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【小説版】十畳 いわく 鈴の音  作者: 憩葱助
曰く謂れ
4/13

1-2(i)

 そうこうしているうちに、大通りから数本入った路地を緩く走っていた車が駐車場に着けられる。

 

 「それにしてもお一人で遠路遥々物件探しに……ご立派ですね」

 

 山下はやはり気乗りしない雰囲気が声色から滲み出ているが、場を和ませようとしてか途切れず話題を提供してくれる。

 

 「立派なんてことはないですよ」

 

 「学生さんは最初は親御さん同伴で来られる方が大半ですよ 寺田さんは……先ほどのお話でも思いましたけど、将来設計? というか、生計についてよくお考えで……すごいな~と思います」

 

 が、どうにも覚束ないというか、最初に比べ口調がふわふわしてきている。


 円満に下宿を決めた親子であれば大学進学で下宿を始める子を見送るのに生活費のやりくりについて相談することもあるだろうが、私は最初から独断での地方進学を想定し一人でも生活できる基盤を作ることを念頭に何年もかけて準備してきたのだ。

 私の地方進学に両親はいまだに納得していない。親の援助が充てにできないのだから、生計について考えないわけにはいかない。

 結局のところこれは手の込んだ家出のようなものだ。立派なはずがない。


 さて、臨んだ建物の外観は築浅を謳うだけあってくすみなく真新しい雰囲気がある。オートロック設備や内装など、先程来見てきたお一人様向けと比べると少々ならず贅沢な部類に感じられ、とは言えその小奇麗さは嫌味っぽくもなく景観に馴染む親しみやすい風貌をした、見てくれだけは実にいい感じのマンションだ。

 これで十畳一間を2万円台前半とは……よほど中身に問題があるのだろうか。

 

 「ここは何かワケありの物件なんですか?」

 

 訊くと、山下は軽やかでない足取りがさらに重くなったようだ。

 

 「……建物自体は見ての通り、築浅で綺麗で中も充実してて、近所の学生さんやOLさんには大変人気の物件です 空き待ちも出てるくらいで……」

 

 それほど人気の物件の中で、家賃を半額ほどに下げてなお空きの部屋とは。

 

 「ただ今回ご紹介するお部屋は“曰くつき”と言いますか……」

 

 「はぁ」

 

 先の数軒に比べ非常にのろのろとした歩みで目的であろう部屋の前に辿り着く。

 

 「……では」

 

 何を意気込んだのか山下はこちらに一瞥し、分かりやすく震える手でガチャガチャとものものしく音を立てながら何とか鍵を開ける。

 この様子から察するに“曰く”とは何かしらオカルトなことを言っているのだろう。案内の最中にこの震えようなので営業職として大丈夫なのかと不安になるが……以前この部屋で怖い目にでも遭ったのだろうか。だとしたら気の毒だ。

 

 「うぅ~……怖いなぁ……」

 

 怖いって言っちゃってるし……

 とは言っても入らないでいては中の様子もわからないので、すっかり怯えで牛歩の山下に後ろからプレッシャーをかけつつ中に入る。


 「ちなみに、ここはどういった“曰く”が?」

 

 曰くつき物件という割に、よく聞く「空気がどんよりしている」だとか「寒気がする」ということはない。むしろ中身はチラシに書いてある通りよく日の差しそうな開けた窓と清潔感のある真新しい内観で、部屋としての調子はとても良さそうに思える。


 「実は私が以前担当した方は、退去されるときに錯乱気味であまり要領を得なくて……」


 「はぁ……」

 

 「私も詳しくは聞かされていないんですが、入居者が異例の短期間で何人も退去されていて……曰く「出る」と……」

 

 「なるほど」

 

 部屋は間違いなくいい。

 この部屋が二万円強で借りられるのであれば多少の難くらいは受け入れられる。ただ出るだけなら慣れているのでなおさらだ。

 

 「今は別に何ともありませんね」

 

 バシッ

 

