってしまったようだ。別に変なモノは憑いてきていないが、視えてもいないものに怯えてここまでダウナーになるようでは感受性が強すぎて生きていて大変そうだ。

 そのくたびれた様子は心配すべきところではあるが、私には私の利害があるのでこれを利用しない手はない。

 部屋から出て不動産屋の事務所に向かう道すがら、くたびれた山下に一切容赦することなく私は値下げ交渉を持ちかけていた。

 まぁ実際に出るところを見たわけだし、山下も見ての通り勝手に()てられて憔悴しているし、それをダシに交渉しない手はない。先に話した私の経済状況も併せてたたみかけた。

 そして少し後、このときの頑張りの甲斐あって私はあの部屋をチラシに書いてあった家賃のさらに五千円引きという破格での入居を勝ち取ることとなった。

 

 雨が降る?どうってことない。

 幽霊が出る?慣れっこだ。

 当面の生活拠点、しかも学生の身としてはかなり上等な住まいを破格で取り付けたのだ。

 

 そんなわけで、両親との気まずい空気も忘れるほど満悦に帰宅した私は、同級生が受験戦争で殺伐とするのを傍目に、一人上機嫌にそのまま春を迎えた。

 

………


 そして引越しの当日。

 

 やはり下宿に納得していない両親との折り合いはつかないままではあるが、実家を出て今日から十畳一間(曰くつき)に優雅に住まうことになった私は、何とこの町に来る三度目にしてやはり雨に降られたが、それでも気分だけは晴れやかだった。

 雨の中での家具の搬入が少し不安だったがさすがはプロといったところか、濡れないようぶつけないよう器用にこなしてくれる。手馴れた動きで見ていて感心してしまった。

 一番小規模のパックで引っ越したので運び入れる荷物自体量もサイズも(もちろんお値段も)コンパクトで済み、感心しているうちに搬入は思いのほかさっさと終わってしまった。スムーズに終わってよかったと思っていたが……


 バシッ バシッ

 

 さきほどから明らかに家鳴りとは異なる不自然な破裂音が鳴り続けている。

 ご挨拶なのか、それともお怒りなのか。


 部屋を見渡すまでもない。まっさらな部屋に突如置かれ始めた荷物の周りを、例の“曰く”がふよふよと飛び回っている。

 ハッキリと顔を見たのはこれが初めてだが、そういえばこの“曰く”は私より気持ち身長は大きいが、若い女性のようだ。相変わらず血色の悪い顔をしているが……それが鳩が豆鉄砲を食らったように驚愕に目を見開きながらふよふよと浮遊している。

 なかなか見ない滑稽な情景なので見入っているとこちらに気付いた“曰く”と目線がかち合い、吸い込まれそうな漆黒の瞳が揺るぎなく私を見据える。


 「寺田さーん! 全部運び終わったんで、確認の方お願いしまーす!」


 「あ、はい」

 

 『ねぇ!』

 

 “曰く”が初めて声を発した。

 声というかは、耳に届いたというより頭の中に直接語りかけるように彼女の呼びかけが響いたように感じた。

 鈴が鳴ったようなりんとした声に引越し業者は気付いた様子もない。

 

 『今、目が……』

 

 「はい、荷物間違いありませんでした」

 

 『目……ちょっと……』

 

 「サインはここですね?」

 

 『目合った! 目! ねぇ~~!』

 

 「ありがとうございました」

 

 『……』

 

 取り込み中なので、無視。今は下手に反応して、どうせ一期一会ではあろうが引越し業者に(いぶか)しがられるのも好ましくない。

 業者を見送りに外まで出たが“曰く”が追ってきている様子はない。前の内見のときにも思ったが、あれだけ“曰く”が関心を示した山下も部屋を出てからは何の障りも引き摺ってはいなかった。(勝手にくたびれてはいたが。)アレはこの部屋を出られないのではないだろうか。

 地縛霊の類か……

 なんだか先ほどの話し声を聞いた感じでは、どうにも山下や不動産屋の前情報ほど恐ろしそうな感じもしないが。

 

………


 『あ……帰ってきた~……』

 

 “曰く”はやはりふよふよと荷物の周りを飛び回っていた。

 この手合いではたまに見かけるが、自由に宙を飛び回る姿はそれはもうのびのびとしていて羨ましい気持ちになることがある。

 

 『もぉ~…… はぁー…… 急にびっくりした、何この荷物~~』

 

 先ほどと違い、私に向けて話しかけているような感じではない。

 無視してしまったせいか、私と目があったのも気のせいだと自己完結してしまったようだ。

 

 『人の部屋にドカドカと……何か芋臭い女まで居るし……』

 

 「いや、海藻みたいな頭してる奴が、人に芋臭い呼ばわりはないでしょ」


挿絵(By みてみん)

 

 言うと“曰く”は飛び跳ねて固まった。

 

 「……」

 

 『……』

 

 目が合ったのを彼女の気のせいだと思わせたままこの先無視し続けて過ごすこともできたかもしれない。それでも口をついて出た一言を今更どうしようもない。

 このときの私はまだ知る由もなかった。この出会いが岐路だったことを。

 そしてこの先起きる数奇な物語を。

 

 『……え?』

 

 恐る恐る振り向いた“曰く”は、まるで幽霊でも見たかのような顔をしていた。

次回分は30日更新予定です。

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