 「……」


 言ったそばから、どこからともなく石が砕けたかのような強烈なラップ音が鳴った。


 「……鳴りましたね」


 「……あ、あはは」


 山下の顔が露骨に引きつる。

 次の瞬間、薄暗く空に張った雲に眩い光が走る。


 ズガァン


 雷光とほとんど間をおかず甲高い破裂音が鳴り響いたので、建物の比較的近くに落ちたのだろう。

 雷鳴が轟き、部屋に強烈な光が差した。


挿絵(By みてみん)

 

 そしてそれまでそこに居なかったはずの何者かが人一人分その光を遮った。

 

 「ぎゃああ!!」と、山下が情けなく悲鳴を上げる傍ら、私は突如現れた濃厚な存在感につい目を向けてしまった。

 

 そして“ソレ”と一瞬目が合った。

 

 ボサボサに伸び散らした黒髪、対照的に血の気を感じさせない青白い肌と、所謂()()()()()にありがちな白い無地のワンピース。現代の怪談に出てくる幽霊のお手本のような格好をした何者かが、そこに立っていた。

 

 「……すっごい近かったですね、今の雷」

 

 目が合ったことを相手に気取られないように、我ながらわざとらしく雷に意識を逸らした体を装う。

 まだここに住むと決まったわけでもないのに、あんな得体の知れない何者かの変な縁だけもらって帰るわけにはいかない。

 一方の山下は今の雷で完全に萎縮してしまった様子だ。

 

 「っあ~……びっくりした ……ズズッ……一瞬何か出たかと思いました」

 

 すっかり涙声だが、幸いなことにこれだけはっきりと人の形が目の前に立っているのに山下には視えていないようだ。視えていたらきっと彼女が担当した前入居者同様、彼女も発狂していただろう。何なら失禁していたかもしれない。

 “曰く”はゆっくりと山下の方に歩み寄り、そのフレッシュなスーツがはち切れんばかりに無駄に自己主張している胸部を凝視しだした。

 つくづくこの手合いは何を考えているのかよくわからない振る舞いをするが、コレも例に漏れずその類のようだ。

 

 「う……何か寒気が……」


 視えてはいないようだが、自身に向けられた関心を第六感が感じ取っているのか山下はブルッと体を震わせた。

 ともあれ話が早い。出るというのは間違いなくコレのことだろう。

 私もここまでハッキリと存在感を醸す輩はあまり見たことがない。ここまでのモノだと普段視えない人にも同様に何かしら強烈な違和感を与えているのかもしれない。すぐに退去する人が後を絶たないというのもそれなら納得だ。


 ソレに視線を移すと山下を不要に怯えさせてしまうかもしれないので、私も視えていないフリを続ける。

 “曰く”は山下の巨乳に釘付けのようだが……巨乳がよほど気になるのだろうか。


 「心なしか、寒気がしてきたような」


 思ってもないことを言ってみる。


 「寺田さんも? 私も何か……急に体が重くて……寒い……」

 

 山下はすっかり顔が真っ青になってしまっている。その顔色の悪さを見ると、ただよく知りもしない霊障に怯えているだけという風には思えない。あれだけガン見されていればやはり何かしら障っているのかもしれない。


 ふと“曰く”の視線が私の方に向く。どうやら私の方に関心を向けたようだが、あくまで視えていないフリを続ける。


 じっくり見定めるような目つき?……の後に、何か腑に落ちたようにウンウンと頷くような動作をしたのが傍目で見えた。

 意図も意味も不明だが、どうやら私に対して害意を向ける気はないらしい。ぜひ今後もそのままでいてほしい。

 

 ともかく


 「部屋の中はよくわかりました 何か気味悪いですし、とりあえず出ましょうか」


 「そうですね……そうしましょう」


 パシン


 先より気持ち鋭めのラップ音が鳴ったが、今度は山下は声を出すこともできずに硬直してしまった。

次回分は15日更新予定です。

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